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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
31/81

六章 第八話 波乱の闘技大会② 二対の矢/過ぎ去りし栄光


 次に出場する戦士の控え室は、試合場の入り口のやや手前にある。

 牢屋だったことがあったのか、鉄格子がない以外はほとんど手が加えられていない部屋。

 その硬いベッドに腰掛けていたナーリャは、脇に置いてあった弓を手に取るとゆっくりと立ち上がった。


 弓と矢筒を背中に、長い槍を手に、短剣を腰に。

 投げナイフを手甲の裏とグリーブの裏に装備する。


『男性部門一回戦第二試合、西門選手――“ナーリャ=ロウアンス”!』


 自分の名を呼ぶ、アークの声。

 司会が委譲されたことで、声は最初の試合同様落ち着いた人間のものになった。

 この後、女性部門に変わると、再びレイニの騒がしい声になる。


 闘技大会の、その熱気。

 喧噪と闘志が吹き荒れる中、ナーリャは真剣な眼差しで踏み出した。


「必ず、勝つ」


 短く放たれた言葉。

 その声に込められた力は、戦意となってナーリャに溶ける。

 控え室から出て白い砂を踏み、太陽の光を浴びると、それだけで戦士としてのナーリャが完成されていた。


『東門選手――“トム=ティック”!』


 簡潔な呼び出しと共に、東門から選手が入場する。

 前歯の出た小柄な男で、手にはナイフを握っていた。

 トムとそう呼ばれた男は、ナーリャを見ながらナイフを玩ぶ。


『それでは……試合、開始!』


 アークの声が響き渡り、ここにナーリャの初戦が幕を開けるのだった。














E×I














 選手用の観客席。

 その一角で、千里達は試合の観戦をしていた。


「そういえば、ナーリャの戦いをしっかりと見るのは、初めてだな」


 ライアンが、ふと気がついたようにそう呟く。

 それはジックも同じで、ナーリャが体術を使ったところ以外は、ライアンを担ぐのに必死で見ていなかった。


 正確には見てはいたのだが、千里の剛剣のインパクトが強すぎて、あまり記憶には残っていなかったのだ。


「む、動くぞ」


 ライアンの呟きに、千里は闘技場を注視する。

 小柄な体躯を生かした、鋭敏で複雑な軌道で動くトム。

 目で追えるスピードではあるのだが、動きが複雑なため次に来る場所が予測できない。


 そんなトムを、しかしナーリャは冷静に見ていた。

 わざと焦点を合わせずに、ただ全体を見る。

 そして、おもむろに狙いを上空に向けて構えた。


「あれは地下で見たが……集団戦への足止めにしか使えんだろう」


 ジックがそう呟くのも、無理はなかった。

 瞬時に複数の矢を放ち、それを狙いどおりに打ち込むなど不可能に近い。


 だが千里は、そんなジックの声に首を傾げる。

 弓の技術がまったく解らない千里は、ナーリャとナーリャの話しに出てくるセアックを弓使いの基準として考えていた。


「え?でも、ナーリャは普通に当ててるよ?」

「うん?いや、それは偶然の類ではないのか?」


 千里の答えに、ライアンは首を傾げる。

 ララはそれで感じ取ったのか、闘技場のナーリャを鋭い視線で注視した。


 複雑な軌道でナイフを投げてくる、トム。

 それをナーリャは、弓を構えたまま少し横に動くだけで避ける。


「先見二手、二拍双雨」


 一息二射、合計四矢の雨。

 トムは放った瞬間を好機と見てナーリャに飛びかかるが、その軌道はナーリャの思考の内側にあるものだった。


「取った!」


 一歩踏み出した、トムの右足。

 その軌道上に落ちてきた矢が、トムを躓かせる。

 更にそれを追撃するように、ほぼ同時に落ちてきた矢が、前のめりになったトムの肩当てだけを綺麗に貫いた。


 それによって転んだトムを縫い止めるように、次いで二矢落ちてくる。

 トムの服の裾、両腕部分を縫い止める矢。それにより、トムは動けなくなった。


「どうする?」

「へ?」


 俯せのまま動けなくなったトムは、首筋に冷たい物が当たる感覚を覚えた。

 ほんの一瞬の間に起こった出来事に呆然とし、やがて首筋の槍の感触に我に返る。


「こ、降参、です」


 弱々しい声は、しかし性格に音を聞き取る魔法がかかった審判席には届く。

 そうしてナーリャの勝利が告げられる様を、ライアン達は目を瞠りながら見ていた。


「なんだ、あれは……おいチサト!なんなんだ、あれは!」

「え、えーと?」


 ジックに問い詰められる理由が分からず、千里はただ首を捻る。

 これまでにナーリャの戦いを見たこの世界の人物といえば、ファングたちが挙げられる。だがその時は、千里が“悪”のみを斬るという何よりもインパクトのある技を操っていたので、そこまで気が回らなかったのだろう。


 その他でナーリャの弓を見ているものは、皆倒される側に立つ敵ばかり。

 そのため千里は、ナーリャがどう“おかしい”のか、解っていなかったのだ。


「あー、チサト」

「ライアン?」


 混乱して目を白黒させる千里に、ライアンがそっと声をかける。

 ジックと千里の齟齬を、端から見ていて感じ取ったのだ。


「学園で弓のことは習うから、少しは俺もわかる。

 そしてナーリャの弓は、そんな受講で習った程度の俺でもおかしいと感じるのだ」


 闘技場を見ると、勝利宣言されたナーリャが、ちょうど千里に手を振っていたところだった。千里は混乱を顔に出さないように気をつけながら、笑顔で手を振り返す。


「通常、弓を扱う者は対象の軌道を読んで、そこに矢を放つ」

「それなら、ナーリャも……」

「いや、ナーリャのは、同じに見えるかも知れないが全くの別物だ」


 軌道を読んで、矢を放つ。

 それは、まっすぐ動くものか若しくは知り尽くした対象に限られる。

 それだって、それのみを狩り続けて何年、という熟練の技だ。


 それをナーリャは、初見の相手だというのに軌道を読んで見せた。


「それはもう、先読みという括りにある技ではない。

 限定的な未来予知という――“術”に数えられるものだろう」


 ナーリャは、経験によって動きを読んでいる。

 だがその経験を技術に反映させる際、今までの全ての経験と複合させているのだ。

 そんなことをできる人間など、そうはいない。


 それこそが、他の弓使い達が、ナーリャのような技を使ってこない理由だった。


「それがナーリャの……“先見”」

「うん?……その、“先見”というのは、どこかで聞いたことがあるような?」


 ライアンは改めてナーリャの技の名前を聞き、顎に手を当てて考える。

 そうして、横目でそっとララを見た。


「……ロウアンスとテルクスの、出来事」


 ララの声に、ライアンだけではなく千里とジックも耳を傾ける。

 語るつもりはなかったのだが、千里の真剣な目に、ため息を吐いて思いを切り替える。

 そうして、ララはゆっくりと語り始めるのだった――。











――†――











 トムに打ち勝ったナーリャは、余裕を見せながら砂地を出る。

 そうして、選手用の観客席に戻るために闘技場の中を進んでいた。

 だが途中で、ふと足を止める。


 選手用の観客席へ向かう途中。

 そこで、選手が利用できるように置かれた簡易屋台。

 その一角に、ナーリャは自分の前の試合で見た女性の姿を見つけたのだ。


「ぁ……フィオナさん、ですよね?」


 さらりと流れるプラチナブロンドの髪と、緑がかった青い碧眼。

 尖った耳と緑の鎧、そして真紅の長剣を抱える美女……エルフの、フィオナだった。


「うん?……すまないが、どこかで会ったことが?」


 困ったように首を傾げるフィオナに、ナーリャは慌てて手を振った。


「あ、いえっ!直接面識はありません。ただ、千里から話を聞いていて……」

「チサト、から?あぁ、それでは貴殿が、“ナーリャ”殿かな?」


 千里の話に出てきた、千里の“友達”であるという少年。

 話した内容に合致する優しげな雰囲気に、フィオナはなるほどと頷いた。


「申し遅れました。

 僕の名前は“ナーリャ=ロウアンス”……千里の、友達です」

「丁寧に済まんな。私は“フィオナ=フェイルラート”だ。

 それからこれは千里にもいったのだが……堅苦しい口調は止めてくれ、ナーリャ」

「ぁ、うん、わかったよ。フィオナ」


 さっぱりとした雰囲気は、ナーリャとしてもやりやすかった。

 堅苦しいままで進めるのは、育ちが良いとは言えないナーリャにとっては中々に大変なものだったのだ。


「それで?わざわざ挨拶だけしに来た、という訳ではないのだろう?」

「……わかってしまう、よね」

「当たり前だ」


 フィオナはそういうと、苦笑を零す。

 外見こそ若く見えるが、実年齢はナーリャの二倍以上あるのだ。

 そうそう隠し事なんて、できるものではなかった。


「ララさん――他の出場者から聞いたんだけど、

 フィオナは、もう何十年も前から闘技大会に出ているんだよね?」

「あぁ、そうだな。これで十四度目の出場となる」


 治める皇帝が代替わりを迎えても、闘技大会はずっとあった。

 女性部門が存在しない頃でも、種族として他を圧倒するエルフは、出場が許されていたのだ。


「過去の出場者のことで、教えて欲しいことがあるんだ」

「ふむ、知っていることならば構わんが……?」


 ナーリャの真剣な目に、フィオナは薄く笑う。

 ここで休んでいた彼女は、ナーリャの戦いは見ていない。

 だがそれでも、目の前の少年がそこらの戦士よりも力を持つことを見抜いていた。


「“ロウアンス”と“テルクス”

 ――――この両名について、知っていることを教えて欲しい」


 ナーリャはそういうと、深く頭を下げた。

 真剣な態度と、誠意。

 フィオナという戦士にとっての代価は、それで十分といえた。


「ふふ、チサトが胸を張って“友達”だというのも解るな。

 ……顔を上げろ、ナーリャ=ロウアンス」

「フィオナ……」


 フィオナは屋台の側のテーブルに近づく。

 そして、優雅な動作で椅子に座ると、正面の席をナーリャに勧めた。


「まぁ、まずは座れ。

 ……店主!フリット揚げを適当に頼む」

「毎度!」


 フィオナは、屋台の店主が持ってきた唐揚げのようなものを頬張る。

 そんなフィオナの前に、ナーリャは常備しているカップを置いて、これまた持ち歩いている水筒から茶を注いだ。


「気が利くな。ありがとう」


 それを一口飲んで唇を濡らすと、ナーリャにも唐揚げを勧める。

 ナーリャはそれを受け取りながらも、ただじっと耳を傾けていた。


「さて、彼らの因縁、だったな」


 そうしてついに……フィオナはその出来事を、語り出すのだった――。











――†――











 選手観客席の一角で、ベンチに腰掛ける。

 そこで、ララはゆっくりと抑揚のない声で語り始めた。


「人伝に聞いた話で、私が見ていたことではないのだけれど」


 ララはそう前置きをすると、思い出すように目を伏せる。

 そうしている間、千里はナーリャと対峙したあの灰色の男の姿を、瞼の裏に思い浮かべていた。


 ガラン=テルクスと名乗った、灰褐色の男。

 その姿を一言で形容するのならば、きっと“狼”だ。

 月明かりを浴びて丘に立つ、灰色のニホンオオカミ。

 獰猛で洗練された、美しく強い獣の姿が相応しいように思えて、ならなかった。


「かつて帝国には、世界一と呼ばれた弓使いが居た。

 どんなに素早い獲物でも、どんなに遠くの敵でも、どんなに小さな的でも

 ……確実に射抜いてみせる、最優の弓士」


 灰色の髪を短く切りそろえた、灰色の男。

 帝国の騎士、世界一の弓使いとして名を馳せた戦士。


「それが、テルクス。帝国騎士“クルド=テルクス”」


 ララの語りが、身体に染み渡っていく。

 千里の脳裏には、既に空想でできた男性の姿が浮かんでいた。

 獰猛な目をした、灰色の男の姿が……。


「それが起こったのは、三十七年ほど前のことらしいわ」


 三十七年前ならば、ララはまだ生まれてもいない。

 だからこれは、聞いた話、なのだ。


「名誉のために出場した、闘技大会。

 当然のように勝ち進み、決勝戦までのし上がり、そこに現れた同じ弓使い。

 黄金の髪と空色の瞳、端麗な顔立ちの青年――“セアック=ロウアンス”」

「ナーリャの……お爺さん」


 ナーリャが“爺ちゃん”と慕っていた、恩人。

 千里はその顔を見たことがある訳ではない。

 それでも、ナーリャの話しから優しげな人物だったことは、わかっていた。


「身体の弱い妻を助けるため。

 その治療法を探すためには、ノーズファンへ行けなくてはならない。

 その当時も今回と同じように、優勝者のみにしか道は開かれていなかったそうよ」


 上位数名がノーズファンへ行けるようになったのは、今から二十年前だとララは告げる。

 女性部門がなかったため、それまではずっとただ一人だけに開かれた門だった。


「結果としてテルクスは地を這うことになり、

 再戦を望んだが、ロウアンスは二度と、闘技大会には訪れなかった」


 クルドは結局、世界一の称号を取り戻すことはなかった。

 敗北したのならまだしも、再戦すら望まれぬという状況だったのだ。


「それが……セアックさんたちの、因縁」


 ゆっくりと語り終える、ララ。

 千里はその因果を自分の中で噛み砕いて、小さく唇を噛むのだった。











――†――











「さぞ、悔しかったろうよ。

 聞くところによると、彼は王国まで足を運んだこともあるそうだ。

 非公式でも構わないから、もう一度弓を交えたい、と」


 フィオナの語る昔話。

 その戦いを見ていた彼女は、目を瞑り思い出しながら語っていた。


「しかし、王国にロウアンスの姿は無かった。

 どこかへ旅に出たのか、それともこの夜には居ないのか。

 十年ほど前のことだそうだ」


 ナーリャは、その時にはセアックがすでにミドイルの村に入ったことを知っていた。

 セアックから聞いた沢山の話。その中でも、あまり語られることの無かった彼の昔話だ。


「ロウアンスの名を持つ貴君がテルクスと何があったのかは、知らない。

 けれど、この話しで何か参考にはなったか?」


 ガランが見せた、失望の表情。

 その意味が、ナーリャはわかり始めていた。

 彼は果たそうというのだ。……父親の、無念を。


「うん、わかったよ。

 参考になった、ありがとう。フィオナ」


 ナーリャのその漆黒の瞳にゆらめく、闘志の炎。

 静かだが、その輝きは強く滾っていた。


「ガラン=テルクス……負けられない、な」


 元より負ける気は無かった。

 だがその思いも、強くなる。


 受けた屈辱を晴らす、汚名を雪ぐ、認めさせる。

 そのどれも始めから決めていたことだ。

 だがこの話でもう一つ、戦う理由が生まれた。


 大切な人が遺した、試練。

 父の代でつかなかった、気持ちの決着。

 乗り越えるべき、一つの“過去”の一幕。


 強く握りしめられた手を目の前までかざすと、ナーリャは大きく息を吐く。

 その様子を見ていたフィオナは、口元を緩ませて微かに笑った。

 何時の時代も変わらない、強さを競い思いを連ねる“戦士”という生き物の姿。


 こんな感情がぶつかり合う場所で戦えることを、フィオナはそっと“神”に感謝した。











――†――











 観客席に戻ると、ナーリャは変わらぬ笑顔で千里の元へ戻ってきた。

 千里はそんなナーリャを迎えるも、同じく笑顔で、とはいかなかった。


「あ、あのね、ナーリャ。

 ララさんに昔のことを聞いたんだけど、ね」


 千里は、ロウアンスとテルクスの因縁を自分の口から話しても良いのか、迷っていた。

 ナーリャが自分から聞いた訳ではないから、どこか言いづらい。

 セアックともクルドとも関わりを持たず、世界まで違う千里は、こうして彼らの因縁を語って良いのかと悩んでいた。


「ちょうど今、フィオナさんに聞いて来たんだ」

「え?そ、そうなんだ」


 千里は余計な気を遣ったのか、と肩を落とす。

 それでも、聞いてしまった以上黙っていることはできなかったことは事実。

 だからこそ、無駄に緊張してしまった心を解きほぐす。


「改めて、負けられないって思った。

 だから……だからこそ、一緒に勝とう――千里」

「ぁ……うん。

 絶対勝とう、ナーリャ!」


 二人で、こつんと拳を合わせる。

 この闘技大会で、過去の因縁に終止符を打つ。

 そのためにも、こんなところで躓いては居られない。


 決勝戦まで勝ち上がり、そして前へ進む。

 改めて決意を固めた二人は、強く頷き合うのだった。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


それでは、次話もどうぞよろしくお願いします。

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