表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
E×I  作者: 鉄箱
第二部 闇を打ち祓いし剣
16/81

四章 第二話 街外れの漁師


 突き抜けるような青空。

 その燦々と輝く太陽の下で、千里とナーリャは呆然と立っていた。


 ナーリャが定期船を見に行っている間に、千里はフィオナを見送った。

 そして、さぁ自分たちもとナーリャに合流したのだ。


 だが、嵐で壊れてしまった船や、リックアルインから帰ってこない船があるため、定員がオーバーしてしまったというのだ。


 街の復興を手伝っていた二人は、これに予約することが出来なかった。

 本来ならば予約など必要ないのだから、予想できることではない。


「どうしよう、ナーリャ」

「どうしようか、千里」


 喉から漏れる声は、消え入りそうなほど弱々しい。

 次の定期船が来るのは、半月後だ。

 それまでに闘技大会の参加枠がどうなっているのかは、わからない。


 二人の旅路は、まだまだ障害が多いようだった。














E×I














 一度宿に戻って、一階のフロアで息を吐く。

 どうにか手段を探さなければならないが、船が乗れなくなるという予想外の事態に、ナーリャは戸惑いを隠せずにいた。


「どうにか、しないと」

「やっぱり私、もうちょっと探してくるよ!」


 千里はそう叫ぶと、勢いよく立ち上がる。

 まだ諦められないし、この程度の困難は、この短い旅路の中で何度もあった。


「この程度で、負けられないもん。

 行こう、ナーリャ!

 ……“諦めるもんか!”だよっ」


 栗色の双眸に、強い意志の炎を宿して千里はナーリャに手を差し伸べる。

 目を瞠るほどの精神的成長を見せる、千里のその力強い姿を見て、ナーリャは己を奮い立たせた。


「うん、そうだね。

 “諦めるもんか”……だね」


 ナーリャは、千里の小さく柔らかな手を掴むと、立ち上がる。

 その細腕からは信じられない筋力と、その可憐な容姿からは想像できない不屈の心。

 これでは、引っ張られてばかりになってしまいそうだと、ナーリャは苦笑した。


「さて、

 それで……どうしようか?」

「どうしようって?」

「うん、

 港に行くのも良いし、聞き込むのも良いし」


 ナーリャは気持ちを切り替えると、すぐに頭を回転させてそう言った。

 顎の手を当てて首を捻る姿からは、先ほどまでの憔悴は感じられない。


「まずは手分けして、情報を集めよう」


 それが最初にすべきことだ。

 そう呟いて、千里に同意を求めた。


「どう?」

「うん!

 ……それじゃあ私は、宿の方へ行ってくる!」

「よし!

 じゃあ僕は、港の方を回ってみるよ!」


 指針が決まると、すぐに別れて走り出す。

 思い立ったが吉日、決定即行動である。











――†――











 ルルイフの波止場は、端から端まで歩いても、半日もかからない。

 これが北西の港街だったら、橋まで歩けば一日かかる。

 ちなみに、北西の港町へ行けば船はあるかも知れないが、大きな街の船は懐へのダメージが桁違いなため、ナーリャ達はその選択肢を考慮することができなかった。


「そうですか……」

「すまねぇな、兄ちゃん」


 肩を落とすナーリャに、貨物船などの船乗りや漁師達は首を横に振った。

 リックアルインまで行くことはできる。だが、リックアルインまで船を出すことが出来る者はいなかった。


 誰も彼も、家族を持ち職を持つ身。

 そんなに長期間、家を空けることが出来ないのだ。


「まぁ、兄ちゃん達には嵐の後片付けも手伝わせちまったしなぁ」


 船乗り達も、口々にそう言って考え込む。

 だが、それで手段が思い浮かぶはずもなく、時間だけが過ぎていった。


「無理なご相談をしてしまい、申し訳ありませんでした。

 なんとか、もっと探してみます!」

「俺たちも仲間内に話しを広げておくよ。

 頑張れよ、兄ちゃん!」


 日に焼けた褐色の肌。

 その胸を大きく叩いて言い放つ姿は、頼りがいのあるものだった。


 船乗り達の好意を嬉しく思いながらも、ナーリャは背を向ける。

 気落ちしてしまうのは仕方がない、とはいえ落ち込んでもいられなかった。

 だから急ごうと、走り出そうとした……その時、後ろから声が響く。


「あっ……。

 お、おいっ兄ちゃん!ちょっと待った!」

「はい?」


 足を止めて振り向く。

 すると、船乗りの一人が思い出したかのように手を打っていた。


「実はな……」


 船乗りから語られた、情報。

 それにナーリャは、目を丸くするのだった。











――†――











 建物の修復や片付けが終わり、街の住民は思い思いに過ごしていた。

 一仕事終えたばかりということもあり、酒屋や食事処などにも人が集まっている。


 ナーリャと別れた千里は、ここで情報収集を行っていた。

 手の空いている人、何か伝手を持っている人。

 とにかく聞き込んで探してみないことには、埒があかない。


「はぁ……」


 そうして駆け回っていたが、成果は芳しくなかった。

 今はとりあえず一休み。食堂で、聞き込みしながらの休憩だ。


「よう、嬢ちゃん。

 兄ちゃんは別行動かい?」

「トールさん……」


 千里にそう声をかけたのは、街の周辺を中心に活動をしている賞金稼ぎの男性だった。

 渋く良く通る声の持ち主で、ナーリャと一緒に瓦礫の撤去をしていた虎頭の青年だ。


 黄色い体毛に黒いライン。

 縦に割れた眼孔と鋭い爪のついた五本の指。

 大きな体躯を包む鉄の鎧と、臀部から伸びる長い尻尾。


 ファンタジーな世界だと理解はしていても、どうにも納得のできない存在だった。


「手の空いた漁師か……。

 ムルミ、誰かいたか?」

「知ってりゃとっくに教えてるよ!」


 虎頭の青年、トールに呼ばれたのは、宿屋の婦人だった。

 彼女は人手を請われて、こうして食堂で働いていたのだ。

 本来は、宿屋の家事をしているのだが、こうしてよく手伝いに出ていた。


 「違いない」と大きく笑うトールに、ムルミは息を吐く。

 昼間から酔っていれば、世話はない。


「自分の縄張りを“キレイ”にすんのを手伝って貰ったんだ。

 なんかしてやりてぇのは山々なんだが……どうしたもんかな」


 トールはそう言いながら、肩を竦める。

 彼も手助けはしたいと思っていて、千里としてもその気持ちは嬉しかった。


「ありがとうございます、トールさん」

「よしてくれ。

 俺はなんにもできちゃいねぇよ」

「それでもですっ」


 強く言い切る千里に、トールは鋭利な牙を覗かせて苦笑した。

 気持ちに押されているようでは、賞金稼ぎ専門の冒険者の、名折れである。


「私、もう一走りしてきます!」


 千里は沈みかけた気持ちを持ち直すように、勢いよく立ち上がった。

 強く握りしめる拳には、前を向く大きな意志が込められている。


 そうして走り去ろうとする、千里。

 その後ろ姿を見ながら、ムルミが小さく呟いた。


「ぁ……。

 そうだ、そういえば」


 その言葉が、強化された聴覚を持つ千里に届く。

 千里は足を止めて振り向くと、顎に手を当てて考え込むムルミを見て首をかしげた。


「いや、そうだよ!」

「なんだよ、ムルミ?大声出して」


 突然声を張り上げたムルミに、トールは不満の声を上げながら三角形の耳を押さえた。

 雷を怖がる猫のようにも見えて、少しだけ可愛らしい仕草だった。


「ラオ爺さんさ!」

「ラオ爺さん……。

 あぁ、そうか!ラオのジジイか!」


 思い出したのか、トールも納得したように頷く。

 そんな二人の様子に、千里は一人取り残されたように感じて、ますます首を捻っていた。


 そして直ぐに話を聞き、奇しくもナーリャと同時刻、同様に目を丸くした。











――†――











 ルルイフの東側。

 海に面した一角に、寂れた家屋があった。

 水で満たされた桶や煙の上がる煙突など、誰かが暮らしている気配はある。

 けれど、肝心の人影は、どこにも見あたらない。


 その家屋の前で、千里とナーリャは顔を見合わせていた。


「ここ、だよね?」

「うん、ここだと思うよ」


 不安げに呟いた千里に、ナーリャは自信なく答える。

 ナーリャの手元には、船乗りたちから預かった紹介状と、トールとムルミから預かった地図があった。


 ナーリャは、とにかく行ってみようと扉をノックする。

 木製の扉は、叩く度に僅かに軋んで危うげだ。


「誰だ」


 奥から響く、野太い声。

 その声は、胸の内に響くような迫力を宿していた。


「紹介状を持ってきました、旅の者です。

 船を出していただけないでしょうか?」


 戸惑う千里の横で、ナーリャがそう声を上げた。

 すると、数拍ほど間を置いて返事が返ってくる。


「入れ」


 意志だけ告げる、短い言葉だった。

 一々重みがあるのは、この声の主に、積み重ねられた経験か。

 なんにせよ、それには妙な圧迫感があった。


「ナーリャ」

「うん」


 千里が顔を上げて、ナーリャの名を呼ぶ。

 ナーリャもまた、千里を一瞥して顔を上げた。

 こんなところで、尻込みしてはいられない。


 扉が軋む音を意識から弾きながら、家の中を覗き込む。

 壁に掛けられた大きな銛、木製の古びた机、その奥で煙管から煙を噴かす人影。


「船を出して欲しい、だったか?」

「は、はい」


 暗がりで輝いているかのように錯覚させる、鋭い群青色の眼光。

 その光に戸惑い、千里はほんの僅かに肩を跳ねさせた。

 ここまで鋭い気配を持つ人物に出会ったのは、この世界に来て初めてのことだった。

 アズイの狂気的な雰囲気よりも、ずっと純粋で、重い。


「僕はナーリャ。

 こっちは、一緒に旅をしている千里です」


 ナーリャは、空気に呑まれかけた自分を持ち直す。

 比べられることではないが、セアックもまた“鋭い雰囲気”の人間だった。

 その様子を見て、千里もまた自身を持ち直した。


「見せてみろ」

「ぁ……、

 は、はい」


 右手が差し出されることにより、差し込む陽光に照らされ全容が顕わになる。

 長い白髪、明るみに出ても鋭さを損なわせない双眸、大柄な体躯。


 そして何より目を惹くのは――――“鉄で出来た”左腕だった。


「チッ……。

 坊主ども、面倒な仕事を押しつけやがって」


 老人は、手紙を読みながら舌を打つ。

 読み終わるとその手紙を机に放り投げて、煙を噴かせた。


「残念だが、諦めろ」

「なっ、

 ……どうしてですかっ!」


 重い気配をはね除けて、千里は大きく声を上げた。

 理由も話されずに無碍に断られて、諦められるほど小さな目的ではない。

 その意志を、千里は双眸に込める。


「どうか、お願いします。

 僕たちを帝国へ、乗せていってください!」


 詰め寄る千里の後ろで、ナーリャは勢いよく頭を下げた。

 そんな二人を、老人は胡乱げに見ていた。


「うん?

 いや……待てよ」


 そうして二人を見ていた老人は、何かに気がついたのか顎に手を当てて呟いた。

 二人の姿、それをじっくりと見て、頷く。


「おまえ達、腕は立つのか?」

「え?

 は、はいっ!」


 ナーリャは、咄嗟に頷いて見せる。

 自分の腕に過剰な自信を持っている訳ではないし、対人戦なども考えれば経験も少ない。

 けれどここは頷いておかなければ、門前払いされるということが容易に解ったのだ。


「え、えーと、

 力には、自信があります!」


 ナーリャに倣って、千里もそう声を上げる。

 その宣言は“女の子”として何かを投げ捨てているようで、千里は内心で落ち込む。

 だが、今は気にするべきではないとその思考を振り払った。現実逃避である。


「……乗せていってやっても、いい」

「ホントですかっ?!」

「ただしッ!」


 千里の歓声は、老人の大きな声に遮られた。

 その迫力有る声に、千里は声を詰まらせる。


「条件がある」

「条件?」


 首をかしげるナーリャに、老人は不敵に笑いながら頷いた。

 何を要求されるのか、流れる沈黙は重い。


「そうだ。

 俺はもう何年も、“海の魔物”と戦っている」


 言いながら、老人は自分の腕を撫でる。

 鋼鉄製の左腕は、さながらフック船長のように見えた。


「俺はこいつを討ち取りたい。

 だが、こいつの周りには沢山の下僕がいる。

 ……あとは、わかるな?」


 海の魔物を討ち取るために、道中の雑魚を蹴散らす。

 言うほど簡単なことではないのは、老人の左腕を見れば一目瞭然だった。


「嫌だったら諦めろ。

 この話は、これで終わりだ」


 口を閉ざす二人に、老人は見向きもせずそう吐き捨てた。

 嫌だったら諦めるしかない。それは、船に乗ることをだけにかけられたモノではない。


 千里にとってそれは……元の世界へ帰ることを諦めることに、他ならなかった。


「ナーリャ、私」

「うん、僕も同じ気持ちだよ」


 俯いて零した千里に、ナーリャは笑顔で頷いた。

 その一言に突き動かされて、千里は薄く微笑む。

 そしてすぐに、二人で真っ直ぐと老人を見た。


「条件を、呑みます」

「船に乗せてくださいっ!」


 そう言って頭を下げる、ナーリャと千里。

 二人の姿に、老人は小さく笑う。


「良い度胸だ。

 俺はラオ、海獣船の漁師だ」


 老人……ラオは、ここに来て始めて名乗った。

 意志が伝わった。だから、こうして受け入れられた。

 そのことに喜びを隠しきれず、二人は笑顔になる。


「出発は明日の早朝。

 遅れたら置いていく。覚悟をしておけ」

「はいッ!」

「はいっ!」


 ラオは二人の目を見て、そう告げる。

 まだ解決した訳ではないが、確実に道は見えてきていた。


 頭を下げて、立ち去る。

 その道中の星空は、過ぎ去った嵐を思い出させないほど、晴れ渡って見えた――。

次回は、もう少し長めになります。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ