七章 第六話 灼雪蒼炎の悪魔王 中編
吹雪の音が、ごうごうと響く。
熱を持った吹雪が与えるのは、寒さではなく暖かさだ。
城壁が丁度良く熱を遮断しているのか、部屋の中は丁度良い温度に包まれていた。
そのうちの一室、鉄格子の嵌められた部屋。
城の最上階にある、王座の裏から伸びる渡り廊下でしか訪れることができない、孤立した塔の中にナーリャは居た。
――ガンッ、ガンッ、ガンッ
何度も何度も、調度品の黒いランプを、足枷に叩きつける。
そうしている内にランプが壊れてしまったら、次は椅子に叩きつけたりと、ナーリャはどうにか枷を外そうとしていた。
――お願い、僕を。
脳裏に響く声に、ナーリャは心の中で何度も首を振る。
侵食してこようとしてまで伝えたかった、ジャックの心。
それを伝えなければならないとは思っているが、このままでは“手遅れ”になる。
――ドォォ……ン
遠くで響く、轟音。
それは、この城の住人と“何者か”が戦闘している音だろう。
「千里、僕は」
共にありたいと願った少女の名を、口にする。
リリアに向ける愛情の逆流の中、ナーリャの心を保ち続けてきたのは、千里に対する感情だった。
――リリア、僕は。
「ごめん、ジャック。僕は君と“同じ”にはなれないんだ」
――愛しているよ、リリア。
「僕は違う。僕はリリアのことを、よく知りもしない」
響く問答の数々。
それを幾重にも繰り返す内に、ナーリャはかえって落ち着き始めていた。
自分の内側に、自分の想いを問う。
そこにあるのは、しがらみをかなぐり捨てた、純粋な感情だった。
「千里は、故郷に“帰らなければならない”」
――なら、リリアと居ればいい。彼女は、最期まで共に在ってくれる。
「そうかもしれない、でも……」
――でも?
別れの日は、そう遠くないだろう。
住んでいる世界が違うと言うことは、そういうことだ。
「けれども僕は、僕自身を偽りで塗り固めたくない」
記憶の継承により、ナーリャは“誰にでも”為ることができる。
けれど、だからこそ、ナーリャは自分自身の心根だけは、偽りたくなかった。
「僕は、千里のことを――――愛している」
――いいの?本当に、それで。
「叶わないことかも知れない。それ以前に、伝えて良いものかもわからない」
それでも。
それでも、とナーリャは告げる。
記憶の逆流によって一時的な人格を持ったジャックに、自分の全てを吐き出す。
「それでも僕は、彼女の隣を、歩きたいんだ」
――そう、か。そこまで言うのなら、僕に言えることはない。
「僕は僕にできることはする。だから君の想いは必ず伝えるよ、ジャック」
――ありがとう、ナーリャ。
感謝の言葉が、ナーリャの内側に染み渡る。
それと同時に、ナーリャは自分の心が解き放たれたような、そんな感覚を覚えた。
――万年筆を、壁に差し込むんだ。
「え?」
――枷の周辺、そう、そこだよ。
ジャックに促されるまま、ナーリャは枷の元の周辺にあった穴に、万年筆を差し込む。
すると、駆動音と共に、ナーリャの脚から枷が外れた。
――彼女に頼まれて造ったけれど、設計したのは僕だからね。
それは、ジャックが肉体を得ることを諦めて、ナーリャに全てを託した証。
ナーリャを信頼して、己の心を預けたのだ。
――これで部屋の鍵も、開いたはずだよ。
「ありがとう、ジャック」
手元に武器は、一つもない。
けれども、ここで逃げ出す訳にはいかない。
ジャックとの約束を果たし、千里の笑顔を見るために、立ち向かわなければならない。
――行こう、ナーリャ。
「そうだね、ジャック。行こう!」
ナーリャはそう言うと、扉に手をかける。
そして一度だけ寂しげな部屋を振り返って、廊下に飛び出るのだった。
E×I
玄関エントランスを抜け、廊下を走り、階段を駆け上る。
背負った大剣の重みを感じないほどに、身体に黄金の粒子を纏い、千里は矢印に従って魔王城を駆け抜けていた。
「ナーリャは……この先!」
長い廊下が見えると、そこへ矢印が一直線に伸びていた。
だが、ただで通してくれはしないということか、廊下には羽を持った黒い異形の生物が壁や天井から沸き出ていた。
「本当に、ゲームの“悪魔”みたい」
城下の住民たちのように、美しい容姿ではない。
全身が闇色で覆われた、角と羽と尾を持つ悪魔。
それが、無数に出現し始めていた。
「廊下で、大剣は振れない……なら」
千里は、ただ空中に手を伸ばす。
相手が大した堅さを持っていないのなら、剣に纏わせる必要もない。
ただ……振り抜けば、いい。
「“イル=リウラス|≪光より顕れる者≫”」
黄金で象られた、光の剣。
それを千里は、腰だめに構える。
『おオォおォぉぉオぉ』
群がってくる悪魔を一瞥すると、千里は目を閉じる。
そして渾身の力とララより受け取った技術を用いて、その大剣を振り抜いた。
「せいっ!」
――ドンッ!
光の剣の大きさならば、廊下の壁に引っかかってしまうことだろう。
だが、その剣真は、千里の意志を反映するが如く、壁をすり抜けて薙がれた。
その衝撃波は凄まじく、ただの一閃で飛来した刃の軌道上にいた悪魔達がかき消える。
「ふぅ」
一息、吐き出す。
そして千里は、今度こそと廊下を走り抜けた。
再び揺らめき始めている廊下の壁や天井から第二陣が溢れ出す前に、千里は正面にあった重厚な扉を開け放った。
――バンッ
空間に響く、扉を開いた音。
黒い壁に黒い床、黒い天井に銀のシャンデリア。
深紅で彩られた黒を基調とする絨毯が伸びる先には、十三段からなる大きな階段。
その上に置かれた黒と深紅の玉座に、足を組んで座る影があった。
右の翼は青。
淡く澄んだ浅葱色の翼。
左の翼は赤。
揺らめく炎のような翼。
双眸は黄金。
淀みのない無垢な純金。
桃色の髪をツインテールにした、ゴスロリ系のドレスの少女。
無垢な容姿に反して妖艶な笑みを浮かべた幼い女の子が、足を組んで座っていた。
「子供……?」
「ふふ、さぁ、どうかしらね?」
高い声は、甘ったるい砂糖菓子のような色を帯びていた。
声も容姿も幼い少女だというのに、その雰囲気だけはそれを否定している。
「あーあ、あの子達によく言っておかなきゃ」
少女はそう、やれやれと首を振ってみせる。
そのどこか芝居じみた仕草に、千里は警戒心を高めていた。
「“女の子は通しちゃダメ”って、言ったのに」
「なっ」
カツラと体型と服装。
誤魔化したのはこの程度だが、それでも身長の低さも相まって中々ばれずにこれた。
それを一目で言い当てられて、千里は目を瞠る。
「ふふ、なんでって?
解るわよ。だって貴女――“女”の目を、してるもの」
「へ……?」
言われた意味に気がつくまで、千里は僅かな時間を必要とした。
そしてその意味に気がつくと、途端に頬を赤くする。
「そう、その顔。ホント、イヤになるわ」
リリアは気怠げにそう言うと、玉座から降り立つ。
階段の上から千里を見下ろすリリアには、苛立ちが垣間見えた。
「好きなんでしょう?彼が。
でもね、ダメ。貴女に“あのヒト”は渡さない。渡せないの」
「っ……私だって!」
「違うわ」
千里の言葉を遮り、リリアが声を上げる。
静かで、それでいて心を震わす声だった。
「重みが違うの。わたしの元に、彼は“帰って”きてくれたの。
貴女なんかとは、時間も重みも想いも、何もかもが違うのよ」
腕を組んで、噛みしめるように言い放つ。
彼女が普段浮かべている無邪気な仕草は、この時ばかりは感じられない。
重く狂おしい“愛”が、ただリリアを支配していた。
「帰ってきた?ナーリャが?」
「そう。彼は帰ってきたの。
前とは“器”は違うかも知れない。
それでも、わたしの前に現れてくれた彼は、確かに“彼”だったわ」
リリアの言っていることが今一理解できず、千里は首を捻る。
彼女の言っているところ、そこには確かに“引っかかる”所があるのだが、それがなんであるのか思い出せずにいた。
「器……?
それって、いやでも、まさか……っ」
ナーリャが話してくれた、彼の“能力”を思い出す。
物に触れることで、記憶を少しだけ読むことができる能力。
それを聞いた時千里は“すごい”としか感想を持つことが出来なかった。
もちろん身体に良くないかどうか位は聞いたが、それ以上は追求しなかった。
その予測できなかった“危険性”に、千里は今になって漸く思い至り、愕然とする。
「それは、それはナーリャの能力で……」
「本人じゃない?それがどうかしたの?」
「……どうか、って、だってそれは、貴女の求めたヒトじゃないよっ!」
千里の悲痛な叫びに、リリアは大した反応を見せない。
ただ「ふぅん」と零して、階段の上に佇んでいた。
「やっぱりそう、貴女はわからない」
「え?」
「狂おしいほど、人を愛したことがないのね」
リリアは額に手を置くと、眉をしかめて首を振る。
そして、硬直する千里を、まっすぐと見下した。
「無益な会話は好きじゃないわ。
さっさと貴女を倒して――わたしは“ジャック”と、生涯を過ごすのよ」
「上手く言えないけれど、それが違うってことは解る。
だから貴女を倒して――私は、私の想いを、私の心を貫き通す!」
リリアが両手を広げると、それに呼応するように翼が広がる。
それを見ながら、千里もまた背中の石柱のような大剣を引き抜いた。
「いいわ、相手をしてあげる。
私の前で冷たき灰燼と変わりなさい、蛮勇の英雄よ!」
リリアの両手の平、そこに光が生まれる。
右手の上には炎――燃えさかる、蒼色の灯火。
左手の上には吹雪――渦巻く、赤色の氷雪。
二色の光を携えて、リリアは宙に浮かび上がった。
「我が名はリリア!
灼雪蒼炎の悪魔王――“リ・リリア・ウィル=オルクスフォンハイド”!!」
空間に満ちる、目眩がするほどの殺意。
箱庭を管理せし眠れる魔王が、ここに目醒めの声を上げた。
――†――
双剣が、炎を反射して煌めく。
空間を縦横無尽に蹂躙する、鋭い水の刃。
その輝きの合間に放たれる、獣の咆吼が如き朱色の牙。
一閃ごとに空気を震わせるその攻撃を、フィオナはすんでの所で躱していた。
「どうした?逃げるだけが脳か、エルフの戦士よ!」
「そう言うのなら当ててみせるがいい、悪魔の従僕よ」
「戯れ言を!」
余裕を持った表情で、フィオナはその攻撃を避け続ける。
だがその内心は、ツヴァイが今し方語ったように“逃げ続けるだけ”の現状に対する焦りが、確かに隠れていた。
(こんなことでは、“兄上”になんと言われるか)
内心で、フィオナはそう苦笑する。
故郷の平穏をかけて勝ち上がってきたというのに、こんなところで剣を振るうこともできずに避け続ける。
「ダメだな、こんなことでは――チサトに、笑われる」
追い詰めても追い詰めても、真っ直ぐ自分を見続けてきた少女。
その太陽のような笑顔を翳らせるのは、どうしてかイヤだった。
太陽のような少女と、月影のような少年が、一緒に輝いているところを見るのが、フィオナはいつの間にか“好き”になっていた。
「なにをぶつぶつと!」
「なに、そろそろ攻勢に出ようと思ってな……ッ!」
気合いは十分だと、フィオナは長剣を腰だめに構える。
閃光紅蓮とは、鞘の内部で炎を爆発させて剣速を速める技だ。
それ故に、文字どおり爆発的な加速が付加されて、捉えることのできない斬撃となる。
「だが、鞘がなければなにもできんようでは――エルフの戦士は、名乗れない」
空間に炎を形作る。
魔法に必要なのは、魔力を構成する冷静な頭と、魔力を生み出す激情だ。
そうして造って操る魔力を形にする時、その時には“固定概念の壁”を突き破る、強烈で安定した“イメージ”が必要になる。
「【大牙・八重苦境】」
ドライの声が響き、朱色の牙がフィオナの周囲に生え揃う。
牙による八重の捕縛結界は、大きく動けばそれだけでフィオナの身体を細切れにしてしまうことだろう。
「【水迅水破・二閃の飛剣!】」
そこへ重ねられる、二本の大きな水の刃。
×印に重ねられた刃を避ければ、朱色の牙に刻まれる。
防げばその反動で後ずさり、同じ事だろう。
「鞘がないなら、造ればいい」
炎が形になり、やがて揺らめく鞘となる。
極限状態は、彼女が認識する時間を緩やかなものにさせていた。
その間に、フィオナはその長剣を炎の鞘に納める。
「【天空紅蓮】」
体感速度が元に戻ると同時に、水の刃がはじけ飛ぶ。
そしてツヴァイが目を見開くよりも……速く、フィオナは納刀していた。
「【翔空陽炎】」
剣真を陽炎でぼかして不可視にする技、炎天陽炎。
それをフィオナは、炎の刃に纏わせて撃ち放った。
「ちっ、それを防ぐ――かッ?!」
一拍遅れて反応した、ツヴァイ。
再び振り上げたその双剣を、炎の刃が両断する。
そして、目を瞠った頃には既に、フィオナはツヴァイの後ろへ回り込んでいた。
「【閃光紅蓮】」
「な……に?」
通り過ぎた後、ツヴァイの肩口から炎が吹き出す。
あまりの速度にドライが助けに行くことも叶わないまま、ツヴァイは地に伏せた。
「くっ、なんとか退いて……」
「させんっ!」
大きく後方に飛んだ、ドライ。
そこへ、フィオナは張り付くように飛んだ。
そして、そのまま剣を、ドライの胸に突き立てる。
「あぁぁっ?!」
悲鳴と共に、ドライの身体が後方に投げ出される。
そして、ツヴァイと同様に、地に伏せて動かなくなった。
「いくら“死なない”といっても、しばらくは復活できまい」
使い魔は、主に依存する生命体だ。
たとえ塵一つ残らず消滅しようとも、主の命ある限り、復活することができる。
「とは、いえ」
フィオナは、目眩と共にその場に膝をつく。
初使用の魔法の行使は彼女の身体に負担を与え、強い疲労をもたらしていた。
「私もしばらく動けんか。
情けないが、無事を祈ることしかできそうにない」
そう苦みのある笑みを浮かべながら、フィオナは顔を上げる。
その先には、千里が走り去っていった、重厚な扉があった――。
――†――
鋭い打撃音が、響く。
高速で駆け抜けるフィーアの残像が、幾重にもぶれてその場に残っていた。
「【震撃・剛!】」
「防げ、鉄兵」
迫り来る右の拳を、レウは冷静にゴーレムで防ぐ。
その重厚な体躯を衝撃で揺らしながらも、ゴーレムはただ悠然と構えていた。
「【空刻螺旋!】」
次いで背後から聞こえる、フィフの声。
回転を伴って放たれた棒の一撃は、防ごうと動いたゴーレムに吸い込まれる。
鋼鉄のゴーレムは、どんな一撃でも防いでみせることだろう。
だが、フィフの放ったその一撃は、まるで和紙を貫くようにゴーレムを貫通した。
「くっ」
己に迫る棒を、レウは後退することで避ける。
防げないことが解った以上、射程範囲内で待ち構えるのは自殺行為だ。
「もう、避けちゃダメじゃん!」
「そういう訳にも、いかないんでね」
軽口を叩きながらも、距離を調整することを忘れない。
前後で囲まれながらも、レウは立ち回りを器用に調整していた。
「終わらないってワケにも、いかないんだよ」
フィーアはそういうと、レウを見て不敵に笑う。
レウがその表情に警戒していると、フィーアはその場で強く拳を合わせた。
「【追撃・震】」
――ドンッ!
「なっ?!」
フィーアの言葉と共に、レウの側に在ったゴーレムが爆散する。
飛び散る鋼鉄の礫に晒されながら咄嗟に後退すると、そこにはフィフの姿があった。
フィフは明るい笑顔を貼り付けたままレウに棒を突き出し、レウはそれを体勢を低くすることで辛うじて避けきる。
「まだまだ!【追撃・震!】」
――ドドンッ!
「くぅっ……遠距離攻撃……いや、違う!」
礫と棒。
散弾と一点突破をギリギリのところで避けながら、レウは相手の手口を探る。
焦燥に襲われて鈍くなる思考を、魔法使い特有の感情と思考の分割を用いて、冷静にさせながら。
「時間差攻撃か!」
「へぇ……ご名答。
まぁ、どれが【震撃・剛】を受けたのか覚えてないと、意味はないけどなッ!」
少し強力な一撃。
そう思って防ぐことのみに回したことが、悪手だった。
魔法使いというだけあって、レウは体力はそんなにない。
このまま避け続けるだけでは、近いうちに“終わり”がくることだろう。
「本当に厄介な仕事ッスね、隊長」
ベッドに伏せるガランの、不敵な笑み。
それを思い浮かべながら、レウは苦笑する。
あれで中々勘が良い隊長が、親友に話すよりも先に自分にこの話を持ちかけた理由。
その信頼が解らない、レウではない。
「任務完遂、させてみせますよ。隊長」
礫が一撃、額を掠める。
頬を伝って流れ出した一筋の赤を、レウは舌で舐め取った。
その鉄臭い味が、レウの感情を静かに滾らせる。
「お遊びは、ここまでにしようぜ?」
「はぁ?何いってやがる」
「ちょっとおかしくなっちゃったのかなぁ~?」
好き放題言い放つ二人の前で、レウは短剣を腰に納める。
彼の杖は、魔力操作を補助する役割を持ったもので、数十のゴーレムを操るのには必要不可欠だったのだ。
「崩れろ」
そうレウが一言零すと、ゴーレム達ががらくたのように崩れ落ちる。
折角の防御を自ら廃棄したレウを訝しげに見ながら、フィーアとフィフは突進する。
魔法使いに魔法を使わせる隙を与えるほど、彼女たちは甘くはない。
「爆ぜろ【震撃・剛!】」
「貫けっ【空刻螺旋!】」
前と後ろの両側から迫る、命を刈り取る一撃。
その一撃に対してレウは、ただ両手を挙げていた。
そして、二人の攻撃が届く一拍前に、レウの唇が微かに震え、詠唱を発する。
「――【鋼鉄の腕】――」
その両手を覆い隠すような鋼鉄の腕が、地面から出現する。
片手でレウの身長ほどもある巨大なガントレットを、レウは自身の側に浮かせていた。
「奇妙なことを……だけど、学習能力がないッ!」
「内から砕き紙のように貫けば、同じことだよぉ~っ」
大きな腕を浮かせているだけで、それはゴーレムと何ら変わらない。
今までどおり破壊するだけだと、二人は攻撃の手を緩めない。
だが、それは今までとは、違った。
「よっと」
軽く一声上げながら、レウは鋼鉄の腕を、自分の腕と一緒に動かす。
巨大な物体が動いているとは思えないほどの滑らかで生き物じみた動きで、レウは二人の攻撃を、弾きながら流して見せた。
「なっ」
「へっ」
驚きの声を零す二人に、レウは追撃をかける。
フィーアとフィフをそれぞれ左右に置けるよう身体の位置を変えると、レウは掌底の形を作った。すると、鋼鉄の腕もそれに追従して、掌底をつくる。
「はっ!」
短く一息、同時に鋼鉄の腕が“射出”される。
フィーアはナックルで、フィフは棒で、それぞれ防ぐがその衝撃までは遮ることはできない。
――ドドンッ!!
「あぐっ!?」
「あうっ?!」
二人の身体が、大きく浮き上がる。
レウはその姿を視界に納めることなく、一度パチンと指を弾いた。
「【鋼鉄の槍】」
地面から姿を見せる、二本の巨大な短槍。
鋼鉄の腕のサイズに合わせたためか、レウの身長の四倍はある槍だ。
それをレウは鋼鉄の腕で掴み取ると、後ろに吹き飛ばされて着地する間際の二人に、投げた。
「飛べ!」
――ドンッ!
空気を切り、槍が飛来する。
それは投槍などという生易しいものでは無く、破城鎚が如き巨大な“暴力”だった。
「あぐっ!!?」
「な、める、なァッ!」
為す術無く槍に貫かれ、フィフが壁に縫い付けられて棒を手から落とす。
だが、フィーアはナックルで以て槍の側面に拳を打ち付けると、その軌道を逸らして見せた。
「ぐぅっ」
だが完全に逸らすことはできなかったのか、その左手が落ちる。
落ちた左手から鮮血などが零れる事はなく、ただ黒い影が切断面から覗いていた。
「へぇ、影で整えられた使い魔か」
「チッ」
レウの感心したような声を聞いて、フィーアは舌打ちを零す。
一瞬の逆転により完全に優勢を取られたことが、屈辱だった。
「どうせ死なないんだし、さっさと楽になっておけば?」
「はっ、ずいぶん舐めたことを言うんだな、魔法使い」
フィーアは満身創痍であろう状態を、表情に出さず片手で構える。
未だ戦う姿勢を崩さないフィーアに、レウは小さく苦笑する。
「足掻くヤツは嫌いじゃない。
でもさ、そろそろ終わりにしておこうか」
レウはそういうと、気怠げに前髪を掻き上げる。
普段は黄色の前髪に隠された、レウの双眸。
その焼けた鉄の如き赤銅色の瞳が、今までにない“本気”の気合いと共に、フィーアを睨み付けた。
「【鋼鉄の双剣】」
レウの言葉と共に、地面から二本の剣が現れる。
右の剣は細身のレイピアで、左の剣は波立つ剣真のフランベルジュ。
二本の剣を交差させ構えて、肩で息をするフィーアに突きつけた。
性根に誇りを持った“戦士”を数多く抱える帝国。
その兵であるレウは、それなりに“戦士”のことを理解していた。
「誇りに応えるのは、帝国流でね」
「へぇ、ニンゲンどもの住処にも、少しはマシな場所があるって事か?」
冷静に言い返すフィーアだが、その表情はどこか楽しげだ。
主への忠誠と誇りある戦いを第一に考える彼女は、レウの言葉に獰猛な笑みを浮かべる。
その笑顔が彼の“隊長”であるガランのものと重なって、レウはほんの僅かに目を瞠った。
「ま、そーゆーこと」
レウが一直線に走り出すと、それに合わせてフィーアも走る。
レイピアの突きを潜り抜けて、一歩。
フランベルジュの薙ぎ払いを、脇腹を斬り裂かれる代償に一歩。
その巨大な二連撃を決死の覚悟で潜り抜けると、フィーアはその右手を突き出した。
「砕けろォッ!」
能力を使うほどの体力はないのか、ただの殴打だ。
けれど人間以上の力を持つ彼女がそれを放てば、普通の人間は砕け散るだろう。
「ここで負ける訳には、いかないんでね」
レウの小さな声を、フィーアはその耳に捉えていた。
だがその心意を探るよりも早く、自分の胸を貫く衝撃に、その黄色の瞳を落とした。
「あ……」
胸を貫通する銀の刃。
それは、レウが“杖”として使用していた、短剣だった。
最期の一歩が届かなかったことは悔しく思う。
だがそれ以上に最期にレウの全てを引き出したことに、フィーアは小さく笑みを浮かべていた。
そうして、フィーアが崩れ落ちる。
と同時に、レウもまた膝をついた。
長期戦による魔法の使用は、彼の魔力と体力を確実に削っていたのだ。
「援護には向かわせて貰えないか」
役目を成し遂げて倒れたフィーアを見て、レウは苦く笑みを浮かべる。
そしてその笑みを保ったまま、大きく後ろに倒れた。
「あー、動けます?フェイルラート様」
「君より早く終わったが、助けには入らなかっただろう?」
「なるほど」
背後から聞こえるフィオナの声に、レウはため息を吐きながら頷いた。
両者とも動けないのなら、ここでこうしてあの小さな少女を信じて待つしかない。
「さっさと動けるよう、今は休憩だ」
「了解ッス、フェイルラート様」
「フィオナで構わん」
「あー、はい。わかりました。フィオナ様」
軽口をたたき合ってはいるが、二人とも声に疲労がにじみ出ている。
もうしばらくは動けそうにないからこそ、ここでこうして焦る気持ちを紛らわせていた。
「せめてここで祈ろう――チサト」
フィオナの呟きをレウは聞いていながら聞かなかった振りをする。
今できるのは、こうして待つことだけなのだから、それ以上のことができる気がしなかった。
レウとフィオナ、二人の祈りの声が、静かになったエントラスに響いていた。
次回で七章が終了。
なるべく期間を置かぬようにできればと。
ご意見ご感想のほど、お待ちしております。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
後編も、どうぞよろしくお願いします。