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E×I  作者: 鉄箱
第三部 運命を穿つ矢
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十二章 第一話 常夜の国ルトルイム

 闇が、蠢く。

 それは、痛みだった。

 それは、悲しみだった。


 身を引き裂かれるような慟哭を宿し、彼はただ叫びを上げる。


――何故だ。

――何故だ。

――何故だ。

――何故だ/何故/あのお方が/何故/こんなにも。


 断続的に響く声。

 その悲しみを止めようと、彼は大きく口を開けた。


――貴女が苦しいというのなら。


 大きな身体に、小さなモノが吸い込まれる。

 闇が、影が、その漆黒に呑み込まれていく。


――我がその願い、叶えましょう。


 全てを呑み、全てを多い、全てが白になる。

 漆黒の巨体を呻らせて、闇色の身体をうねらせて、それはただ慟哭に同調する。


――世界よ、我が願い、聞き届けよ。

――これこそが、我らが主の……真なる、願いであるぞ。


 闇が、吼える。














E×I














 アルトノーアの航海速度は、かなりのものだ。

 嵐に見舞われたりでもしない限り、昼前に出れば月が昇る頃には次の島に到着する。

 だから千里は、その間にナーリャとゆっくり話でもしようと考え……実行に移すことができなかった。


 最初のうちは、照れながら一緒に釣りをして和んでいた。

 距離が縮まったことを自覚して、深呼吸してみたりもした。

 けれど釣りが終わり、昼食を食べ終えた辺りから、どうにもおかしい。


「暑い」

「あつい、ね」


 燦々と光る太陽。

 その眩いばかりの熱を船の中で感じながら、千里はナーリャに同意する。

 語らうことも億劫になるほどに、気温を上げる太陽。

 日差しだけで蒸されていく感覚に、千里は情けない声を上げた。


「なんで、こんなに、あついの……」

「……本当に、ね」


 針路の固定や障害物の回避など、様々な機能を搭載した高技術の船、アルトノーア。

 そんな時代背景にそぐわないような船でも、“クーラー”は搭載されていないようだ。


「なんとか、身体を冷やさないと、蒸されちゃうよ」

「急激に冷やすと、身体を壊すと思うよ?

 まぁ、冷たいものが欲しいのには同意するけどね」


 居間にいる限り、日光に直接肌を焼かれる心配は無いだろう。

 けれど、熱射病にならなくても熱中症になる可能性は充分にある。


「……そうだ!【マガジンセット・イグニッション!】」


 千里は目を輝かせて立ち上がると、煌億剣にマガジンをセットした。

 困ったときの煌億剣、それは、こんな時でも役に立つのだ。


「“蒼炎剣|≪アルク=イグゼ≫”……これでなんとかっ」

「おお……すごい、涼しい」


 千里が剣から溢れ出させた青い炎に、ナーリャは頬を緩ませた。

 陽炎を生み出して揺れているのに、全く熱くないという矛盾した剣。

 ペルファで千里が手に入れた、リリアの冷たい炎だった。


「冬は灼雪、夏は蒼炎……クーラー魔法かぁ」


 暑さで参っているのか、千里は怪しげな笑みを浮かべていた。

 普段ならばナーリャが正気に戻すのだが、残念ながら彼も冷気の虜になっているので、千里の様子に気がつくことができなかった。


 怪しい笑みを浮かべる千里。

 蕩けた表情で炎を抱くナーリャ。


 不気味な様子の二人は各々の表情に気がつくことなく、割と無駄な時間を消費しながら海を進むのであった。











――†――











 航海を続けてしばらく経った頃、二人は甲板で横になっていた。

 日光に肌を晒し続けるのは身体に悪いので、厚着のまま蒼炎を浴びる。

 決して燃え広がらないように調整してあるおかげでクーラーの効いた空間にいるような感覚になっているが、それでも日差しの強さが軽減できる訳ではなかった。


「ねぇ、ナーリャ」

「……どうしたの?」


 そんな中、千里が不安そうな声を出した。

 何かに気がついたのか、口元に手を当てて考え込んでいる。

 その様子に、ナーリャは小さく首を傾げて見せた。


「今、何時頃だろう?」

「いつ?いつって……あれ?」


 千里の疑問に、ナーリャも思い至る。

 航海を続けて、もうだいぶ時間が経った。

 そろそろ到着しても良いという頃合いだ。


「それならもう、夕方になっていないとおかしい?」


 ナーリャが呟くと、千里は疑問を覚えた表情で頷き返す。

 もうすぐ到着という時刻ならば、空は朱色に染まっていないとおかしい。

 だというのに、未だ白い太陽が中天に輝いていた。


「昼間が、終わらない?」

「っナーリャ、あれ」

「え、あ……見えた」


 千里に指されて前を向き、そうして眼前に置かれた陸地に気がついた。

 太陽に晒され続けるその地こそ、千里達の目的地。


「あれが、ルトルイム」


 ナーリャの声が、千里の耳朶を震わせる。

 高速で航海するアルトノーアはあっという間に港に船体を寄せて、二人の意識を引き戻した。


「砂漠……?」


 波止場に船を固定して、千里はルトルイムに降り立つ。

 人の気配はそこにはなく、港から地続きで大きな砂漠が広がっていた。

 そこに人の気配は見あたらず、ただ寂寥の空間が二人を迎える。


「とにかく、進んでみよう」

「う、うん」


 アルトノーアから、二人分の外套と水筒を手にしたナーリャが降りてきた。

 ナーリャは千里に太陽光から身を守るための外套と水筒が入った水を手渡すと、自身も外套をすっぽりと被る。


「行こう、千里」

「あ、待って!」


 歩き出したナーリャに並び立ち、ブーツの下からでも熱が伝わる砂を踏む。

 そうして二人は、陽炎で歪み先の見えない空間を、恐る恐る歩き始めるのであった。











――†――











 砂漠をただ、進んでいく。

 水が尽きないように調整しながらも、やはり長時間持たせ続けるのは無理があった。


「あ」

「千里?」


 水筒を逆さにして、千里は眉を寄せる。

 そんな千里を見て、ナーリャは小さく苦笑を零した。


「まだこっちがあるから、飲むと良いよ」

「え?だ、だめだよ!ナーリャが脱水症状になっちゃうよ」

「僕は大丈夫だから、ね?」


 ナーリャが差し出した水筒を、千里は手を振って答える。

 ペース配分を間違えたのは自分なのに、涼しげな笑顔で水筒を手渡してきた。

 だがその額に浮かぶ大粒の汗は隠せず、千里は必死に断る。


「私は良いから、ナーリャが飲んで」

「大丈夫だから、ね?……格好つけさせてくれると、嬉しいなって」


 そう言って、ナーリャは嬉しそうに笑う。

 そう言われてしまうと、千里は日差しとは別の要因で、頬に熱を持たせることしかできなかった。


「……ありがとう。でも、一口だけ。あとはナーリャのだからね?」

「うん、わかったよ。千里」


 結局押し切られてしまい、千里は水筒に口づける。

 温くなった水が喉をとおり、嚥下すると途端に体調が良くなったような、そんな錯覚を覚えた。


「はい、ナーリャ」

「うん、ありがとう」


 千里から水筒を受け取ったナーリャは、僅かに唇を湿らせた。

 ほんの僅かしか水を飲まないから、まだ余っていたのだろう。

 それを見ると、千里は申し訳なさを覚え始めて大きく息を吐いた。


「千里、止まって」

「え?」


 そうして頭を抱えていると、ナーリャの真剣な声に呼び止められる。

 次いで周囲を見回して、千里も同様に眉をひそめた。


「…………」


 周囲から溶け出すように現れた、白い外套の人影。

 その数は、ざっと三十はくだらない。

 誰もがナーリャ達を見ても口を噤んでいて、声を出そうとしない。


 だがそんな中、外套の一人が躍り出た。


「っ」

「シッ」


 小さく息を吐いて襲ってくる人影に、ナーリャは一歩前に出る。

 人影の手に持たれているのは、S字を描く反り返った曲刀。

 シャムシールと呼ばれる剣が、ナーリャに襲いかかった。


「煌めけ、銀蛍」


 納刀状態から、敵を見据える。

 風を切ってつき進む曲刀に、高速で抜刀し一撃を加え、返す刃で手首を狙った。

 広い間合いを持つ、超高速斬撃――居合いの前では、振り下ろすだけの一撃など止まっているが如き剣速であった。


「フッ」

――ギ、キンッ


 手首を狙った一撃を、人影は腰から抜いたナイフで弾いてみせる。

 そして、そこからさらなる追撃を仕掛けることもなく、大きく退いた。


「様子見、かな?」


 ナーリャの背に合わせるように、千里が側による。

 二人が力を合わせれば、この程度の人数など敵ではない。

 そう感じるだけの安心感に、二人は背中合わせに小さく微笑んだ。


「敵襲!」

「ッ!」


 突然、外套の内一人がそう叫んだ。

 途端に、場の空気が張り詰める。


「私たちのこと、じゃないみたいだね」

「そうだね……」


 外套たちが警戒し始め、緊張感が高まっていく。

 そうしてついに……警戒の正体が姿を現した。


――ザブンッ

「うぇっ……く、クジラ?!」


 千里の声が、響く。

 砂の中から大口を開けて姿を現した、巨大な魚。

 砂色の身体と四対の黄色い瞳を持つ巨大なクジラが、背中から砂を吹き出して眼下の人間達を威嚇する。


「“ザージグラージス”か!全員、陣を組め!」

「はっ!」


 ナーリャに曲刀を向けた人物の声で、外套たちは一斉に各々の武器を構えた。

 ナーリャ達に背を向けてでも戦う姿勢が見られることから、敵の強大さが伺える。

 この混乱に乗じて逃げ出すことは、さほど難しくはないだろう。


 だが――


「ナーリャ、背中……お願い!」

「うん……任せて、千里」


 ――ここで見捨てて逃げるのは、彼女たち“らしく”はなかった。


「ッ、お前たち」

「手伝います!指示を!」


 曲刀の人影の横に、千里が並び立つ。

 人影は千里を見て、次いで後方で弓を構えるナーリャに視線を移し、頷いた。


「何が出来る?」

「なんでも!」

「はっ、言うじゃないか」


 人影はそう笑うと、クジラからの距離を測りながら被っていた外套を外した。

 褐色の肌、短く切りそろえられた赤い髪と黄色の目。そして、長い耳。

 ナーリャよりも僅かに年上に見えるエルフの男性が、不敵に笑った。


「俺はテイガ。今はそれだけ覚えておけ」

「私は千里、あっちはナーリャ!」


 千里は煌億剣を手にして、クジラが吐き出した砂の弾丸を避けた。

 テイガが指示を出した彼の配下達も応戦しているが、対抗するには難しいようだ。


「チッ、やはりカーサを連れ来るべきだったか。

 チサトと言ったな……炎は得意か?」

「使えるっ」

「そうか、だったら特攻だ。切り込むぞ!」


 走り出したテイガに並び、千里はマガジンをセットする。

 喚び出すは、真紅の刃。カミソリのように角張った、半透明の剣。


「【イグニッション】――“灼氷剣|≪リズ=イグゼ≫”」

「ほう、魔法剣か!」


 テイガは獰猛にそう笑うと、身体を滑らせて来たクジラを跨ぐように、飛ぶ。

 人間ではあり得ない跳躍力で、全高五メートルはくだらないクジラの上に飛び乗った。


「下を焼き払え!」

「わかった!……灼き断て【灼雪剣波!】」


 真紅の息吹が、クジラの下あごにぶつかる。

 すると激しい熱に痛みを感じたのか、クジラが大きく怯んだ。

 それを機に、テイガはクジラの背を曲刀で切りつける。

 砂の噴出口……そこが、巨大クジラ“ザージグラージス”の弱点だった。


「エルリスの元へ眠れ!」


 振り降ろし、薙ぎ、払う。

 抉るように切り続けて、赤く染まった噴出口にテイガは己の腕を差し込んだ。

 この先にあるのは、クジラの運動神経を束ねる“弱点”だ。


『グォォォォォォォッ』

「づっ、ぐあ……まずいッ」


 クジラの咆吼とともに、周囲から砂色の魚が飛び出した。

 鋭い刃のようなヒレを持つ、砂魚。

 このクジラと戦うときに注意しなければならなかった、人間サイズの魚だった。


「くっ、コイツを忘れるとは、なんて迂闊――」

――ドン!

「――なに?」


 飛び出した魚が、横合いから殴りつけられて吹き飛ぶ。

 その腹に突き立った矢に、テイガは目を見開いた。

 暴れるクジラが起こした砂煙、その中から正確に対象を射抜く弓兵など、彼の配下には居ない。


『ギェェェェッ』


 次いで、四方から飛び出てきた魚がほぼ同時に落とされる。

 今度は横合いからではなく、頭上。

 放物線を描いた矢が、砂魚を真上から落としたのだ。


「【マガジンセット・イグニッション】――“蒼炎剣|≪アルク=イグゼ≫”」


 突然、クジラの動きが止まる。

 何が起こっているのか理解が追いつかなくとも、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 テイガはそう決意し、クジラから“器官”を引き抜いた。


「おおぉぉぉぉぉッ!!」

『ギォォォォォォォッッッ!!!!』


 クジラの運動神経を束ねる器官。

 琥珀色の丸い宝石を、テイガは空にかかげた。


「ふぅ……手間を掛けさせる」


 テイガは血にまみれた頬を外套で拭い去ると、軽やかにクジラから飛び降りる。

 そして動きを止めた原因を探ろうと振り向き――言葉を失った。


「凍り付いている?」


 クジラの下あごから、前足、後ろ足に至るまで凍り付いていた。

 その光景に絶句し、それから千里に視線を移す。


「びっくりしたぁ……なんで砂漠に魚が?」

砂魚すなうおだね。砂地に生息する魔獣だよ」

「へぇ、そんなのもいるんだぁ」


 のんきに会話する二人の姿に、テイガは苦笑と共に息を吐く。

 そして、二人にゆっくりと歩み寄った。


「まずは感謝しよう、異国の民よ」

「あなたは……」

「テイガだ、ナーリャ。ああ、君の名前はそこの彼女から聞き及んでいる」


 テイガが気さくに声をかけたことで、ナーリャは警戒を緩める。

 彼の配下達も、その様子に僅かに警戒を解いていた。


「先程は突然襲いかかってすまなかった。腕を見ておきたくてな」


 目を眇めて、テイガはそう話す。

 まずは己で太刀筋を見極めるという、侍のようなことを言う男であった。


「それで、結果は?」


 ナーリャが問うと、テイガは不敵に笑ってみせる。

 飄々としていて掴めない、それなのに豪快という人柄。

 その姿は、レウとガランを足したような印象を、ナーリャに与えていた。


「良い剣筋だった。悪意も、迷いもない」


 テイガの一言で、彼の配下達が一斉に顔を見せた。

 白い肌のエルフと褐色の肌のエルフが、丁度半分ずつ程度の混交部隊のようだ。


「さて、謝礼ついでに話を聞きたい。着いてきて貰えるか?」


 テイガがそう提案すると、ナーリャと千里は顔を見合わせた。

 テイガやその配下達に、敵意は見えない。

 ――そしてなにより、砂漠を二人だけで歩くのにも、そろそろ限界だ。


「わかった。僕はナーリャ=ロウアンス。よろしく、テイガ」

「ああ……さぁ行くぞ!」


 踵を返して、テイガが歩き出す。

 それに合わせて、彼の配下達も移動を始めた。


「僕たちも行こう、千里」

「うん!」


 ナーリャと千里は、互いに頷き合うとその一団に着いていく。

 彼らの向かう先にどんな状況が待ち受けているのか、期待と不安をない交ぜにした表情で、二人は砂漠を歩き出すのであった――。

ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。

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