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E×I  作者: 鉄箱
第一部 光より顕れる者
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二章 第三話 覚悟

 村から離れた、洞窟の中。

 一番奥の空間で、暗く笑う男の姿があった。


「ハハハ、

 なに、その冗談」


 声は笑っている。

 だが、その音に込められた濃厚な殺意に、周囲の男達は身体を竦ませた。


 襲撃失敗の後、ただ一人捕虜になることなく逃げてきた男。

 その男に、奥から響く声が、重くのしかかる。


「も、申し訳ありません。

 アズイの兄貴」


 アズイ――そう呼ばれた男は、どこか楽しそうに鼻を鳴らす。

 いや、事実楽しいのだろう。

 なにせ、丁度良い“遊び道具”ができた事を、知ったのだから。


「凄腕の冒険者、か。

 くくくっ……楽しめそうじゃねぇか」


 手に持つ巨大な鉄塊。

 ただ鉄を固めて棍棒にしただけの武器を、アズイは大きく振り回して肩に担いだ。


「さぁて、用意しろ。

 ――血と悲鳴の“宴”の用意を、な」


 アズイの低く重い声が、洞窟に響き渡った。














E×I














 朝は、一日の始まり。

 誰もが活気に満ちるこの時間、村は騒然としていた。


 昨晩の、盗賊騒動のためだ。


「俺たち牙の団が、盗賊討伐を任された。

 おまえ達はどうする?」


 豪快な笑い声と態度で、村人を安心させるファングの後ろ。

 ナーリャと千里に、クリフがそう呼びかけた。


「……人手は、必要なの?」

「あー、

 人数が解らんからなんともいえない。

 でも、ナーリャみたいな腕の立つ弓士がいると、助かる」


 不安そうに聞く千里に、クリフは正直に話す。

 アレナの魔法は、中距離が中心だ。

 ナーリャのような遠距離でサポートしてくれる人間が居るだけで、かなり楽になる。


「僕は、手伝うよ」

「ナーリャだけに任せておくなんて、出来ないよ。

 私も手伝う!」


 千里は、身を乗り出してまっすぐとクリフを見る。

 流石に千里は止めておいた方が良いだろうと、そう思っていたクリフは、その強い意志に少しだけ圧されていた。


 仲良くなった、牙の団のメンバー。

 それに唯一の“友達”である、ナーリャ。

 仲間が戦いに行くのに無責任に待っているなんて、出来なかった。


「なぁ、ナーリャ……」

「一緒に行っても、いい?」

「……はぁ、責任持てよ」


 クリフは、渋々といった表情で引き下がる。

 あっさり退いたのは、千里の目が“澄んでいた”からだった。

 澄んだ眼で戦いに赴くのは危険で、だからこそ“行かせる”べきだという、旅をする者としてはずっと先輩であるクリフの気遣いだった。


「ファングに話してくる。

 それまでに、準備しておけよっ」

「わかった」

「うん!

 ありがとうっ」


 ファングの下へ走り去るクリフに、ナーリャと千里は頷いて返事をする。

 千里はやる気に満ちあふれ、気合いを入れて鎧を取りに部屋へ戻っていく。

 その様子を見て、ナーリャは小さく呟いた。


「越えなければならない。

 でも……本当に?」


 その視線には、葛藤と決意が、混ざることなく揺らいでいた。











――†――











 一行は酒屋に集まり、作戦会議をしていた。

 こういった時に会議の進行をするのは、アストルの役目だった。


 ちなみに、ナーリャは酒屋の屋上にある物見台で、見張りをしていた。


 村に滞在していたのは、運の悪いことに商人だけだった。

 商人の護衛は、商人を守るだけで手一杯な冒険者のみ。

 だったら、ついでに村を守って貰おうという判断を、アストルが下した。


「商人の冒険者には、商人ごと村人を守って貰う。

 その間に我々は、打って出るなり迎え撃つなりできる」


 捕まえた盗賊達は、未だほとんど情報は吐かなかった。

 拷問などをする権利は冒険者にはなく、それは国の兵士の領分だ。

 別に、したい訳ではないと、ファングは豪快に笑っていたが。


「入手できた情報は、

 東の洞窟ということのみ。

 だが、村長の話では、その辺りには似た様な洞窟がいくつかあるらしい」


 実質、情報ゼロといっても良い状況。

 その状況に、千里は小さく、不安げな吐息を零した。


「だからひとまず、迎え撃つ。

 その後のことはその時に考える。

 臨機応変根性突破が、牙の団の座右の銘だ」


 淡々とした口調ながら、その声は力強い。

 共に冒険を繰り広げてきた仲間達がいるから、どんな時でも余裕を持てるのだ。


(信頼、かな)


 頭に浮かんだ単語を、千里は心の中で呟く。

 時間と共に築いた“信頼関係”が、確かな形でそこにあった。


「みんな、いいかな」


 そうしていると、高台から戻ってきたナーリャが声をかける。

 その声に、ファング達と千里は視線を向けた。


「北東から数人。

 たぶん、斥候だと思うけど……どうする?」


 斥候――つまり、偵察だ。

 こちらを偵察、調査するつもりで、身軽な人間をよこしたのだろう。


「ふむ、丁度良い」

「よし!それなら――」

「団長は居残り。

 俺とアストル、ナーリャにチサト。

 ……これで充分だろ」


 クリフがファングを押しとどめる。

 実際、囮という可能性もあるので、別部隊の対策にファングとアレナは残しておく必要があった。


 村の心配は要らないと言っても、別方向から来たら遊撃する必要があるのは確かだった。

 村に入れないのが、そもそもの最低条件だ。


「むぅ」

「はいはい、居残りは任されたわ」


 渋々引き下がるファングと、苦笑しながら了承するアレナ。

 そんな二人の様子を確認すると、クリフはアストルに近づいた。


「アストル、

 チサトはたぶん……」

「うむ、“初陣”だろう、な。

 フォローはナーリャがするだろうが、彼は遠距離担当だ。

 巻き込んだ以上、我々も出来る限りのフォローはしよう」

「あぁ、そうだな」


 アストルの言葉に、クリフは頷く。

 そして、鎧を着て大剣を背負う千里に、小さく視線を移した。


 “初陣”の洗礼は、誰にでもやってくる。

 そのことが彼女の目を曇らせたら、少し寂しい気がして、ため息を吐く。


 そんな取り留めもない感情を、クリフは胸の奥にしまい込んだ。











――†――











 まだ日も高い時間。

 燦々と輝く太陽の下で、千里達は迎え撃つ用意をしていた。


 進行方向が千里達の下へ変わるように、遠くからナーリャが誘導をしているのだ。


「来たぞ」


 アストルの声を聞き、千里はアギトを抜き放つ。

 太陽の下で、白い刃が鋭利な輝きを放っていた。


「チィッ、やはり誘導か!

 貴様ら!蹴散らせ!」


 走ってきた男の一人が、そう叫ぶ。

 すると、五人の男達が手に剣を持ち、一斉に飛びかかってきた。


 千里は、高速で煌めく刃を“見て”避ける。

 視覚で捉えてから動いて、間に合うのだ。

 振り下ろされた剣に対して、身体を左斜めにずらすことで避ける。

 そして、がら空きになった胴体に前蹴りを入れた。


「ごめん!」

「ぐあっ?!」


 男の身体が宙に浮き、バウンドしながら地面を滑る。

 その威力に男達が竦む中――千里は、誰よりも驚いていた。


 女の子の力だからと、思い切り蹴った。

 その結果が、今の男の状態だ。

 地面に突っ伏して、痙攣しながら血を吐く男。


 足の裏から伝わってきた、肉を潰す感覚。


「ぁ」

「死ねぇえぇぇッッッ!」


 叫び声を上げて斬りかかる別の男。

 横薙ぎに払われた剣をバックステップで避けて、やや前に出た頭部に剣を――。


「だ、め」


 ――振り下ろすことが、できなかった。

 男は幸いなことに、気がつかずに飛び退く。

 気がつかれていたら、つけ込まれていたことだろう。


「人間、なんだ」


 始めて戦ったのは、獣だった。

 黒帝と呼ばれる森の主。

 魔獣とまで呼ばれた、森林の覇者。

 命を賭けた戦いで勝利を収めて、思ったのだ。


 ――実戦でも通用する“力”がある、と。


 だが、相手は獣ではないということが、千里の想像を遙かに超越していた。

 この敵は、肉でできていて、血が通い、泣けば涙を流す“人間”なのだ。


「うん?

 このガキ――“初陣”か」


 剣を手にしたまま震える千里に、男が下卑た笑みを浮かべる。

 これほど狩りやすい獲物はないのだと、言うように。


「おらッ!」

「っ!?」


 剣戟を、持ち前の能力だけで防ぎきる。

 だが攻撃できないということは、大きな差に繋がっていた。


「ちっ……

 覚悟を決めろ!チサト!

 それで死ぬのは、“自分だけ”じゃないんだ!」

「私だけじゃ、ない」


 別の場所で戦う、クリフの言葉。

 離れたところで剣を振る、アストルの視線。

 一対一以上の状況を作らないように降り注ぐ、ナーリャの矢。


 その最中にあってなお――千里は、剣を振ることが出来ないで居た。


「終わりだッ!」

「っ――ぁ」


 男の剣は、もう避けられないほど近くまで迫っていた。

 その剣を目で追い、そしてついに振り下ろされ――なかった。


――ドスッ

「ぎゃあッ?!」


 男の足を貫通し、地面に突き刺さる一本の矢。


――ドスッ

「ぐぎッ!」


 男の両腕に刺さる二本は、一息の内に飛来したモノ。

 ナーリャの技である“先見二手”が、千里を救った。


「撤退だ!」


 逃げていく二人の男を、アストルが気配を消しながら追いかける。

 男達はそんなアストルに気がつくことなく、走っていった。


 そんな男達を、呆然とした眼差しで千里が見送る。

 周囲には、クリフ達が殺した盗賊たちの屍が、無残な姿で転がっていた。


 その中には、死んでこそ居ないが、血を流して倒れ伏す男の姿もある。

 この男は、死にはしないだろう。だが、怪我が治っても、千里が傷つけたという事実に変わりはない。


 その事実に恐怖し、千里は震える肩を自分で抱きかかえた。


「――千里」


 そんな中、遠く離れた場所で、ナーリャが小さく名前を呼ぶ。

 対大型魔獣の大弩である夜影弓では、一撃で人間を“粉砕”してしまう可能性がある。

 だから通常の射程よりも遠くにいて、威力を殺す必要があったのだ。


 そうして遠くにいたナーリャは、悔しげに唇を噛んだ。

 側にいて、手を差し伸べることが出来ない。


 初めての“友達”を、助けることもできない。


 透き通った空の色とは対照的に、彼らの心には雲がかかっていた――。











――†――











 雲がないということは、月が輝くということだ。

 遮るものが無いため、月明かりは思う存分に地上を照らしていた。


 夕暮れから夜に変わったばかりの時間。

 千里の世界でいうところの、大体午後八時頃。


 千里は、宿屋の屋上で膝を抱えていた。


「甘いん、だよね」


 その甘さは、“仲間”を殺す。

 頭ではそう理解していても、心が受け付けない。


 治安の良い、平和な国に生まれ育った。

 暴力は“いけないことだ”と教えられて、その常識の中で生きてきた。


 ――千里は、誰かを傷つけるのが嫌いだった。

 どうしもうもなく嫌で、喧嘩に手を上げたことはほとんど無い。

 かっとなって手を上げて、そしてすぐに後悔をしてしまうのだ。


 この世界に立っているのか、解らない。

 そんな漠然とした不安は、避けようのない“リアル”によって、残酷に押しつぶされた。


「千里」


 膝を抱えて、顔を埋める。

 そうしているとかかった声に、千里は顔を上げた。


「ナーリャ」


 ナーリャは千里の隣に、静かに腰を降ろした。

 再び膝に顔を埋める千里とは対照的に、ナーリャは空を見上げている。


「ナーリャは、さ」

「うん」

「人を殺したこと、あるの?」

「……うん」


 ナーリャの答えに、千里は小さく肩を震わせた。

 解っていたのだ。躊躇いもなく、人に矢を向けた時点で。


「僕が、怖い?」

「ううん。

 ナーリャは怖く、ない」


 それだけは、自信を持って言えることだ。

 それが常識に組み込まれている世界の住人だから、という考えも、もちろんあるのだが、それでなくても千里は、ナーリャが怖いとは思わないだろう。


 だが、聞いておきたかったのだ。

 この優しくて暖かい、少年に。


「ナーリャは、怖かった?」

「うん。

 今でも、少し怖いよ」


 命に関わる状況。

 その最中ならば、恐怖の感情など切り捨てられる。

 けれど、全て終わって、それから襲ってくるのだ。


 どうしようもない、“恐怖”が。


「覚悟を決めなきゃ、ダメだよね」


 無理にでも、覚悟を決めよう。

 そう考えて、千里は拳を強く握る。

 手が震えるほどに、強く、強く。


 多少自虐的でも、痛みを伴わなければ、心の震えが収まらないのだ。


「僕は、さ」

「ナーリャ」


 ナーリャはそんな千里に、視線を空に固定したまま声をかけた。

 その表情は、伺えない。


「無理に殺そうと思うことは、無いと思う」

「え?

 ……だ、だって」


 甘えは仲間を殺す。

 千里にそう叫んだのは、クリフだった。


「殺さなければいけないかもしれない。

 でも、殺さなくても良いかもしれない。

 殺す以外の方法だって、あるかもしれない」

「殺す以外の、方法……」


 夢物語。

 そんなものは、“おとぎ話”の世界の話しだ。

 だがそんなことは、こうして語るナーリャが、誰よりもよく解っていた。


 村を襲った、小規模の盗賊団。

 セアックと共に守りにつき、ナーリャが盗賊の心臓を穿ったのは、十五歳の時だ。

 その感覚を――その空虚さを、ナーリャは今でも、覚えている。


「綺麗事だと思う。

 でもそれは、本当に綺麗だから、“夢物語”っていわれるんだ」


 だが、だからこそ。


 この澄んだ瞳の少女に。

 この美しい心の女の子に。

 この優しい、“友達”に。


 “泣いて”ほしく、無かった。


「綺麗事でもいいじゃないか。

 そんな方法、無いかも知れない。

 でも、でもさ――――」


 空から視線を落とすと、ナーリャの瞳に浮かぶ優しい夜空が、見上げる千里に降り注ぐ。


「諦めないで、

 そんな“夢物語”を追いかけることの方が――」


 その“夜”に、呑まれる。

 身体を縛られて、心を掴まれる。


「ずっと綺麗で、

 ずっと素敵で、

 ずっと尊くて、

 ずっと――――好きだ」


 それでもいい。

 だからどうか、泣かないで、と。

 ナーリャの優しい微笑みが、千里の頬を伝う涙を、暖かく包み込む。


「殺さなくても良い。

 だから、お願い。

 ――ずっと“それ”を、貫いて」


 諦めないでくれと、そういう瞳は“諦めた”者の、悲しい光を宿していた。


「うん。

 ……うん、うんっ!」


 何度も、何度も何度も頷く。


 怖かった。

 殺せと言われて殺してしまうことが。

 それで後悔して苦しんで胸を痛めることが。

 そして何より――――“諦めて”しまう、ことが。


「ナーリャ……ごめんね。

 それから、ありがとう」


 涙を流す。

 ぐちゃぐちゃになった顔を見られないように、膝に埋めて。


 ただ、涙を流し続ける。


 そんな千里の頭に、ナーリャは優しく手を乗せた。



 そして、その涙が流れきるまで……優しく頭を、撫で続けた。

第三話は、やや短めで。

次話は、もう少し長いお話になります。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。

今回より拍手に番外編を載せてみました。

拍手の方も、どうぞお気軽にご利用ください。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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