六章 第五話 金と藍/黒と金 後編
大きな何かが転がる、鈍い音が響く。
頭部に感じる鈍痛に顔をしかめながら、ライアンはゆっくりと目を開けた。
「ここは……」
床に転がされているため、身体の側面がひどく冷たい。
冷たい石畳の上で、ライアンは後ろ手と両足を縛られていた。
どうしてこんな状況なのか、思い出そうと目を閉じる。
「なんだ?また寝るのかライアン」
「っ」
見下すような、特徴的な声。
その音の主を目の前に見つけて、ライアンは目を瞠る。
趣味の悪い金の鎧に身を包んだ、彼のよく知る青い瞳の少年だった。
「ジック、おまえ」
「こんな簡単に捕まるとは
……くくっ、無様だなライアン」
ジックはそう、目を瞠ったまま固まるライアンにそう告げた。
ライアンはそんなジックに、躊躇しながらも口を開く。
「いや、まぁ我ながら無様だとは思う、が。
――――どうしておまえも転がっているんだ?」
そう……ジックもまた、後ろ手と両足を縛られて転がっていた。
ライアンが目を覚ました切っ掛けは、ジックが転がる音だったのだ。
「ふっ」
ジックはそう、自信ありげに笑う。
……虚勢だった。
「アイツら、契約を破ったのだ。
ちっ……忌々しい!」
ライアンを痛めつけるように。
ジックはそう、ガラの悪い男達に告げて金を払った。
だというのに蓋を開けてみれば、何故か二人揃って転がっていたのだ。
「オレ達を捕まえて、一体どうする気だ?
伯爵家と侯爵家……リスクの高さは並ではあるまい」
「だからと言って、リターンがあるのかと言われれば首を捻るな。
そんな厄介ごと、犯罪者であろうと関わりたいと思うとは、考えられん」
互いに頭を回して、目的を探る。
周囲に人の気配が無い以上、こうするより他にできることがないのだ。
「縄は切れそうにない、か」
「フンッ、そう簡単に切れれば苦労はしないッ」
話しながらも腕を動かしていたライアンが、小さく呟く。
それを聞いて、ジックは苦々しく吐き捨てた。
気を失っていなかったジックは、ここに運ばれてくる間に散々試したのだろう。
「男の顔は?」
「みんな猿のような、似た様な顔つきだったぞ」
要は、覚えていないということだろう。
そういうライアンも、後ろから殴られたため覚えていなかった。
「とにかく今は、情報を集めるしかなそうだ」
「あぁ、どうしてこのオレがこんな目に!」
「いや、自業自得ではないのか?」
「うるさいッ!」
なんだかんだで息が合うのだろう、二人は叫びながらも周囲を確認する。
だがそこにはやはり人の気配はなく、結局状況の想定程度しか、できることは無いようだった。
E×I
燦々と輝く太陽が、じりじりと街を焦がす。
顔を上げるだけで眩しいと感じてしまうほどに、澄んだ空の下。
「っいったい、どこへ」
憔悴した声が、人混みの中へ溶けていった。
人の波を潜り抜ける体力は、普通に走り抜けるより何倍も疲れる。
まして、これは人探し。周囲に注意を払わなければならない分、疲労は溜まる。
「千里、そっちはどう!?」
「だめっ……どこにもいない!」
人混みから抜けて脇道に入り、肩で息をしながら声を掛け合う。
麻袋を担いだ男の姿は、もうどこにもなかった。
「……手分けをしよう。
僕は北側から東へかけて探すから、千里は南側から西にかけてお願い。
情報が見つからなかったら、大通りを伝ってこの道に戻ってこよう」
「うん……わかった!」
頷き合うと、走り出す。
千里はナーリャの気配が背から感じられなくなると、自分も速度を上げた。
「さっきまで、一緒に居たのに……っ」
道行く人にぶつからないように、南へ向けて小道を走る。
速度を増す足下からは土煙が立ちあがり、やがて足を動かす突風でそれすらも吹き飛ばし始めた。
「ただ走るだけじゃ、見つけられっこない。
だったら……お願い、“イル=リウラス”!」
千里の言葉に、光が生まれる。
その金色の粒子は膜となり、千里を淡く包み込んだ。
――……は、しようか。
――だっ……も、…い…。
――こん…、…う……。
途切れ途切れに、耳に届き始める音。
光の粒子が補助することで生まれる、超感覚。
それによって捉えた音が、千里に届く。
「もっと、音が拾えるところに……」
足に力を入れて、飛ぶ。
踏み込んだ場所を中心に石畳に罅が入り、飛び上がると同時に小さなクレーターが生まれる。
――ドンッ
それはまるで、重い鉄球でも落としたかのような“クレーター”だった。
石畳に刻まれたモノは、人間の足によって作られたものとは思えないほどに、凄惨な傷跡になっている。
空に飛び上がると、千里は背の高い建物の天井に降り立つ。
風が舞い上がり着地したその場所からは、周囲の風景が一望できる。
そこで千里は、両手を胸に当ててゆっくりと目を閉じた。
「お願い……声を、私に」
震える唇から、焦燥の言葉が漏れる。
蒼天を見上げて夢を語った、少年。
その姿を、鮮明に思い描いて願う。
――だからさぁ、昨日のあれは間違いだって!
――あっちで喧嘩だ!憲兵呼んで来い!
――今日の晩ご飯なんにしようかー?
――もういいって、悪かった。
耳に届く雑音は、選ばれたものではない。
ただ周囲に満ちる雑音を、とにかく拾っているだけだ。
その全てを脳で処理するのは至難の技といえるだろう。
しかしそれを千里は、光の粒子を使うことでカヴァーしていた。
――手、貸そうか?
――お姉さまは指をくわえて見ていなさい。
――上玉が手に入ったぜ、俺たちも運が良い。
――あんの、小娘!今に見ていなさい……!
拾い続ける音。
その中の一つに、千里は気を留めた。
「今の、三番目!」
千里を覆う光の粒子が、その密度を濃くする。
金色の雪を身体から吹き上げるように、千里の周囲には光の珠が溢れ出していた。
雑多な音を全て消し去り、一カ所のみに集中する。
すると、やがて世界から色が抜け落ち始め、薄く開かれた千里の両目から、光を無くしていた。
――こんなことして、捕まらねぇのかよ?
――貴族相手にびびったか?でも、依頼主も貴族だぜ。
――そうそう、どこの世界にもいるんだよ。お偉いさんに、変態ってやつが。
――金をたまんり貰ったら、闘技大会の隙を狙って国外逃亡。
――スエルスルードにでも逃げれば、一生遊んで暮らせるぜ。
男達の声。
その声と一緒に“感情”の波までも、千里に伝わってくる。
世界の裏側、闇を歩き続けた男達の――――“欲望”の声が。
「どこに捕まえているの?」
――どこに捕まえているんだっけ?
千里の口から、感情のない声が零れる。
それと同時に、男の一人から声が零れた。
その男の目に……光は、無い。
――おいおい忘れちまったのか?南街の、教会の地下辺りだった、よな?
――俺に聞くなよ。まぁ、あの辺りの地下はわかりにくいからな。
“千里の”質問に、男達が答える。
南街……この周辺の、地下。
「わかりにくい?」
――わかりにくかったかな?
再び、声が重なる。
可憐な声と重なる低い声。
アンバランスな音が、千里の中で響いていた。
――そりゃそうさ。何代か前の王族の、脱出経路って話しだからな。
――俺たちもこそこそ入ってはいるが、正確なルートは王族しかしらないらしいぞ。
ゆらりと、空間がぼやける。
光の粒子が集まったことにより空間を歪め、蜃気楼のようになっていた。
「入り口は、どこ?」
――どこから入るんだったかな?
千里がリンクしている男の口から、再び言葉が零れる。
その力のない瞳に、周囲の男達は気がつかない。
――おいおい、味見でもするつもりか?
――なんだよおまえ、“ソッチ”かよ。
――ま、傷つけんなよ?大事な大事な商品だからな!
口々に男を囃しながら、男達は大きく笑う。
そうしてついに、情報を零し始めた。
――教会の裏手だ。信者どもに気がつかれるなよ?
――アイツらがなんにも知らねぇから、今までバレてねぇんだからな。
千里が、薄く口元を歪める。
それはどこか千里らしくない、妖艶さを含んだ笑みだった。
「そう、ありがとう」
――そう、ありがとう。
男の口から、高い声が零れる。
それは……千里の、声だった。
――うん?おまえ、今……っおい!
――どうした、大丈夫か!
――なんなんだよ、いったい。
困惑した声。
千里が口を借りていた男が崩れ落ち、その場は騒然とし始めていた。
そうして、千里の世界に“色”が戻る。
その目にも光が戻り……千里は、その場に座り込んで、震える手で口元を押さえた。
「なに、今の……?」
見知らぬ人間を操ったような、不快感。
誰も彼も問わず世界に溶け込んでゆく、快感。
その二つが混じり合うことによる、無常感。
「とにかく……とにかく、今は」
千里は自分を奮い立たせると、手をかざして光の粒子を集める。
これ以上この力を使い続けるという事への忌避感も、今は全て後回しだ。
「導け――“イル=リウラス”」
かざした手から、光が伸びる。
指し示すのは、男達が話していた教会の場所。
その方角を千里は栗色の両目で捉えると、再び足に力を入れた。
このまま建物の上を跳んでいった方が、ずっと早い。
「ふっ」
小さく息を吐いて、跳ぶ。
光の粒子を纏う千里の両目が――――ほんの一瞬、黄金に瞬いた。
――†――
北側から捜索していたナーリャは、荒くなった息を整えると裏路地に潜り込んだ。
漆黒の風貌を持つナーリャは、この淀んだ空間に身を溶け込ませていた。
地形に溶け込み気配を消すのは、狩人にとっては必須の技術だ。
影から影へ、縫うように移動する。
その途中で見ていくのは、ガラの悪い男達の……その顔だ。
「すいません、お聞きしたいことがあるのですが」
「あん?なんだ、テメェは」
ナーリャは目当ての人物を見つけて、薄く笑う。
千里が真正面から困難を打ち破る“光”だと例えるのなら、ナーリャは絡めてから裏を掴んでいく“影”だ。
「あなた方の仕事に、一口噛ませていただけませんか?」
「あ?……チッ、どこで嗅ぎつけた?」
ライアンを最初に助けた時。
ナーリャは遠目だったが、男の顔を確認していた。
そしてその時点ではかなり遠くにいたナーリャを、男は見ていなかった。
「この街で、それはないでしょう?」
情報を引き出す。
その時に必要なことの一つに、望まれる“役”になりきる必要がある。
そんな知識を“持っていた”ナーリャは、それを実践していた。
「情報屋、か」
顔に傷を持つ、大きな男だ。
この道は長くとも、ナーリャの“擬態”は見破ることができない。
ナーリャは自分でも知らぬ事だが、こういった“役作り”が得意だった。
(記憶に関係しているのかな?……いや、今は後回しだ)
薄い笑みで、思考が漏れないようにする。
自分でもよく知らない技術が増え始めてきたのは、つい最近のこと。
……切っ掛けは、まず間違いなく“騎士”の記憶を引き出したことだろう。
「まぁいい、来い」
男が、ナーリャに背を向けて歩き出す。
そうやって後から増えた犯罪者が、何人か既に居るのだろう。
どうにも、疲弊した背中のように見えていた。
「しっかし、いくら金が余っているとはいえ、悪趣味だこと」
「しかし、僕らも人のことは言えないでしょう?」
「クッ……まったくだ」
どんな仕事なのかなど、ナーリャには解っていない。
趣味が悪いということだけ見れば、利己的な目的で行われる犯罪など、大抵が“そう”だ。とくに、誘拐となれば尚更。
「そこの井戸。
あそこから地下通路に繋がっている。
あとはひたすらまっすぐ歩いて、適当なヤツを捕まえて詳しい話を聞きなッ?!」
男が振り向くのと同時に、ナーリャが男の腹に膝を入れる。
完全に無防備な状態で放たれたその一撃は、男の意識を簡単に奪った。
「できるから、やったけど。
うん……この演技は、二度とやりたくないな」
下卑た笑みが、顔に張り付いてしまいそうで。
ナーリャはそう、吐き気を覚えながら眉をしかめた。
「さて、と」
男の身体を持ち上げると、周囲を見回してほどよい大きさのゴミ箱の影に転がした。
当分目は覚めないだろうし、この裏路地は薄暗くて見えづらい。
さらに、不全に存在する涸れ井戸が目立っているため、他に目が行きにくかった。
「千里を呼ぶのは……間に合わないか」
一人で行ったとなれば、後で怒られそうだ。
ナーリャは頬を膨らませて拗ねる千里の顔を思うかべて、小さく笑った。
その笑みは、先ほどまで浮かべていた厭らしい“仮面”とは打って変わって、優しいものだ。
「暗いな……でも、行けないこともないかな」
井戸の壁に手を掛けて、飛び込む。
井戸の底が見えない訳ではないのだ。見えてさえいれば、どうにでもなった。
浮遊感と風を肌で感じながら着地のタイミングを見据えて、ゆっくりと膝を曲げる。
「っと」
やや体勢を崩しながらも、暗い井戸の底に降り立つ。
すると、涸れ井戸の側面に、成人男性二人は余裕で潜ることができるであろう扉があった。
「偉い人や力のある人って、どうして隠し通路や隠し部屋が好きなんだろう?」
ナーリャは首を傾げるが、すぐに頭を振って余計な思考を取り払った。
考えていても仕方のないことならば、今は考えるべきではない。
扉を潜り抜けると、小さなランプが灯った石造りの道が現れた。
ここをひたすら真っ直ぐ行けば、そこで事が進展するだろう。
ナーリャはそう強く頷くと、足音をなるべく立てないように、静かに走り出した。
――†――
捕まってからどれほどの時間が経ったかは、解らない。
だが、身に溜まる疲労感などから、さほど時間は経っていないだろうと、ライアンは判断していた。
「ジック、動けるか?」
「フンッ、貴様に心配されるほど落ちぶれては居ない」
そうは言うが、その声に覇気はない。
自業自得といってしまえばそれまでだが、すんなりと納得できるものではないのだ。
「なぁ、ジック」
「なんだ、ライアン」
ライアンの小さな声に、ジックは疲労を滲ませた声で応える。
先ほどから縄を切ろうと腕を動かしてはいるのだが、一向に切れる気配はなく、ただ精神的な疲労のみが蓄積され続けていた。
「何故、俺を襲わせた?
それに、大会参加者を挑発して、
……自分に手を出させて問題にしようとしたそうじゃないか」
ジックは、ナーリャ以外にもそうして突っかかっていた。
ナーリャは理性で抑えて手は出さなかったが、出した者も居たのだろう。
憲兵に捕まってしまえば、大会どころではなくなってしまう。
今まで問題とされていなかったのは、欠場に至った選手が出ていなかったためだった。
「普段も狡猾に立ち回ろうとしようとするが、
少なくとも、今回のように迂闊な手段は狙わず、確実に事を為そうとするじゃないか。
なんだかんだと言っても自分のできる範囲で事を行う。
共感はできなかったが、俺はそんなジックに好感は持っていたつもりだ」
ライアンはそう、一息で言い放つ。
そして、共に転がる友人の顔を、真剣な目でじっと見つめた。
ジックはそんなライアンの視線から、目を逸らすことができずに息を呑んだ。
「おまえ……が」
「なに?」
やがてジックは、唇を僅かに振るわせながら、目を伏せた。
そして、正面のライアンに向かって、真っ直ぐ見返す。
「おまえの“姉”が、あんな条件を出すから!
だから、だからオレは、この大会で強者にならなければならなかったんだッ!」
「姉上の…………まさか、ジック、おまえ」
ジックがそう、悔しそうに吠える。
その言葉の意味するところ、それにすぐ気がついたライアンは、大きく目を瞠った。
そしてどこか申し訳なさそうに、それでいて“嬉しそうに”言葉を続ける。
「何故、相談してくれなかった?俺たちは、友達だろう?」
「こんな相談、貴様にできるか!」
ジックはそう吐き捨てながらも、ライアンの“友達”という言葉に反論はしなかった。
ただただ、悔しそうに呻り声を上げている。
「こんなって……それは俺にも関わる――」
「――静かにしろライアンッ」
続けよとしたライアンを、ジックが咎める。
石畳に耳を近づけていないと解らないほどの、小さな足音。
完全に気配を殺した、“達人”のものだった。
「どうする、ライアン」
「どうしようか、ジック」
声を潜めて、相談し合う。
どうしようもない状況下。
だが、諦めるつもりはなかった。
――ギィ……
そうしている内にも、時間は進む。
現状維持以外に執るべき手段が見あたらず、二人は何が起こっても言いように、真剣にドアを睨み付けていた。
「ジック!」
「っぁあ!」
そして、扉が開くと同時に銀の光が瞬いた。
投擲に特化されたナイフが、ライアンとジックに一本ずつ投げられる。
それを、二人はエビのように身体を跳ねさせることで、辛うじて避けた。
「良い勘だ。
実に惜しいが……依頼主は貴様らの“死”をお望みだ」
黒い布を全身に巻き付けた、長身痩躯の男だった。
ボロ絹を鎧に仕立て上げたような不可思議な格好が、男を不気味に演出させている。
「オレたちの死、か。
フンッ……その先に、何を望む」
這いつくばったまま、ジックは男を見据えてそう問う。
黄色く淀んだ男の目は、邪悪な人間としての姿を映していた。
「金と、栄誉だ」
「はんっ……金が欲しいのならオレに下るか?」
「この仕事は、信用第一でな」
地面に転がっていてなお、ジックは態度だけで男を見下していた。
そうしながらもライアンに目配せをすることを忘れない辺りから、ジックという少年本来の、頭の回転を見せていた。
「その割りには良く喋るな。
忠誠心の持たぬ下等民族ならば、その程度か」
「よく吠えるな?
これから死ぬのだ。命乞いをしてもいいのだぞ?」
そういう男の目元は、小さく引きつっていた。
他人の神経を逆なでするジックの姿は、ここ最近で一番輝いている。
「命乞い?
したところで……はたしてオレ達の崇高な声が聞き取れるかどうか」
ため息を吐いてみせる。
男はジックの言うとおり、それほど腕の良い暗殺者ではないのだろう。
すぐに殺そうとはせず、ナイフを見せながらジックの恐怖心を煽ろうとしていた。
「ふん、強がりか?
言ってみなければ解らんぞ、小僧」
石畳に転がった、銀のナイフ。
ライアンは、男がジックに気を取られている内に、ナイフの上に転がる形で縄を切っていた。
銀の刃で手のひらや指が傷つく痛みを表情に出さないように、必死にそれを堪えながら。
「そうか、それならば言ってやろう」
ジックが目配せをすると、ライアンは小さく頷いた。
それを見て、ジックはどこまでも傲岸不遜に笑ってみせる。
自分の役割を解っていて、友を信頼しているから、縛られてもなお命に関わることがいえる。ジックは、そんな少年なのだ。
「下衆に屈する言葉など持ち合わせん。
――――消えろ、下等種族が」
「ッ……貴様はもう、死ね!」
逆上した男が、ナイフを振りかざす。
転がるジックに刃を突き立てようとしている男は、自由になった手で足の縄を切るライアンに、気がつかない。
「そうは……させん!」
「なにィ?!」
飛び上がったライアンが、男に体当たりをする。
その衝撃でぐらついた男の足を、ジックが縛られたまま身体を仰け反らせて払った。
「ハァッ!」
「ぐぁっ?!」
腰を石畳に打ち付けながら、男が転倒する。
その隙に、ライアンは素早くジックの縄を切って男にナイフを突きつけた。
「形勢逆転だな。
どうする?命乞いをするか?」
ジックが胸を張って言い放つと、男は膝を突いたまま小さく呻り声を上げた。
先ほどまでとは、まるで逆の光景。
その命のかかった状況下で、男はなお……笑って、見せる。
「クッはハハッ!……バカめ」
「気でも違えたか?」
そんな男の様子に、ジックは訝しがる。
だが直ぐに、その理由に気がつかされる事になった。
「う、ぁ」
「ライアンッ?!」
ぐらりと身体を傾かせて、ライアンがその場に崩れ落ちる。
片膝を付きながら息を荒げるライアンの顔は、血の気が引いて蒼白だ。
「貴様、何をした!」
ジックがナイフをかざすと、男は暗い瞳で立ち上がる。
一対一で、ジックは慣れない得物であるナイフ。
形成は、再び逆転することに、なってしまっていた。
「何もしていないさ。
暗殺を生業にする者は、刃に“毒を塗る”のは常識だ。
……それを知らなかった時点で、俺の勝利は決まっていた」
先ほどまでの悔しそうな表情の一切を消した、無情の風貌。
幾人もの人間を手に掛けてきた、暗殺者の表情だった。
あまり腕が良くないのは、事実なのだろう。けれど、豊富な毒の知識を持つ暗殺者は、それだけで重宝される。男は、そんな暗殺者の一人だった。
「だが、迂闊だな。
よくもそんなおしゃべりな者で採用されたものだ。
……使う者の気が知れん」
そう軽口を叩きながら、ジックはライアンを庇うように動く。
少しずつ背に逃がしながらも、男から目を離そうとはしなかった。
「ククッ……私に構っていて良いのか?
後ろの“お友達”が、助からなくなってしまうぞ?」
事実、男は迂闊なのだろう。
すぐに殺せる状態から動こうとはせず、ただ、額に汗を滲ませて気丈に振る舞うジックを見ながら、黒い布の下で厭らしく笑っていた。
「さて、依頼主は二人の“事故”をお望みだ。
そろそろ……死――」
「――なるほど、迂闊だね」
「ッ……なに」
ナイフを構えていた男が、驚愕に目元を歪めながら振り返る。
男は振り向きながらも横に一迅、ナイフを薙ぐ。
だがその一撃は、声をかけた影の頭上を通り過ぎ、男は大きく手を広げた形で無様な隙を晒した。
「シッ!」
「ぐァッ!?」
そして、晒したその隙。
男の腹に、鋭い膝が入れられた。
男はその衝撃に身体をくの字に曲げると、泡を吹いてその場に倒れ伏す。
その一連の様子を、ジックはただ目を瞠って眺めていた。
「貴様……何故」
「あれ?君も一緒だったんだ。
…………って、そんなこと言っている場合じゃないか」
影――ナーリャは、切られたロープの中で一番長いものを選ぶと、それで男の後ろ手を縛る。そして、荒い息のライアンに近づいた。
「答えろ、何故貴様が!」
「ライアンを助けに来たんだよ。いいから、どいて」
「くっ……わかった」
ナーリャからも庇うように、ジックはライアンの前に立ちふさがっていた。
だがライアンがジックのズボンの裾を弱々しく引き、その仕草に道を明け渡す。
「ライアン……ひどい熱だ」
「あの男、オレ達を“事故”で殺すと言っていた」
「事故?いや……まさか、これは」
ナーリャは静かにライアンを横たえると、その症状を診て唇を噛む。
蒼白だった顔がだんだんと赤くなり、熱を発し始める、その症状。
「拐かされた貴族の子息が、その先で“毒蛇”に噛まれる。
誰だか知らないけれど、誰がそんなことを……」
「毒蛇?……おい、いったい何を言っている」
ナーリャはライアンの両手の止血をしながら、毒が回ってしまっているのを確認して悔しそうに舌打ちをする。
そんなライアンの肩を、ジックが焦ったような表情で掴んだ。
「“アグネーク”
……洞窟や地下みたいなじめじめとした場所に生息する、毒蛇。
特効薬でもない限り、噛まれたら一晩で命を落とす」
「そん、な。
なんとか……なんとかならんのか!」
元はといえば、悪いのはジックだ。
そんなつもりはなかったとは言え、きっかけを作ったのは彼だ。
だが、それでも…………。
「帝国の医療院なら、あるいは。とにかく今は、外へ運ぼう!」
「わかった!オレの“好敵手”ならば、耐えろよライアンッ!」
ジックはライアンを背負うと、先行するナーリャに続く。
武器がない以上、ナーリャの腕に頼るより他に方法はなかった。
構えてこそ見せたが、彼はナイフを扱えない。
「急ぐよ」
「あぁ!」
部屋の外へ出ると、一本道だ。
ここをひたすら北へ上ったところから、ナーリャは来た。
だがその道は、使えない。
「おい貴様ら……そこで何をしている!」
「っ、気がつかれたか。
行こう!えーと、そう……ジック!」
始めに名乗られていたことを思い出し、ナーリャはその名を呼んで急がせる。
後ろに向かって素早く矢を放つと、ジック達に先行して走り出した。
「ぐあっ?!」
「今のうちに行こう!」
「わかった!」
ナーリャに促されて、ジックは素早く動き始める。
精神的な疲弊はあれど、体力的に一番余裕があるのはジックだ。
人を一人担ぐ程度で後れを取ったりは、しない。
緊張から足が縺れそうになっても、背中の重みで持ち直す。
石畳を叩く音が地下道に響くと、その音に向かって破落戸が集まりだした。
「明かりだ!」
「一気に走るよ!」
「あぁっ!」
廊下の奥から差し込む光。
その先を目指して、二人は走る。
ナーリャは時折背後に牽制の矢を放ちながら、ジックはライアンを落とさないように注しながら、その光の下へ飛び込んだ。
「そこまでだ、ガキども」
響く声。
地下道の先にある、開けた部屋。
地上の陽光が天井と壁の境目から僅かに差し込むその部屋は、おそらくどこかの地下室なのだろう。
その部屋でナーリャ達を待ち構えていたのは、無数の破落戸だった。
「悪いが、ここでお終いだ」
リーダー格の男が、歪んだ笑みを浮かべながら一歩前に出る。
手に大きな斧を持った、無精髭の男。
その背後には、巨大なモーニングスターを持った禿頭の男が立っている。
予選でナーリャに敗れた、鉄球の男だった。
「クハハハハッ!
よう、また会ったな小僧」
嘲笑に顔を歪ませた男を睨みながら、ナーリャは一歩下がろうとする。
だが、ジックはライアンを抱えたまま、悔しそうに前に出てそれを阻害した。
なにも、ナーリャの進行を阻止しようと思った訳ではない。
「追いついたぞ、ガキども!」
――ただ、後続の部隊が追いついてしまったというだけの、事だった。
息を切らせて追いかけてきた、破落戸達。
その大小様々な顔には、追い詰められたナーリャ達を見る嘲笑が浮かんでいた。
「どうする小僧?」
「クハッ、無様だなぁ」
リーダー格の男と禿頭の男が、交互に笑う。
ナーリャは弓と槍を扱う戦士だ。閉鎖空間で戦うのは、難しい。
だが、それでも――。
「ジック、ライアンを頼んだよ」
「おい、貴様、なにを?」
――逃げる訳には、いかない。
ナーリャは弓に矢を番えると、鋭い目でリーダー格の男を見る。
戦力にならない、むしろ足手まといといえる人間二人を守らなければならない上に、一体多数の絶望的な状況。その最中にあってなお、ナーリャの目から光は消えない。
その重く鋭利な殺気は、男達の肝を冷やしていた。
そう……動いたら、“死ぬ”のだ、と。
「僕の矢がその心臓を貫くのと、僕の首が飛ぶの。
…………どちらが早いか、試してみようか?」
「なん、だと」
重くのしかかる圧力。
その緊迫に、男達は動くことができない。
他者の経験と己の経験。その全てを身に纏うナーリャは、年齢にそぐわない強大なプレッシャーを、その身に宿していた。
――沈黙と緊張が途切れることなく続いている。それは今にも崩れそうな、圧迫した空気の中での対峙だった。
――†――
――光が、散る。
左から右へ、金の軌跡を残しながら大剣が流れる。
黒帝と呼ばれた魔獣の骨でできた重厚な剣は、その一振りで獣のように他者を蹂躙する。
「ぐぁっ!?」
「邪魔っ!」
聖堂の裏手。
入口を捜していた千里に群がる破落戸を、アギトでもって薙ぎ払う。
暴風のようなその進撃を止める力を持つ者は、その場にいない。
なんども他者を苦しめてきた屈強な男達は、ただ逃げ場を求めて走り回っていた。
「逃がさない!」
「ひぃっ?!」
駆けだそうとした男の一人に、千里は肉薄する。
そして、刃を後ろへ退いた剣の柄で、男の腹を突き上げた。
「がはっ」
空気の塊を吐き出しながら、男はその場に膝を突く。
すると千里は、柄を突き上げた反動で刃をくるりと回し、男の喉元に突きつけた。
その刃の軌道を目で追うことすら叶わず、男は自分よりも遙かに小柄な千里を、畏怖の眼差しで見上げる。
「入り口はどこ?」
「え、ぁ、う」
「答えなさい!」
「ひぃっ」
千里の放つ、プレッシャー。
その圧力に負けて、男はその場に崩れ落ちる。
気を失ってしまっては、聞き出すことはできない。
そのことに千里は、唇を噛みながら悔しげに俯いた。
……周囲で動く気配は、もうない。
千里は大きく上下に動く肩を抱き締めながら、膝をつく。
焦燥ばかりが先に立ち、後悔ばかりが後に残る。
そのことがどうしても悔しくて、地面に強く拳を落とした。
――ド……ン
「あ、れ?」
すると、音がおかしな具合に響いたことに、千里は気がついた。
街の石畳、その一部に、千里は耳を当てて目を閉じる。
そして、神経を薄く鋭く研ぎ澄ませ始めた。
――……ッ
「誰かが、戦っている?」
石畳の、その遙か下。
常人では聞き取ることのできない音も、超感覚を光の粒子によって備えた千里は確実に聞き取って見せていた。
「それ、なら。
……一番の、近道がある!」
千里は、蒼天を貫くように剣を掲げる。
剣の腹を正面に見せるように掲げていたが、やがて石畳を鋭く睨み付けると、刃の向きを変えて剣の刃が下に来るように掲げた。
そして……大きくアギトを振りかぶる。
「打ち砕け……“イル=リウラス”!!」
光を纏ったアギトが、勢いよく振り下ろされる。
白と金で彩られた、高速の剣閃。
刹那の間、無音となり、一拍遅れて轟音が響いた。
――ズ……ゥンッ
「せやぁぁぁああっ!!」
アギトが石畳に突き刺さると、その場所を基点にひび割れが広がる。
半径三メートルほどまでひび割れが広がると、円形にベコンと沈んだ。
そして――大地が、崩れる。
――†――
緊迫した空気の中、ナーリャは僅かな違和感を感じて天井に視線を移した。
誰かが、強く石を叩くような音。
その音に感じた違和感を、ナーリャは拭うことができなかった。
「ジック……伏せて!」
「っなんだ!?」
ジックは戸惑いながらも、ナーリャの気迫に押されて身を低くする。
鉄球を持った禿頭の男は、それを好機と見て大きく踏み込んだ。
「はっ!諦めたのか、小僧――」
――ベコンッ!
「は?……なぁぁあああっ?!」
鎖を強く握った男。
その上に、天井が崩れ落ちる。
地上から漏れ混んだ光が、薄暗かった地下を照らす。
それはまるで――雲間から地を差す、“天使の梯子”のようだった。
「なんだ貴様は!」
「通りすがりの……え、と。
――――な、流れ人だ!」
訊ねられて千里が答えたのは、そんな気の抜けたものだった。
胸を張って言った割りに、声には気恥ずかしさと躊躇いが見え隠れしていた。
そんな千里の、常識外れな行動の上から見せる間の抜けた言動に、ナーリャは小さく微笑んだ。こうして殺気に包まれて居た自分を無自覚に救ってくれた、その暖かさに感謝しながら、ナーリャは晴れた表情で矢を番える。
「それなら僕も――。
同じく、通りすがりの流れ人」
流れ人と名乗っても、普通は通じない。
だから、別にそうでなくてもいいだろうと、ナーリャは千里に合わせて不敵に笑った。
「き、貴様ら……。
オイ、テメェら……やっちまえ!」
『おぉぉぉおおおお!!!』
剣に斧、槍に弓。
様々な武器が火花を散らして、ナーリャ達に襲いかかる。
「先見二手、二拍双雨」
穴の開いた天井に向かって、ナーリャが四射の矢を放つ。
それを隙と見て襲ってきた破落戸の剣の前に、身体が霞むほどの速度で移動してきた千里が立ちふさがった。
「させないよ!」
「あぐっ!?」
男が弾き跳び、宙を舞う。
その身体がちょうどジック達を飛び越えた時、踏み込もうとした男達四人の右足に、ナーリャの放った矢が降り注いだ。
「ナメるなぁぁあッ!!」
リーダー格の男が、斧を手にナーリャに襲いかかる。
その男を見てナーリャは、ただ冷静に矢を番えた。
「死ねッ!」
「先見二手――」
斧がナーリャの頭上にまで、迫る。
だが、その一撃は、轟音と共に白の剣によって弾かれた。
「させないって、言ったよ!」
「な、ぁッ」
斧が弾かれたことにより、男の身体が大きく仰け反る。
その頃には、ナーリャの右手は弓から離れていた。
「――一射必中」
仰け反った男の、右腕。
その服の裾に、引き絞られた矢による一撃が絡まる。
対大型魔獣の弓から放たれた一撃は、それだけで男を持ち上げた。
「あぁぁぁあああッ!?!?!!」
右腕に引っ張られるように、男の身体が宙に浮く。
そしてそのまま、数歩下がった先に身を落とし、その衝撃で男の意識を刈り取った。
「すごい……」
ジックの声――素直な賞賛――が、地下室に響く。
その声と破落戸達の叫びが、ほぼ同時に放たれる。
「あ、ぁぁ……に、逃げろッ!」
一連の動作。
ほんの僅かな時間の間に討ち斃された仲間達の、姿。
それを見て、他の破落戸達は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ去った。
「ふぅ……終わったかな?」
ナーリャは息を吐くと、弓を降ろして安堵の表情を浮かべる。
そしてすぐに気を引き締めると、ジックに背負われたライアンの元へ、近づいた。
「ジック、ライアンは?!」
「あ、あぁ……先ほどまでよりも、熱が重い」
ジックはライアンを背から降ろすと、悔しそうな表情を浮かべる。
千里もそんな二人に近づくと、よくわからないままに横たわるライアンを見た。
「ね、ねぇナーリャ。
ライアン、どうしちゃったの?」
「ミドイルの村で起きた時のと、同じ。
アグネークの毒で、高熱を出しているんだ。
早く特効薬を持って来ないと、命が危ない」
動かして運べる段階は、過ぎている。
アグネークの毒は、感染者が動けば動くほど毒が広がるものなのだ。
このまま動かさずに薬を持って来なければ、危うかった。
「そんな……ひどい」
そう言いながら千里は、苦しそうに息を吐くライアンの手を、そっと握る。
千里も、ナーリャも、ジックも……その場を動くことが、できない。
「ミドイルの村の時は、
近くにアルナの花があって、そこでイルルガさんが……そう、だ」
「千里?」
メリアが救われた状況。
その過程を思い出す内に浮かび上がった、一人の少女の横顔。
村長の孫娘にして、薬師見習いの、レネという少女。
その少女が渡してくれた――。
「万能、解毒薬!」
鎧の内側。
丈夫なポケットに入れられた、小瓶。
それは千里達がミドイルの村を離れる時に、レネが餞別として渡したものだった。
「これがあれば!」
「ライアンは、助かるのか?!」
「うん!」
ジックの縋るような顔に、千里は笑顔で頷く。
その様子を見ながらナーリャは、ライアンの身体をそっと抱き起こした。
「今助けるからね、ライアン」
千里の、暖かい言葉。
その声が届いたかどうかは分からない。
だがナーリャは、ライアンのその眉が、音に反応して小さく動いたように見えた。
――†――
赤い大きな椅子には、金の装飾が施されている。
そのクッションの上には、脂ぎった男が座っていた。
男は指を噛みながら、時折苛立たしげに机を叩いている。
「ええい、報告はまだか!」
「所詮は破落戸ども。
信用はなりませんよ、旦那様」
そんな男を、年配の執事が窘める。
男は執事の態度に苛立たしげにしながらも、窓の下に目を移すことで気持ちを落ち着けていた。
「ランタートとアクルサルト。
この両家が潰れてしまえば、怖いものなど無い」
ライアンとジック。
二人の家は、この男とって“政敵”だった。
目の上の瘤だった両家の嫡男を殺して、血を絶やす。
長女もその後、似た様な方法で殺す。
そうして殺した後は、破落戸に罪を着せて“自ら”処刑するのだ。
これで大義名分も立ち、皇帝からの評価も上がり、政敵もいなくなる。
だが、殺したことを確認をするための暗殺者が、まだ戻ってきていなかったのだ。
「そうだ、焦ることはない。
これで、そうこれで、終わりなのだ――」
「――貴様の、な」
「ッ?!」
男が勢いよく椅子から立ち上がると、入り口に壮年の男性が立っていた。
後ろで束ねられた黄金の髪と、金がかかった銀色の目。
ライアンによく似た、大人の男性だった。
「ライト・ラウル=ランタート……ッ!」
そう、彼の名前はライト。
ライアンの、父親だった。
「ずさんな計画で短い生を終える、か。
“アウトフ・セフム=オンサウラ”……貴様を、連行する」
ライトの言葉に合わせて、部屋に騎士が流れ込む。
そうして、男――アウトフは、金欲に塗れたまま栄誉の道を閉ざした。
「まったく。
“彼ら”には、感謝してもしきれんな」
ライトはそう、少年と少女の顔を思い浮かべる。
おぼつかない足取りの息子と共に、事件のことを知らせてくれた、勇気ある少年達。
その姿を思い浮かべて、ライトは小さく微笑むのだった――。
今回で、六章の前半が終了。
次話に折り返しの小話を挟んで、後半へいこうと思います。
ご意見ご感想のほど、お待ちしております。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次話もどうぞ、よろしくお願いします。