三章 第三話 探索×猫×救出×猫
アロイアの街の早朝は、猫以外は静まりかえっている。
まだ日が昇りきっていないせいか、空は群青色で、街は薄暗い。
人の活動時間には早く、猫の活動時間にはちょうどいいこの時間。
千里は、猫のように大きく伸びをして、それから欠伸をした。
「ふわ、ぁ」
大きく口を開けて欠伸をするのは、みっともないと普段なら考えるだろう。
だが、一々隠す余裕もないほど眠いのだ。
目覚まし時計を壊した経験があるほど、千里は朝に弱い。
「大丈夫?」
「らいじょーぶ」
口調がすでに、大丈夫ではない。
足取りもふらふらと危うく、千鳥足だ。
おぼつかない歩きを見ているとどうにも心配になり、ナーリャは苦笑してから千里の手を引いた。
「大丈夫?
意識がはっきりするまでは、こうしているからね」
「うん、ありがほう」
やはり、心配だ。
ナーリャはアレナに言われた“よく見ておけ”の言葉をしっかりと思いだし、それを胸に刻む。千里と繋いでない方の手、右手を強く握って、決意を顕わにした。
「千里は、僕が守るよ」
「う~ん、はいー」
実はナーリャも、疲労からか少しだけ寝ぼけていた。
そのため、数分後には、どうやって移動したのか記憶になく、二人揃って首をかしげることになるのだった……。
E×I
やや太陽が昇り始めて、街に陽光が差し込む。
まだ人が疎らな大通りで、千里とナーリャは依頼の猫の特徴を思い出す。
「お腹に丸い茶色の体毛がある」
「それから、尻尾には赤いリボンが巻かれている」
「目は丸く可愛らしい」
「肉球は柔らかく愛らしい」
ナーリャ、千里の順番で、聞いた情報を纏める。
声に出してみると、自然にリボンが取れてしまった可能性を考えれば、有用な情報は一つだけである。それでいいのか、情報屋。
「ディルさん、
猫好きなんだね」
とりあえずそれは解ったと、千里は深く頷いた。
確かにそれは解ったが、解っても仕方のないことだ。
「ひとまず、
一匹ずつ確かめてみよう」
「うん」
手間はかかるが、それが確実だ。
ナーリャがそう提案すると、千里も真剣に頷く。
石畳の上に転がる毛玉を持ち上げたりするのは、少しだけ楽しみにしていた。
「猫さん、失礼します」
丁寧に祈りを捧げて、それから持ち上げる。
ふわふわの身体に指を通すというもこもこ感に、千里は緩む頬を必死に抑えた。
この柔らかな身体を前に、理性と緊張感を保つのは至難の業だった。
「違う……
よし!なら、次!」
猫に頭を下げて、礼を言う。
猫はそんな千里を気にもせず、自由に伸びたり欠伸をしたりしていた。
小さなピンクの舌がちょろっと出る様子が、妙に可愛い。
「ふぅ……いけないいけない」
かいてもいない額の汗を、腕で強く拭う仕草をする。
平静に、冷静に、と意識するのは、難しそうだった。
「ナーリャ、
そっちは……」
ナーリャの方はどうなっているか確認しようと、千里は後ろを向いた。
そして、石畳に転がる無数の猫、それらを調べるナーリャの姿を見て、口を閉ざした。
まず、真剣な目で猫に祈りを捧げる。
そして、真剣な顔で優しく持ち上げる。優しすぎて、猫がくすぐったそうだ。
猫の腹を鋭い目でじっと見て、茶色ではないことを確認すると、宝物を扱うようにそっと地面に降ろす。
最後に、礼の為にこれまた真剣な表情で、頭を下げた。
「ナーリャ……
そんなに真剣に確認しなくても、良いと思うよ?」
自分の為に真剣になってくれていると思うと、千里はどうにもむず痒いような気持ちになった。嬉しいことは嬉しいが、妙な気分だったのだ。
「ナーリャ!
もっと気軽で良いと思うよー?」
見かねてそう声をかけると、ナーリャは顔を上げて苦笑する。
そして、どこか恥ずかしそうに頬を掻いた。
「なんだか、傷つけちゃいそうで怖いんだ」
柔らかい猫を抱き上げるのに、一々そんな事を考えていた。
もちろん千里も考えてはいるが、そんなに気張らなくても抱えられる。
もこもこの毛玉は、力を入れすぎると猫にダメージが行く前に毛皮が凹んで気がつくことが出来るから、そこまで緊張する必要はないのだ。
「あはは、
えーとね……」
そもそも抱き方が妙だったので、千里はナーリャに教えに行く。
ナーリャの隣りに立って、近くにいた別の猫に祈りを捧げてから、しゃがみ込んだ。
「ほら、ナーリャも」
「う、うん」
戸惑うナーリャに、猫の抱え方を教える。
抱えるように持ち上げて、優しく腕の中に収める。
それをナーリャに見せると、ナーリャは一度頷いて見せた。
「ちょっと、ごめんね」
恐る恐る持ち上げて、手の中に収める。
すると猫は、呻り声一つあげることなく目を閉じた。
「ほら、
ナーリャが優しく持ってくれたから、喜んでるんだよ」
「う、うん。
そっか…………うん」
小さく笑って、猫を撫でる。
朝の光を浴びながら柔らかく笑うその表情に、千里は自身の頬が熱を持ったことを感じた。何故だかは解らないが、胸が温かくなるようなその感覚は、決して不快なモノではなかった。
「探索の続き、しようか」
「うん、そうだね。ナーリャ」
優しく猫を地面に降ろして、頷き合う。
朝の一時は、一日を始める重要なスパイス。
こんな瞬間があるから、その日一日を頑張ることが出来るのだ。
「さて、
まずはこの辺りを全部、回ってみよう」
「うんっ」
石畳を踏みしめると、ブーツのプレートがカツンと鳴る。
やがてその音は重なり、アロイアの朝に響いていった。
――†――
昼時の料理屋で、ナーリャは地図を広げた。
情報誌に付属していたことに、今更ながらに気がついたのだ。
食べている時間も惜しいと言わんばかりに、スープを飲みながら地図を見る。
千里も同様に、パンにかぶりつきながら地図に目を落としていた。
「朝から回り続けてだいたい見たと思う」
「そうだね」
回った部分を、ナーリャが指でなぞる。
それを千里は目で追い、探索した場所を確認していた。
「後調べてないのは……ここになる」
「ここって……」
ナーリャが指で示したのは、地図の中央だった。
一際大きなマークで印された、アロイアの街のシンボル。
アレア=ロイアという女性の名がつけられた建物にして、ギルドの拠点。
「アロイアの塔、だよね?」
「うん。
アロイアの塔、その周辺。
ここはまだ、見ていないよ」
ギルドの周辺は、非常に入り組んでいる。
そのため、迂闊に入ると迷い込む危険性があり、それ故に避けていたのだ。
だが、地図があるのなら話は変わってくる。
いざ迷い込んでも、本当に“危ない場所”に出る前に、戻ってくることが出来る。
「それじゃあ、これからギルドへ?」
「うん。それが良いと思う。
……すみません!会計をお願いします!」
ナーリャが店員を呼び止めて、代金を払う。
銅貨と銀貨と金貨の三種類のお金で、ナーリャが出したのは銅貨数枚だった。
「さ、行こう」
「うんっ」
席を立って、早速ギルドの周辺に向かう。
人通りが多い時間のためごく自然に手を繋いでいるが、照れているのは千里だけだ。
千里はそのことが妙に気に入らなくて、顔を赤くしながらも頬を膨らませていた。
――†――
ギルドの周辺は、高い塔の影響で、太陽の方向によっては薄暗くなる。
この辺りは特に人通りがある訳ではないが、沢山の猫が集まっているため、どこか賑やかに感じられた。
「これだけいても、ダメかぁ」
その周辺に集まる全ての猫を調べ終わり、千里は息を吐いて肩を落とす。
視線を落としてみればそこにも猫がいて、ぐらつく千里の心を支えてくれた。
まだ頑張ろう、まだ頑張れる。
そう決意して、顔を上げる。
すると、先ほどまで肩を落としていた自分を心配そうに見る、ナーリャの姿があった。
「……大丈夫だよ」
「でも」
「大丈夫、だから、ありがとう」
また、心配をかけてしまった。
その事実が、千里の心を締め付ける。
胸を強く掴む、罪悪感と後悔を、千里は一生懸命振り払う。
負けるもんか、諦めるもんかと、自分に言い聞かせた。
「はぁ……。
心配かけちゃダメだ。
なんて、思ってる?」
「えっ?」
どうして解ったのかと、千里は顔を上げる。
その先にあったナーリャの顔は、呆れているようで、千里は少しだけ腹が立った。
「あのさ、僕はやりたくてやってるんだよ?
――――“友達”を支えてあげたい、心配したいって思うのは、ダメなこと?」
夜空を見上げて笑い合った“あの日”から、二人は“友達”になった。
その言葉は、その絆は、嘘だったのかとナーリャは問いかける。
「ううん、そんなこと、ない。
でも、でもさ……だったら私だけ迷惑をかけるのは、イヤだっ」
いつも、ナーリャは千里を助けてくれた。
笑って手を差し伸べてくれた。
優し、包んでくれた。
「私もナーリャを助けたい。
私も、ナーリャの力になりたいよ!」
黒のスカートの裾を、両手で強く握りしめる。
目の端に涙を溜めて、千里は抑え込んでいた感情を、吐露した。
「千里……」
「私は、頼りないかも知れないけどっ
“友達”を助けたいって、頼られたいって思う。
助けて貰いっぱなしで心配だけかけるなんて、できないよっ!」
目尻に溜まった涙は、熱い雫となって頬を伝う。
やがてそれは太陽の光を呑み込んで、光の粒となって石畳に染み込んだ。
その涙を、ナーリャは指で拭う。
「千里は、泣いてばかりだね」
「だれの、せいでっ」
呂律が回らず、曖昧な発音で声が出る。
時々喉の奥からしゃくり上げて、ただ、自分で拭うことなく涙を流し続けていた。
「あぁ、僕のせいだね。
うん、僕のせいだ」
そう言うナーリャの顔は、千里が見たどんな表情よりも“穏やか”なものだった。
千里の涙を左手の指で拭いながら、右手で髪を梳かす。
手に絡まる柔らかい茶色の髪を一房掬い上げて、指の間から流すように落とした。
「僕はね、千里。
ずいぶんと、千里に助けられているんだよ?」
「ふ、ぇ?」
涙を拭いながら呟いたナーリャに、千里は顔を上げて見た。
穏やかで優しい表情。ナーリャという少年の、顔。
「爺ちゃんがいなくなって、僕は一人村に残された。
爺ちゃんが僕の目標で、僕の憧れで、僕の記憶で、僕の全てだった」
自分は“からっぽ”だと気がついた、何も持たない“少年”が、その心を埋めるのには沢山のものが必要だった。
ただ混乱し、ただ無感情に生きた半年。
寡黙で無表情な養い人の優しさに触れ、家族となるまでの時間。
それが大切だと思ったから、ナーリャはセアックに、それを返したいと思っていた。
「でも、爺ちゃんはいなくなった。
寿命を迎える前に、せめて一矢って、森へ行ったきり」
追いすがり、気絶させられ、起きたら血塗れの“家族”に全てを託された。
村に住むための家、生活していくための財産、色褪せるだけで増えはしない思い出。
「爺ちゃんが生きて欲しいと願ったから、僕は生きていた。
でもやっぱり、爺ちゃんと同じ状況になったら、僕は森の主に挑んでいたと思う。
ううん……絶対に挑んで、一矢報いて、命を落としていた。
それでいいって、それで漸く爺ちゃんに会えるんだって、思ってた」
震える声、波打つ音。
ナーリャが誰にも打ち明けずに、胸の中にしまっていた感情。
早くセアックに会いたくて、ただそれだけで“諦めた”想い。
「ナーリャ」
「でも、でもさ。
そうしたら、千里に会えたんだ。
始めて、生きていたいって、
生きて一緒に笑い合いたいって思える人と出会えたんだ」
ナーリャは、千里の肩を掴む。
そして、千里と視線を合わせた。
「千里は僕の
――――命の、恩人なんだ」
だから、ありがとう。
そう、虚空に溶かして、千里へ響かせる。
「うんっ、うん!
うん――――ありがとう、ありが、とうっ、ナーリャ!」
生きていてくれて、“待って”いてくれて、ありがとう。
千里はナーリャにしがみついて、涙を流す。
ナーリャもそんな千里を抱き締めながら、ただ一筋の涙をこぼした。
「ありがとう。
僕の前に現われてくれて、ありがとう、千里」
互いに名前を呼ぶ声が、広がっていく。
不安で躓きそうになった互いの心を、癒していく。
頑張れる、頑張り合える。
そんな想いが二人を満たし、やがて溢れて笑顔に変えた。
「ありがとう――――ナーリャ」
「ありがとう――――千里」
塔の影から零れた陽光を、身に受ける。
すると、石畳に二人の影が、長く伸びた。
その影の中。
中心部分から、抱き合う二人に声が届く。
『なぁーご』
「え?」
「へ?」
見れば、そこには猫がいた。
白いもこもことした毛皮の、丸い猫だ。
『なぁ』
猫は一声を鳴くと、踵を返す。
そして、ゆくっくりと歩き始めた。
「ついて来いって、ことだよね?」
「ねぇ、ナーリャ、行ってみよう!」
「うん!」
二人は自然な動きで身体を離すと、慌てて猫を追いかける。
その顔は、耳まで真っ赤になっていた――――。
――†――
路地の細い道を、猫は軽やかに進んでいく。
毛玉が飛び跳ねているような様子に、心を和ませている余裕はない。
ディルの下に辿り着いた時とは比べものにもならないほど、速いのだ。
「は、速いよ猫さんっ」
足を縺れさせないように注意しながら、必死に走る。
外見的特徴が他の猫たちと変わらないため、一度でも目を離せば紛れて解らなくなってしまうだろう。
だからとにかく、追いすがる。
途中で人にぶつかることがないのは、猫の通り道だからなのだろう。
それだけは、ありがたかった。この速度でぶつかったら、相当危ない。
「わわわっ、と!」
猫が進路を直角に変える。
それを追いかけるために、千里は足の裏を使ってブレーキをかけた。
砂埃が舞い上がり、石畳に罅が入る。その反動で、千里は一気に曲がった。
「えぇっ!?」
だが、ナーリャはそうはいかなかった。
曲がった千里を追いかけようとするが、石畳に罅が入るほどの脚力はない。
砂埃を舞い上げてブレーキをかけるが、それだけでは弱く、地面にスライディングする形で転んだ。
「うわっ!
……つぅ」
転んだ際に打ち付けた背中。
その微妙な痛みに呻きながら、ナーリャはなんとか立ち上がった。
「見失った、かな?」
外套についた土をはたき落としながら、駆け足で千里が曲がった角へ行く。
丁度塔の裏に当たる位置なのか、他のところに比べてずいぶんと暗い場所だった。
その暗がりの中心で、千里は未だ佇んでいた。
じっと斜め下を見ているだけで、動こうとはしない。
「千里?」
「ナーリャ、ちょっと見て」
千里にそう言われて、ナーリャはその視線を追いかける。
壁の下、壁と石畳の中間地点には、不自然に挟まるピンクのリボンがあった。
「これって、まさか」
「ここで、あの猫さんがいなくなったんだ」
ナーリャは片膝をつくと、そのリボンに手を触れる。
引っ張ってみても抜けそうにないことから、隙間に偶然入ってしまったという選択肢を捨てた。
「どこかに、なにか……
うん?これは?」
壁を触って確かめるナーリャの様子を、千里はただじっと見ていた。
ナーリャはその視線を受けている間も真剣に手がかりを探し、やがて何かを見つけて手を止める。
「どうしたの?ナーリャ」
「千里……
これ、ちょっと見て」
ナーリャが指で示した方向を、じっと見る。
千里の膝ほどの高さ、その部分の壁に、不自然な凹みが見えた。
ナーリャはその部分に指をかけると、壁を剥がした。
「剥がれればいいなって思っただけなんだけど」
「剥がれちゃった、ね」
剥がれた壁の中。
そこには、フックのようなものがあった。
ナーリャはそれを試しに引いてみるが、ぴくりとも動かない。
「ふぅ。
たぶん、大人の男四~五人で引っ張る、スイッチみたいなものだと――」
「――えいっ」
――ガシンッ
ナーリャが説明している最中に、千里は何となく引いてみた。
するとフックは、あっさりと引かれた。
「あれ?」
「ふぇ?」
強化された筋力は、なんの障害もなくフックを引き出す。
千里にとってはマーマレードの蓋くらい固かったのだが、それでも動いた。
――ズ、ズズズズ
すると、壁がゆっくりと持ち上がる。
リボンが挟まれていた場所を中心に、ぽっかりと口を開けた門。
それは、この街に隠された“ギミック”だった。
「開いちゃった、ね」
「開くんだ、ね」
放心して呟く千里に、ナーリャは呆然とした様子で頷いた。
どこか気まずい雰囲気が流れて、両者とも言葉に詰まる。
「い、行こう!ナーリャ!」
「そ、そうだね!千里!」
そうして二人は、結局“無かったこと”にして、先に進むのだった。
――†――
門を潜り抜けると階段があり、そこを進むと地下道になっていた。
暗くじめじめとしたその地下道を、夜道を歩くことに慣れたナーリャが先導する。
「アレア=ロイアを愛した男の、遊び心。
そんな伝承が、この街にはあるんだ」
その道中で、ナーリャが語る。
静かな声だが、あまり広くない地下道の壁に反射して、不思議と深い声に聞こえていた。
「噴水の下、塔の頂上、街の狭間。
様々な伝承があって、実際にギルドが管理をしている塔の頂上には、ギミックがある」
確証があったから、街の人々はそんなモノが他にないか、好奇心で探していた。
だが、それはついに、見つからなかったのだという。
「でもまさか、
こんなところにこんな道があったなんて……」
「しかも……
使用の形跡のある、だよね?」
「……うん、そうなんだ」
そう、どうにも、頻繁に開けられた様子が見て取れたのだ。
つまりこの場所は、誰かが何度も行き来をしている可能性があった。
ナーリャ達が普段よりも声を抑えているのは、“先客”への対策だった。
「千里」
そうして歩いていると、ナーリャが小さく、千里の名を呼んだ。
千里はそれに頷くと、ナーリャの後ろに無言で立つ。
ナーリャが足を止め視線を向けたその先。
地下道の角を曲がったその先から、声が響いていた。
「はっはっはっ!
これだけ集まればもう良いだろう」
少し高めの、男の声だった。
ナーリャは感づかれないように気配を消して、角から身体を覗かせる。
地下道の中でも、特に大きな一室。
そこでは、七人の男達が、ランプを中心に酒を飲んでいた。
その周辺、そこには――――檻に入った、猫たちの姿があった。
「ナーリャ……これって」
「うん、たぶんだけど、
――――“密売”だと思う」
国に保護指定されている動物だからこそ、求める他国の声は消すことが出来ない。
一体どんな秘密があるのかと騒ぐ連中と、希少動物を集めるためには何でもするという、金持ちの“マニア”が、なにかと欲しがる動物だった。
「あとはこのまま、
帝国にでも売りさばいて」
「そのままこの国ともおさらばだぜ!」
男達は、口々に自分の欲求を吐き出す。
良い家に住んで、一日中だらだらと怠けて過ごす。
良い物を食べて、一年中だらだらと遊んで過ごす。
そのためなら、猫の十や二十はどうでも良い、犯罪も犯せるという言葉だった。
「ナーリャ、あれ」
「うん?
あれは……」
千里の示した方向を見る。
男の一人が、檻から出ようとしていた猫を、おもむろに持ち上げた。
そのまま鞠玉のようにちょっと投げてみるなどして、暇を潰している。
幸い猫は悲鳴を上げることなく身を任せているが、不意に力が入りすぎたら大変だ。
その回転しながら投げられている猫の、腹。
そこには……茶色く丸い、模様があった。
「おっと」
その模様に驚いていた二人を余所に、男は次の行動に出る。
猫を台の上に置くと、その猫に向かってダーツを構えた。
男が暇つぶしのために遊んでいた物なのだろうが、いくら毛玉っぽいとはいえ怪我をする。
「おい、売り物に傷つけるんじゃねぇ!」
「大丈夫だって、ザーク」
ザークと呼ばれたのは、黒のターバンを巻いた赤毛の男だった。
天然パーマの髪とナーリャよりも少し低い身長の、青年だ。
「そうッスよ!
アニキのいうとおりだッス」
「オレモ、ソウ思ウ」
それに同意したのは、二人の男だった。
黄色い髪に黒のターバンを巻いた、出っ歯の青年。
青年とはいったが、背が低いため正確な年は解らない。
もう一人は、黒のターバンに灰色の髪の青年。
こちらはかなり大柄な体格で、三白眼とカタコトの口調が特徴的だ。
「タークにオンクか。
チッ、解ったよ」
男はそう言うと、振り上げた手を下ろす。
……ように見せかけて、ザーク達の視線が外れた一瞬を狙ってダーツを投げた。
大人しく丸くなる猫に放たれた、一迅の凶器。
その鋭い針がランプの火に照らされ、猫の脇腹に向かって一直線に突き進む。
「ははっ、命中……」
まだ届く前に放たれた、男の言葉。
その言葉が全て紡がれる前に――――ダーツが“弾け”飛んだ。
「“イル=リウラス|≪光より顕れる者≫”」
視界を埋め尽くすほどの極光。
黄金に煌めく陽光の剣が、ダーツを粉々にする勢いではじき飛ばした。
「な、何事だ!」
その音を聞きつけて、奥の小部屋で待機していた三人の男が出てきた。
焦りから構えたその剣は、ヘタをすれば猫に当たってしまうだろう。
だからその刃を……矢で、弾く。
「先見二手、二射必中」
放たれた矢が、二人の男の剣のみを弾き飛ばす。
その光景に困惑するもう一人の男の剣も、続いて放たれた矢が叩き落とした。
その方向に、猫はいない。
「街に幸せを運んでくれる、
こんな可愛らしい猫さんに、なんてことを!」
怒りを隠そうともしない、千里の声。
猫のピンチにたまらず飛び出た千里の後ろから、ナーリャも出てくる。
その手には、新しい矢が番えられていた。
「チィッ!
こんなところで、生涯を盗んだ猫と戯れるって生活を、捨てられるかァ!」
ザークは、どさくさに紛れて目的を叫んだ。
ここで叫んでおかなければもう二度と言えないような、そんな気がしたのだ。
「理よ、悪を絶て。
――――全員、反省しなさいっ!」
ザークに向かって、ナーリャが弓を構えた。
だがその前に、大きく振り上げられた光の剣が、視界を覆う。
両手の力、その全てを使って放たれた振り降ろしの一撃は、ザークの身体を通り過ぎてなお、黄金の軌跡を空間に刻みつけていた。
「ア、アニキ――ッ!?」
「ザークッ!?」
それだけでは、終わらない。
返す刃で近くにいたダーツの男を切り捨てると、その切っ先をタークたちに向けた。
その黄金の刃に肌が粟立つ感覚を覚えて、タークとオンクは冷や汗を流す。
「――成敗」
「ひっ」
踏み込みの一歩。
ただその一歩で、五メートルほどの間合いが消滅した。
石畳を削るほどの踏み込みに驚愕する中、薙ぎ払いと返しの刃が、二人の膝を折った。
「お、おい逃げッ」
――タタンッ
「ひぅっ」
逃げようとした、三人の男。
その足下に、矢が刺さる。
「そこに――――直りなさいっ!!」
「ひ、ひぃぃぃっっっ」
「た、助け」
「あばばばばっ」
逃げる男の背中を斬り、腰を抜かした男の胸を突き、最後の足掻きで殴りかかろうとした男を、返す刃で振り返りながら切り捨てた。
「僕、出る幕無かったかも」
悪意の抜けきった男達。
その死屍累々の頂点で佇む千里を見て、ナーリャは顔を引きつらせながら呟いた。
「ふぅ、これにて、幕っと」
そして千里は、さりげなくノリノリだった。
何にしても、猫誘拐事件と猫探索。
その二つが同時に片付いたことに、ナーリャは大きく息を吐いて、安堵した。
第三話を、お送りしました。
次回で三章は終了です。
ご意見ご感想ご評価のほど、随時お待ちしております。
気に入っていただけましたら、拍手の方も是非ご利用ください。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次話もどうぞ、よろしくお願いします。