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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
33/81

六章 第八話 波乱の闘技大会④ 望みの先へ


 空には星が輝き、月は雲間に隠れてなお明るい。

 頬を打つ風が少しだけ冷たかったが、千里はその程度の寒さなど気にならなかった。


 一日の日程を終えると、宿に帰ってナーリャと一回戦突破を祝った。

 一回戦で一日、明日は一日使って二回戦を行う。

 そのため、今日はひとまず宿で夜を明かすのだ。


 本当はもう、寝ていなければならない。

 だというのに、千里はベッドを抜け出して宿の屋根の上に来ていた。


「歓声、すごかったな」


 思い浮かべるのは、今日の風景。

 戦うことに快楽を見いだすことができるほど、剣を振るのは好きではない。

 だが、魔法剣士を打ち破り、広い闘技場に一人で剣を掲げた時。


 その場は――“熱”に支配された。


 葛藤もコンプレックスも、全てを吹き飛ばす高揚感。

 不安も緊張も、残らず消し飛ばした勝利の咆吼。


「私でも、“主人公”になれるのかな?」


 常に平凡で在り続けた少女。

 周囲が自分よりも優れていることを当然だと思っていた、なんて後ろ向きなことは考えていない。


 けれど、脇役の方が似合いそうだ、とは何度か考えたことがあった。


「主人公なら、きっと――」


 物語の主人公は、いつも困難に遭遇する。

 だがそれが本当に“主人公”ならば、困難など乗り越えられる。


「――そんなこと考えても、仕方ないか」


 千里は大きく息を吸い込むと、気合いを入れて立ち上がる。

 その頃には、雲間を抜けた月が、千里の姿を照らしていた。


 そうして千里は、ベッドに戻る。

 そして毛布に包まれる頃には、千里にはもう、なんの翳りも無かった。














E×I















 白い雲が浮かぶ、晴れた空の下。

 雲間から降り注ぐ太陽光は、闘技場をじりじりと焼き焦がす。

 その熱に包まれながらも、今日の闘技大会も盛大に賑わっていた。


 選手用の観客席の一角。

 そこでは、千里とララ達が真剣な眼差しで試合場を見ていた。

 今日の初戦、それはナーリャの試合だ。


 いや、正確には――。


『二回線第一試合、東門選手――“ナーリャ=ロウアンス”!』


 歓声が、響く。

 ナーリャの卓越した弓の技術は、初戦から人気を生んでいた。

 その戦いのスマートさに、惹かれるものも居るという。


 真剣な表情で東門からナーリャが現れる。

 それを見届けると、アークは次いで西門の選手の名を、読み上げた。


『西門選手――“ライアン・ランク=ランタート”!』


 太陽の光で煌めく金の髪と、森林に吹く風のような緑色の双眸。

 第一試合、第二試合と連戦だった彼らは、ここで対峙することになったのだ。


「ナーリャ……ライアン……。

 うぅ、どっちを応援すれば良いんだろう」


 千里が情けない声を上げると、横で聞いていたジックが胡乱げな眼差しを千里に向けた。


「ライアンとて、恋人そっちのけで応援されたら気まずかろう」

「だ、だからそれはっ……」

「二人とも、うるさい」


 口げんかに発展しそうになった二人を、ララが諫める。

 すぱっと切り捨てながら諫める辺りが、実に彼女らしい。


「ふ、二人ともーっ、頑張ってーっ!」

「日和ったか」


 ジックの言葉に反論することもできず、千里は目を逸らす。

 ここで負けたらダメだと自分に言い聞かせる辺り、“ダメ”な感じだった。


 そんな千里の戸惑い交じりの応援を、ナーリャはしっかり聞いていた。

 そして、結局二人とも応援し始めるその声に、微かに笑みを浮かべた。


「余裕だな、ナーリャ」

「そう見える、かな?」


 ライアンが剣を引き抜き、ナーリャが弓を構える。

 まずは遠距離から牽制、そのまま倒せるのなら倒す。

 そう考えて、槍にはまだ手を掛けない。


「騎士になることは、俺の夢だった。

 そしてその夢は、この闘技大会で実績を残すことで、大きな一歩とすることができる」


 ライアンは剣の腹をナーリャに見せるように、掲げる。

 それは、帝国騎士の決闘の構えだった。


「……始めは、“大切な友達”のため」


 目標を語るライアンに合わせて、ナーリャも口を開いた。

 左手に弓を持ち、だらりと下げた右手に矢を持つ。

 それは、狩人が精神を集中させている時の構えだった。


「次は、“父”の名誉を守るため」


 瞑目していた目を、薄く開く。

 漆黒を讃えた双眸……その奥に宿る、冷たくも苛烈な炎。


「今は……昔日の禍根を断ち切り、明日への道程を切り拓くために」


 目を開いて、ライアンを見る。

 そしてその溢れ出る闘志を隠そうともせずに、黒い弓に黒い矢を番えた。


「勝ち抜いて、宿命を打ち破るッ!」


 その宣言と同時に、アークが試合開始の合図をする。

 そして、漆黒と黄金が、ぶつかり合った――。











――†――











 選手用の観客席、千里達が見る場所のちょうど反対側。

 そこで灰色の男――ガランは、愉しげな笑みを浮かべていた。


「うわぁ、隊長その顔怖いッス」


 そんなガランに声をかけたのは、レウだった。

 周囲の人間が明らかに退いているのを見ても近づいてくる辺り、豪胆だ。

 鈍感なだけ、という可能性もあるのだが。


「うるせぇ。普通の顔だ」

「えー、そんな泣く子供が気を失うような顔がッスかー?」

「ほう?」


 流石に睨まれて、レウは苦笑いをする。

 そして、対峙する闘技場の二人に目を向けた。


「気になる試合でもあるんスか?」

「まぁな」


 そういうガランの視線を追い、その目が黒髪の少年に注がれていることに気がつく。

 ガランよりも明らかに年下で、かつ関わり合いを持つようなタイプには見えない。

 だがそれでも、その飢えた獣のような鋭い目は、確かに“ナーリャ”に注がれていたのだ。


「一回線は見ていなかったんだったか?」

「ええ、そうなんスよ」


 レウはそういうと、大きく肩を落とした。

 サボるつもりだったのが、結局かり出されたのだ。


「この時期は出場者達の“肩慣らし”で魔獣が激減する……はずだったんスけどね」

「あん?減らなかった、のか?」


 ガランの不思議そうな声に、レウは疲れたように頷く。

 そして、今までよりも少しだけ真剣な表情を浮かべた。


「はい、“まったく”減っていませんでした。

 聞けば、他国でも魔獣が活性化するという事例が増えているようです」


 そのレウの言葉に、ガランもやや厳しい表情になる。

 縄張りの中ならば獲物が入らない限り大人しい魔獣も、不必要に暴れ出すようになった。

 二人は知らぬことだが、ナーリャ達が戦った“森の主”も、普段はアグネークが村に降りるほど暴れたりは、しない。


「はぁ……面倒だ。

 闘技大会が終わるまでには体裁を整えておけ」

「了解ッス」


 レウの返事を聞くと、ガランは胡乱げな表情で会場に目を戻す。

 そうして意識を固めたちょうどその時、ナーリャの声がガランの耳に届いた。


『――昔日の禍根を断ち切り、明日への道程を切り拓くために』


 昔日の禍根。

 過ぎ去った日々に残った、因縁。

 ガランはナーリャの言葉に、どこか自嘲めいた笑みを浮かべた。


『勝ち抜いて、宿命を打ち破るッ!』

「ならば俺は、それすらも穿ち砕こう。

 ――だから足掻いてみせな、小僧」


 何か言いたげにレウが下がった後も、ガランはそうしてただ笑っていた。











――†――











 黄金の軌跡を描いて、ライアンが疾駆する。

 体勢を低くして半身になることで、ナーリャの照準を狂わそうとしていた。


 だが、ナーリャの本業は対人戦ではなく、飛ぶ鳥を落とす“狩り”だ。

 地を這う人間を落とすことなど、容易と言えた。


「先見一手」


 先を見て、矢を放つ。

 その矢は地面を走るライアンの肩に……当たらなかった。


「ふっ」


 一息一閃。

 左から右に薙がれた剣が、飛来した矢を落とす。

 対人戦で使うには強すぎる黒帝の弓は、ナーリャに“手加減”を強いていた。

 その力加減を行う際にできる、矢を放つためのタイムロス。


「はぁぁぁっっ!!」


 その隙を縫うように、ライアンは大上段から剣を落とした。

 卓越した瞬発力……それが、ライアンの“武器”だった。


「っ!」


 ほんの僅かの間に距離を詰められて、ナーリャは咄嗟にその剣を弓で受けた。

 並の刃は通さない黒帝の骨でできた弓は、普通の木の弓とは訳が違う。

 ナーリャが力負けでもしない限り、弾かれはしない。


「はぁっ!」


 そして、腕力で勝ったナーリャは、右に持った矢をライアンに突きだした。

 対大型魔獣専用の矢は、その穂先がナイフほどもある。

 それは、ちょっとした“手槍”ともえる代物だった。


「くっ」


 身体を反らすことで、ライアンはその一撃を避ける。

 だがその動きは、ナーリャの想定の範疇。

 二人の実戦経験の差が、ここに大きく現れていた。


「先見一手」


 弓だけには止まらない先見の技術と、これまでに培った経験。

 その全てが収まった漆黒の双眸は、ライアンの動きを読んでいた。


「一撃必中――ッ!」


 矢を突きだした右手を返して、身体を反っているため動けないライアンに振り下ろす。

 身動きのとれないライアンはその一撃を避けることができず、ただぐっと目を閉じた。


 だが、その一撃は通らない。

 来るべき衝撃が来ないことに、ライアンは体勢を崩して片膝を突きながら目を開けた。

 自分の喉元、そこに輝く黒の矢。


「遠いな、まだ」

「そう簡単に、追い越されはしないよ」

「ははっ、そのようだ」


 ほんの僅かな時間に、ついた決着。

 矢を突きつけられているというのにも拘わらず、ライアンは笑みを浮かべる。

 悔しげで……なのに、どこか清々しさの残る笑みだった。


「俺の負けだ」


 その一言。

 それによって、静まりかえった会場が沸き上がる。

 瞬く間の試合だというのに、その戦いは見るものたちに確かなものを、残していたのだった。











――†――











 試合が終わり、選手用の観客席に戻る。

 そこでは、千里がどこか心配そうな表情で佇んでいた。


「二人とも、大丈夫?」


 二人が試合を通して、険悪になったりはしないか。

 そんな問いかけをぐっと呑み込んで、千里は無難な言葉をかける。


「うん、大丈夫だよ」

「残念だが、“怪我をさせる”には、まだ経験が足らないようだ」

「もう少し鍛錬されたら、僕も危ないかも知れないけれどね」


 そう言って、ナーリャとライアンは笑い合う。

 その下手をすれば試合前よりも中の良さそうな二人の姿に、千里は小さく安堵の息を吐いた。


 それでも、思うところはある。

 どちらも譲れない目標を持っていて、そして戦った。

 理解してはいるのだけれども、どこか歯がゆい。


「そんな顔はしないでくれ。俺たちは互いに斬り結び、互いの意志を感じ取った」


 穏やかな表情で語るライアンの言葉に、千里はハッと顔を上げる。

 そして、見透かされていたことに、小さく顔を伏せて頬に朱を差した。


「一撃に、自分の全てを乗せるんだ。そうすれば、心は伝わる」


 わかりにくいかな、と最後に付け足した、ナーリャの言葉。

 その声に、千里は小さく首を振る。

 勝敗に拘わらず、満足した表情でここに立つ二人を見れば、嫌でも解るのだ。


「心配してくれてありがとう、千里。

 僕たちは大丈夫だから、いつもみたいに笑っていて」

「うん……なんか、ごめんね」


 顔を上げた千里に、二人は揃って首を振る。

 夢を叶えるためには、誰かの夢の実現を遅らせなければならない。

 それで叶わなくなるかも知れないけれど、それでも自分の夢は諦められない。


「だから、真剣に……“想い”を、乗せる」


 自分に背を向けて、ジック達の方へ行くナーリャとライアン。

 その後ろ姿を見ながら、千里は小さく呟いた。

 握りしめた手を胸に当てて、見上げるのは二人の笑顔。


 諦められない夢があるのなら、せめてそれを乗せて真剣に戦う。

 それが、挑む者がしなければならないことなのだ。


「今日までだって、できたんだ」


 できないはずはない。

 むしろやってみせるのだと、千里は強くその手を握りしめるのだった。











――†――











 そうして幾ばくか経った後の、千里の試合。

 その様子を、ライアンとナーリャは選手用の観客席から見ていた。


「危うい、な」


 ライアンの、静かな言葉。

 それに、ナーリャは神妙に頷いた。


「意志が揺らぎはしない、とは思う。でも……」

「どこか追い詰められてはいる、か」


 命を賭して戦うことなど、知らない世界。

 日常の片隅で常に命の危機がある世界などではなく、よほど危ない場所や人に関わらない限り、傷つけ合う必要のない平和な場所。


 そんな場所から来た、とナーリャは千里から聞いたことがあったことを、思い出す。


「折れないように支えることができるのは、君だけだぞナーリャ」

「うん……もっと頼れる人が他にもいれば、良かったんだけど」


 流れ人という、異なる世界から来たというそのポジション。

 ここに最初に来た時に触れ合い、かつどこか似た感性があるナーリャだけは彼女を“理解”することができる位置にいる。


 つまりそれは、ナーリャ以外の人間とは、決定的に孤独であるという証明だった。


『チサト選手の攻撃!しかしファリリナ選手には当たらないっ!』


 レイニの実況が、響く。

 選手が試合に集中できるようにと考慮されているため、この実況は試合中の選手には聞こえないように魔法がかかっている。


『ファリリナ選手の攻撃は……風の流星群だァッ!!』


 十五センチほどしかない、小柄な体躯。

 透明なトンボのような羽を持ち、緑のドレスに身を包んだ妖精族の少女。

 その少女――ファリリナが用いたのは、直径一メートルほどの風の塊を大量に落下させる魔法だった。


「【風よ風、流星となりて攻撃しちゃえっ!】」

「わわわわっ!?」


 慌てて避ける、千里の声。

 だがその動きの中でも、千里は正確にファリリナを見ていた。


「これで終わり、かな」


 ナーリャの声。

 それとほぼ同時に、光の粒子を纏わせたアギトを、千里は大きく横に薙いだ。

 すると、風圧が光を纏った刃となり、ファリリナに襲いかかる。


「ななな、なにそれっ?!」


 あまりにも発動が早すぎる魔法。

 その暴風のような一撃に、ファリリナは走馬燈を浮かべながら目を閉じた。


「へ?」


 そして、通り過ぎた風のみを感じ……意識を、落とした。

 痛み無く他者の意識を刈り取る、千里の剣の効果だった。


『ファリリナ選手ダウン!

 勝者は、期待の新星――“チサト=タカミネ”選手だぁーっっっ!!』


 沸き上がる会場、一回戦同様剣を掲げる千里。

 その様子を、ナーリャはただ心配そうに見つめていた。


「……千里」


 その声は――届かない。

六章も残すところ、あと三話となりました。

年内には片付きそうにありませんが、帰省するまでにあともう一話は上げたいと思います。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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