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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
41/81

七章 第四話 結成 即席冒険団!


 連続して聞こえる、高い音。

 時計の針が秒を指す、音だ。


 その音を聞いていると、不思議と心が安まった。

 そうして目を開けようとした時、ナーリャは額に冷たいものが乗る感覚を覚えて、反射的に目を瞑る。


「あ、れ?」

「……目が覚めましたか?」


 なんとか、ゆるゆると目を開けてみる。

 するとそこには、白い髪に銀の瞳の、女性の姿があった。


「君、は?」

「私のことはお気になさらず」


 表情の変わらない顔、感情の込められていない声。

 冷たく突き放されたというよりも、始めから“こう”であると思わせるような、無機質さ。


「君が、僕を?」

「いいえ」


 短い言葉だが、意味は伝わる。

 額に濡れた手ぬぐいを乗せて看病をしてくれてはいるが、助けたのは自分ではないと、女性は断言した。


「誰が、僕を?」


 まだしっかりと声が出せず、短い問答しかできない。

 それにもどかしさを覚えながらも、ナーリャは自分の体調が徐々に回復していることに、気がついていた。


「お嬢様にございます」


 女性の答えに、ナーリャはただ頷いた。

 自分が助けられ、そして囚われているのは、その“お嬢様”の意図によるものなのだろう。


 情報は得られた。

 けれど、これ以上引き出せはしないだろうと、無機質な女性を見てナーリャは結論づけていた。余分な情報を口外するような、そんな人には見えなかったのだ。


「僕は、ナーリャ。君は?」


 せめて名だけでも、と問う。

 けれど答えは、帰ってこない。

 自分の名を名乗る権限すら与えられていないというのなら、ここはある意味“想像どおり”厳しい環境にあるのだろう。


「【はい、畏まりました】……私はアインと申します。ナーリャ様」

「ぇ、あ……よろしく、アイン」


 だが、女性――アインは、小声で何事か呟くと、先ほどまでの沈黙を破って名乗った。

 そのことがどうにも不可思議で、ナーリャは首を捻る。


「まだ体調は回復しておりません。

 回復の魔法は常時展開していますので、今しばらくお眠りください」

「え?――ぁ」


 アインの言葉と共に、強烈な眠気に襲われる。

 ナーリャはまだ気になることが幾つかあったのだが、それを聞く間もなく意識を落とすのだった。














E×I














 氷塊の浮かぶ海を眺めながら、千里はゆっくりと立ち上がる。

 日も落ち始め、もう少ししたらフィオナもここに来るだろう。

 その前に、千里はやっておきたいことがあった。


「私は、ナーリャと一緒に在りたい。

 ――ナーリャの隣を歩いて、生きたいんだ」


 改めて言葉に出すと、それはしっくりと心に収まる。

 もう目を逸らすことはできない。

 もう耳を塞ぐことはできない。

 もう口を閉ざすことできない。

 もう……自分を偽って笑うことは、できなかった。


「お願い、お願いイル=リウラス。

 私にもう一度、“貴女”の力を貸して……」


 祈りを捧げるように、両手を重ねて胸に当たる。

 ふわりと舞い上がった金の粒子は、徐々にその光を強くしていた。


「光よ……【光よ!】」


 吹き上がる、黄金。

 光の奔流が渦を作り、天に舞い上げられた。

 雲のように広がる粒子は、やがてその形を矢の形に変える。

 それはまるで千里の意志を反映したかのように、空で大きな矢印となった。


「やっぱり、ナーリャはお城にいるんだ」


 一直線に、光が城を指す。

 その矢印に千里が手をかざすと、矢印は大きさを手のひらサイズにまで変えて、千里の手に収まった。


「示し続けて」


 千里がそう呟くと、光が消滅する。

 だが、千里の視界には、常に方向を示し続ける光の矢印が残っていた。


「リクト!……あれはなんだ?」

「フィオナ、さん」


 走り寄ってきたフィオナに、千里はゆっくりと振り向く。

 そしてすぐに、言い訳を口にした。


「えっとね、探索魔法ってやつなんだ。

 稲妻のショックで使えなくなってたんだけど、頑張ったら少し使えたんだ」

「頑張ったら……って」


 フィオナは、苦笑する千里に近づくと、その顔を覗き込む。

 そして、呆れたような咎めるような声を出した。


「目が充血するほど頑張るな。

 ナーリャを探し出す前に倒れでもしたら、どうするつもりだ?」

「へっ?あ、あぁ、うん、気をつける!」


 これは違う。

 なんて言えるはずもなく、千里は慌てて頷いた。

 目元に触れると、腫れているのが解る。

 それほど涙腺が緩い記憶はなかったのだが、ここ最近泣いてばかりだと苦笑した。


「さて、情報交換……と行きたかったが、見つかったのなら話は早い。

 まぁ、私が得た情報は、どれもこの地に関するものばかりだったのだがな」


 凍土の国、ペルファ。

 曰く、魔王の力で適度な気温に保たれている。

 曰く、魔王の姿を見たものはいない。

 曰く、絶世の美女であり、美青年を囲っている。


 ペルファに関するもの、というよりもほとんどが魔王に関する情報だった。

 その噂には必ず魔王の“ツバメ”の話が出てきていて、その度にフィオナは頭痛を覚えていたのだ。


「直ぐに救出……という訳にも行かないか」

「え?な、なんで?」

「引きこもってはいるようだが、一国の主だぞ?」

「ぁ」


 まずは一度正式に訊ねて、はね除けられたら今度こそ救出に行けばいい。

 どうしても後手になってしまうが、まずはこちらが悪くならないように、一度対応が必要だった。


「素直に渡してくれるのなら、それで良し。

 なんにしても、まずは行ってみる必要があるだろうな」

「そっか……それなら、早めに」

「ああ。しかしまぁ念のため、一人帝国の兵士を連れて行こう」


 役職に関わる人間がいるのといないのでは、相手の対応も大きく変わるだろう。

 逆に言えば、その状態で“嘘”をつかれれば、それだけでこちら側の“口実”になるのだ。


「でも、兵士って誰を?」

「それは……まぁ適当に捕まえよう」

「適当って……そっか、うん、適当以外にないか」


 千里はフィオナと連れ立って、船まで歩く。

 現在船は修理中で、完了するまでは乗組員達の寝床になっているのだ。


「そういえば、なんで寒くないんだろう?」


 暖かい日差しに包まれているといっても、周囲は雪に覆われている。

 海には氷塊が浮かび、海岸も陸地も家々も白銀に染まっているというのに、肌寒さはまったく感じなかった。


「なんでも、特殊な魔力がこの島に満ちていて、その影響らしい」


 フィオナがそう語ると、千里は目を丸くした。

 明らかに常識から外れたことでも可能だというのだから、魔法はすごい。


「ううん……ファンタジーだ」

「ふぁんたじー?」

「う、ううん、なんでもないよ」


 聞かれていたことに、千里は慌てて首を振る。

 変なことを言う人だと認識されては、たまらない。


「よし、誰か捕まえてくるからそこで待っていてくれ」

「あ、うん」


 船のある海岸に辿り着くと、フィオナが兵士に話を持ちかけに行く。

 黄色い髪で目元を隠した青年……最初に、船の状況を聞いた彼だ。


 始めは嫌そうにしていたが、フィオナと一言二言言葉を交わす内に、追い詰められていく。千里は遠目で見ているため話の内容は分からなかったが、青年の戸惑いだけは見て取れた。


 そうしている内に、観念したのか。

 青年は肩を落としながらも、しっかりと頷いた。

 もしかしたら、開き直りかも知れないのだが。


「リクト!彼が“快く”同行してくれるそうだ」

「あ、あはは……なんでこんなことに」


 青年は、おぼつかない足取りでフィオナの後についてきた。

 その様子に、千里は苦笑いを零しながら、青年に手を差し出した。


「私の名はリクトといいます」

「これはご丁寧に。

 でも、俺は大した身分でもないから、気楽で構わないよ」

「あぁ、ありがとう……と、貴方の名は?」


 握手を交しながら、笑い合う。

 どうにも頼りなさそうに見えるが、気の良さそうな青年だった。


「おおっと、ごめんごめん。

 俺の名前はレウ・ソル=リウスだ。よろしく、リクト」


 青年――レウは、そう言うと千里の手を強く握った。

 その友好の証に応えるように千里が握り返すと、その横でフィオナが嬉しそうに頷いた。


「いや、気の良い仲間ができて何よりだ」

「あはは、すごい神経ッスね」

「何か言ったか?」


 フィオナにジト目で見られて、レウは勢いよく首を横に振る。

 帝国らしい黒の鎧を身に纏う兵士にしては、どこか軟弱なイメージを持つ青年だ。


「それでは、出発だ!」

「はい!」

「了解ッス」


 エルフの女剣士と、男装の騎士と、頼りない帝国兵士。

 奇妙な即席冒険団が、ここに結成されるのだった。











――†――











 乾燥した場所に一人残されたような、そんな喉の渇き。

 息苦しくなるほどの渇きを鎮めようと、ナーリャは藻掻くように手を伸ばした。


「み、ずを」

「はい、どーぞ」


 子供のような、高い声。

 その声に導かれるまま、ナーリャは身体を起こしてグラスを手に取った。

 そして、よく冷えたその水を、一気に煽る。


「ん…く…っ……はぁっ」


 そうしてナーリャは、漸く目を開けるに至った。

 霞みがかった思考は晴れ渡り、身体を覆う疲労感はない。

 鈍痛も目眩もなくなって、ナーリャは自分の体調が完全に回復していることに、少なからず驚いていた。


「大丈夫?おにーさん」

「え、あ……君は?」


 ベッドの横に座るのは、桃色の髪と真紅の目、そして赤と青の翼を持つ幼い少女だった。

 その傍らには、最初にナーリャが出会った女性――アインが、佇んでいた。


「わたし?

 わたしの名前は“リ・リリア・ウィル=オルクスフォンハイド”

 ……そうね、わたしのことは“リリア”って呼んでちょうだいな♪」

「あ、うん……僕はナーリャ、ナーリャ=ロウアンス」


 起き抜けにテンションの高いリリアと会話することになり、ナーリャは少しだけ置いていかれていた。


「もう体調は回復したと思うんだけど……どう?」

「え?あぁ、すっかり良くなったよ。

 え、と……君が、僕を助けてくれたの?」


 助けた、と言っても未だ足に鎖が嵌められているのは事実。

 だからナーリャは、努めてリリアの機嫌を損ねないように、笑顔で問うた。

 それが――彼女の“熱”を加速させていることになど、気がつかずに。


「ふふ、そーよ。

 わたしが貴方を助けて、ここで治療をしていたの。

 ちょっと、メイド達にも手伝って貰っちゃったけどね」


 口元に握り拳を当てて、リリアはくすくすと笑う。

 その表情に妙な危機感を覚えながらも、ナーリャは笑顔を崩さないようにしていた。


「なにか、お礼ができれば良いんだけど……」

「あら、お礼なんて良いのよ?」

「え――?」


 お礼という形でリリアの求めるモノを探ろうとしたナーリャは、予想外の返答に首を傾げる。未だ怪しい笑みを崩さないリリアに、底知れぬ“ナニか”を感じながら。


「だって、おにーさん――ナーリャは」


 リリアはナーリャの左手を掴むと、自分の方へ引き寄せる。

 そしてナーリャの首に巻き付くように抱きつくと、耳元に声を投げかけた。


 妖しく艶やかな――悪魔の囁き。


「ずぅっとわたしと、一緒に居るんだもの」

「え、ぁ――」


 脳髄を揺さぶるような、甘い匂い。

 その匂いに崩れそうになる理性を、ナーリャは意志の力で押しとどめた。


「僕、は。

 僕は、帰らなければならないんだ。リリア」

「あら?“魅了”を跳ね返したの?」


 ナーリャの反応に、リリアは目を丸くする。

 そして、愉しそうに笑いながらナーリャから離れた。


「いいわ、ナーリャ。時間をあげる。

 大丈夫、時間なんていくらでもあるもの。よく考えて」

「時間はないよ、リリア。

 僕たちには、“君たち”ほど時間がないんだ」


 ナーリャの言葉を意に介することもなく、リリアはただ笑う。

 そして、部屋にナーリャを残して去っていった。


 その去り際で、リリアは一度だけ、振り向く。


「“しがらみ”なんて、時間には敵わないの。

 だって、過ぎ去ってしまえば、それは遺物でしかないもの」


 荒くなった息を整えようとするナーリャは、リリアの言葉に反論することができない。

 だが確かな意志を示すために、強い瞳でリリアを見るのだった。


「また後でね、ナーリャ」


 重い扉が閉じて、ガキがかかる音がする。

 何度か鳴った音が鳴り止むと、ナーリャは力が抜けたように、ベッドに転がった。


「僕もつくづく、運がない」


 ため息と共に零れるのは、そんな言葉だった。

 ルルイフでは船に置いていかれ、漸く乗ったと思えばエクスに襲われて。

 帝国では誘拐事件に巻き込まれ、闘技大会では因縁をつけられ。

 漸くノーズファンへ行けるかと思えば嵐の海に投げ出され、助かったと思えば籠の鳥。

 これを運がないと言わずして何と言おうと、ナーリャはもう一度、大きなため息をつくのだった。


「なんにしても、まずは逃げ出す手立てを考えなきゃ」


 リリアが心変わりをするまで待つ気は、無い。

 それこそ、人間の短い一生が終わってしまう可能性の方が高いだろう。

 ナーリャには、魔族であるリリアほど、時間的な余裕はないのだ。


「足枷は……外れない、か」


 ただの鉄の輪とはいえ、鍵もない枷。

 剣やナイフも無しに外せるものでは無い。

 また、武器は全て取り上げられてしまっているため、今は丸腰。

 こういった状況から抜け出す手立てを“持ってくる”ことも、できない。


「とはいえ、自分でもよくわかっていない力を使うのもなぁ」


 ナーリャは、今日何度目になるか解らない息を吐く。

 エクスの居城で戦っていた時から使っていた、“記憶を読み取る”力。

 何気なく使い始めた能力だったが、気味悪くもあった。


「僕は、魔法使いの家系だったのかな?」


 魔法とは関わりのない、特殊な能力。

 だがこの世界で不思議な力と言えば“魔法”なのだから、ナーリャの思考も自然とそこに集中していた。


 物に触れれば、記憶が読める。

 通りすがる人間で試してみたこともあるが、生き物はダメだった。

 能力が強くなったのは、ガランとの戦いの最中。


 それからナーリャは、どんな物に触っても、その“物が宿す記憶”を読み取ることができていた。


「僕は、誰なんだろう?

 魔法使い?――いや、魔法の使い方は、よく解らない。

 貴族?――いや、高貴なものとは無縁な気がする。

 亜人?――いや、すくなくとも人間ではある、はず」


 答えの出ない問答。

 自分自身に問いかけて答えを求めても、帰ってくるのはがらんとした空っぽの過去だけ。


「千里――僕は」


 そうして最後にこぼれ落ちたのは、船上で別たれてしまった“友達”の名前だった。

 隣を歩いて行きたいと言ったのに、あの月の夜、そうエクスに宣言したのに。


「ここで躊躇っていたら、君には会えないよね……千里」


 意識を集中して、足枷に手を触れる。

 井戸の水をくみ上げるような感覚。

 渇いた身体に水を仕込み混ませるような、開放感。


 この刹那の快楽が……ナーリャは、嫌いだった。


 記憶が、ナーリャに流れ込む。

 この足枷が嵌められた人間達。

 その末路が、ナーリャの頭に逆流していく。


「――――【継承把握】」


 完全に意識を切り替えたナーリャは、自分でも意図していないところで、そう言葉を紡いでいた。第三者が聞いてナーリャに教えない限り、ナーリャ自身で知ることができない、ナーリャの無意識下の声であった。


――ねぇ、わたしと遊ぼう?

――き、きみは?


 一人称の視線で展開される、過去の記録。

 それを余すことなく、ナーリャは“追体験”していく。

 そこに活路があるはずだと、信じて。


――ふふふ、イイわ、その顔。

――ひ、や、め。


 だが、だんだんと雲行きが怪しくなってきた。

 慣れた仕草で、“自分の”ボタンを外していくリリア。

 やがてリリアは、自分の服に手をかけて……。


「っ【中断!】」


 反射的に、ナーリャは記憶の奔流をせき止めた。

 そして、恥ずかしさやら謎の申し訳なさやらで赤くなった顔を、両手で隠す。


「うぅ、こんなのばっかりなのかな……」


 ナーリャは、なんとか流れ込む記憶の取捨選択ができないものかと、奮闘する。

 それが自分の能力を“鍛えてしまう”ことに繋がったとしても、人様の赤裸々な情事なんか拝みたくなかった。


「集中、集中……」


 それからナーリャは、孤軍奮闘することになる。

 流れ込む記憶の取捨選択という技能を身につけるまで――。

今回で、七章の折り返し地点となります。

そのため、次回への布石等で今話の終了とさせていただきます。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。

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