十四章 第三話 憎悪に導かれし者たち
闇の中、影が島に降り立つ。
影は島を何度も見回すと、暗く、昏く、嗤った。
「くく、ハハハハはハハッ!!」
その笑いに呼応するように、どくんと、ナニカが脈動する。そしてそれらはただ、闇に付き従うように、光の中へ溶け込んでいった。
「もうすぐだ」
闇が、呟く。
「もうすぐ、我が悲願が、ここに成る!」
闇が、叫ぶ。
「くは、はは、ハハハハハハッ!!!!」
そして闇は、ただ、狂ったように嗤い続けた。
E×I
「灼き尽くせ! “灼氷剣|≪リズ=イグゼ≫”!」
切っ先の無い包丁、赤透明に輝く剣が横薙ぎに振るわれる。すると、周囲の魔獣が赤い雪に覆われ、熱によって焼けただれて倒れていった。レラの“花”の魔獣というだけあって炎熱に弱いのだろう。
魔獣たちは千里の攻撃によって、次々と果てていく。だが。
「数が、多すぎる!」
例えその場に何体居ようと、今の千里の敵にではない。けれど、雷雲から降り注ぐ種子に終わりはなく、敵の数に果てがない。そうなると、終わりの見えない作業を延々とやらされているのと変わりなく、千里は徐々に体力を削られていった。
(どうしよう……いっきに薙ぎ払う? いや、空まで薙ぎ払うことなんかできない。なら、どうする? どうすればいい?)
ナーリャ……そう甘えようとしてしまう自分の根性を、千里は歯を食いしばって押し殺す。状況はナーリャだって同じだ。なのに、自分だけ楽をする事なんてできない。
「私だけで、切り抜けなきゃいけないんだ! 【パージ】! 【マガジン・セット】!」
マガジンを抜き、他のマガジンを取り出しセットする。
そして千里は、剣を横薙ぎに振るえるように、右腰に構えた。
「【イグニッション】!!」
途端、千里の周囲につむじ風が生まれる。その凄まじい旋風はやがて竜巻になり、千里の周囲に近づく魔獣たちを切り刻み、巻き上げていった。
「“闇嵐剣|≪ドラグ=イグゼ≫” ――【黒龍咆吼】」
重ね合わされた黒い逆鱗の峰。エメラルドグリーンに輝く刃。横薙ぎに振るわれた刃は周囲の風を呑み込み、空気が破裂するような耳を劈く、龍の咆吼のような音と共に千里の正面に巨大な真空の空間を作り出した。
「薙ぎ払え、其は、龍の翼――【黒龍飛翔】!」
そして、左側から横一文字に剣が振るわれた、瞬間。周囲の千を超える魔獣の全てが鎌鼬によって斬り裂かれ、吹き飛ばされ、地面に落ちる前に灰となって消えていく。
“風を操る、龍の剣”。その威力は、まさしくルトルイムで対峙した常闇の黒龍そのものとさえ、いえた。
「これで、あとは一気に駆け抜ける!」
そして、走り出そうとした千里に――パチパチパチと、彼女を賞賛するような、拍手の音が響く。思わず足を止めると、いつの間に回り込んだのか、遺跡の中から一つの影が、ふらりと現れた。
「流石、我が主を破ったお方だけある。また、前よりも化け物じみたのでは? ――ごほっ」
その声に、その仕草に、その様子に、その姿に、千里は目を瞠る。
「ラック……ラック・ルトム?」
「おや、覚えていて下さったとは……ごほっ、んんっ、光栄ですね」
「改心して助けに来てくれた――訳じゃ、ないんだね」
「改心? ふふ、私は改心して、一刀さまのもとに着いたのですよ」
狂信者、ラック。
イルリスの加護を放棄し、エルリスの恵みのみを崇拝する異端者。彼はくつくつと笑うと、千里に向かって掌を向ける。
「イルリスの救世など、させない。だから貴女は――ここで果てなさい」
ゆらり、と、遺跡の中から無数の影が生まれる。それは、どこで“調達”してきたのかさえもわからない、夥しい数の死者達だった。
“怨霊傀儡”――死者達の魂を縛り、操る禁断の術。惜しげもなくその技を披露して見せたラックは、歯を食いしばり怒りの表情を浮かべる千里を見ると、もう一度だけ、笑った。
「あの時は持って来られませんでしたが、これが私のとっておきです」
そういうと、ラックは両手を広げる。
――瞬間、暗雲が割れた。
「う、うそ」
暗雲を割り、翼を羽ばたかせ、そしてラックと己の間に降り立つ存在。巨大な羽に二つのライオンの頭、鰐の足に蛇の尻尾。弟ゲームでしか見たことの無かった魔獣――マンティコアが、所々骨を剥き出しにし、生気のない左目で千里を睨んでいた。
「さぁ、かつてノーズファンに災厄を撒き散らし、恐怖と絶望を植え付けた憎悪の魔獣よ! 我が声に従い、彼の者を引き裂け! 往け、【キメラ・マンティコア】!!」
キメラ・マンティコアが、咆吼する。
憎しみを滾らせ、世界に災厄をもたらさんと――マンティコアは、千里を睨み付けるのだった。
――†――
――エルク。
空から降り注ぐ種子が、その蕾を花開く前に撃ち落とされ、散っていく。
その数という名の力に脅威を覚えたナーリャは、地面に落ちる前にある程度の数を減らしておこうと、“夜影弓|≪ウルド=ガル=バリスタ≫”の性能を最大限に引き出すことで種子を迎撃していた。
「先見三手―― 一射穿中!」
限界まで引き絞られた弦が、鋼鉄の矢を発射させる。すると矢は空に舞う種子を撃ち貫き、さらにその後ろの種子を一つ二つ三つと抜いた上で、威力に耐えきれず自壊。勢いよく粉々に砕け散った矢は、その勢いを衰えさせることなく周囲の種子四つを攻撃し、着地のタイミングを狂わせた。
落ちていく四つの種子は真下にあった種子さらに四つを巻き込むと、地面に当たって砕け散る。
「っ」
その光景を、ナーリャは確認する事はない。確認などしなくても、思うとおりの結果が現れたことなど、わかっているからだ。
ナーリャは矢が最初の種子に当たる前に、既に行動を開始していた。
「先見三手」
右手に銀蛍。
左手に銀槍。
両足に記憶を継承し。
脳裏に理想の動きを把握させ。
身体に実現させる為の道標を投影する。
「三撃必殺」
槍の柄頭を地面に思い切り突き刺すと、槍を足場に斜め上に三角飛び。上空に舞ったナーリャは落下前の種子を三つ銀蛍で斬り裂き、落下しながら生まれたばかりの魔獣の脳天に銀蛍を突き刺す。
息絶えた魔獣の背後から現れた魔獣の首を勢いよく刎ね飛ばすと、その血煙に目標を見失った魔獣が三体、ナーリャに飛びかかろうとして空中でぶつかり合ってしまう。そんな魔獣の背後に回り三体にそれぞれ蹴りを叩き込むと、やはり飛びかかろうとしてきた魔獣と正面衝突。魔獣たちは空中でもんどり打つとそのまま重なるように、突き立てられた槍に貫かれて果てた。
「【Amen】」
そうナーリャが唱えると、槍が青白く輝く。効果を発揮しきる前に槍の直ぐ側に走り寄ったナーリャは、血と油で汚れ、硬い骨を切ったことでぼろぼろになった銀蛍に力を込めた。
「煌めけ【銀蛍】」
その隙を突こうと飛びかかった五体の魔獣は、しかし槍の放つ聖なる光に巻き込まれて蒸発する。そうしている間に、ナーリャの銀蛍は完全な状態に復元されていた。
ほんの僅かな隙すらない、完璧な予測の連続による無駄を徹底的に排除した戦法。ナーリャは継承把握の連続により痛む頭を抑えると、ふぅ、と息を吐いて呼吸を整えた。
「これで、だいたいの道筋は“視えた”」
連続継承把握。
多大な負荷を覚悟してまでそれを行ったのには、当然ながら、理由がある。それは、この無数の魔獣たちを如何に出し抜き、遺跡に突入するか、ということだった。
ナーリャは徹底的に調べ、把握し尽くすと、自分の進むべき道筋を割り出す。その必勝の道筋を記憶し一歩前に出ようとし――足を、止めた。
「誰だ」
遺跡の中から漂う、濃密な“憎悪”の気配。ナーリャは警戒心を露わにすると、目の前の空間を――目の前の空間から現れようとしている影を、睨み付けた。
「――あの小娘でなかったことは不満だが、まぁいい」
「おまえ、は」
黒い重厚な鎧。
黒い瞳と義眼。
そして――巨大な黒い斧となった、右腕。
「緒方、一刀!」
「久しいな、流れ人の護り手よ。残念ながら救世の担い手はいないようだが、まぁいい」
一刀は左手の大剣を構え、右手の斧を見せ付けると、不敵に嗤う。まるで世界そのものを、嘲笑っているのかのようだった。
「貴様を殺せば、救世の天使とて堕天せずにはいられまい。貴様らの悪運も、ここまでとしれ!」
魔獣たちに加えて、仇敵とまで相対せねばならない状況に、ナーリャは歯がみする。けれどここで、恐れている暇など無い。だからナーリャは、槍を構えて一刀を睨み付ける。
「悪いが僕は、こんなところで負けていられない。だからこの場から退場するのはあなたのほうだ――緒方一刀!」
「フンッ、抜かすか、小僧。ならば良いだろう、その憤怒の刃、この俺がさらなる憎悪で叩きつぶそうぞ――ナーリャ・ロウアンス!」
ナーリャと一刀の視線が、意思と共に混じり合う。
焦りと怒りに満ちた戦場に、今、剣戟の音が響こうとしていた。
――†――
キメラ・マンティコアの口から吐き出される強酸が、水晶の森を溶かす。その酸に触れないように、千里は黄金の翼を羽ばたかせた。
だが空中に飛び上がるとマンティコアもまた空を舞い、前足による毒の爪の攻撃に紛れて、蛇の尾が噛みつこうと迫る。
千里はそれも寸での所で交わすと、大きく羽ばたいて距離を取った。
「これが……マンティコア」
そう呟きながら、マガジンを【パージ】し、灼氷剣を解除。新しいマガジンを取り出すと、煌億剣に装填した。
「【イグニッション】」
途端、煌億剣から青い光が伸びる。光はその形を鋭い切っ先を持つ、ギザギザと波打った刃の青い剣に変えた。
「“蒼炎剣|≪アルク=イグゼ≫”」
触れた物を凍らせることが出来る、冷たき蒼炎。
その輝きをマンティコアにぶつけるように、千里は剣を構える。
「凍てつく炎よ、我が前を覆え――【蒼炎閃破】!」
蒼炎剣から溢れ出した青い炎が、波となってマンティコアに襲いかかる。その一撃はマンティコアの右の頭から吐き出された強酸を凍らせて見せた。だが。
「っ?!」
左の頭から放たれた毒の伊吹が、凍り付くことなく千里を襲う。
「【遮れ! 斜光!】」
イル=リウラスの術によって咄嗟に光のカーテンを作る。するとマンティコアから放たれた毒の伊吹は左右に流され、地表を覆うレラの花々をことごとく“腐らせ”た。その光景に、千里は背筋に冷たい物が流れたことを自覚し、呻る。
「あんなの受けたら……」
凄惨な想像を頭から追い出すと、千里は頭を振ってマンティコアを睨み付けた。ここで負ける訳にはいかない。けれど、時間にそれほど猶予がないことは、激しさを増す暗雲を眺めてしまえば一目瞭然。決着を急がなければならないという焦りが、千里の手を鈍らせていた。
もしも、時間に余裕があるのなら、千里は焦ることなくマンティコアを妥当していたかも知れない。けれど、そんな余裕を与えるほど、ラックは優しくはなかった。
「【死者達よ、弓矢を用いて我が敵を墜とせ】」
死霊傀儡によって操られた死者達が、呻き声を上げながら矢を射る。千里は空中で旋回して矢の雨を避けていくが、同時にマンティコアの攻撃に対処せねばならず、光線に移ることすらできずに追い詰められていた。
気を抜くと、毒と強酸によって大地に辿り漬く前に溶かされ尽くされることだろう。けれどマンティコアの二頭の攻撃を破るには、右の強酸には蒼炎、左の伊吹には灼雪が必要。そうなると、片方ずつ倒さなければならないのだろうが、一頭一頭潰していく余裕はない。
「くっ……こうなったら、“雷響剣”でいっきに切り抜けて――」
マガジンをパージした、瞬間。
飛来してきた矢が千里の眉間に迫り、千里は咄嗟に未だなんの力も発現していない煌億剣の鍔で矢を討ち払った。
反射的に行動出来たのは僥倖であると言えるかも知れない。だが、それも“この状況でなければ”の話だ。千里は、避けるべきだったのだ。何故なら、討ち払って無防備な体勢になった千里に向けて、マンティコアは二つの口を開いて、同時に千里を朽ち果てさせようとしていたのだから。
「【遮れ――」
咄嗟の盾も、間に合わない。解りきっていても、展開せずには居られなかった。
ここで死んだら、どうなる?
家族にも、友達にも、最愛の人にも――二度と、逢えなくなる。
「っ」
唇を噛みしめ、迫り来る強酸と毒の息吹を睨み付ける。せめて最後の瞬間まで、諦めない。諦めてやるものかという意地が千里を動かす。けれど現実は、状況はなによりも非常であり、歪んだ笑みを見せるラックの眼前で千里は己を侵し尽くす魔の気配に為す術もなく呑み込まれ――
「【灼雪煉氷・蒼炎冷輝――殲滅せよ・“蒼天劫火の魔弾”】」
――る、ことはなかった。
「え?」
毒の息吹が熱き雪によって討ち払われ、強酸が青き炎によって凍てつき砕ける。千里の剣では為し得ない、二属性同時の攻撃。その正体は、ひどく見覚えのある者だった。
「ぐっ、ごほっ、ごほっ……貴様――何者だ」
その強力な一撃の余波によって左腕を“灼かれた”ラックが、忌々しげ気に千里の背後を睨み付ける。その視線に釣られるように、千里もまた、振り向いた。
「あ、あなたは……」
桃色のツインテールの髪。雪のように白い肌と月のように輝く黄金の瞳。右の浅葱色の翼の周囲に蒼炎の弾丸を、左の真紅の翼の周囲に灼氷の槍を構え、優雅に宙に浮かぶ、黒いドレスの幼い少女。
隠しきれない笑みには傲慢さと慈悲を併せ持たせた、二極属性を操る“悪魔”の姿に、千里は思わず目を瞠る。
「無知は罪というけれど、知らずの恥は命で贖わなければならないということすら、知らないのかしら?」
ばさりと翼を広げ、“彼女”はラックとマンティコアを見下す。その視線に圧倒されるようにラックが一歩退くと、“彼女”はどこか満足げに、微笑んだ。
「ならば良いわ。名乗ってあげる」
両手を広げ、謳うように告げる姿は優美であり妖艶。その不安定かつ圧倒的な存在感は、“彼女”だからこそ滲み出せるものなのだと、千里は誰よりも良く理解していた。
「我が名はリリア。凍土の国ペルファを納めし悪魔の頂! 灼雪蒼炎の悪魔王、“リ・リリア・ウィル=オルクスフォンハイド”!!」
蒼炎が。
灼氷が。
黄金の瞳が、煌めく。
「さ、遊んであげる。だからそこに、跪きなさい♪」
幼くも誰よりも世界を知る悪魔の王が、今再び、千里の前に降り立つのであった――。
――†――
その光景を一言で表すのなら、まるで、“暴力”のようだった。
空から降り注ぐ矢。突き出される槍。薙ぎ払われる刀。切り下ろされる短剣。
その全てを、緒方一刀は左手の斧と右手の大剣を“振り回す”だけで切り落とし、討ち払う。単純な力押しでは済まされない、速度と判断力と経験を秘めた攻勢防御を前に、ナーリャは決定打を与えることが出来ずに居た。
「くっ……先見三手!」
情報を選択し。
空間を把握し。
状況を予測し。
未来を導き出す!
「三射必中!」
普段ならば、この三撃は勝利への布石となる。だが今は、予測しうる全ての未来に決定打がないということが誰よりも理解出来てしまう術となってしまっているせいで、攻撃をするナーリャの表情も、苦々しいものだった。
セアック・ロウアンスが生み出し、ナーリャが引き継いだ必中の魔弾。その唯一の弱点。それが、一刀が作っている今現在の状況。
それは即ち、攻撃の通じない相手に未来予測は、意味がないということ。
「あと二手……いや、一手見えたらッ!!」
確定的な未来を導き出す、射手の秘術――先見。その余りに“正確過ぎる”予測術には、三手までしか見えないという欠点がある。
通常なら、それは欠点には成らない。なり得ない、と言った方が良いだろう。だが今欠点になってしまっているのには、一刀がナーリャの攻撃を寄せ付けない、という理由があった。
それでも、更に未来を読めるのなら、なんとかなる問題だ。何故なら、その鉄壁の構えを打倒しうるだけの“手数”を用意してしまえば良いのだから。例え僅かな水滴でも、落ち続ければ岩を穿つ。それが実践出来れば、ナーリャは一刀を打ち倒すことができただろう。だが、それは所詮仮定の話に過ぎない。
何故なら。
「先見、四、手ッ!?」
一手余分に読むためには、相応の“経験”を引き出し、予測を立てなければならない。だが、己が裡に潜り込み過去を引き出そうとすればするほど、ナーリャの頭がひどく痛み、記憶の掘り出しを拒絶する。
――……で。
――…を…まし…!
――……い…“…”!……!
誰かの声が、ナーリャの脳裏に響く。その懐かしくて愛おしい声には、必ず、ひどい頭痛が伴っていた。
過ぎたる無茶は、己を追い詰める。勝利に焦ったナーリャは、先へ進まんが為に無茶を重ね、その代償に己が記憶に拒絶され、苦痛と共に膝を着いた。
そして、その隙は、ナーリャの最悪の隙となる。
「クハッ……跪くことを選んだか、小僧!」
「っ……しまっ――」
慌てて体勢を整えようとするが、ナーリャを襲った頭痛の残滓が、ナーリャの脚をその場に縫い止める。防御も、回避も、反撃すらも間に合わない。そして、悔しげに顔を歪めるナーリャの脳天に血に飢えた漆黒の斧が振り下ろされ――
「ッ」
――瞬間、雷鳴が轟いた。
「ぐぁァぁッ!?」
――天を覆う紫電が一刀の身体を打ち据え。
「ぐぬっ」
――地を這う稲妻が一刀の脚をその場に縫い止め。
「ぐっ」
――世界を侵す雷霆が、槍となって、一刀の身体を貫いた。
「がァァァぁッ!?!?!!」
その攻撃を、容赦のない猛撃を、ナーリャはただ呆然と見つめる。だが、続いて聞こえてきた声に、はっと我に返った。
「他愛もない」
それは、雷雲を背に佇む、白銀だった。
真紅の相貌と、怖ろしいまでに整った顔立ち、長く伸びた犬歯。
ばちばちと紫電を纏わせながら、黒猫を従える威風堂々とした男。
その、何度も渡り合った因縁の宿敵とも、ライバルとも言える存在に、ナーリャは思わず目を瞠る。
「貴様! 何者だ!?」
一刀の叫びに、“彼”はただ一度、指を鳴らす。それに呼応するように、空気が震え、鳴き声を上げた。まるで、全力で眼前の敵を屠ることが出来るという事実に、歓喜の声を上げるかのように。
「私のことを知らんと言うか、下郎。フンッ……跪け」
一刀の頭上から降り注ぐ稲妻が、もう一度、一刀の身体を貫く。その傲慢で、かつ他者を威圧して止まない声色は、まさしく王者のそれと言えよう。
「【雷霆/散開】」
そして、“彼”は告げる。
雷雲を己が身に纏い、ただ堂々と、自らの存在を告げる。
「我が名はエクス。全ての邪悪なりし者を統べ、全ての闇の眷属の頂点に立ちし、銀月の吸血王、“エクス・オン=イーエルハイト”!!」
白銀と雷光を背負いし、月影の王が、真紅の相貌を輝かせながら己の名を轟かせる。
「頭が高い。許しを請いたくば、這いつくばれ」
そして今ここに、吸血鬼の王が、他者を圧倒する稲妻を携えて、ナーリャの前に降り立つのであった――。
闇に満ちた世界に、ただ、闇より“救われし”者達が集う。
それらはまるで、闇でありながら闇を討ち払うように、ただ強く輝いていた。
そう。
ただ、ただ、強く。
呼応するように、煌めいていた――。