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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
32/81

六章 第八話 波乱の闘技大会③ 漆黒の幽騎/氷剣の令嬢


 東門奥の選手控え室。

 その中の一室で、ガランは大きく欠伸をした。


「隊長、暇そうッスね」


 そんなガランに、声がかかる。

 黄色の髪で目元を隠した、大人しそうな青年だ。

 黒い鎧を着ていることから、帝国の一兵士であることが伺える。


 暇そうに椅子に腰掛けて寛ぐガランに、青年は苦笑を零す。

 彼はガランの部下で、警備の合間に自分の隊長の様子を見に来たのだった。


「はぁ……当たり前だ。

 蒔いた種が萌芽しねぇ限り、退屈なまま終わるだろうさ。

 発破が無駄手間だったら、それだけで骨折り損だ」

「種に……発破、ッスか?」


 青年は、壁に背を預けながら首を傾げる。

 真面目そうな外見の割りに、気楽な性格のようだ。

 自分の隊長を前にしてなお、寛ぐことを止めない。


「それよりも、テメェはさっさと持ち場に戻れ。レウ」

「俺一人いなくてもかわんねぇッスよ」


 彼――レウは警備の予備要員で、本格的に警備をしているメンバーではない。

 だから、ガランも本気でレウを咎めては居なかったのだ。


「アーク隊長の司会でも見てればいいじゃないですか」

「無駄がなさ過ぎてつまらん」


 ガランは親友の司会に対してそう吐き捨てると、再び大きな欠伸をする。

 面倒なことはしない主義であるアークの司会は、観客側からすればあまり面白いものでは無かったのだ。


「隊長は、最後ですよね?」

「そうだ。賭けるなら俺にしとけ」

「優勝の賭け、ですよね?

 賭けになんねぇッスよ、それ」


 呆れたように言い捨てるレウに対して、ガランは笑う。

 獰猛で凶暴な……獣のような、笑みだった。


「さぁ……わかんねぇぞ?」

「へ?……それってどういう」

「そろそろ交代の時間だ。顔くらいは出せ」


 レウはガランの言葉を疑問に思い、問いただそうとする。

 しかし、それ以上は言わないという態度に、渋々と引き下がった。

 ガランがこういう態度に出て、答えたことは一度もないのだ。


「はぁ……わかりました」


 レウは肩を落としながら、控え室を去った。

 その後ろ姿を見送ることもせずに、ガランは笑みを浮かべ続ける。

 一回戦で見た、待ち望んだ“弓使い”の戦い。

 その姿を思い出して、笑う。


「さて、どうくる?

 退屈だけは、させるなよ……“ロウアンス”」


 低い声が空気を震わせて、ゆっくりと控え室に響いた。














E×I














 選手用の観客席。

 その一角で、ナーリャ達は闘技場へ視線を落としていた。

 白い砂の上、そこで行われるのは……ジックの、試合だ。


『西門選手、“ジック・デュン=アクルサルト”!』


 西側から出てくるのは、青い髪の少年。

 指先から肘まで程度の長さの剣に、金と銀で装飾された鎧。

 ジックのその姿は、遠目からでもよく見えていた。


「うわぁ、こうしてみるとなんか……」

「うん、遠くから見ても、なんか……」


 千里とナーリャは、“なんか”の続きを言おうとはせず口を噤む。

 そんな二人に、ライアンは苦みを含んだ笑みを浮かべた。


「あれはもう、ジックの趣味のようなものなのだよ」


 フォローしようとしたのだろうが、失敗している。

 何か止むに止まれぬ事情があるというのならまだ弁解もできたのだろうが、趣味となれば痛々しい感想しか沸いてこなかった。別の意味で、弁解できない。


 ジックもまた、闘技場から千里達四人の様子を確認していた。

 流石にその表情までは読み取れないが、下からでも誰が見ているかくらいは解る。

 ましてや、赤いドレス型の戦闘服など、一人しかいないのだから。


「結局良いところは見せずじまい。

 ……それでは、オレの気が治まらん」


 剣を抱えて、東門を睨み付ける。

 用意周到こそが彼のポリシーだったのだが、今はそんなことは言っていられない。

 企みが全て失敗したことで、ジックの頭は逆に冷静になっていた。


『東門選手、“トラスト”!』


 名字のない、名前。

 とくに家名を必要としない村人や、先祖から受け継ぐ名前が無い場合。

 そういった人は名字を持たず、また持っている者の方が圧倒的に少ない。


 自分の相手もそんな“農民”の出か、若しくは冒険者か。

 本戦に残っている以上実力はあるのだからと、ジックは気を引き締める。


「……なに?」


 だが、ジックの予想は外れた。

 フルプレートアーマーに大剣を担いだ、漆黒の騎士。

 身の丈を越えるほどの大剣を片手で操るのか、左手には大きな盾を持っていた。


『……貴君が我の相手か』


 くぐもった声だった。

 鎧の中で反響しているのか、幾重かに重なって聞こえる。

 そのなんともいえない不気味さに、ジックは小さく眉根を寄せた。


『それでは……男性部門一回戦、第四試合、始め!』


 アークの声が響く。

 だが両者は未だ動かず、じっくりと相手の様子を伺っていた。


 そうして動かぬ中、先に痺れを切らしたのはトラストだった。


『ふむ、埒があかんな』


 それだけ言うと、トラストは悠然と歩き出す。

 隙のない堂々とした歩みにジックは聞こえぬように舌打ちをした。

 出方をうかがおうと思えば、ただ先手を譲るだけの結果となった。

 このままでは、ペースを奪われてしまうと考えたジックは、黄金で装飾された剣を構えた。刃を水平にした、突きの構えだ。


「先手は貰う!」


 突きの型を維持したまま、ジックはトラストへ向かって一直線に走る。

 体勢を低くし身体を半身にしているため、捉えにくい動きだった。


「はぁっ!」


 身体を弓なりに引き絞った、鋭い一撃。

 それをトラストは、どっしりと構えた盾で防御しようとする。


「そんな見え見えの動作で!」


 ジックは強く放った突きを、戻す。

 元より戻すつもりだったのか速さだけで力は込められておらず、正面からのフェイントという形でトラストの隙を突く。


 その一連の企てに嵌ったことを知り、トラストは小さな呻り声を上げた。


「せぇい!」

『ぬぅ……ッ!』


 盾の間、そこへジックの剣が滑り込む。

 その鋭い刃は容易く防御を突破して、トラストの胸を突いた。

 装飾で威力が低いように“見せた”特性の剣は、その気になれば鋼鉄すら貫くことができるのだ。


 そしてジックは、突きに関してだけならば、それを実行できる技術があったのだ。

 突き以外は、平凡な剣なのだが。


「なにっ」

『今のは良い動きだ』


 だがその一撃を受けてもなお、トラストは健在だった。

 突きのインパクトの直前、トラストは威力を削ぐために、ほんの少しだけ前に出ていたのだ。着弾地点が予定とずれれば、それだけで威力は削がれてしまう。


『だが、我には足りん』


 トラストは淡々と、黒の大剣を振るう。

 シンプルながらに装飾の施された業物で、その破壊力は折り紙付き。

 そんな刃を前にして、ジックは冷静に身を退いた。


「力だけでは、オレには当たらん!」


 そう言い放ちながらも、ジックの額には汗が滲んでいた。

 千里のように速く鋭い連撃ではない。剣速ならば、千里の剣の方が速いだろう。

 しかし、トラストの一撃にはどこまでも重い必殺の力が込められていた。


 その一撃は、掠めただけでもジックの身体を容易に引き裂くだろう。


『そうか、ならば技を加えよう』


 トラストの、小さな宣言。

 漆黒の大剣を振り降ろし、それをジックは紙一重で避ける。

 ギリギリまで引きつけてから避けるその身のこなしは、反撃には適しているだろう。

 しかし、その判断は誤りだった。


「なにっ」


 突き出されたのは、トラストが左に構えた盾だった。

 盾によるタックルを、剣撃の間に挟む。

 嵐のような怒濤の攻めに、ジックは身を守ることで精一杯だった。


『終いだ』


 それは、トラストからの死刑宣告だ。

 盾のタックルで体勢を崩したところへの、唐竹割り。

 縦一閃に振りかぶられたその一撃を、ジックは睨み付ける。


「ここで終わって――」


 轟音のその一撃へ、ジックは飛び込む。

 風圧で頬を裂き鮮血が舞い、それをジックは目くらましに利用した。

 そして、トラストの喉に向けて、剣の一撃を突き放つ。


「――たまるかァッ!!」

――ドンッ

『グゥッ!?』


 弓のように引き絞られた身体から放たれた、一撃。

 その一撃は……トラストの頭を“吹き飛ばした”。


『いい、一撃だ』

「そん、な」


 トラストの遙か後方に、兜が落ちる。

 それでもなお止まらずに動いたトラストは、ジックの喉に剣を止めた。


『ここで死ぬには惜しい』

「く……降参、だ」


 苦虫をかみつぶすような顔で、ジックは降伏を訴える。

 それをアークが聞き取り、ここに男性部門四回戦の、決着がついた。


 そうして選手控え室へと戻っていくジックの、上。

 選手用の観客席で、千里は震える手で会場を指した。


「ななな、ナーリャ、あれって……?」


 首が飛んでも生きている。

 その上、首の中にはなにもない。

 そんなホラー映画のような光景に少し驚くだけだった周囲の反応が、千里には信じられなかった。まさか昼間から“お化け”を見ることになるなどとは思っても居なかったのか、心なしか顔が青い。


幽族ゆうぞくの騎士、だね。

 まさかトゥーユヨークの精霊族まで出場しているなんて、ね」

「トゥーユヨーク?」


 初めて聞く単語は、地名だろうと当たりをつける。

 自動変換の有無で解るのは、地名や人名といった固有名詞なのだ。


「エクスの居城があった“ニーズアルへ”同様に、強力な存在が統治する島の一つだよ」


 去りゆくトラストの姿をよく見ながら、ナーリャは千里に説明をする。


「ノーズファンと南西の国、スエルスルードの間にある西の大陸。

 そこには、精霊族といって肉体を持たず精神だけで生きる存在が暮らしているんだ」

「へぇ……精霊、妖精さんとか?」

「うん、そうだね」


 妖精がいると聞き、千里はメルヘンな雰囲気の場所を思い浮かべる。

 だが、その筆頭に首無し騎士の姿が再生されて、可憐な花畑が一気におどろおどろしいものに変わった。


「あぅ……」

「千里?」


 苦い表情で眉をしかめる千里に、ナーリャは首を傾げる。

 だがすぐに、いつものことだと気を取り直した。

 彼女の百面相は、今に始まったことではない。


「休憩後は、千里の試合だね」


 呻り声を上げている千里を現実に引き戻すために、ナーリャは話題を振る。

 まさか妙な妄想に囚われていることに気がつかれているとは考えてもいなかった千里は、その言葉ですぐに我に返る。


「そ、そうだった。確か、次は休憩を挟んだ後なんだよね。

 私の相手は……これ、なんて読むの?」


 千里が懐から取り出したのは、控え室で配られていたトーナメント表だった。

 知っている名前ならば読めなくとも“理解することは出来る”のだが、知らない名前は難解な記号にしか見えなかった。


「えーと……“ランウィーナ・アル=エルトワル”かな」

「すごく、貴族っぽい名前だね」

「まぁ、確かに」


 ミドルネーム持ちなんか、貴族や古い家の出にしか見られない。

 本当に歴史を積んでいるだけの家の人間なんかも、長い名前だったりするのだが。


「一緒に優勝だよ、千里」

「任せて、ナーリャ!」


 千里は力強くガッツポーズを作ると、ナーリャに背を向けて西門へ走る。

 その気合い十分な表情に、ナーリャは優しく頬を綻ばせた。


「あいつら……負けたオレの前で堂々と」

「ふむ、あれが男女の自然な逢瀬か。勉強になるな」


 そんなナーリャの耳に届く、二種類の声。

 興味がないのか何も言わないだけなのか、ララの声は聞こえない。

 だが確実に響いた言葉に、ナーリャは身体を硬直させた。


「いいいい、いや、あれは、その」

「否定するのは女性に失礼」


 ララも聞いていたということには、間違いないようだった。

 ただ、押すことも退くこともできなくなってしまうという結果つきだったが。


「我々は近づくこともできなかったな、ジック」

「あの二人は、もう少し“人に気を遣う”ということを覚えるべきだ」


 確かに一回戦敗退という形で見事な失恋を経験することになったジックが、そう言いたくなる気持ちも分かる。

 だがそれでも、彼にだけは言われたくない言葉である。


「これは、その、えっと」


 針の筵。

 そんな言葉を脳裏に掠めながら、ナーリャはただおぼつかない口調で弁解を続けるのだった。











――†――











 アギトを背負い、鎧の確認をする。

 目を閉じて回想するのは、これまでの経験だった。


 薄暗い控え室、その中で瞑目をする姿は、祈りを上げているようにも見える。

 名前が呼ばれるまでの短い時間を、千里はこうした形で精神を集中させていた。


 沢山の観客の前に出ることなんて、中学の文化祭以来だった。

 その時は、クラスの出し物で演劇をして、役割は白雪姫の“こびとC”だ。

 一言二言喋るだけで、あとは適当に動きながら進行を待つだけ。

 その受動的な役割を淡々とこなしながら、ほんの僅かだが白雪姫役のクラスメートに羨望の眼差しを注いでいた。


「でも、こんな背の低い私じゃ、彼女みたいにはなれない。

 確か、そう思って“主役”になることを早々に諦めたんだっけな」


 吐き出すように紡がれた言葉には、諦めた時の感情が込められていた。

 結局中学を卒業しても伸びることの無かった、身長コンプレックス

 どうしようもないことなのだと諦めて、努力しようとすらしなかった。


「今度は、私が主役。役柄は、友達と約束を交わした騎士ナイトさま」


 目を開くと、そこにはただ光が宿っていた。

 力強く輝く、翳りのない光だ。


『東門からは、氷の魔剣士“ランウィーナ・アル=エルトワル”選手ですっ!

 今大会最年少の十四歳ですですよぅっ!』


 テンションの高いレイニの声に、千里は小さな笑みを浮かべる。

 自分も気分を盛り上げておけば、誰にも負けないような気がしてきた。


『西門からは、黒輝の重剣士“チサト=タカミネ”選手ですっ!

 身の丈を越える大剣を操りし、異国の女の子!!』


 名を呼ばれて、紹介される。

 そこに乗せられた照れくさい言葉を、千里は気分を盛り上げるのに利用する。

 白い闘技場へ踏み出して太陽を身に浴び、観客の声を聞くと、ただそれだけで揺らぐ気持ちが消し飛んだ。


「日本に帰ったら、主役になれるように頑張ってみようかな」


 案外、性に合っているのかも知れない。

 そんなことを口に出すと、千里は背中からアギトを引き抜いて、天に掲げた。


「ふふふ、お待ちしておりましたわ」


 ランウィーナは、千里よりも少しだけ背の高い少女だった。

 二つ下の少女に身長で抜かれるということは、慣れていても少しだけ悔しく、息を零す。


 光の加減で赤にも見える紫色の目は、勝ち気で鋭い。

 流れるようなブロンドの髪は、縦ロールにした上で“ポニーテール”に結われていた。


「あれ?なんかデジャブが……?」


 髪型を変えてくれれば、何か思い出すかも知れない。

 そう思っても口には出さず、千里はただ首を傾げる。


「愚姉の仇などとは言いませんわ。

 ただ、私たちエルトワルに汚名が着せられるのだけは、我慢できませんの」


 そうは言われても、思い出せない。

 千里はそのもやもやを抱いたままではまずいと、いったん思考を放棄した。


「その様子だと、誰のことだか解っていませんわね。

 はぁ、こんな単細胞相手に予選落ちとは……本当に駄目な姉ね」

「予選……って、あぁっ!!」


 そこまで言われて、千里は漸く思い出す。

 予選でレイピア片手に氷の魔法を打ち込んで、派手に負けた女性だ。

 言われて見れば、顔立ちや口調といった、雰囲気がよく似ている。

 これでツインテールにでもしてくれれば、うり二つと言えるだろう。


『それではではでは……試合、開始~っ!!』


 レイニの声が響き、試合が始まる。

 千里が剣の切っ先をランウィーナに向けると、彼女もまた剣を抜いて構えた。

 黄金の装飾が施された、流麗な双剣だ。


「【凍てつけ】」


 ランウィーナが、魔力を乗せて言葉を紡ぐ。

 すると、彼女の周囲から冷気が発せられ始めた。


「【氷域剣舞ひょういきけんぶ】」


 ランウィーナを中心に、半径一メートルほどの冷気の空間。

 その効果が解らず、千里はじっくりとランウィーナの動きを見ていた。


「あら?来ませんの?

 でしたら……こちらから行きますわ」


 ランウィーナはそう言うと、両手をだらりと下げた。

 そして、体勢を低くしてから、ネコのように俊敏な動きで駆け出す。


「速い、けど!」


 目で追うことのできない速度では、ない。

 ならば迎撃しようと、千里は剣を振りかぶる。

 当然、薄く光の粒子を纏わせることも忘れない。


「今……っ?!」


 だが、振り抜こうと思ったところで、何故か一拍遅れが生じる。

 その遅れは、ランウィーナに懐を許すことになった。


「愚姉と一緒にしないで頂きたいのですわっ!」


 地面すれすれから、双剣が襲いかかる。

 大地を這う黄金の牙、その一撃は鋭く速い。

 すでにランウィーナの頭上を通り過ぎてしまったアギトを引き戻すことはできない。

 ならば、と千里は一か八かでアギトを支えていた左手を離して、前に突きだした。


「【壁よ!】」

――ガガキンッ


 二連撃が、光の壁に阻まれる。

 そこに生じた隙を逃さぬように、千里は右腕だけで振り抜いたアギトを戻した。


「っ」


 だがその必殺の一撃も、やはり一拍遅れてしまう。

 そのことにより、ランウィーナには距離を取られてしまった。


「寒い……そうか、冷気なんだ」


 凍てつく空間。

 その作用で感覚が狂い、一拍遅れた攻撃になる。

 気がついてしまえば調整することもできるのだろうが、初見で避けられなければそこで終わっていたことだろう。


 千里は、ランウィーナの姉に対峙した時の感覚なままでは終わってしまうことだろうと、ここに来て漸く意識を切り替えた。


 思えば、姉を意識させることも、彼女の策略の内だったのだろう。

 鋭さを増した千里の視線をぶつけられても、ランウィーナは動揺することなく佇んでいる。


「案外早く見破ったようですわね。さて、それなら次の舞踏へ切り替えますわ」


 今度は、右の剣を空に掲げて、左の剣を後ろに引く。

 千里の視界からでは剣の柄しか見ることができず、剣真の軌道が読みにくい。


「【氷剣よ、死へと誘え】」


 再び詠唱をする。

 けれど今度は、なんのエフェクトも起きなかった。


「倒れなさい!」


 パターンの多い戦いに、千里は攻めあぐねていた。

 そのため、完全に“待ち”の姿勢で戦わなければならないことを、余儀なくされていたのだ。


「そう何度もっ」


 今度はすぐに迎撃しようとはせずに、まずは避けようとする。

 剣の幅は、先ほど掴んだ。一度見ている以上、今更剣真を隠されたところで負けはしない。


 ――だが、その予想すらも覆される。

 振り下ろされた右の剣と、左から薙がれた左の剣。

 十字を描くように振られた双剣は……“青い”軌跡を描いていた。


「え……わわわっ」


 急に伸びた、剣真。氷で長さを水増しする魔法だ。

 千里は避けることはできないと感じて、慌てて光の壁を張る。

 すると、再び金属音が二つ連なり、しかし連撃は止まらなかった。


「守ってばかりでは、埒があきませんことよ!」


 反撃に移ることもできずに、千里はただ凶暴な剣から身を守り続ける。

 このままでは埒があかないことは、千里にだって解っている。

 それでもどうしようもないじゃないかと悪態を吐きそうになり……それを、呑み込んだ。


「こんなところで諦めていたら、きっとなにも変わらない!」


 壁に守られたまま、千里はアギトを振りかぶる。

 そして、目の前の壁に向けて、アギトを勢いよく振り抜いた。


「でやぁぁぁぁあああっっっ!!!」

――ドォンッ

「なん、ですって?!」


 壁が迫り、ランウィーナは悲鳴を上げる。

 先ほどまで余裕を見せながらも破れないことに苛立ちを覚えていた、光の壁。

 それが、圧迫感を以て迫ってきたのだ。


「【氷の道よ、私を運びなさい!】」


 スケートリンクのように、道が延びる。

 その上を滑ることにより高速回避を行い、ランウィーナは壁の軌道から逃れた。

 だがそこには……決定的な“隙”が生じる。


「全身を使って、螺旋を描く」


 小さく呟かれた言葉。

 その一言と同時に千里が右足を踏み込むと、ズンッという音と共に、白い砂が舞い上がった。


「【氷よ、銀幕の壁を……」


 咄嗟に盾を展開しようとするが、一歩遅い。

 光を纏って振り抜かれたアギトの一撃が、ランウィーナの胴に入る。


「あうっ」


 その一撃はランウィーナの身体を易々と持ち上げて、遙か後方に吹き飛ばした。

 そして、白い砂の上を十五メートルほど滑り、一度バウンドして俯せに倒れる。


「ぁ……まず」


 オーバーキルにもほどがある。

 もちろん光の粒子のおかげで大した怪我もなく意識を刈り取ることができたのだろうが、端から見ればとんでもない攻撃だった。


 これでは千里が、容赦の欠片もない悪役ヒールである。

 そんな風に、ちょっとした自己嫌悪を覚えて千里は密かに肩を落とした。


 ――だが、静まりかえった観客席は、千里の予想しない方向に声を上げる。


『一撃必殺!これほど痛快な一撃を、我々は見たことがあったでしょうか!

 どうにも熱気の無かった地味な闘技大会、それを全盛期に戻すような攻撃!

 今大会は、どうにもこうにも素晴らしいっっっ!!!』


 レイニの声と共に、観客席も騒然とし始める。

 新たな戦士を迎え入れる、歓迎の声。

 無名の剣士が才能在る貴族を討ち倒すという演出に、観客は沸いていた。


『もう言わずとも解るな諸君!

 女性部門第五試合勝者は……チサト=タカミネ選手だぁァァァァァッ!!!』


 その熱気に、千里は顔を上げる。

 そして微かに頬を緩ませると、声に答えを示すように、勢いよくアギトを掲げた。


『オォォォォォォオオオォッッッ!!!!』


 その響きを胸に、踵を返す。

 この瞬間千里は……確かに“主役ヒーロー”に、なれたのだった。


今回で、闘技大会編の折り返しとなります。

年内には六章を終えられたらな、と。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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