地下道
Z君は高校一年の二学期頃から、時々遅刻をするようになっていた。
特に原因があるというわけではない。
最初の頃は本当に朝寝坊で遅刻していたのだが、最近は「なんだかだりぃな……」と思っただけで、お昼頃に登校することが多くなっていった。
父親は単身赴任。母親も働いていて、朝が早いので、起こしてくれる者はいない。
学校から連絡があった時は母親は申し訳程度に叱ってくるが、完全に遅刻癖がついてしまったZ君には大して効き目はなかった。
そして、高校二年の春。
成績も下降気味で、学校では自分と同様にサボリ癖があるようなプチ不良たちとつきあうようになっていた。
これじゃあ不味いなぁ、と思ってはいてもどうしても遅刻癖はなおらない。
理由が後から追っかけてくるかのように、最近寝起きに頭痛がしだすのだから不思議なものだ。
ある日、十時を回った頃にやっと起床したZ君はノロノロと家を出て、いつも通っている地下道の入り口にノロノロと入っていった。
モザイク状のタイルの地面を見つめながら、一本道の地下道を歩いている最中、ふとZ君は顔を上げた。
あれ、なんか暗くね?
地下道は、いつもの地下道ではなくなっていた。
昨日まで、天井に等間隔で設置されていたはずの電灯が、ない。
代わりに、壁上部に光度の乏しいやや黄ばんだ電灯がぽつり、ぽつりとある。
Z君の他は、歩行者は一人もいない。
入り口の光が、やけに小さく見えた。
思わず立ち止まっていた。
目を瞬かせて視線を下に向けると、モザイク状のタイルが古くさいコンクリートに変わっている。
「……」
Z君は無言のまま歩き出した。
かなりの早歩きだ。
なぜか後ろを振り返ってみようとか、元来た道を戻ろうという考えは浮かばなかった。
いつもの地下道はそんなに長くない。
せいぜい百メートルちょっとぐらいだ。
なのに、なかなか入り口が近づかない。
それでも、入り口の明かりはだんだん大きくはなっていった。
Z君は駆け足になっていた。
地下道を、出た。
「……ッ!」
Z君は全速力で階段を駆け上がった。
目に映ったのはいつもの風景だった。住宅が建ち並び、その向こうに校舎が見える。
ホッと安堵の息を吐いたZ君だが、同じ学校の生徒がこちらに向かって歩いてくるのを見て素っ頓狂な声をあげた。
「あれ?」
立ちつくすZ君の横を、何人もの生徒が通り過ぎていく。
何人かが、呆気にとられているZ君をチラッと見て、くすりと笑った。
時刻は下校時間をとうに過ぎ、夕方になっていた。
その夜、家に帰ったZ君は去年の夏休みにバイト代で買ったスマホを使って、今日体験したことを色々調べてみた。
するといわゆる「狐や狸に化かされた」「天狗の仕業」系の話が検索に引っかかった。
峠道を歩いていて、いつまで経っても目的地につけない話。
目的地に着いたら、考えられないほどの時間が経過していた、等々……。
そして、そういう時は、煙草に火をつけて一服すると、怪奇な現象から抜け出せるなんていう話も見つかった。
「煙草、かぁ……」
煙草を吸う気は、Z君にはなかった。
後日、Z君は小遣いをはたいて目覚まし時計を四個買った。
今では全く遅刻をしなくなった。