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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
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八章 第六話 深淵の鼓動 前編

 黒い影が、集まる。

 一つや二つではない、大きさも不均等な影。

 それが黒い空間に、ただただ伸びていく。


「忌々しい」


 吐き捨てるように言い放つ、異彩を持つ影。

 大柄な男、テインは苛立たしげに壁を殴る。


「時間がない……」

「ごほっ、急ぐ必要が、ありそうですね」


 黒い絨毯により広がる影の中、黒に置かれて目立つことなく佇む白。

 ラックは咳き込みながら顔を歪ませ、テインにそう告げた。


「最早手段は選ばん。正攻法で為し得なかったのであれば、次の手段をとるだけだ」

「なるほど、“仕方在りません”から、ねぇ。ごほっ」


 ラックの頬が、引きつる。

 それは、力ない身体で作った、精一杯の笑みだった。

 唇の端から鮮血が零れてもなお、浮かべることを止めようとしない笑みだ。


「これは終わりだ。終わりにして始まりだ。

 ――――行くぞ、ラック!今日、この日、全てが変わるのだ!」

「はっ!」


 影は、嗤う。

 ただただ、狂ったように……嗤い続けた。














E×I














 灰色の雲も、日が落ちれば黒の帳に紛れて解らなくなる。

 だが厚く空を覆っている雲は、自身の姿を隠すと同時に、月や星の輝きすらも隠してしまった。


「もうすぐ、神託かぁ」


 最後の夕食を終えて、千里はあてがわれた部屋から空を眺めていた。

 神託を行うのは深夜、満月が真上に昇った時を見計らって行われるのだが、肝心の月は僅かな光しか発せていなかった。


 千里は横目で、ナーリャの武器を見る。

 神託の間、武器を持っていくことは出来ない。

 儀礼的に一つの武器を持っていき、それを神託直前にアルトレイへ預けるということはできるが、ナーリャのように多くの武器を持つ場合は、叶わなかった。


 だから“なにか”在った時に一度部屋へ取りに行くというプロセスを踏むくらいだったら、千里が持っていて届けた方が良いのだ。


「心配、だなぁ」


 凶兆の花を千里とルフィルが見つけてからというもの、神殿内部は慌ただしかった。

 その騒ぎを客である千里達に伝えられないよう配慮はされていたようだが、千里達も警戒している以上感づいてしまう。


――ガタッ

「っ……だれ?」


 部屋の外から響く、音。

 その音に、千里は小さく声を上げる。

 だが、いくら待っても返事は来ない。


 刻印のカードがなければ、部屋に入ることはできない。

 だから外にいる何かは、それを知らない存在という事になるだろう。


「外部の人間?」


 千里は小さく呟くと、ナーリャの弓と矢筒、それから槍を持つ。


――ガタタッ、ガタッ


 断続的に扉に当たる音。

 決定的な行動に出られる前に、千里は手の中に光を生み出した。

 輝く矢印……それが示すのは、ナーリャの居場所だ。


――ガタンッ!


 一際大きな音。

 それが終わると、途端に静かになった。

 だがそれも束の間の静寂に過ぎず、再び音がし始める。


――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ


 何かを囓るような音。

 その音に、千里は眉をしかめた。

 故郷で見たホラー映画のワンシーンを体験しているようで、背筋に冷たいものが走る。


「うぅ、ホラーものって苦手なのに」


 思わず悪態をついた、その時。

 再び音が止み、次いで扉が僅かに開く。

 なにかに囓られて壊された鍵、暗い隙間の奥。


 そこに光る、小柄な紅い目に、千里は小さく息を呑んだ。


「ネズミ?」


 黒い体躯に赤い瞳のネズミ型魔獣、デプシーモルト。

 神殿内部の扉を食い破るほどの力は持っていなかったはずなのに、そのネズミは千里の部屋の扉をこじ開けてみせたのだ。


『チュ、ヴヴヴヴヴヴ』

「様子がおかし――っ!?」


 その鳴き声で様子の違いに気がつき、そしてその全容を見て目を瞠る。

 目の周りの肉がそげ落ち、白骨化した身体を晒しながら、空虚な瞳で鳴くネズミ。


「ゾ、ゾンビ?!」


 そう、パニックホラーに登場するゾンビのような体躯になったネズミが、千里を睨み付けていたのだ。


『キジャァァァァァァァァッッッッ!!!!』


 断末魔の叫びを具現化したような、泣き声。

 それに釣られて、無数のネズミが集まりだした。


「ひどい……どうして、こんなことに」


 ネズミたちは、確かに一度死んだのだろう。

 そうして無理矢理蘇らされて、血の涙を流して泣いているのだ。


「でも」


 力在る千里の所にまで来るのならば、力のない人たちはどうなっていることか。

 千里は脳裏にルフィルの顔を思い浮かべると、徐々に集まり逃げ場を無くしていくネズミを睨み付けた。


「ごめんね、でも……押し通らなきゃ、ならないんだ」


 千里は腰に提げられた剣、煌億剣イグゼを右手で抜き放つ。

 弓や槍は紐で纏めて、左手一本で持っていた。


「“蒼炎剣|≪アルク=イグゼ≫”」


 ノコギリのようにぎざぎざとした刃を持つ、鋭い切っ先の青い剣。

 その刃から吹き上がる蒼炎は、残酷なほどに冷たい。


「はぁっ!」


 徐々に距離を詰めていたネズミに、一振り。

 それだけで、青い炎がネズミの大群を凍り付かせる。


「ごめんね」


 千里は最後にそれだけ呟くと、凍り付いたネズミたちの間を縫って外に飛び出る。

 その時には、神殿の内部は異様な空気に包まれていた。


「早く、合流しないと!」


 足に力を入れて、駆け出す。

 まずは弓をナーリャに届けて、それから現状把握をしながらネズミを倒す。

 目まぐるしく変わる状況を、どうにか理解するのだ。

 他にするべき事があるのなら、随時対応していけばいい。


 足音が、神殿に響く。

 不穏な影は、ノーズファンの夜に牙を剥いていた。











――†――











 突如として出現した、無数のネズミ。

 それは、明らかに“生きていない”姿をした、デプシーモルト達だった。


「これは、いったい」


 腰に提げた短剣で、ナーリャは飛びかかるネズミを斬り払う。

 その手応えは普段狩っている生き物のものとは少し違う。

 まるでそれは、狩って時間の経った獣を捌いている時のような感覚だった。


 ナーリャが短剣を振るう後ろでは、フィオナも同様に長剣を用いてネズミを斬り、焼き払っている。炎はよほど相性が良いのか、ネズミたちを効率よく減らしていた。


「ナーリャ、無事か!」

「うん、こっちは。……フィオナの方は?」

「少し、まずいことになった」


 フィオナの視線の先、ネズミに群がられて息絶えた騎士達。

 助けられなかったその姿に歯がみする暇もなく、息絶えたはずの騎士達がゆっくりと立ち上がった。


「嫌な予感はしていたのだが、まさかこんな禁忌を犯す者が居るとはな」

「フィオナ……あれがなにか、知っているの?」


 ナーリャが問うと、フィオナは忌々しそうに頷いた。

 エルフとして生きた長い時間、フィオナは様々な術に出会ったことがある。

 これも、そんな秘術の一つであった。


「“死霊傀儡しりょうかいらい

 ……エルリスの元へ送られるはずの魂を強制的に従属させ肉体に縛り付ける術。

 死者であるため生者に戻ることはできず、討ち斃す以外に救済方法はない」


 剣を持ち、槍を持ち、斧を持ち、杖を持ち。

 斃されたものは敵になり、戸惑うものは斃され、そしてまた敵が増える。

 生と死のルールを冒涜した、最悪の禁術であった。


「討ち斃す方法は?」

「死霊は右胸に偽りの心臓を持つ。それを穿つか、焼き払ってしまうか」

「わかった……やってみる」


 あまり素早くは動けないのか、行動する暇はある。

 神託への道、この先にいるアルトレイとクラウトへの負担を軽くしてオリヴィアを守るためにも、ここで足止めをしなくてはならなかった。


「ハァッ!」


 短剣を逆手に持ち、走る。

 死霊騎士の剣は生者のものとは比べものにもならないほど速く、強い。

 けれどそれも、先の一手を読むナーリャには、意味のないことだ。


『お、ぉォぉ』

「ごめん……眠って」


 逆手のまま、死霊騎士の右胸を貫く。

 すると死霊騎士は漆黒に染まった瞳を見開いて、崩れ落ちた。

 灰になって消えてしまうため、死体は残らない。

 家族の元に、帰ることは出来ないのだ。


「こんな、ことが……」


 ふらりと立ち上がる死霊騎士。

 その数は今や、十を超える。

 神殿を守っていた騎士達の、なれの果て。


「……許される、はずがないッ!」


 鋭い目で死霊達を睨み付けると、ナーリャは駆ける。

 背中をフィオナに任せて、己を激情に任せて、ナーリャは短剣を振りかざした。


「ハァァッ!」


 戦いはまだ、始まったばかり。

 ノーズファンを覆う闇は、晴れない。











――†――











 神託の間に続く、“聖域の門”の前、剣戟の音が響いていた。

 群がるネズミを、かつて仲間だった騎士を、神殿で働く一般の侍女だった者を。

 歯を食いしばり、それでも最後までその姿を目に納め、剣を振るって斬り裂いていく。


「イルリスの救いと、エルリスの赦しあれ!」


 アルトレイの持つ純白の西洋剣が、死霊達を灰に変えていく。

 倒れた仲間の死を悼む暇もなく、死霊と化した仲間を斬る。

 この場には既に、アルトレイとクラウト含めて三人の騎士しか残っていなかった。


 オリヴィアを守る騎士達は、十五人もいたというのに。


「【風よ、斬り裂け!】……まだ行けるか、アルトレイ」

「当たり前だ。死霊と化し魂が罪を重ねる前に、救ってやらねばならん」


 余裕がないのか、それとも余裕を持たせるためか。

 クラウトの口調は公の場のそれではなく、アルトレイの友人としてのものになっていた。


「ならば、早々に楽にさせよう……我が同胞達を」

「言われなくとも!」


 アルトレイの正確無比な剣が、死霊騎士の手を落し、返す刃で胸を突く。

 二連撃の剣閃は、その軌道を読ませないほどに精密な動きで死霊を狩っていた。


 クラウトもまた、負けじと死霊を斃していく。

 手甲のようなパーツから剣が伸びる武器、ジャマダハルと呼ばれるその剣を振り、更にその剣撃に風の魔法を纏わせて切り刻む。


 舞いを舞うようなその動きは、アルトレイの素早さとは別の意味で、剣閃の軌道を捉えることができなかった。


「安らぎを……【風刃】」


 飛来する風の刃が、死霊の胸を斬り裂く。

 その一撃で、死霊は灰となり流れて消えた。


「ごほっ……ご無事なようですね」


 そんな中、ナーリャ達とは別の方向の入り口から、ラックが現れた。

 周囲に剣を浮かせて歩く彼の魔法は、猫妖精たちが好んで使う“物体操作”によく似た力だ。


「ラック!……テインたちは無事か!」

「えぇ、テイン様はご無事ですよ……ごほっ」


 ラックは咳をしながら、悠然と佇む。

 そんなラックに背中を任せるアルトレイと、死霊に専念するクラウト。

 その構図にラックは……小さく、頬を歪めた。


「さようなら――――」


 ラックが浮かせて振り上げた剣が、死霊を捉える。

 だが死霊はラックに見向きもせず、アルトレイに向かっていった。

 そして、その死霊に向けた攻撃が……その軌道を、急激に変える。


「アルトレイ!」

「な……ッ」

――ガキンッ!


 クラウトの声で、アルトレイは咄嗟に振り向く。

 だが目前にまで迫った剣は、避けられるタイミングではない。


 それが“近衛騎士団団長”である、アルトレイで無ければ。


 手に掴んだ剣を振る暇は無い。

 だからアルトレイは咄嗟に剣を逆手に持ち直し、迫った刃に柄頭を当てた。

 金属音と共にラックの剣は軌道を変えられ、アルトレイの横へ虚しく流れる。


「何のつもりだ。ラック=ルトム第十三分団団長副官!」


 厳しい目で、アルトレイはラックを睨む。

 精錬された剣技は、奇襲程度で鈍るものでは無い。

 全ての神殿騎士の頂点という肩書きは、伊達や酔狂で背負えるものでは無いのだ。


「ごほっごほっ……流石に仕留められませんか」

「ぎゃっ」


 ラックはそう呟きながら、逸らされた刃を返して生き残っていた騎士を斬った。

 するとその身体が淡く輝き、ふらりと立ち上がる。


「貴様……“死霊使い”か!」

「えぇ、そのとおりです」


 淀みなく肯定し、そしてふわりと浮き上がる。

 その周囲を守るように、死霊騎士達が壁を作った。


「で?それが解って、何か意味があるのですか?……ごほっ」


 他の部屋からも集まった、死霊達。

 その壁を抜けるのは至難の業だろう。


「何故このようなことをした……答えろ、ラック!」

「貴方が我が死霊騎士に加わった時にでも、お教えしますよ」


 話す気は無いと、ラックは見下すように告げる。

 他の場所からも集まってくるのか死霊騎士の壁は目に見えて厚くなり、これではラックを斬るどころか身を守ることすら困難になるだろう。


「アルトレイ!……くっ」


 クラウトは、その分集まってきたネズミを退治せねばならず、アルトレイの救援に向かうことができない。


「さぁ……行きなさい、我が騎士達よ!」


 ラックの声に従い、緩やかな動きで死霊騎士達が動き出す。

 その数は最早十を超え、神殿騎士の総数をどれだけ削っているかが伺えた。

 そんな騎士達に対してアルトレイは、俯き動かない。


「神殿騎士の誇りを嘗めるな――――【光あれ】」


 アルトレイの身体が、黄金の力に覆われる。

 それは光……魔力によって編まれた、陽光の力。


 千里の扱う力は、魔法ではなく能力だ。

 魔法だと言い訳しているに過ぎないそれとは別物の力。

 光属性の魔法を操る魔法使い、その力は――。


「救いあれ」


 アルトレイの姿がかき消え、瞬きの間にラックの目前に出現する。

 フィオナの魔法のように直線的なブーストをかけた訳ではない。

 光の魔法による、全ての動きの“高速化”こそが、その力の本質だった。


「な――」

「――エルリスの元で、果てろ」


 ラックを取り囲んでいた、全ての死霊騎士が灰となる。

 神殿を襲う外敵でも現れない限り、近衛騎士たちの力は解らない。

 そのある意味秘匿された力を目の当たりにして、ラックは驚愕から目を瞠った。


「エルリスの元へ行けるのなら本望、だが」

――ギャインッ

「ぐっ……なにっ?!」


 だがその高速化された一撃は、横合いから伸びた漆黒の剣によって阻まれた。

 アルトレイの身長ほどもある漆黒の大剣、大柄な体躯と黒金の鎧。


「それは全ての終焉を迎えた後に、求めるべき結末だ」


 神殿騎士第十三分団団長、テイン。

 民からも外部の敵からも恐れられる、対凶悪犯罪者のエキスパート。

 アルトレイとは対になる立ち位置で頂点に座す男が、神殿騎士達に対峙してみせた。


「貴様……これはいったいどういうことだッ!!」

「革命だ」


 事も無げに、テインは言い放つ。

 その瞳に淀みなく、その瞳は歪んでいた。

 まるで、苦しみを捨て憎しみを呑み込むかのように。


「未来への加護などと言う在りもしない幻想に縋り付く者達への、革命だ」

「なに、を」

「そのための礎となれ……神殿騎士の要よ!」


 神殿に張られた特殊結界。

 戦意を削る効果のあるそれを跳ね返すほどの“狂気”が、テインの瞳に込められていた。


 動揺するアルトレイに、漆黒の大剣が振り下ろされる。

 純粋で強大な力によって放たれたその一撃は、ラックのものとは訳が違う。

 立て続けに起こった裏切りに、動揺していなければ避けられたであろう一撃も間に合わず、受け流したり防ぐには力が強すぎる。


 最早刃を受けきるしかないのかと、アルトレイは目の前の刃を睨み付け――目を瞠る。


壁駆へきか――」


 声が響いたのは、天井。

 何かが壁を蹴り、天井を蹴り、降ってくる。


「――疾閃しっせん!」


 頭上を捉えられたテインは、咄嗟に剣の軌道を変える。

 尋常ではない腕力によってあり得ない軌道で上空に振られた大剣は、その黒い影の一撃を見事に防いでみせた。


――ガインッ!

「ぬ、ぅっ!」


 剣を持ち上げ、振り払う。

 すると影――ナーリャは、身を翻してアルトレイの正面に降り立った。


「大丈夫ですか?アルトレイさん」

「ナーリャ殿……助かりました」


 ナーリャとアルトレイ。

 二人に追撃をかけようと、テインが一歩踏み出す。

 だがこの場に駆けつけたのは、当然ながら彼だけではない。


「【天空紅蓮】」


 火焔を纏った斬撃が、テインに襲いかかる。

 牽制ではなく直接的に首を狙った斬撃。

 その一撃を、動揺から復帰したラックが浮かせた剣で以て防いだ。


――ガヅンッ


 だがラックの予想を上回る威力の込められた斬撃は、浮かせた剣を半ばから叩き折ってみせる。


「こちらを手薄にしたのは失策だったな、謀反者よ」


 先の欠けた真紅の長剣を手に佇む、エルフの女傑。

 フィオナの炎が、空間を包み込む。


「さて、どうする?テイン」


 クラウトが、ジャマダハルを構えてそう告げる。

 周囲に死霊騎士の姿は無く、残るは身動きのとれないネズミたちのみ。

 この一連の間に、アルトレイ達は逆転への道を切り開いていた。


「どうする?フンッ……やれ、ラック」

「はっ……畏まりました。テイン様」


 取り囲まれてなお、テイン達は怯まない。

 それどころかラックは、テインの指示により身体から血色の魔力を吹き上げた。


「【開け、冥界の門。築け、死者の砦。おののけ、生を妬む者】」

「まずい……止めろ!」


 憔悴の駆られた、アルトレイの声。

 それによって、ナーリャとフィオナ、クラウトが走り出す。


「させん!」


 だが、テインのたった一振りの剣撃により、一番速く前に出たフィオナが弾かれる。

 倒すためではなく、後退させるためだけの一撃は、正確にその役割を果たしてみせた。


「テイン!貴様ァッ!」

「フンッ!ハァッ!」


 横薙ぎの一撃により、クラウトも吹き飛ばされる。

 だがそれを縫うように、ナーリャとアルトレイがつき進んできた。


「ここは僕が!」

「させんと言ったはずだ!」


 テインの声と共に、地を這うネズミが突出したアルトレイに食らい付く。

 咄嗟に避けるもその隙は大きく、テインの前で晒して良いものでは無かった。


「纏めて、飛べ!」

「うわっ!?」

「くぅっ!!」


 ナーリャは、読んでいても避けられないほどの剣撃で。

 アルトレイは、胸ぐらを掴まれて遙か後方へ。

 それぞれ吹き飛ばされて、倒れた。


 その隙に隠れていたネズミたちが群がり、ナーリャ達の足を止めさせる。


「【憎め、憎め、憎め。其らに救いはなく、其らに安らぎない】」

「アレを完成させる訳には!」


 詠唱の内容を知っている訳ではない。

 けれどアルトレイは、集まる不穏な空気に声を張り上げていた。


 アルトレイの扱う、光の魔法。

 その欠点は、持続時間の短さと終わりの隙にある。

 今、光の魔法でネズミを切り抜けても、ラックの正面にいるテインによって隙を突かれて妨げられてしまうだろう。


 風、炎による遠距離攻撃。

 それが可能な者は、やはり更に後方でネズミに襲いかかられている。

 このままではラックの得体の知れない術によって、甚大な被害を受けることになるというのは、誰の目にも予想できていた。


「【恨め、恨め、恨め。世界に色はなく、世界に光はない】」


 血色の魔力に惹かれるように、空間が歪みだす。

 なにをしようというのか、無数の黒い“手”が、ラックの足下から出現し始めた。


「馬鹿な!エルリスの元から、“過去の死霊”を召喚するつもりかッ!?」


 アルトレイの声で、ナーリャもそれを把握する。

 エルリスの元へ送られ、罪を犯して罰を受ける怨霊たち。

 その空間に繋げて行う大量召喚術。


 それは皮肉にも、神の座するこの神殿でなければ為し得ない奇跡であった。


 ナーリャ達に、現状を打開する力はない。

 けれど――ナーリャ達、以外ならば、あるいは……。

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