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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
49/81

八章 第四話 神殿鳴動鼠百匹!

 神殿の中には、幾つかの講堂がある。

 会議のためだったり、年若い騎士達のための座学の場だったりと、用途は色々だ。


 今日はそこに、神殿騎士以外の人間達も含めて集合の声がかけられていた。


「今日お集まりいただいたのは、

 一つ皆様にお願い申し上げたいことがあったためです」


 壇上に上がって粛々と告げるのは、神殿騎士団団長であるアルトレイだ。

 アルトレイは心の底から申し訳ないと思っているのか、苦みを含んだ憂いのある表情で、集めた人たちを見る。


 不思議そうな顔ではあるものの、不満を滲ませる人は一人もいない。

 ナーリャ、フィオナ、千里、レウ、船員達に他の騎士。

 同じく粛々としている騎士達はともかく、ナーリャ達の表情に煩わしさのような感情が含まれていないという事は、せめてもの救いだった。


「数日前より、神殿に魔獣の侵入がありました。

 デプシーモルトと呼ばれる小型の魔獣で、

 噛まれてしまうと大きな傷を残してしまう可能性があります」


 ようは、“痛い”だけということだ。

 それにしたって許容できることではないし、魔法である程度の対策はできるとはいえ、病原菌を運んでくる可能性だってあった。


「我々としても被害を広めまいと対処に当たっていました。

 けれど神殿を血で汚さないためにも捕獲となりますと、

 手が足らないという在ってはならない事態が起こってしまいました」


 この辺りで、千里はなるほどと頷いた。

 ここまで言われれば、アルトレイの言いたいことは解る。


「そこで、皆様のお力をどうかお貸し願いたく、

 今日ここに集まっていただく形となりました。

 皆様……どうぞ我々に、そのお力をお貸し願いませんでしょうか?」


 アルトレイが深々と頭を下げた。

 魔獣が居る中で神託を行う訳には行かず、それ故に八方ふさがり。

 神託に影響を及ぼすような事態を防ぐためにもと、アルトレイは頭を下げる。


「僕で良ければ、力をお貸しします」


 そんな中、ナーリャが最初に名乗りを上げる。

 団長自らによる要請ということもあり、発現しづらい空気になっていた。

 だというのに、ナーリャは了承の旨を告げると、同意を求めるように周囲を見回してみせた。


「ふむ、求められては応えるしかあるまい」


 まず、フィオナが立ち上がる。

 不敵な笑みを携えて名乗りを上げる姿は、正真正銘いつもの彼女だ。


「わ、私で良ければ!」


 次いで、一拍遅れて千里も立ち上がる。

 戸惑いから復帰するのが遅くなったという事が、少しだけ悔しそうだった。

 だがすぐに自分の“立場”を思いだし、一言付け加える。


「あ、主の決定です。私に異存はありません」


 今更もっともらしいことを言っても、と頬を赤らめる。

 そんな千里を、ナーリャは苦笑と共に一瞥していた。


「まぁ、自分たちで良ければいくらでもコキ使って下さい。

 ……じゃないと、コワーイ上司にどやされるんスよ。いえ、ここだけの話し」


 そうしてレウがおちゃらけた口調で同意を示すと、それに絆された船員達が口々に参加の旨を上げ始めた。誰も彼も、気の良い人たちだ。


「――皆様……ありがとう、ございます」


 アルトレイは、そんなナーリャ達に粛々と頭を下げる。

 歴代の闘技大会優勝者の中には、こちらの揚げ足を取ろうとするものや、足下を掬おうとするものなど、色々な人間が居た。


 そのことを神殿に残った記録で把握していたからこそ、この暖かい対応が、アルトレイには貴重で嬉しい物のように感じられていたのだ。


 こうして、ノーズファン二日目の日程が決まる。

 そう、人材を総動員してでの魔獣捕獲――所謂、“ネズミ退治”の幕開けであった。














E×I














 デプシーモルトは、見た目からして“ネズミ”の魔獣である。

 主な被害は穀物や野菜に限らず、鉱石の類まで噛み砕き、食べる。

 ネズミに食い荒らされるほど神殿は柔ではないが、一般騎士達の使う武器の類は、そうはいかない。


 ようは、特別にあしらえたような剣や鎧を持つ者以外は、武装を丸裸にされてしまうのだ。


「もちろん、神託の儀式に差し障りがあるとまずいっていうのが重要。

 でも一般騎士の戦力低下、すなわち防衛力の低下という側面も捨て置けないんだよ」


 ネズミ(デプシーモルト)による被害について訊ねた千里に、同じ従者組の枠にいたレウが答えた。

 それに千里は感心を覚えながら、目を丸くして頷く。


 二人は現在、侍女達の居住区のネズミ捕獲のために行動していた。

 ここは、通気などの理由から木製であり、また侍女達に捕獲能力がないため一番怪しまれていたところだった。だが下級騎士たちでは発見できず、上級騎士は重要な箇所で手一杯という状況だったため、帝国兵や従者達はここに回されていたのだ。


「いざという時に対応できる人がいないと駄目ってことだね」

「そういうこと。

 あの騎士団長は見たところかなりの腕前だけど、量で来られたらたまらないしねぇ」


 そう説明しながらも、周囲の警戒は怠らない。

 今のところネズミの姿は見えない。けれど、油断はできないのだ。


「リクトは、ロウアンス様を捜した時の“魔法”でネズミ探しってできないのかい?」

「え?え、えーと……そう、だね。うん、ちょっとやってみる」


 レウの言葉に頷くと、千里は両手を祈るように重ねた。

 思い浮かべる対象の姿も解らないけれど、それでもどうにかならないか。

 千里はそう“信じて”祈る。


「【光よ】」


 すると、淡い光がその手の中に生まれた。

 ゆっくりと明滅する、黄金の光。

 それはやがて、矢印に変化して、浮かび上がった。


「おお、すごいねそれ」

「あ、ありがとう。っと、【光よ、指し示せ】」


 千里の詠唱に反応して、光の矢印がぐるぐると回る。

 対象は、千里達に一番近いネズミだと、千里が無意識下で“設定”をしていた。

 やがて矢印は、一つの方向へぴたりと止まる……と、僅かに震えだした。


「えーと、上?」

「ちゃんと定まってないんじゃないか?震えてるけど」

「うーん」


 千里がそう首を捻っていると、レウが手の中に石を生み出し、そしてそれを天井に向けて投げつけた。


――……ッ

「うん?」


 すると、天井から微弱な音が響いた。

 板目張りの天井は美しく整えられていて、とても何かが居そうな雰囲気ではない。

 けれど木製という事は、ある程度の侵入を許している可能性もあった。


「どれ……【石弾・つぶて!】」


 レウの詠唱に従い、無数に生み出された小石が浮き上がる。

 そして、一斉に天井に打ち当たった。


――ガッ、ガガッ

「な、何の音?!」

「うーん……木でも噛んでるのかね?」


 おののく千里の隣で、レウは冷静に呟く。

 そして……二人の背後で、ドスンッと何かが抜ける音がした。


「へ?」

「ん?」


 ゆっくりと振り返った先。

 僅か後方の天井に開けられた大きな穴から飛び出す、無数の黒い影。

 影というよりも洪水といった方が正しいような、大群。


『チュウゥゥゥゥッ!!!』

「きゃぁっ」


 その形容しがたい光景に、千里は悲鳴と共に仰け反る。

 そんな千里をレウは、胡乱げに見つめた。

 千里に気がつかれないように、僅かな呆れをその瞳に滲ませながら。


「きゃあ?」

「こ、声が裏返っただけだ!それより、追おう!」

「まぁ、いいけど」


 訝しげなレウの様子に隠しようもない冷や汗をかきながら、千里は黒い洪水を追いかける。本気で走ればレウより遙かに速いのに彼の速度に合わせているのは、単純に“アレ”に一人で追いつきたくなかったからであった。


 レウの隣を、疾走する。

 煌億剣は強力すぎる、かといって他に得物はない。

 けれどもどのみち、捕獲が必要なら使用はできないだろう。


「気絶させるだけ……っ」


 千里は走りながら、見えてきた黒い絨毯を睨み付ける。

 意識を集中させて腕に宿らせるのは、光の粒子。

 ぼんやりと鎧のように右腕に光を纏わせると、千里はそれを大きく横へ振った。


「行け!」


 淡い輝きを放つ真空の刃が、千里の腕から放たれる。

 刃は真っ直ぐ進むとその軌道を下方向へ修正し、地面すれすれを低空飛行でつき進んでいた。


『チュウッ?!』


 その刃が、ネズミたちを後ろから襲う。

 淡い輝きはほんの僅かに紫電のエフェクトを放ち、それに反応するようにネズミが倒れていった。


「【大地よ、枷となれ!】」


 そこへ続いたレウが、ネズミたちを石の鎖で掴み取った。

 気絶しているものも、千里が撃ちもらしたものも。

 なるべく多くを絡み取りながらも、二人は疾走していた。


 即席にしては、息のあったコンビネーション。

 だがこれは、相手の力を観察し見抜く能力に優れたレウによる、チームワーク術だった。

 誰と組んでも最大限の力を発揮できるようにという、彼の特技の一つだ。


「うぅ、踏まないように気をつけないと」


 十を超えた辺りで、千里はそう呻る。

 辺り一面に拘束されたネズミの群れをなるべく視界に納めないように走っていた。

 現代人である千里にとって、ネズミはあまり直視したくない生き物だった。


「もうすぐ外に出る。そうなったら、捕まえるのが難しくなるぞ!」

「そ、そうだよね……だったら」


 千里は、鋭く前方向を睨み付ける。

 そして、再び祈るように手を組んだ。

 足を止めることなく祈り、己の内側に訴えかける。

 普段ならもっと集中しなければならないはずなのに、何故だか“この地”にいると、通常よりもずっと意識が澄んでいたのだ。


「【光よ……壁となりて、彼の者の行く手を阻め!】」


 足を止めると同時に、両手を突き出す。

 レウがそれに合わせて足を止めると、千里の正面に半透明な壁が出現した。

 ぼんやりと輝きを放つ、陽炎のような壁。

 それが、瞬く間に射出されて、ネズミを追い越しその先の扉に張り付いた。


『チュウゥッ?!』


 ネズミたちは突き破るつもりで扉にぶつかり、そして予想外の衝撃に目を回す。

 これで先頭のネズミたちが、纏めて気絶した。


「よし!」

「おお、やるなぁ……で、この後は?」

「え?」


 レウの言葉の意味を聞き出す前に、千里も気がつく。

 正面の扉を防がれ、周囲に扉はない。

 そうなればネズミたちの取る行動は、一つだ。


『ヂュウゥゥゥゥッッッ!!!』

「も、戻ってきたぁぁぁっ!?」


 千里はそう叫ぶと、思わず飛び退く。

 先で衝突したネズミたち、その中でも気を失わなかったネズミ、およそ十数匹。

 それが千里達めがけて突進してきたのだ。輝く紅い目の効果もあって、怖い。


「はぁ……ま、任せっきりとは言わないさ」


 涙目で飛び退く千里は、完全に自分が演技をしていることを忘れていた。

 最早男性の演技も何もない、女の子らしい驚き方だ。

 レウはそんな彼女にため息を吐くと、この場に自分しか居ないことに密かに安堵を覚えながら杖の役目を持った短剣の柄に手を伸ばす。


「【大地よ、呻れ……その鼓動を、発現させよ!】」


 レウの詠唱と共に、彼の足下から流砂が生まれる。

 それはゆっくりと波打ち、次いで弾かれたように盛り上がった。


――ザァッ

『チュウゥゥゥッッ?!』


 土の属性でありながら流れといった“水”のような性質を持つ流砂。

 その操作は土を得意とするものにとっては難しく、操れる範囲が狭い。

 そのため、向かってくる敵を包み込むくらいしかできないのだが、この状況はそれを成す条件が揃っていた。


「【土砂海流】……こんな技が使える機会、滅多にないからなぁ」


 慣れない魔法の行使で僅かに息を切らせながら、レウは砂に埋もれるネズミたちを一瞥する。そして、やや手遅れ気味に気丈な表情を作る千里へ、苦笑いを一つ零すのだった。


「後、反応は?」

「うーん……この辺りには、もういないみたいだね」

「そっか。それならまぁ……ひとまず、コレ纏めておかないと」


 レウの言葉に、反応を示さなくなった矢印を見つめていた千里が、固まる。

 枷やら砂やらに捕らわれて目を回すネズミたち。

 当然このままにはしておけないので、これから檻に入れるなりして纏めておく必要があったのだ。


「うぅ、やらなきゃダメ、なんだろうなぁ」


 千里は大きく肩を落とすと、レウの後ろについて歩く。

 まだまだ、このネズミたちに付き合う必要が、ありそうであった。











――†――











 炎が、揺らめく。

 あらゆる生物にとって、“火”とは何よりもわかりやすい“脅威”である。

 それは、縦横無尽に神殿をかけ巡るネズミたちにとっても、例外ではない。


「【炎上網】」


 フィオナが地面に手を置くと、魔力が浸透し魔法となった。

 そして極限まで熱を削った赤い炎が、神殿の石の上を奔る。

 その烈火の如き火線に、石の狭間に隠れたネズミたちが飛び出してきた。


「先見二手」


 それを見ながら、ナーリャは久々に矢を番える。

 先端が丸くなっていて、威力でネズミを気絶させるための特殊な矢。

 それを用いて、ナーリャは己の予測範囲にネズミたちを配置した。


「二拍時雨」


 何度も遡り、そして何度も使用し続けてきたことで、ナーリャの技量は上がっていた。

 その成果がこの“二拍時雨”……一息三射の二連続範囲攻撃である。


――ガガガガガッ

『チュウゥゥゥッ!?』


 出て来たネズミが、動きを予測されていたため避けることもできず、気絶する。

 丁度六匹、ほとんど同時の迎撃だった。


「先見二手、一撃必中」


 更に、混乱に乗じて逃げようとしたネズミを落とす。

 これで七匹、瞬く間の捕獲に、フィオナは満足げに頷いていた。

 両者とも力を合わせるのは初めてだが、そうとは思えないほどのコンビネーションである。


「こんなに隠れていたとはな。手に負えないというのも頷ける」

「うん、そうだね。相当捕獲した後みたいだったしね」


 フィオナのため息混じりの言葉に、ナーリャも頷く。

 特別に魔法の使用を許可されたとはいえ、骨が折れることには変わりない。


 両者の声には、どうにも隠しきれない疲れの様なものがあった。

 捕獲を始めて一時間、捕獲できたネズミの数は、これで二十を超えるのだ。


「当初の目的よりも、どうにも増えている気がするね」

「むぅ、そうだな。どこかに入り口でもあるのか?」


 まだ神殿騎士達でも気がついていない侵入口の存在。

 ナーリャとフィオナは、ともにそれを疑い始めていた。


 そうして二人で首を捻っていると、後ろから聞こえてきた足音に気がつく。


「お二人とも、捕獲は順調でしょうか?……ごほっ」


 そう声をかけたのは、白髪に眼鏡をかけた青年だった。

 耳にかかる程度の髪と、眼鏡の下に隠れた色素の薄い紫色の瞳。

 病的なまでに白い肌を包む黒い法衣と、白銀の鎧。

 端整な顔立ちも、やせ細った身体と合わさり非常に儚く見えていた。


「はい、二十匹ほど終了しました。それで、えっと……貴方は?」


 ナーリャが問いかけると、青年は名乗っていなかったことに気がつき苦笑する。

 笑み一つ浮かべるのにも労力がいるのか、顔が引きつっているようにしか見えなかったのだが。


「ごほっ……申し遅れました。

 私は“ラック=ルトム”第十三分団団長の副官を務めておりま……ごふっ」


 所々に咳が入り、とても健康そうには見えない。

 顔色もよく見れば白いというより青白く、ナーリャは一筋冷や汗を流した。


「僕は、ナーリャ。ナーリャ=ロウアンスです。

 それで、ええっと……具合が優れないようですが、大丈夫でしょうか?」

「私はフィオナ=フェイルラートだ。

 その、なんだ、ここは私たちだけでも大丈夫だから、無理はしなくて良いと思うぞ?」


 ナーリャとフィオナは、冷や汗を流しながらラックを気遣う。

 ラックはそんな二人に大丈夫だと笑ってみせるのだが、やはりどう見ても顔を引きつらせているようにしか見えなかった。


「ははっ、ごほっ、この程度は問題在りませんよ。

 すぐにどうこうなる病ではありませんし、付き合いも長いので」


 そう言われてしまえば、これ以上強くは言えない。

 ナーリャとフィオナは気まずげに目を合わせると、とりあえず気にしないことにした。


「それで、ごほっ、なにか問題でもありましたか?」


 問題というか、問題視すべき事はあった。

 けれど、今にも倒れそうなラックに告げるのは申し訳なく、ナーリャとフィオナは声を詰まらせる。


「……ごほっ、げほっ。私の体調のことはお気になさらず。

 どうせ私の仕事は、テイン団長たちに情報をお伝えするだけでぐふっ、がほっ」


 そんな二人の気配を正確に読み取ったラックがフォローを入れるのだが、心配を募らせるだけとなった。不憫である。


「あぁ、テイン団長というのはごふっ私たち十三分団のげほっ団長ごほっぐふっ」

「わわわわ、わかった、わかったから!安静にしてくれ!」


 二人の視線を勘違いしたラックが、説明を重ねようとする。

 だが長く話せば話すほど身体に触るのか、唇の端からうっすらと血が滲んでいた。

 ナーリャは神殿騎士とは思った以上に大変なのだな、などと少しずれたことを考えながら、慌てるフィオナを落ち着かせる。


「ええとそれで、問題なのですが……」

「う、うむ、どうにも魔獣が増えているような感がある。

 どこかに我々の知らない侵入経路があるのかも知れないと、な」


 話題を修正したナーリャに、フィオナはすぐさま便乗した。

 このままでは、どうにも話が進まないということに気がついたのだ。


「なるほど……わかりました。

 ごほっ……これから上に伝えてきますげほっ……ふぅ」


 ラックは二人の言葉を受け取ると、ふらふらと千鳥足でラックはその場を歩き去った。

 そのなんとも頼りなさげな動きに、二人は揃って息を吐く。


「大丈夫だろうか、彼は」

「う、うーん……それなりに地位のある人みたいだし、たぶん」


 ナーリャも断言することはできず、フィオナもそれは同様のようだ。

 仕方なく二人は少しだけ休憩を挟むと、ネズミ探しを再開するのであった。











――†――











 結局、捕まったネズミの数はおおよそ百匹。

 神殿の裏、探していなかった倉庫に置かれた家具の裏に、大きな穴が開いていたことが判明したのだ。これでは、いつまで経っても終わらない。


「もう、ほんと大変だったよ」


 千里はそう、夕暮れの花壇で息を吐く。

 その隣で、ルフィルは気の毒そうに眉をひそめていた。


「私は戦闘はからっきしだから、参加することはできなかったんだぁ」

「あはは、まぁ結局何とかなったみたいだし、気に病むことはないと思うよ」


 肩を落とすルフィルに、千里はすぐさまフォローを入れる。

 どうにもルフィルは、力不足を悔やむような思いがあるようだった。


「やっぱり私もね……

 いざという時にオリヴィア様をお守りできればって、思っちゃうんだぁ」


 もちろん、そんな時が来ない方がずっといい。

 ルフィルは苦笑しながらそう付け加えると、ため息と共に夕日を見上げた。

 神託の巫女付きの侍女という選ばれたスポットにいながら、何も出来ない。

 無力な自分を、ルフィルは小さく恥じていた。


「ねぇルフィル」

「うん?」

「オリヴィア様って、どんなひと?」


 千里の問いに、ルフィルは首を傾げ、そしてすぐに柔らかい微笑みを浮かべた。


「すごく、優しくて綺麗なひと。

 街の巡礼に出ると、困っている人に手を差しのばしているの。

 柔らかい微笑みで、祈りを捧げながら、みんなの平穏を祈っておられる」


 温かいひと。

 ルフィルはそう言外に、眼を細めた。

 侍女でしかない自分にも、絶えず笑顔をくれるのだ、と。


「神殿騎士団団長のアルトレイ様は、オリヴィア様の婚約者なの。

 二人でおられる時は本当に幸せそうで、なんだか見ていて私たちも幸せになっちゃう」


 ルフィルは微笑みと共に、柔らかい目で空を見上げた。

 その優しげな横顔に、千里はほんの僅かな時間、動きを止めて見つめる。


「うん、そう……みんなのお母さんがイルリス様とエルリス様なら、

 オリヴィア様はきっと、みんなの“お姉ちゃん”なんだって、思っちゃうんだぁ」


 そう言って、ルフィルは千里と目を合わせる。

 すると千里も、彼女に合わせて柔らかい笑みを浮かべ、頷いた。


「大好き、なんだね」

「えへへ、うん。畏れ多いけどね」


 そして共に、笑い合う。

 千里はその笑みを見ると、それなら、と微笑んだ。


「それなら、さ。そうやって幸せですよって笑顔を返して差し上げるのが、

 うーん、なんというか……オリヴィア様への、一番の“贈り物”なんじゃないかな?」


 ありがとう。

 その言葉に込められた思いを無視するような人では、ないのだろう。

 だからこそ、それが何よりの糧になるのではないのだろうかと、千里はどうしてだか他人事ではないような感覚と共に答えた。


「そう、かな」

「そうだよ」

「そうだと、いいな」

「絶対、そう」

「そっか」

「うん」


 だから、笑おう。

 だから、笑って。


 千里の言葉に、ルフィルは微笑む。

 胸にすとんと落ちた言葉に、嬉しくなって、満面の笑みを浮かべてみせた。


「ありがとう、チサト。

 私、チサトと出会えて、本当に……」

「私だって!

 ルフィルと“ともだち”になれて、本当に良かったって思うよ」


 今度は千里が、ルフィルに負けないほどの笑みを浮かべてみせた。

 その笑顔がルフィルの心に響き、ほんの僅かに彼女の瞳を濡らす。

 ただ、この出会いに感謝の思いを浮かべながら。


 二人を包んでいた夕日が、ゆっくりと落ちる。

 優しげな太陽が沈み、やってくるのは眠りの夜だ。


 互いに夕飯などもあるため、千里はルフィルに手を振り、別れる。

 その花壇に、離れ往く長い影を残して――。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。

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