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E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
20/81

五章 第三話 吸血城のロンド 前編


 銀で彩られた城。

 その一室で、エクスは銀の大きな椅子に座っていた。

 目を閉じて思い浮かべるのは、栗色の髪と瞳を持つ、一人の少女。

 欲しいと望み捕らえた、自分に“並ぶ資格”を持つ者。


「足掻きたければ、足掻けばいい。

 戸惑う時間が欲しいのなら、くれてやろう。

 最早君は私の手のひらの中にあるのだよ……千里」


 傲慢に、不遜に、笑みを浮かべる。

 その瞳に映るのは、絶対なる強者の自信だった。


「うん?

 ……あぁ、そういえば“いた”な」


 エクスは気怠げに立ち上がる。

 彼は、己が王であると……“魔王”であるという自覚があった。

 それはともすれば自意識過剰と言われるだろう。

 しかし、強者たる“自信”が、エクスを“王”として魅せていた。


「さてさて、

 勇敢なる“英雄”を迎え入れるのも、“魔王”の責務か」


 エクスは肩を竦めると、真紅の絨毯を踏みしめ歩き出す。

 その姿はまさに……“王の凱旋”といえる姿だった。














E×I














 外周をぐるりと廻る。

 茨の森を越え、薔薇の園を抜けたその先で、ナーリャは城を見上げていた。


「結界、ってやつかな」


 窓ガラスは、いくつもある。

 中にはステンドグラスのように煌びやかなモノまであって、目が痛い。

 だが、不思議とその窓は全て、向こう側が覗けないようになっていた。


「仕方がないか」


 ナーリャは一人呟くと、どこか入れる場所がないか探す。

 正門からは離れて、慎重に行動していた。


「裏門、かな」


 そうしている内に、ナーリャは小さな扉を見つけた。

 ナーリャはフードの下で真剣な表情を浮かべると、その扉に近づく。

 城に近づく度に、茨がその密度を増していく。

 それなのに、城の壁には茨が巻き付いている様子はなく、不自然なほど綺麗だ。

 その奇妙な光景、不気味な城に近づくのに抵抗を覚えながらも、ナーリャはドアノブを掴む。


「開かないか。

 ……それならッ!」


 ドアノブを捻り、開かないことを確認する。

 するとナーリャは、クリフに貰った短剣を、勢いよくドアに叩きつけた。


――ガンッ、ガンッ、ガキンッ


 二度三度とぶつけると、漸く鍵が壊れる。

 大きな音を立ててしまった以上は長居は出来ないだろうと、ナーリャは開いたドアに身体を滑り込ませた。


「まだ気がつかれては、いないかな」


 しんと静まりかえった、銀の廊下。

 装飾品から壁、天井まで全て銀色に染められていて、唯一床だけは血のように赤い真紅の絨毯が敷かれていた。


「人の気配がない?

 いや、それなら好都合か」


 誰かが生活している、“人の気配”が無い空間。

 奇妙ではあるが、人の気配がある所を探せばいいという意味では楽だった。

 虱潰しに部屋を開けて探すよりも、ずっとリスクが少なく効率的だ。


「どうか、無事で」


 ナーリャは小さく呟くと、広い廊下を走り出す。

 その背には、未だ焦燥の色が強く残っている。


「焦っちゃダメだって、解っているつもりだったんだけどなぁ」


 口から零れるのは、自覚の言葉だった。

 絨毯を叩く柔らかい音が、廊下に木霊する。

 その中でナーリャは、必死に集中力を研ぎ澄ませていた。


「気配……こっちか」


 廊下を曲がり、絨毯を踏みしめ、壁に手をつき進んでいく。

 これで千里でなかったら、その住人に聞き出せばいい。

 言葉が通じるかどうかというのは心配だが、口を割らない程度ならどうにでもなる。


「どうにでも、してみせる」


 音にして零れた言葉。

 その声を放った時の表情は、俯いているため伺えない。

 だが、クリフの短剣を握る右手は、心なしか震えているようにも見えた。


「ここか」


 大きな扉の前で、足を止める。

 自分を誘うように少しだけ開いた、銀色の扉だ。


 ナーリャは両開きのその扉の、ドアノブを掴む。

 そして、少しずつ押し開いていった。


「暗い」


 ナーリャは、舞い上がった埃で咳き込まないように、外套を翻して口元に当てる。

 人の入った形跡のない部屋は暗く、かび臭い。

 敵地で明かりをつけるのは心配だったが、手がかりには変えられないだろうと、ナーリャは火石を取り出した。


 ラオの船に置いてあったそれを、一つだけ借りてきたのだ。


――ガンッ


 地面に置いた火石に、火を灯させる。

 そうすることで、周囲がぼんやりとだが明るくなった。


「人影?

 ……いや、鎧かな?」


 壁に横たわる、銀製の鎧。

 ナーリャは火石を短剣の上に掬い上げると、ランプ代わりにしてその鎧に近づいた。

 朱色の光が揺らめき、その鎧の全容を照らす。

 そしてその姿を確認すると、ナーリャは眉をしかめた。


「人の骨、か」


 旅人だろうか。

 銀製の鎧に、白いマント。

 大きな盾に描かれているのは、青い十字架だった。


 その脇に転がるのは、鎧の主の物であろう、大きな槍だ。

 鋼鉄製の穂先を持つシンプルな槍で、二メートルほどもある。

 これを振り回すには、それ相応の技術と体力、それに経験が必要だろう。


「これは……この人の遺品、かな?」


 もうこの場を離れるなり、他のことを調べるなりした方が良いだろう。

 それは解っているのだが、ナーリャは自分でも理解できない感情に突き動かされてその首飾りを拾い上げた。


「十字の、首飾り?」


 布を纏い頭に草の冠を乗せた男性が、十字架に磔にされている首飾り。

 その意図するところが解らず、首をかしげる。


「これはいったい……」

「――それは“彼”のあるじ、だ」

「っ!?」


 響いてきた声に、ナーリャは弓を構えながら振り向く。

 その際に素早く火石の火を消して、ナイフを収めていた。

 こちらの姿だけ見えるのでは、良い的だ。


 そう判断したナーリャだったが、その考えは杞憂となる。


「ふむ、私の姿が見えないか。

 人間とは不便だな」


 月明かりすら入らない、漆黒の闇。

 いくら暗闇に慣れているとはいえ、それは月明かりがあることが前提だった。


――パチンッ


 指を弾く音。

 それと同時に、その空間に明かりが灯る。

 銀に輝くシャンデリア、無数に揺らめく蝋燭の火、銀の炎の不思議なランプ。

 その全てが一斉に灯り、空間を照らした。


「これ、は」


 その不可思議な現象に、ナーリャは言葉を失う。

 それは魔法とはまた違った、一つの奇跡のように見えていたのだ。


「あなた、は」

「ふむ、私に名乗らせるか。

 ……まぁいいだろう。今日の私は機嫌が良い」


 銀と真紅で彩られた、ダンスホール。

 高い天井と大きなシャンデリア、ステンドグラスは光が入り込まない特殊な物。

 その一番奥、大きな階段の上に掛けられた肖像画と、同一の顔立ち。


 いや、それは自分の姿を描かせた物なのだろう。

 流れる銀の髪と真紅の瞳を携えた、“傲岸不遜”のカリスマ。

 人ならざる気配の“王者”が、周囲の銀に彩られて佇んでいた。


「我が名は“エクス・オン=イーエルハイト”

 全ての“夜”の頂点に立ちし最強種――――“銀月の吸血王”なるぞ!」


 人の血を吸い、生気を吸収し、隷属させる種族。

 それが、“吸血鬼”だ。

 長命種たる彼らは、他の長命種よりも傲慢で、それ故に強大な力を持つ。

 その中でもずば抜けた力を持つが故に、エクスはこの地を支配するに至ったのだ。


 他の全ての吸血鬼を、この地より追放することで。


「あなたが……千里を」

「ほう、彼女を連れ戻しに来た、ということか?」


 呑み込まれていた。

 その事を自覚しながらも、ナーリャはエクスを鋭く睨み付ける。

 千里を助けたいというその想いだけで、圧倒的なプレッシャーを押しのけていた。


「勇敢だな。

 その勇気に免じて――――生きて帰ることを許そう」

「なにを?」


 エクスは傲慢に言い放つと、何もない空間に腰を下ろして、足を組む。

 そして、まるで玉座に座っているかのように、頬杖をついて笑った。


「わからんか?

 ……見ていてやるから、逃げ帰ることを許そうといったのだ」


 言い放つエクスの言葉。

 死にたくなければ、千里を置いて逃げろ。

 そう見下しながら言ったエクスのその言葉に、ナーリャは険しい表情を浮かべる。


「どうした?

 私の気が変わらないうちに逃げるのが、得策だろう?」

「――せ」

「なんだ?」


 ため息を吐きながら追い払うように手を振るエクス。

 その様子を睨み付けながら、ナーリャは激情を紡ぐ。


「千里を、返せッ!」


 噛みつかんばかりに吠える、ナーリャ。

 その様子を、エクスは鼻で笑う。


「返せ?

 ククッ……おかしな事を言うのだな。

 本当に、返して欲しいと思っているのか?

「何を、戯れ言を!」


 怒りのままに声を荒げるナーリャを、エクスは態度だけで見下していた。

 その余裕を感じ取りながらも、激情は揺るがない。


「ふむ、そうだな。

 貴様はあの時――――あの“柱”を見て、どう思った?」

「っ……」


 言葉に、詰まる。

 どうして知っているのか、わからない。

 だがそれ以上に……戸惑いを、晒された。


「“怖い”

 ……そう感じたのでは、ないのかね?」


 エクスの言葉は、止まらない。

 ただその音は、刃となってナーリャを抉る。


「ち、がう。僕は……ッ」

「隠す必要はない」


 口の中で、笑う。

 蔑みの声、責め立てる言葉。

 止まることなく紡がれるその旋律に、ナーリャは唇を噛む。


「強大な力に対して人間が見せる反応は、それで正しい」


 腕を広げて、諭すように言葉を紡ぐ。

 言葉は言霊となり、その音に明確な意志を乗せて、ナーリャを貫く。


「だからこそ、強大な力を持つ者の隣には

 ――――同じように、“強大な力”を持つ“似た者”が立つ必要があるのだよ」


 ナーリャにその資格はなく、自分にはその権利がある。

 そう歪んだ笑みで言い放つエクスには、強者に相応しいプレッシャーがあった。


「そんな、もの……関係、ない。

 千里を……千里を返せ!」


 動揺を押し隠しながらも、ナーリャは必死に言葉を紡ぐ。

 弓を持つその左手は、血の気が引くほどに強く握られていた。


「返せ?

 彼女は貴様の物ではないだろう?」

「“物”なんかじゃない。

 彼女は僕の――――“友達”だ!」


 友達だ。

 友達だから、目の前の男に“だけ”は、渡せない。

 ナーリャは荒れ狂う激情と一握りの戸惑いを、その漆黒の双眸に乗せてエクスを睨む。


「フン、そうか。

 ならば、無礼な“ご友人”には退場願おうか」


 エクスは立ち上がると、構えることなく両手を広げる。

 すると、エクスから半径二メートルほどの空間に、突如として暗雲が広がった。


「さぁ、立ち去るがいい。

 ――――この世という、舞台からなッ!!」

「立ち去るのはおまえだ。

 ――――舞台から落ちろ、吸血鬼ッ!!」


 黒の大弩を構えて、弓を番える。

 そのナーリャを見て凄惨に笑いながら、エクスは腕を振り上げた。


 迸る稲妻。

 駆け抜ける漆黒。


 銀と黒が、ぶつかる。











――†――











 覚醒は、すぐだった。

 異世界に来て強化された千里の身体は、疲労すらもほんの数分の睡眠で癒す。

 その間隔がだんだんと短くなっていることに、千里はまだ気がついていなかった。


「ぁ……ぅ」


 気怠げな身体。

 急激に疲れが癒されたことで感じる、精神的な違和感だった。

 その奇妙な感覚を、千里は頭の隅に追いやる。


「お目覚めですかニャ」

「っ!」


 耳に届いた声に、千里はベッドから飛び起きた。

 身構えながら、声の聞こえた方に顔を向ける。

 するとそこには……一匹の、猫が“立って”いた。


「猫?」


 毛先の白い、毛先から“Y”の字に分かれた尻尾。

 黒毛で目は銀色。当然、瞳孔は縦に割れている。

 器用に二足歩行していて、その六十センチほどの身体には執事服を纏っていた。


シーラ

 あんな毛玉生物と一緒にしないで欲しいですニャ」


 猫の言葉で、千里はアロイアの毛玉猫を思い浮かべる。

 世間一般の“猫”は、こちらではシーラかと思っていた千里にとって、驚くべき光景だった。見た目は千里の世界の猫なのに、二足歩行で尾が二又なのだから。


「ボクはケルト。

 誇り高き妖精族の猫妖精ニャ」

「猫、妖精?

 えーと……猫又?」


 ぱっと思いついたのは、日本の妖怪“猫又”だった。

 夜な夜な油を舐めて主の仇を討つ、“鍋島の化け猫騒動”に出てくる猫の変化だ。


「だから、

 猫妖精ケルトですニャ」

猫又ケルト?」

「そうですニャ」


 漸く千里が理解して、相手に伝わる。

 ハッキリと自分の種族名が呼ばれたことに満足して、猫はこくりと頷いた。


「改めまして。

 ボクの名前は“ダーク”

 銀月の吸血王、エクス様の忠実なる下僕にして、血を分けられし眷属ですニャ」


 猫――ダークは、エクスの配下であるということを、胸を張って告げた。

 その様子はどこか滑稽で、それでいて誇らしげだった。


「知っているみたいだけど

 ……私の名前は千里だよ、ダーク」

「これはこれはご丁寧に、

 ありがとうございますなのニャ」


 ダークは、愛くるしい見た目で綺麗な礼をしてみせた。

 容姿が容姿なので、子供向けの玩具のようにも見える。


「ダークは……

 ううん、エクスは私をどうするつもりなの?」


 不安と警戒心。

 その二つが混ざり合った声で、千里が問う。


あるじは、お嬢様を伴侶にと考えておられますニャ」

「伴侶って、奥さん、だよね?

 はぁ……言い方からそんなような気はしてたけど」


 エクスに“姫君”と呼ばれて、そんな気はしていたのだ。

 だからこそ、千里は不思議でならないことがあった。


「どうして、私なの?」


 エクスは、まるで芸術品のような美しさを持つ、絶世の美青年だ。

 人を惑わす端正な顔、怪しさを秘めたルビーの瞳、月を呑み込む銀の髪。

 友人達の身内びいきで考えれば、千里は“可愛い”部類なのかも知れない。

 けれど、そんな飛び抜けた美貌を持つ男性に好かれるほどの容姿を持っている自信は、当然ながら無かったのだ。


「主は、ずっとお嬢様のことを“眷属”の視界を通して見ておいででしたニャ。

 アロイアの街で偶然見かけて、それからずっと」


 アロイアの街。

 そこから“見られていた”ということに、千里は言いようのない羞恥を覚えた。

 見られていたら恥ずかしいだろう……そんな風に思った場面が、いくつか思い浮かんでしまったためだった。


 千里は頬にさした朱を誤魔化すために、目で続きを促した。


「道中で、お嬢様は強大な力を持つことが解りました。

 興味本位で見ていた主も、その力を見てたいそう驚かれていたのですニャ」

「力……光の、剣」


 喚び出そうと思えば、いつでも喚ぶことが出来る剣。

 その力が“目当て”なのだとしたら、それはそれで悲しい。

 そして同時に、どこか腹立たしくもあった。


「決め手は、海の魔獣との戦いですニャ。

 人知を越えた強大な力、他者を圧倒する強者の器。

 それらの力を宿す“意味”は…………“孤独”ですニャ」

「孤独?」


 強い力を持つ者は、“一人ぼっち”になる。

 並び立てる者はおらず、やがて一人になってしまう。


「主は、孤高であることを誇りに思っていますニャ。

 けれど、並び立てる者が居るのなら、その者を隣に置くことも厭いませんニャ。

 それでも望むことの無かった主が、始めて望まれたのがお嬢様ですのニャ」


 ダークは目を伏せながら、淡々と語る。

 忠誠を持って仕える主人の助けになろうと、その思いを吐露する。


「強大な力を持つ存在は、いずれ孤独になりますニャ。

 そしてその“いずれ”は、きっと近いうちに訪れますニャ。

 強大な力を持つ者は、強大な力を持つ存在以外には認められませんニャ」


 ダークは、考え込む千里に、追い打ちをかける。

 その瞳が、ネズミを追い立てる“ハンター”のものになっていることに、千里は気がつかない。この猫は、割と強かな猫だった。


「そう…………“あの者”では、その資格は無いのですニャ」

「え?」


 千里が、ダークの言葉に反応して顔を上げる。

 そんな千里を見ながら、ダークは続けた。


「主が直々に出向かれ、説得しましたのニャ。

 今頃は、もう船に乗って帰っているところで――」

「――ナーリャが来てるの?!

 そ、そうだ。ナーリャ、絶対エクスに挑んでる!」


 ナーリャの性格。

 長い時間を過ごした訳ではないが、時折頑固なあの“友達”が、説得程度で帰るとは思えない。ダークの言葉よりも、自分の経験とナーリャへの“信頼”の方がずっと信用できるからこその、判断だった。


「し、失敗だったかニャ?

 ゴホンッ……それももう、決着がつきますニャ。

 そうすれば、お嬢様は晴れてこの城の一員。

 覚悟を決めておきますよう、お願いしますニャ」


 ダークは礼をすると、素早く身を翻して退出する。

 千里は開かれた扉に身体を滑り込ませようと走るが、一歩間に合わずに扉を両手で叩いた。


「あっ、もう!」


 ドアノブを掴むが、当然のように開かない。

 千里はそのまま、ずるずるとへたり込んだ。


「ナーリャが、戦ってる」


 声に出して、それから唇を噛む。

 強大な力を持つ存在、圧倒的なプレッシャーを持っていたエクスと、ナーリャが戦っている。


 その結末にあり得る“最悪”を思い浮かべて、千里は強く手を握りしめた。

 視線は床に落とし、耐えるように目を瞑る。

 悔しげにしかめられた眉と、青くなっていく唇が、彼女の焦燥を表していた。


「脱出、しなきゃ」


 助けなければ、ならない。

 助けたいと、千里はふらりと立ち上がる。


「“イル=リウラス”」


 光が手の中に生まれ、剣となる。

 千里は扉から三歩下がると、剣を振りかぶった。


「せい!」

――ガンッ


 だが――扉を打ち破ることは、できなかった。


「なん、で」


 何度も叩きつけるが、結果は同じ。

 弾かれて、体勢を崩す。


「魔法の一種、なのかな?

 いや、生き物以外には効きにくいのかも」


 強いていうのならば、両方なのだろう。

 魔法だけならば、光の剣は通じる。

 だが、それに“純粋に丈夫な扉”という要素が加わるだけで、光の剣は威力を削られていたのだ。


「どうにかしないと」


 声に出してみても、変わらない。

 焦りだけが加速して、千里の胸を締め付ける。


「イル=リウラス……光より顕れる者。

 あれ?そういえば、“剣”って言ってない」


 胸の内側から浮かび上がった、言葉。

 その詠唱に“剣”という単語が入っていないことに、今更ながらに気がついた。


「ふぅ――」


 大きく息を吐いて、神経を研ぎ澄ませる。

 その呼吸に呼応するように光の剣が輝き、その形状を変えていく。


「――できた」


 ハンマーのような形になった、光の剣。

 それで扉を叩いても結果は変わらないのだろうが、それでも出来ることが増えれば可能性も増えるのだ。


「生物以外に効きにくい。

 普段は……アギトを使ってたから問題がなかった」


 それなら剣を使えばいい。

 だが、千里自身の力に耐えうる“武器”は、あまり無い。

 なんとなくだがそのことを自覚していた千里は、どうにかできない物かと周囲を見ましていた。


「隠し通路とか、何か無いかな」


 首を回し、振り返り、踵を返して見る。

 シャンデリア、インテリア、ランプ、棚、クローゼット。

 そうして見回していた千里は、インテリアの一つで目を止めた。


「剣の、レプリカ」


 壁に掛けられた、インテリアの装飾剣。

 幅の広いブロードソードで、銀とルビーで彩られていた。

 あまり丈夫ではないことは、ごてごてとした装飾で解る。

 これだけ色々と細工されていたら、決して丈夫ではないのだろう。


「でも、これなら」


 千里は剣を持つと、目を閉じて正眼に構える。

 すると、光の膜がゆっくりと広がり、ブロードソードを覆い尽くした。


 光り輝く、装飾剣。

 それを千里は大上段に振り上げると、目を開いて扉を見据える。


「せぇいっ!!」

――ガギンッ


 振り下ろされた一撃は、扉の鍵を壊して開けた。

 同時に装飾剣も折れてしまったが、光の膜によって強化されていたため、この一撃だけは耐えきることができたのだ。


「よしっ!」


 ガッツポーズを作ると、すぐに扉の外に出る。

 その開放感に、千里は息を一つ吐き出した。


「なっ、どうやって出たのですニャ?!」


 音を聞きつけて戻ってきた、ダーク。

 その姿を見つけると、千里は身体能力をフルに使った動きでダークの首根っこを掴んだ。


「ぐえっ」


 鈍い悲鳴を上げるダークに良心がチクリと痛む。

 けれど千里はそれを努めて表情に出さないようにして、自分にできる最高の“笑み”を浮かべた。


「ニャ?」


 その笑みに戸惑うダークに、千里はナイフサイズにした光の剣を突きつける。

 小動物をいじめている感覚に罪悪感が膨れあがるが、気にしている余裕はないのだ。

 決して、もふもふしたいなどとは、思ってなんかいない。


「ニャッ?!」

「ナーリャの居場所。

 それから、私の剣と鎧がどこにあるのか、教えてくれると嬉しいなー」


 ダークは恐る恐る千里を見て、硬直した。

 満面の笑みを浮かべているのは、まぁいい。

 だが、肝心な“目”が笑っていないのだ。要するに、怖い。


「ぁ……あっちですニャ」


 ダークは震える身体を隠すこともできずに、肉球で廊下の奥を示す。

 千里はそんなダークに、やはり目が笑っていない笑みを浮かべて、もう一言付け加える。


「まずは剣と鎧。

 道案内、してくれるよね?」

「…………はいですニャ」


 折れるまで、そんなに時間はかからなかったようだ。

 ダークは首根っこを掴まれて剣を突きつけられているため、抵抗もできずに了承する。


 そんなダークの様子を見て、千里は満足げに頷くのだった。











――†――











 それは“嵐”だった。

 エクスを中心に半径二メートル。

 球体状に出現した暗雲は、暴風と氷雪、そして稲妻を携えて呻り声を上げる。


「凍てつけ」


 ダンスホールに響き渡る、吸血鬼の宣告。

 暗雲より生み出された氷が大きな塊となり、打ち出される。

 操れるのは球体状の暗雲の中だけだが、射出してしまえば真っ直ぐ飛んでいく。


「シッ!」


 鋭く、息を吐く。

 心臓を抉らんと飛来する氷塊を、ナーリャは剛弓の一撃を以て叩き落とす。

 対大型魔獣の大弩から放たれた矢は氷を砕くだけでは飽きたらず、エクスの心臓めがけてつき進んだ。


「片手間に“取れる”と思ったかッ!」


 エクスは大きく手を振ると、たったそれだけで矢を弾く。

 海淵の魔獣すら貫いたその矢は、銀月の王には届かない。

 だが、その一瞬の隙こそ、ナーリャの望んだ結果だった。


「先見二手、二射必中ッ!」


 動きの先を読んで放たれた、連続射出の矢。

 エクスは驚異的な反射神経で立ち直ると、その矢を落とすために氷塊を生み出した。


「この程度……っ」


 だが、ナーリャの矢は氷塊に当たることで軌道を変えて、エクスの右足を貫いた。

 その衝撃によりやや斜めに傾いたエクスの心臓に、二射目の閃光が突き刺さる。


「クッ

 ハハハッ……無駄だと言っただろう!」


 エクスは笑い声を上げると、身体を霧に変える。

 雲のように霧散した身体は暗雲に溶け込み、直ぐに変わらぬ姿となって再生した。

 踊り場からナーリャを見下しながら戦闘しているエクスは、その場から一歩も動いていない。王者の威厳を持ったまま、ただ佇んでいた。


「まだ、まだッ!」


 引き絞られた弦が、番えられた矢を射出する。

 一息に二射、それを二連続で行う先見の技。


「先見二手、二拍双雨にはくそうう!」

「フンッ、甘い」


 降り注ぐ四筋の雨。

 それに対して、エクスは四匹の蝙蝠を放つ。

 腕を振られただけで出現するその蝙蝠は、彼の“眷属”なのだろう。

 その身体に氷雪を纏い、矢を凍らせて弾いた。


 いくら経験や相手の呼吸から先を読んで攻撃しても、知らない技を使われたら防がれる。

 初見の相手には弱いという、先見の弱点だった。

 初見、といっても、共通した“人間”という種族相手には効果があるので、弱点と表現するべきモノではないのかも知れないが。


「はぁぁっ!」


 何度防がれても、ナーリャは止まらない。

 まずは踊り場から叩き落とそうと、限界以上に弦を引き絞る。

 黒帝の骨より削り出された、人知を越えた強度を持つ弓。

 その漆黒の身体が悲鳴を上げるように軋み、番えられた矢を轟音と共に打ち出した。


「先見二手……ッ一撃必中!」

――ドンッ!


 その音は、既に矢を放つ音ではない。

 それはいうなれば大砲……まさしく“城壁攻略用大型弩砲バリスタ”の名を冠するに相応しい威力を宿していた。


「ぐっ……ぬぅ!」


 その強大な一撃は、エクスの左肩を貫き弾けさせる。

 吹き飛ばされてしまえば流石にダメージが残るのか、エクスは身体をぐらつかせた。


「二拍……双雨ッ」

「ちィッ!」


 更に降り注ぐ、矢の雨。

 それがエクスの足下を削り、そしてついに踊り場から引きずり下ろした。

 二人の目線は、これで対等。

 ナーリャは、圧倒的な劣勢状態から、ここまで食らい付いてみせたのだった。


「く、ハハハハッ」


 エクスは無様に転げ落ちたことを気に留めた様子もなく、立ち上がる。

 ついでに激昂させて隙をつくろうとも考えていたナーリャだったが、それほど甘い存在ではなかったのだ。


「大した“激情”じゃないか。

 なよなよとした“普段”の姿勢は仮面か?」


 普段の優しげな風貌とは、比べられないほどの激情。

 戦闘と言うだけでは片付けられない苛烈な姿勢に、エクスは笑ってみせた。


「ククッ

 中々どうして、面白い。

 いいだろう…………“戦い”を始めよう」


 これまでのは、遊びに過ぎなかったのか。

 驚愕を表情に出さないように眉をしかめるナーリャに、エクスはただ笑っていた。

 凄惨に、残酷に、冷徹に、傲慢に……。


「穿て」

「っ!」


 小さく紡がれた言葉に、ナーリャは言いようのない悪寒を感じて右に飛ぶ。

 そしてその経験から判断された回避行動は、この上なく正解だった。


「【雷霆】」


 今までのは、ただ技を“宣言”しているに過ぎなかった。

 魔法ではなくエクス自身の能力だから、詠唱はなくても良い。

 だが、能力を使う力が“魔力”である以上、詠唱をすれば威力が上がる。


 そしてこの一撃は――初めて“詠唱”を用いたモノだった。


 暗雲が、極光を放つ。

 紫電はいつしか銀に輝き、稲妻はいつしか槍に変化する。

 空気を焼く轟音と共に放たれたのは、殺意を纏う銀雷の戦槍ランスだった。


「うぁっ!?」

――ドォンッ!!


 轟音。

 ナーリャの直ぐ横を通り過ぎた稲妻は、銀でできた地面と壁に巨大な爪痕を残した。

 それはまるで、大きな龍がその爪を振るった跡のようにも、見えていた。


「良い勘だ。

 だが、いつまで続くかな?」


 煌びやかな銀光。

 光を放つ“エクスの空間”を前に、ナーリャは震える足に渇を入れる。


 まだ、この戦いは始まったばかりだ。

 こんなところで折れる訳にはいかないと、ナーリャはゆっくりと矢を番えるのだった。

三話前編終了。

次回、早めに後編を投稿し五章の終了としたいと思います。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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