代行サービス
家事代行サービス。
派遣されたスタッフが、掃除、炊事、洗濯、子供の送迎等々、あらゆる家事を代行するというものだ。
契約プランも様々で、日時指定も簡単に行える。
利用者は主に身動きの取りづらい高齢者や、時間に追われる働く女性達だ。
最近ではコンビニでも家事代行チケットの購入が可能であり、その需要は年々伸びている。
「え、お墓参りですか?」
街中を走行中の軽自動車の車内。
とある家事代行サービス会社で働き初めた見川亜紀は少しだけ驚いた。
「そう。さっき連絡があって――あ、亜紀ちゃんははじめてだっけ?」
運転中の先輩スタッフである森本美代は、チラッと助手席の亜紀の顔を見て笑った。
「お彼岸やお盆のシーズンになると多いのよ。お墓参りっていっても、お参りするのがメインじゃなくて、お墓やその周りのお掃除が主な仕事なんだけどね」
「はぁ」
亜紀の実家は田舎にある。
先祖代々の墓地が山の麓に存在し、年に最低一回は必ず墓参りする亜紀は信心深い性格だった。
周囲に話すことは滅多にないが、実は若干の霊感持ちである。
そんな亜紀にとって、お墓の世話を他人に任せるという神経は、どうにも理解できない。
いや、おそらく依頼者は身内のいないご高齢の方なんだろう。
もしくは業者に頼まなければならない、やむにやまれぬ事情があるに違いない。
そう亜紀は自分に言い聞かせる。
亜紀は車内からの外の風景が妙に薄暗く感じ、なぜか不安な気持ちになった。
「……いま、どの辺ですか?」
「ん? カーナビ見なよ。西陽台に入ったとこ」
カーナビは志道通りという街道を走行中であることを示していた。
ややあって、車は目的地に着いた。
結構な広さを持つ共同墓地だ。
駐車場に車を止め、二人は後部座席から掃除用具を取り出すと、指定のお墓目指して、墓地の中を進んだ。
× × ×
「うわぁ……」
思わず声を漏らす美代の横で、亜紀は絶句していた。
指定されたお墓は荒れ放題だった。
周囲には雑草が生い茂り、紙くずや枯葉などが散乱している。
墓石や香炉には苔が張り付いており、墓石に刻まれた名前は汚れて読めなかった。
周囲の他の墓はきれいなので、余計にその異様さが目立つ。
「こんなになるまで放っておくなんて……こういう霊園って、管理してる人とかいるんじゃないんですか?」
「さあ、ずさんのなのかねぇ。あと、お墓を所有している側から何の連絡もなかったからかも……」
「じゃあ、なぜうちに掃除依頼が来たんでしょう」
「……もしかしたら、お隣のお墓の所有者から苦情か何かが入ったのかもね」
(それで、嫌々ながらお金を払った、てわけ? なんて罰当たりな……しかもこれ、『引っ越し』に失敗してる)
それは亜紀の直感的確信だった。
この墓はどこかから移転されてきたものだ――そして移転時に何かしらの不具合が生じている――。
内心憤る亜紀だったがすぐにハッとして、深く考えないようにした。
これは余所様のお墓なのだ。変に感情移入したり、可哀相だなどと思わない方がいい。
二人はまず、形式上、最初にお参りしてから掃除を始めることにした。
「森本さん」
「なに? 亜紀ちゃん」
「こういう時って、手を合わせる時に、心の中でご家族からの依頼で、お墓の世話をしますということをちゃんと伝えるんですよね」
「え、いやー、あんま深く考えたこと無いけど」
「いえ、お寺とか、古くからお墓の管理をしてる人達って必ずそうするって聞きました」
実際にはそんなことは知らないが、亜紀は嘘をついた。
「そうなんだ……わかった」
亜紀の真剣な様子に、美代は神妙に頷いた。
線香をあげ、目を閉じて二人は手を合わせた――。
〈誰だッ〉
ビクリ、と亜紀は体を震わせた。
目は開けてないが、隣の美代も身動きせず、息をのんでいるのが分かる。
声は前から聞こえていた。
男か女かも分からない。
くぐもった声だが、怒りのこもった声だった。
〈誰だッ〉
また聞こえた。幻聴などではない!
ドクッドクッドクッっと動悸が激しくなる。息が出来ない。
頭を圧迫されている感覚がして、亜紀は一瞬気が遠くなったが、必死に心の中で念じた。
ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ましたご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました。ご家族からのご依頼でお墓のお掃除に来ました……。
フッと頭の圧迫感が消えた。
ハッと目が開く。
隣の美代は真っ青な表情で、地面に手をついている。今にも倒れそうだ。
亜紀は深呼吸をし、呼吸を整えて立ち上がった。
美代はその場に這いつくばったままで、動けないようだ。
亜紀は意を決して、弾かれたように体を動かした。
たわしで墓石の苔をこそぎ取り、散乱しているゴミを片づける。
一心不乱とはこのことだった。何も考えないようにしてお墓を掃除し続ける。
美代はそれを見て、やっとフラフラと立ち上がった。
緩慢な動作だが、おずおずと亜紀の掃除を手伝う……。
一時間もしないうちに掃除は完了した。
「……美代さん、さきに車に戻ってください」
亜紀がそう言うと、美代は掃除用具を持って、逃げるように退散していった。
(どうしよう)
実家のお墓参りだと、掃除が完了してから、お供え物をして、お参りをする。
もういちど拝んだ方がいいのだろうか……?
亜紀が迷っていると――。
〈はよ帰れ〉
また声がした。〈誰か〉と誰何した時の声よりも、幾分か穏やかで、そしてなにやら、僅かに困惑しているような声だった。
亜紀は後退りながら素早く一礼し、その場を立ち去った。
× × ×
会社への帰り道。
二人は車内で無言だった。
ふと、亜紀は上着のポケットをまさぐった。
ポケットの中には手を合わせて拝んだ時に使った数珠が入っていた。
数珠は紐が切れ、珠が幾つか粉々に砕けていた。
お墓参り代行サービス……。
最近、○○ミ○ーマートの店内放送で、家事代行サービスのCM内容に「お墓参り代行もします」というCMを聞いて、
子供の頃に「関係ない人の墓や事故現場を興味本位でお参りしたりすると霊がついてくるよ」と、言われたことを思い出しました。