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E×I  作者: 鉄箱
第三部 運命を穿つ矢
63/81

十章 第三話 Revenge of the Vampire ! 後編

 悔しかった。

 主に任された命を全うできず、結局主の花嫁候補を逃がしてしまった。

 妙に丸くなった主は彼を責めなかったが、それでも彼は悔しかった。


 花嫁候補――千里を捜す度。

 その旅路で、彼は――ダークは、密かに逆襲の準備を整える。

 何度も開発を試み、立ち寄った場所で情報と材料を集め、試作品を幾つも生み出し。


 そうしてダークの技術は、力は、進化していった。


「ふははははっ!これでもう、負けはないニャ!」


 ニーズアルへの技術は世界一。

 そんな事を叫びながら、幽霊船に“それ”を積み込む。

 そのせいで船体に不自然な重みが加わり、少し軋む音が響こうとも関係なく。


「待っているニャ!奥方さま!これで、ボクの勝利は確定ニャ!」


 一匹の猫妖精の高笑いが、夜の幽霊船に響き渡る。

 千里達の足取りを掴む、前日の夜のことだった――。














E×I














 対峙する中、ダークが不敵に笑う。

 だが猫なので、その印象は“可愛らしい”以上のものにはならなかった。


「さて……主、まずはボクに任せてくださいニャ」

「いいだろう。前座を務めよ、ダーク」

「ありがとき幸せニャ」


 エクスが三歩下がり、ダークが大きく五歩前に進む。

 千里とダークがこうして対峙するのは、二度目だ。


「この日をどんニャに待ちわびたことか!

 さぁその目でよく見るがいいニャ!ボクの新、最高傑作を!

 ――【来たれ! 猫専用強化外骨格ねこせんようきょうかがいこっかく飛行型・八式改】」


 ダークの雄叫びに反応して、船首部分を“突き破り”、白銀の巨人が出現する。

 ジェット飛行機のような翼、猫耳付きの兜、白銀のフルプレートアーマー。

 その右手には三メートルに近い大剣を持っていて、左手には二メートルほどの盾を構えていた。


 全長二メートル半。

 その巨体に、ダークは乗り込んだ。


「ロボット……でも、前よりパワーアップしてる」


 冷や汗が、額から伝って顎から落ちる。

 叩きつけられる雨に微塵も動じることなく佇む姿は、まさしく威風堂々。

 ダークの情熱がこれでもかと詰め込まれた、兵器であった。


「飛行制御確認、安定確率良行、魔力充填九十九……成功ニャ」


 失敗する確率もあったらしい。

 声に過剰な安堵が見え隠れするのは、どうやら気のせいではなかったようだ。

 横では、エクスが満足げな顔立ちで佇んでいた。


「見るニャ!魔力展開、爆進特攻!」


 大剣を突き出して、鎧が飛んでくる。

 その速度に目を瞠りながらも、千里は右側に大きく飛ぶことによって、その一撃を避けてた。


「飛行制御、昇空!」


 だがダークはそのまま空に飛び上がり、遙か上空で制止した。

 そうして盾を構えると、盾の中心部が左右に開き、中から黒い砲身を見せる。

 いったいどこでそんな知識を手に入れてきたのか、それはSFものにありがちな魔力銃だった。


「主の魔力とボクの魔力を加工し、

 火石の爆発力によってそれを放つボクの最高傑作!

 その名も――【猫式火焔魔力砲ねこしきかえんまりょくほう】だニャ!」


 魔力が充填されていき、やがて輝きを持ち始める。

 荒れ狂う魔力と火石の炎。

 あんなものを受けたら、ひとたまりもないだろう。


「発射時間、詠唱開始。十、九、八、七、六……」

「どうする?どうすれば……」


 横目でエクスを見れば、彼は愉しそうに笑っていた。

 下手をすれば、彼が求める千里はバラバラになってしまうだろう。

 それでもエクスは、ただ笑っていた。


 いや……“だから”なのだろう。


「私のものになれ。

 そうすれば――――ダークは撃たない」


 それが、狙いだった。

 今から光の翼を展開しても、避けられるかわからない。

 第一避けたら、船に囚われているナーリャの安否が、保証できなくなってしまう。


「さぁ、選べ!死か、生かッ!」

「私は……いや、そうだ――私は、逃げない!」


 煌億剣を抜き放ち、マガジンをセットする。

 今の今まで忘れていた、煌億剣の新しい力。


「【イグニッション】――“幻朧剣|≪ファラ=イグゼ≫”」

「なんだ……あれは?」


 純白の体躯を持つ、音叉のような二又の剣。

 精霊王レメレの霧を内包するこの剣の力は――。


「……三、ニャ、一……発射!」

「斬り裂け……【幻想を拓く者よ!】」


 ――飛来する真紅の砲弾を斬り裂き、消滅させた。

 実体のないものならば、たとえそれが炎だろうと雷だろうと魔力だろうと斬り裂くことができる、幻想の剣。直接攻撃力は皆無だが、対魔法においてこれほど心強い存在はない。


「打ち消されたニャ?!……ならばもう一度、再装填ニャ!」


 再び光を溜め始めるが、何度やっても同じ事だ。

 だが次はエクスからの妨害が入る可能性があるので、極力彼から距離を取る。


「つまらんな。それは取り上げさせて貰おうか」


 指を向けて、そこに稲妻を溜め始める。

 案の定、エクスは千里を妨害する気でいた。

 少々螺子が飛んだところで、元来の嗜虐的な部分が消えて無くなる訳ではないのだ。


「さて、上空と正面。二つの攻撃、同時に退けられるか?」

「――同時に退ける必要は、ない」


 焼け落ちたマストの根本から、声が聞こえる。

 その声が誰のものであるかなど、わかりきっていた。

 だから千里は己の声に喜色を乗せて、叫ぶ。


「ナーリャ!」

「遅れてごめん、千里。それから――君はここで落ちろ、黒猫」


 トーンが下がり、怒りの込められた瞳でダークを見据える。

 その手に弓を構えて矢を番えるナーリャを見たエクスは彼を止めようとするが、千里によって阻まれた。


「先見三手……」

「ちっ、横軸機動制御、展開ニャ!」

「……一撃必殺」


 黒帝より削り出された、対大型魔獣であるナーリャの弓の力を最大まで引き出すことが可能な、矢。


 その一撃はダークの動きを読み切り、正確に砲身を穿ち抜いた。


「ニャ?!ま、まずいニ――」

――キィンッ…………ドゴォォンッッッ!!!


 巨大な花火が上がり、緊急脱出装置を用いたダークが飛び出してくる。

 なんのために空を高速飛行できる兵器を作ったのか、わからないほど早い撃墜。

 空中でのジグザク飛行などは砲身を構えている間はできないので、色々と未使用機能を残した上での爆散だった。哀れである。


「ぐぅぅ……まさかこうも早くダメにニャるとは」

「ダーク、無事だったか」


 兜に装着された翼で、ダークは緩く滑空してきた。

 ダーク自身は怪我の一つも負っていないため、まだ戦意を鈍らせていない。

 どうやら脱出装置を千里に破壊された時に学習して、丈夫に造ったようだ。


「千里、なんでアレがいるのかわからないけど、今の内に逃げた方が良い」

「“アレ”って……いや、逃げちゃダメ」

「千里?まさか……」


 真剣な顔で千里を見るナーリャに、首肯する。

 エクスは自分たちの求める秘宝を持っている。

 ここで逃げる訳には、いかなかった。


「……腹に据えかねるほどのことを、アレにされた?」

「へ?……えぇっ!?」


 だが、千里の意図は正しく伝わっていなかったようだ。

 きちんと説明した訳ではないから伝わらないのは当たり前なのだが、間違って頷いてしまったのが悪かった。


 ナーリャが“変な勘違い”をしているのに気がついて、千里は頬を赤らめる。


「羞恥心を抱くほどのことを?エクス……貴様ッ」

「あああ、あの、その、えと……」

「久しいな、ナーリャ」


 エクスは如何にも興味の無さそうな視線でナーリャを一瞥し、すぐにため息を吐く。

 事実ナーリャのことはどうでも良いのだろう、すぐにダークに向き直ってなにやら指示を飛ばしていた。


「いやいやいや、そうじゃなくて!」

「何もされてないの?」

「そうなに…も……?」


 思い浮かべるのは、香水で悶絶する前の光景。

 頬に指を這わせ、鎖骨をなで上げるまでの一連の仕草。

 それらを思い出して、千里は言葉に詰まる。


「された、かも」

「エクス、この海が貴様の墓標だ!」

「言ってくれるな、間男がッ」

「どっちが間男だ!」


 よくよく考えてみれば、怒りに身を任せるナーリャを止める理由もない。

 もちろん、なにやら凄い想像をされていそうだが、それには気がつかないフリをしておく。後から説明すればいいし、なにより恥ずかしい。


「間男め!貴様の相手はこのボクニャ!」


 復活したダークが、脱出用の兜を装着したままふわりと浮かぶ。

 そして肉球で指を弾く――猫の手では弾けないので、見た目だけ――と、甲板に沢山の甲冑が舞い降りた。


「【行け!猫指揮型兵装甲冑戦団ねこしきがたへいそうかっちゅうせんだん!】」


 ナーリャを取り囲む、無数の甲冑。

 斧や槍、剣に弓を持つ姿は、まるでノーズファンでの怨霊達の再来に見えた。


「ナーリャ!」

「君の相手は私だ、チサト」

「エクス……」


 甲板の端と端。

 甲冑たちによって、二人は分断されてしまった。


「始めからこうしておけば良かったのだ。

 欲しいモノは――――己の手で、直接手に入れておけば、な」


 エクスの回りに、暗雲が出現する。

 彼を中心に半径二メートルを覆う雷雲の結界。

 ナーリャが打ち破った時ほど、手加減はしてくれないだろう。


「さぁ、その力を私に見せてみろ――チサトッ!!」


 宙に浮くエクスを見据えると、千里も背に光の翼を展開して浮かび上がる。

 装填するマガジンは、直接攻撃力と精神攻撃力を兼ね揃えた、オールマイティの剣。


「“閃煌剣|≪イグゼ=イルリウス≫”」


 実体を持った光の剣は、幻朧剣ほどではないが実体のないモノにも効果を持つ剣だ。

 稲妻にも効果をもたらし、かつ直接攻撃力も有している。

 先程のダークの魔力砲レベルの攻撃を打ち消さなくても良いのなら、これで十分だ。

 両者ともに飛んでいるのなら、来ても避ければ済むのだから。


 新たな大陸の、その手前。

 千里は望みのために、閃煌剣を構えた。











――†――











 左右から振り下ろされる大剣を、槍で逸らして避ける。

 ぐらつく船体に足を着けながらも、ナーリャは匠に槍を操っていた。


 右へ、左へ、前へ、後ろへ。

 甲冑の攻撃を受け流して、一撃を加える。


――ドンッ


 激しい音と共に、甲冑の胴に風穴が開く。

 けれど、それでもなお甲冑は止まらない。

 死霊や怨霊のように、胸を貫けば終わりではないのだ。

 なにせ彼らは、空っぽなのだから。


「やっぱり、本体を討たないとッ!」


 甲冑たちを操る、ダーク。

 彼は自由自在に空を飛び回っているため、中々捉えることができずにいた。

 また、群がる甲冑たちをどうにかしないと矢を番えることもできないため、例えダークを捉えたとしてもゆっくりと狙う隙は無い。


「くっ……どけ!」


 放たれる矢を避け、振り下ろされる斧を逸らし、突き放たれる槍を弾く。

 一度に向かってくる敵は、四体が限度。それも、仲間討ちを視野に入れて。

 その上で、矢も振ってくる。腕が悪いのは救いだが、慰めにはならない。


「せめて、嵐が止めば」


 ナーリャが危惧しているのは、突風や船体の揺れによって体勢が崩れる事ではない。

 肌を打つ豪雨と身体を揺らす突風、そして耳をつんざく稲妻。

 これらの“音”が落ち着けば、状況を覆すことができる。


「ふはははっ!終わりかニャ?諦めたかニャ?」

「誰が……諦めたり、するもんか!」


 降りかかる火の粉を、剣を槍を斧を弓を避けながら、ナーリャはダークに反論する。

 雨で身体は濡れ、風で濡れた身体が冷え、稲妻で急激に熱を持つ。

 その連鎖は、ナーリャの体力を確実に奪っていた。


「どうにか、隙を――」

――ゴォォンッッッ


 震える足を必死で動かしていたナーリャは、大きな音に動きを止めた。

 ナーリャだけではない、自動で動いているのかダーク以外の周囲の全てが、動きを止めた。ダークの意識も、空に向いていたのだろう。


「二つの、稲妻?……いや、それよりも!」


 空に浮かぶ、二条の雷光。

 嵐を消し去るほどの威力を内包した雷光を前に、誰よりも早くナーリャが再起動を果たした。


 槍を捨て、両手を開き、一拍。

 パアンッと周囲全方向に音が流れて、複雑に反射しナーリャに還る。


「【領域把握】――先見三手」


 目を瞑り、そのまま脳内で全ての動きをトレースする。

 やがてそれらは三手先の映像をナーリャの脳裏に浮かばせて、軌道を如実に表わした。

 狙うは、高速起動中の、ダークの兜。そこへ向けるために、ナーリャは思い切り弦を引く。


「一射必中」

「まずいニャ……総員、かかるニャ!!」


 矢を番えたナーリャに気がつき、ダークは甲冑たちを動かす。

 だがそれも、一歩――いや、三歩遅い。


「夜影弓“闇を穿つ大弩|≪ウルド=ガル=バリスタ≫”」

――ドンッ


 対大型魔獣の名を冠する弓の、全力。

 その一撃は空を駆り、避けようと軌道を変えたダークに食らい付く。

 兜を砕き、ダークを傷つけずに抜いて、翼を砕いた。


 森の主、黒の帝王。

 その骨格から削り出された矢は、オリジナルの魔獣と相違ない“暴力”を示す。


「ぎニャっ!?」


 悲鳴と共に甲板に墜落し、二回三回と転がっていく。

 やがて船長室の壁にぶつかり動きを止めるが、その頃には目を回して気を失っていた。


 同時に、甲冑たちが崩れ落ちる。

 どんなに厄介な敵でも、頭がなければ何も出来ない。

 それを表すように――彼らはもう、動き出すことは無かった。











――†――











 黄金の粒子と白銀の稲妻が、空間に満ちる。

 エクスが一度指を鳴らすと、その度に空が瞬いた。

 発射地点から着弾地点まで、ほとんど時間に差がない。

 けれどそれを、光の粒子によって強化されていた千里の瞳は、確実に捉えていた。


「【断て、光輝!】」


 閃煌剣を振るう度、光が輝いてエクスに飛来する。

 だがエクスは、余裕の表情で攻撃を避けていた。


「さて、避けるのにも避けられるのにも飽きてきたぞ?チサト」


 エクスはそう言うと。右手を前に差し出した。

 そして手招くように手を握ると、一気に開いて手の平を千里に見せる。


「【雷霆/散開】」


 エクスの詠唱に合わせて、大きなの雷球が出現する。

 それは瞬く間に分裂していき、気がつけば百を超える雷球を生み出していた。


「【雷針/無限震域ッ!】」

「【遮れ、光盾っ!】」


 円形の盾が生み出され、避ける隙のない電撃の針を防ぎ続ける。

 このまま防いでいたら、終わらないだろう。

 針を一撃放っただけでは雷球は消えず、未だに射出機としてその場に残っていた。


「【行け!】」


 千里の声と共に、光盾が進む。

 それは直ぐに弾丸のような速度を持ち、エクスにつき進んでいった。


「クッ……【雷霆/集中】」


 エクスの詠唱に合わせて、針を吐き出していた雷球が、エクスの手の平に集まる。

 やがてそれはバチバチと大きな音を立てて、形を大きな槍に変えた。


「【雷臨/大槍閃ッ!】」

――ズドンッ


 稲妻の槍で切り裂かれ、光盾が消滅する。

 その隙に、千里はエクスの更に上空まで飛び上がっていた。

 ここで一直線に振り下ろせば、流石のエクスも避けられないだろう。


「普通には無理でも、私は吸血鬼――どうとでもなるのだよ」

「はぁぁぁあっっっ!!!」


 光の剣が、空を割る。

 その輝きは見るもの全てを圧倒し……しかし、虚空を斬り裂いた。


「えっ?!」

「【霧化】……残念だったな、チサト」


 エクスが出現したのは、千里の正面十メートル場所だった。

 そこでエクスは、剣を振り下ろした体勢から戻れていない千里を、見据える。


「その身が半ばまで焼けただれたとしても、

 我が眷属として蘇らせ悠久の時間を与えることを、約束しよう」


 大振りに構える槍に、エクスは更に電撃を纏わせる。

 月から力を得る種族である吸血鬼エクスは、月影の首飾りによってその力を増していた。


「【雷煌/大閃槍刃ッ!!】」

「……【パージ】」


 エクスが、身の丈の三倍ほどになった槍を投げる。

 と同時に、千里はマガジンを外し、そして新たなマガジンを向けた。

 強力な攻撃に対して、避けることも弾くこともできないのなら――。


「【ブレット・ロード!】」


 ――奪ってしまえば、いいのだ。

 白銀の稲妻が、千里の左手に持たれたマガジンに、吸い込まれていく。

 千里の視界を、黄金によって塗りつぶすほどの極光の中、彼女は左手に力を込めた。


「【マガジン――」


 稲妻が轟音と共に吸い込まれ、消えていく。

 その後に残るのは焼け焦げた少女ではなく、マガジンを剣の鍔に差し込む千里の姿だった。


「――セット】」


 目を瞠るエクスの前で、千里は剣を掲げる。

 新たな力が装填されたマガジンは、煌億剣と共に黄金の電撃を走らせていた。

 五つ目のマガジン、それに内包せしは、光とは異なる黄金。


「【イグニッション】――――“雷響剣|≪ミール=イグゼ≫”」


 雷迅を奔らせながら、黄金の剣真が伸びる。長さ六十センチほどの剣真だ。

 だが特筆すべきは剣真ではなく、その柄にあった。

 一メートルと少し程度まで伸びた、黄金の柄。

 元々の煌億剣の全長を合わせて約一メートル十五センチ。低学年の小学生ほどもある。

 その上に稲妻の刀真を合わせれば、千里の身長を優に超える。


 槍と剣を合体させたような、稲妻の大槍だった。


「クッ……ハハハハッ!

 私の力を掠め取るか。流石はこの私が認めた女だ、チサトッ!!

 夫婦ならば力を共有するのもまた、悪くないッ!」


 エクスは、愉しそうに笑う。

 事実心の底から楽しんでいるのだろう。

 喜色に満ちた笑みは、いっそ清々しいほどに狂気的だ。


「【雷霆/集中】」


 大きな雷球を四つ生み出し、分裂させることなく集中させる。

 そして再び、先程千里に放った槍を構えた。


「力を貸して……“陽光を携えし、未来への導き手|≪イルリス=イル=リウラス≫”」


 光の翼を巨大化させて、羽ばたかせる。

 すると周囲に光の羽が降り注ぎ、風に舞ってエクスへ一直線の道を造った。

 その道を見据えて、千里は左手を引き槍の先端をエクスに向け、鍔の近くを右手で掴む。


「今度こそ、終わりだ!【雷煌/大閃槍刃ッ!!】」

「奔り穿て、黄金の稲妻【雷響・煌億閃刃っ!!】」


 エクスが槍を投げ放った、瞬間。

 千里の姿が、かき消える。

 光の羽の中を槍が通過する度に、小さな破裂音と共に千里の身体が加速されて、雨も風も音も色も光りも――全てをその場に、置いていった。


――…………ゴォォンッッッ


 音が戻った時、千里はエクスの遙か後方に浮かんでいた。

 光の道は未だその場に残り、エクスの稲妻と交差しているように見える。

 もう千里は、その場には居ないのに。


「な、に?」


 エクスの呆然とした声が、千里に届く。

 稲妻が通り抜けたように、エクスの身体には右肩から左腹にかけて斜めに火傷が走っていた。


 千里の姿を捉えることができなかったせいか、真紅の双眸が驚愕から見開かれている。


「ぐ……まだ、終わらんぞ!」

「【パージ・マガジンセット】」


 雷響剣を切り離し、閃煌剣を生み出す。

 爪を以て飛びかかるエクスの動きは速いが、斬り裂かれたせいか本来の速さではない。


「おぉぉぉぉッッッ!!」

「しぶといっ……でも!」


 振り向き様に、一閃。

 他者の悪徳を斬り裂く黄金が、質量を以て煌めいた。

 エクスの身体に刀傷が刻まれる。

 先程までとは逆、左肩から右腹にかけて斜めに走った傷から、鮮血が吹き上げられた。


「が、はッ」


 エクスの身体が、ゆっくりと落ちる。

 悪徳を斬るには、幻朧剣では無理だ。

 身体に傷を残しても、千里は相手を殺そうとはしない。

 それでまだ追いかけられることになっても、千里は他者を殺めない。


 その想いが形となったのか、エクスの身体に刻まれた裂傷が、漂っていた光の羽によって消滅した。ダメージは残っているので、直ぐに復活することはできないだろうが。


「はぁ……終わった、のかな?」


 甲板に墜落して起き上がらない、エクスの姿。

 それを見て、千里は小さく息を吐く。

 鎧袖一触、その刹那の間に掴んだ光。


 千里の左手の中に毅然と輝く――月影の首飾り。


「手癖が悪いみたいで、なんかあれだなぁ」


 そう呟く表情は、どこか苦い。

 スリの技術なんかあっても、仕方がない。

 そう言いたげな苦笑を浮かべて、佇んでいた。


「千里ーっ!」

「ナーリャ……今行く!」


 滑空し、ナーリャの元へ降り立つ。

 ナーリャは怪我一つ無い千里の姿を見ると、安堵の息と共に微笑んだ。


「良かった、無事みたいだね」

「うん。ナーリャも」


 微笑み合って、互いの無事を確認し合う。

 その頃には、徐々に陽光が差し込まれ始めていた。


「ところで……さっきのことだけど」


 ナーリャの言葉に、千里は再び苦笑する。

 どちらも落ち着いてきたのだろう、冷静に話ができそうだった。


「ちょっと追い詰められたけど、ひどいことはされなかったよ」

「最初に頷いたのは?」

「エクスが……これを持っていたから、ついそのことかと思っちゃった」


 千里が掲げた首飾りを見て、ナーリャは得心がいった表情で頷いた。

 漸く、厄介な誤解を解くことができた。


 だがそんな風に安心している時間は――なかった。


――ミシッ

「あれ?なんの音だろう?」


 耳を澄ませるまでもなく響く、何かが軋む音。

 千里がそれに首を傾げて、次いでナーリャが床を見る。


「千里、まずい!逃げるよ!」

「へ?って……わわっ」


 甲板を横一直線に走る、ひび割れ。

 ぼろぼろの幽霊船で嵐を航海しながら激しい戦闘を行った結果、船体に修復できないダメージを残していた。


 真っ二つに割れ、その隙間にエクスとダークが滑っていく。

 だが途中でダークが目を覚まし、物を動かす力でエクスを浮かせて運んでいった。

 その一連の様子を見て、千里は僅かに安堵する。

 セクハラ被害はある物の、陽光で灰になったり水没でもされたら寝覚めが悪い。


「飛ぶよ、千里!」

「うん!」


 甲板から飛び降りて、アルトノーアに着地する。

 同時にレラの涙の力で高速発進すると、その瞬間、幽霊船が真っ二つに割れて沈んでいった。


「あ、危なかった」

「う、うん」


 アルトノーアの甲板の上。

 二人は背中合わせに座り込む。

 安堵に胸を撫で下ろし、ふと空を見れば、もう完全に青空が取り戻せていた。


「お疲れ、ナーリャ」

「……うん、お疲れ。千里」


 空の下。

 呟いた言葉は、胸に落ちて消える。


 海の上に、優しい安堵を残して――。


今回で第十章が終了。

次回から、第十一章に入ります。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次章もどうぞ、よろしくお願いします。


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