あにのばあい
食べ物の香りにゆるく目が覚めた。
腕組みしたまま寝ていたので両腕が軽くしびれている。
同時に腿の上の妙な重みに気が付いた。
ぼやけた頭のままで下を見る。
正体は千紗都の頭だった。
しばし、思考が止まる。
まだ夢の中かと思って一、二回まばたきしてみたが、消えない。
それどころか、無意識に足を動かしてしまっていたらしく、千紗都はぐぬ、と可愛くない声を出して、居心地悪げに頭をすりつけてきた。
思わず体が強張る。
なんとか声は出さずにすんだ、が、心の中は恐慌状態だ。
なぜ千紗都が無防備にも俺の腿を枕にして寝ているのか。
全く理解できない。
思考が混乱していても体は正直で、手が千紗都へと伸びた。
少し茶に近い髪に指を通す。色の割に染めたことのない髪は細くやわらかい。
少し弄んで、そのまま頬へ指を移動させた。
起きたらヤバい、と思ってはいるのだが止まらない。
幸いにも千紗都が目を覚ます気配はなかった。
安心しつつ、ふわふわした頬を撫でる。
やわらかなそこに唇を押し付けたくなる気持ちと戦っていると、いきなり千紗都が寒そうに体を震わせた。
少し驚いたが起きたわけではなさそうで、瞳は閉じられたままである。
寒さから眉をしかめる様子にふと仏心がわいて、頬をあたためるように手で覆った。
すると。
千紗都は、俺の手に頬をすりよせて、ふにゃり、と微笑んだ。
頭のどこかで紐が千切れるような音がした。
衝動的に千紗都の頬を両手で包み、顔を寄せる。
唇を合わそうと顔をかたむけた時、視界の端に黒色が映った。
――黒色?
それが表すことに気付き、思い切り顔を上げて千紗都の体を見る。
妹の風花がそこに、いた。
長い黒髪を散らばらせて千紗都の腿に頭を乗せて眠り込んでいる。
その存在を今まで認識してなかった自分に唖然とした。
心の中で風花に謝り倒す。
そして一気に冷えた頭で、ついさっきの自分の行動を思い出し、両手で顔を覆った。
「危ねええ…!」
低く呻くような声が出る。
本当に危なかった。
風花に気付かなければ、まず間違いなく襲っていた。
想像したら血の気が引く。
押し倒したいと日々思ってはいるが、無理やり致したいわけでは、断じてない。
だが今回のように無意識で煽られると、どうにも抑えきれない感情があるだけで…!
ごちゃごちゃと言い訳していて、ふと気付いた。
問題が何も解決していないことに。
腿の上には変わらず千紗都の頭がある。
しかも、暖を取るためか、ソファから垂れ下がっていたはずの手までもが俺の腿に乗っていた。
俺から触るとまた色々と吹っ飛びそうなので、何もできない。
すぐ下に千紗都、ちょっと離れた所には風花の寝顔がある。
妹二人(ただし片方は義理)がそろって寝ている様子は和む光景だ。
自分さえ混ざってなければ。
下手にどちらかを起こすことも出来ず、俺は途方に暮れた。