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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
26/81

六章 第五話 金と藍/黒と金 前編


 朝のランタート家。

 その食卓には、一人の女性が増えていた。

 淡い金のショートヘアと白銀色の瞳。

 そして、大きく胸元の開いた真紅のドレスと、淡い桃色のショール。


 銀の長方形の眼鏡を掛けた、クールな女性がその場に座っていた。


「なんかおかしな“夢”を見た気がするんだけど……あれ?」

「おおおお、思い出せないなら、大したことじゃないと思うよっ!うん!」

「そうかなぁ?うーん」

「そそそそ、そうだって!」


 昨晩とは一転して、賑やかな食卓。

 ライアンと貴婦人はそんな二人を見ながら楽しそうに笑い、女性はただ淡々と食事を続ける。


 なんとも奇妙な光景が、朝の食卓を包み込むのだった。


「うーん?」

「ははは、はい!ナーリャ、あーん」

「へ?あ、ぅ」


 千里は思わず、ミニトマト似の野菜を突き刺したフォークを、ナーリャに差し出す。

 急に行われた謎の状況展開に混乱しながら、ナーリャはそれを口で受け取る。


 この行動の意味に気がつき千里が行動停止フリーズするまで……あと三秒。














E×I














 朝食を食べ終わると、二人に紅茶が出された。

 そうして恐縮しながらも受け取る二人に対して、女性が漸く口を開く。

 昨晩一悶着合ったのにも関わらず、千里は女性の名前を知らなかった。


 もっとも、髪の色から、親族だろうと当たりはつけていたが。


「私の名前は“ララ・ライラ=ランタート”

 ……ライアンの姉、になります。初めまして、旅の御仁さま方」


 簡潔な挨拶を終えると、女性――ララは眼鏡を指で押し上げる。

 クールな雰囲気の彼女によく似合った、仕草だった。

 ライアンと姉弟と言うだけあって、口元や鼻の形がよく似ている。

 目元だけは、ララの方がややつり上がっているため、可憐というよりは気丈なイメージを他者に与えていた。


「え、えーと。

 私は千里。千里=高峯です」

「ナーリャ=ロウアンスです」


 恐縮しながら頭を下げる千里に、ナーリャが追従する。

 日本人らしい深い礼だった。


「そんなに畏まる必要はないわ」

「は、はいっ」


 だからだろう。ララは無表情のままそう指摘をする。

 貴族と旅人という身分差はあれど、そこまで畏まられると困るのだ。

 なにせ、ライアンが招待した“客”なのだから。


「……ライアンの恩人、ということだったからつい口を挟んでしまったのだけれど」


 ララはそういうと、一息置いて涼しげな表情で二人を見た。

 射すくめられるというよりは、人形に見られているような曖昧さを覚える視線だ。


「あなたたちも、闘技大会に?」

「ぁ……はいっ。

 私と、ナーリャ。それぞれ男性部門と女性部門に出場します」

「そう」


 そこで話しが途切れてしまう。

 聞きたい事だけ聞いて後は紅茶を飲むのに戻ってしまったララを見て、千里は慌てて言葉を繋げる。不自然に間が開いてしまうと、気まずいのだ。


「えと、昨日はありがとうございました!」

「庭木?」


 千里がそう言って、頭を下げる。

 深く頭を下げてしまうのは、千里と言うよりは日本人としての習性だろう。

 こればかりは、すぐにどうこうできるものでもなかった。


 身についた習慣だということを感じ取ったのか、ララはただ首を傾げて見せた。

 そして、そんなララの言葉に反応したのは、千里ではなくその隣のナーリャだった。


「え?あれって、夢じゃ――」

「――あわわわわっ!

 あのね、ナーリャ!昨日ララさんに剣の指導をして貰ったの!そのお礼!」


 恩を返すためとはいえ、豪勢な食事に寝床まで提供してくれたライアン。

 その立派なお屋敷の中庭を、一晩で廃墟にするというとんでもない行為。

 その凄惨な光景を全て“夢”だと自分に思い込ませていたナーリャは、昨晩の光景を思い出そうとしていた。


「でも今、“庭木”って……」

「ちょ、ちょっと剣を振った時に……そう!

 剣を振った時に、庭木が少しだけ傷ついちゃったの!」


 千里の必死な弁解に、ナーリャはしきりに首を傾げながらも曖昧に頷いた。

 そこまで必死に隠す必要はないし、別にナーリャもそのことで呆れたりはするだろうが、そんなに怒ったりはしないだろう。


 だが、一度隠し始めてしまったら、もう引っ込みがつかないのだ。


「そ、そう?うーん……」

「そうだからっ!ねっ!」

「あ、ははは。そうですよ、ナーリャさん」


 見かねたライアンが、千里をフォローする。

 庭もすでに、修復作業専門のお抱え魔法使いのおかげで修復されている。

 口裏さえ合わせておけば、まぁ問題はないだろう。


 千里は小さく、ライアンに目と仕草で感謝を伝える。

 するとライアンは、すぐに意味に気がつき苦笑を零した。

 普通は、目の前で両手を合わせる仕草を“礼”だとは思わないのだが、ここはライアンの洞察力の賜だろう。


「それで、その。

 剣技と体捌き、すっごく為になりました!」

「別にいいわ。

 弟の“後始末”を、手伝ったに過ぎないのだし」


 ララはそう言うと、紅茶をほんの少しだけ口に含んで嚥下した。

 彼女は、ほんの少しアドバイスをしたに過ぎない。

 そのことでそう畏まられる謂われはないのだ。


「それに、いずれ戦う可能性があるのなら

 ――――より強い相手と戦いたいじゃない」

「え?」


 ララが付け加えたのは、予想だにしなかった言葉だった。

 千里にアドバイスをし、その内容から戦士なのは解っていた。

 だが、“より強い相手”とやらを求める雰囲気ではない。


「姉上は、腕試しのために闘技大会に出場したんです。

 俺も本戦まで上がることはできましたが、実力は姉上に遠く及びません」

「閉じた世界で腕を試しても、意味はないから」


 捕捉をしたライアンに、ララはそっと付け加える。

 そんな二人を、貴婦人はただ優しそうな表情で見て、笑っていた。


「チサトさんたちも、闘技大会には出られるんですよね?

 いったい、どのような目的が?

 ……あぁ、もちろん言いにくいのだったら構いません!」


 途中で聞かれたくない理由だった場合に思い至ったのか、ライアンは慌てて両手を振って見せた。その仕草に、千里はほんの少しだけ苦笑を零す。


「私たちは、えーと……」

「ノーズファンに、行きたいんです」


 地名が出てこず首を傾げる千里を、ナーリャが苦笑しながら補足する。

 地名なんて、そうそう覚えられるものではないのだ。


「それでは、神聖騎士に?

 ……それは、大変な時期に来てしまったのですね」

「大変な、時期?」


 気の毒そうに目を伏せるライアンを見て、千里は身を乗り出した。

 もうこの時点で、千里とナーリャは“イヤな予感”を覚えていた。

 経験に基づく、確かな“勘”である。


「ええと、ご存知ない……ようですね。

 今年は例年までのように、上位数名がノーズファンへ入国できる訳ではありません」


 ライアンの目は、ただ気の毒そうに伏せられたままだった。

 そして少し逡巡すると、その理由を話す。


「なんでも、新たに“神託”が下ったようで……

 ノーズファンに入国する資格を得ることができるのは、各部門の優勝者に限る、と」

「え?」

「な……っ」


 ライアンがもたらした情報。

 それを聞いて、二人は口を開けて驚く。

 まさかこんなところで“道”が狭められるなど、想像もしていなかったのだ。


 お茶会を終えて屋敷を去るその時まで、千里とナーリャはただ不安そうな表情を浮かべるのだった――。











――†――











 とにかく、勝ち抜かなければならないことには変わりない。

 ひとまず、千里達は屋敷を出て宿に戻ることにした。


「あ、送ります!」

「ライアン君……」


 そうして広い門を潜り抜けたところで、ライアンが走ってきた。

 高位の貴族にしては珍しい好青年で、そしてお人好しだった。


「でも、悪いよ」

「いいんです。

 道中で、少しお話もしておきたいですし」


 遠慮する千里に、ライアンははにかみながらそう言った。

 そんなライアンを見て千里が困ったように眉をしかめながらナーリャを見ると、ナーリャは苦笑しながらも、確かに頷く。


「実は、宿までの道のりをよく覚えていないんだ。

 大通りまでで良いから、教えて貰っても構わないかな?」

「はいっ!是非」


 気を遣った、良い提案だ。

 このナーリャの提案に、ライアンは強く頷く。

 話したいこと……それも、家族に聞かれたくないことがあったのだろう。


「そういえばさ、言いそびれてたんだけど」

「はい?」


 千里はそう言いながら、首を傾げるライアンに声をかける。

 なんとなく……本当になんとなく、笑い合うナーリャとライアンの間に入りたかったようだった。


「その、そんな畏まった言葉じゃなくても良いよ?

 私たち、そんなに偉い人でもないし……なんか、むず痒くって」


 学校の後輩に敬語で話されるのとは、訳が違う。

 ライアンは千里達よりも遙かに偉くて、それでいて大きく年が離れている訳ではない。

 こうして畏まられたままだと、どうにも背中が痒かった。


「えーと、ああ。

 それなら、普通に話すよ、チサト。

 えーと、ナーリャ、もいいのかな?」

「もちろんだよ。

 僕もただの狩人だし、そんな畏まられるのは苦手だから」

「あぁ、わかった。

 それなら気楽に行くよ。ナーリャ、チサト」


 ライアンは、そう笑って見せた。

 このどこか大人びた口調が、彼の素だったのだ。


 屋敷から出て、貴族街を歩く。

 周囲には大きな家ばかりが建ち並び、千里はどうにも場違いな空気を感じずには、いられなかった。


「それで、ライアン。

 話したい事っていうのは?」

「ああ、そうだった。

 その……どうやったら、強くなれるんだろう、と」


 ライアンは苦笑しながら、そう呟く。

 その声には、どうにも力がない。


「えっと……。

 なんで、ララさんじゃなくて、私たちに?」


 千里は、ほんの一時だがララの指導を受けた。

 それだけで、理解の易い教え方だったと感じていたのだ。


「姉上は確かに教え方も上手いし、本人もすごく強い。

 けれど、もっと広く請わなければ、狭い世界だけの力しかつかないと思う。

 姉上だって、そうして闘技大会に毎年出場しているから、な」


 ライアンは、強い決意の込められた目で語る。

 だが不意に、その瞳が小さく揺らいだ。


「俺は、今年で初出場なんだ。

 ある程度力をつけるまで出場は許されなくて、今年は漸くそれが叶った。

 でも姉上は、十二の時に初出場している……俺は、姉上より二年も遅い」


 姉弟だからこそ感じる、コンプレックス。

 千里は弟と、とくに能力を競う場面があった訳でもないため、その気持ちはあまりわからなかった。それでも、理解しきれない訳ではないが。


「もっと強くなりたい。

 強くなって、騎士になりたい。

 いずれ皇帝陛下にまみえることができるような、立派な騎士になりたい」

「……ライアン君」


 足を止めて、ライアンは空を見上げる。

 夢と希望を携えて、ただ蒼天を仰いで腰の剣の柄を強く握っていた。


「でも、私は……。

 その、“魔法の力”を借りてるから、あんまり上手にアドバイスできないんだ」

「僕は、そもそも弓兵だから、力になれるかどうか……」


 千里の力は、ある意味で“先天的”なものだ。

 能力自体は後天的に得たものだが、過程が千里自身にも解らない以上、知恵を貸すこともできない。現に、ララから教わったのは、基礎の基礎にすぎないのだから。


「あぁ、いや。

 そんなに気にしないでくれ。

 その言葉だけでも、俺は嬉しい」


 ライアンは、そうはにかむと再び歩き出した。

 そしてどこか恥ずかしそうに、付け加える。


「その、小さな事でも良いから

 ……思い当たることがあれば教えて欲しいんだが」

「うーん、そうだなぁ。

 僕の場合はひたすら経験、かな。

 反復練習と実戦の積み重ねだね」


 同じ動きを何度も行っていると、脳の電気信号がその動きを覚える。

 すると、意識せずとも自然に電気信号のショートカットが行われるのだ。

 ナーリャはそんな小難しいことは知らずとも、経験でそのことを感じ取っていた。


「え、えーと、えーと……」


 ナーリャに続いて、千里も何か言わねばと思ったのだろう。

 反復練習という言葉に頷くライアンに、迷いながら口を開く。


「……ど、度胸と根性!」


 迷いに迷って口から出たのは、まさかの精神論だった。

 もとから千里は、頭を使って立ち回るというのは得意な方ではない。

 だから結局、こんな突拍子もない答えに行き着いてしまったのだ。


「なるほど……。

 度胸と根性か、深いな」

「……うん。

 僕も、教えてばかりとはいかないみたいだね。

 踏み込む勇気と、乗り越える強靱な意志、か」


 千里本人も、どうしようもない言葉だと解っていた。

 だからこそ……この答えに、誰よりも困惑してしまう。


「へ?

 え、いや……あれ?」


 微妙に天然気味な二人。

 その二人に言い切ってしまったがために、千里はまるで考え尽くされた言葉を残してしまったように思われていた。


「い、いや、ちょっと……」


 歩きながら何度も頷く二人に、千里は上手い言い訳ができずに戸惑う。

 笑って欲しかったとまでは言わないが、苦笑しながら流して欲しかったのだ。


「と、到着したみたいだ」

「え?いや、その」

「けっこう短く感じられたね、ライアン」

「ね、ねぇ」

「ああ、そうだな。ナーリャ」


 千里が弁解できないまま、大通りに辿り着く。

 もう、通りを抜けて宿に帰るだけ、という位置だった。


「有意義な時間だったよ。

 本当にありがとう、チサト、ナーリャ」

「うぅ……。

 こちらこそ、ありがとう。ライアン君」

「うん、こちらこそ」


 肩を落としながら手を振る千里と、笑みを浮かべながら軽く手を挙げるナーリャ。

 そんな二人に、ライアンは笑顔を返す。

 気分が晴れたのか、先ほどまでよりも爽やかな表情をしていた。


「では、本戦で会おう!」

「うん、楽しみにしているよ」

「じゃあね、ライアン君!」


 道を引き返すライアンを少しの間見て、それから二人は踵を返す。

 昼時近くと言うこともあって、大通りには人が溢れていた。

 この中を縫って帰るのは、少し骨だ。


「うーん、ちょっと回っていった方が楽かも」


 ナーリャがそう提案すると、人の流れに苦い表情をしていた千里も頷いてみせる。

 このまま抜けたいと思うほど、切羽詰まった状況ではないのだ。


「そうだねー。

 ちょっと戻った方が良いのかな?」

「うん……顔を合わせたら、少し気まずいけどね」


 脇道に戻ってライアンがいたら、少し気まずい。

 今別れたばかりなのだから、仕方がないことだが。


「本戦、かぁ。

 うぅ、そういえば、優勝しなきゃいけなくなったんだよね……」

「あぁ、そういえばそうだったね」


 二人揃って肩を落としながら、脇道に戻る。

 世界から屈強な戦士達が集まる闘技大会。

 それに優勝するのは、並大抵のことではない。


「どうしようか――っと?!」

「わわっ!?」


 そうして俯いていると、二人の間を押し除けるように男が走り去っていた。

 二人組の男で、肩には大きな麻袋を抱えていた。


「危ないなぁ」

「なに、あれっ」


 正面から来た二人に気がつかなかったのは、注意力が散漫していたためだろう。

 だがだから仕方がないといえない、強引な動きだったのだ。


「もうっ。

 なんなんだろう、ほん……と?」


 悪態を吐きながら更に足を進めると、千里は少し先の地面に何かが落ちていることに気がついた。


「ねぇ、ナーリャ」

「うん?

 ……あれって」


 ナーリャは駆け寄ると、膝を突く。

 千里もナーリャの後ろで屈んで、落ちていたものを覗き込んだ。


「銀色の剣……」

「この装飾は……ライアンの?」

「言われて見れば……って。

 それってまさか!」


 剣士の腰から離れた、愛用の剣。

 その意味するところに気がつき、千里は驚きを滲ませる。


「さっきの男達……まだ、間に合うかも知れない」

「追おう!ナーリャ!」

「うん!」


 剣を手に取ると、慌てて踵を返す。

 ガラの悪い男達と、残された剣。

 強引に二人の間を抜けていった男達と、麻袋。


 イヤな予感を抱えたまま、二人は先ほどの男を捜しに走り出すのだった――。

後編は長めになります。

あまり時間を置かずに、更新したいと思います。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

後編も、どうぞよろしくお願いします。

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