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E×I  作者: 鉄箱
第一部 光より顕れる者
12/81

三章 第二話 路地裏の情報屋


 石畳を歩く音。

 一歩一歩が大きく反響し、広い部屋に響く。


 ごつごつとした手が、暗闇の中で浮かび上がると、その手に持たれたマッチの炎がランプに火を点けた。


 そこで漸く、男の人数が解る。

 ランプを持つ男を先導に、合計七人ほどの男達。

 男達は思い思いに、照らされた室内の硬い椅子に座る。


「準備は万端、だな」

「当然だ」


 どこか緊張の孕んだ声に、低い声が答える。

 淀みなく返事をするその男の態度に、訪ねた男は息を吐いて安堵した。


 そして、喉が渇いたのか、部屋の樽に近づいて手杓で水を飲む。

 からからに渇いた舌と喉を潤わす水に、男は喉を鳴らす音で歓喜を表した。


「もうすぐ、目的が達成される。

 くくくっ――――そうだ、もうすぐそこだ」


 歓喜と興奮の入り交じった、声だった。

 反響する笑い声は仲間達に伝染し、いつしか部屋は欲望の音で満ちていった。


「ふ、ふふふ

 ふはははははっ……げほっげほっ」

「あぁ、アニキ!」


 ランプを持っていた男が笑いだし、そして咽せる。

 その男を、小柄な男が支えて、灰色の髪の大柄な男が背中をさすった。


「す、すまねぇ、

 とにかく!目的はすぐそこだ!」

「お、おう!」

「アマリ、無理ハスルナ」


 その三人の様子を、他の四人は胡乱げな表情で見る。

 だが、彼らも“目的”がある以上、見捨てる訳にも行かなかった。


 ランプに灯された火が、風もないのに小さく揺らいぐ――。














E×I














 裏路地を、歩く。

 乾燥した雨のような臭いが鼻をつき、千里は小さく眉を寄せた。

 壁を伝う水滴が落ちて、小さな水たまりを作る。

 そこに足を踏み出すと、高い音を立てて水が跳ねた。


「うーん、

 見つからないね、ナーリャ」

「そうだね……。

 暗くなるまでは、探してみようか」

「うん」


 刻一刻と過ぎていく時間。

 焦りはあるが、焦っても仕方がないという事は、解っていた。

 とにかく探すしかないため、千里は水を跳ねさせながら進んでいく。


「ちょっと、

 じめっとしてるね」

「そうだね。

 雨でも降ったのかな?」


 取り留めもない会話を交しながら、奥へ奥へと進む。

 建物の背が高くなればなるほど、千里達に降り注ぐ陽光は、薄くなる。


 闇の中は不安なものだが、友達ナーリャの色だと思えば、千里は前に進めた。


「おい、兄ちゃん」


 不穏な声が響き、千里とナーリャは足を止める。

 ナーリャは振り向きながら、千里を背に庇うように、一歩前に出た。


「金目の物と腰の得物、置いていけ」

「その嬢ちゃんも置いていってくれんなら、

 命まではとらねぇぞー?」


 大きな剣をちらつかせる、男達。

 人数は五人で、全員がっしりとした体つきだ。


「置いていくものは無いよ」

「あぁ?」


 剣を抜き、その切っ先をナーリャに向ける。

 だが、森で命を賭けてきたナーリャに、そんな“安い”脅しは通用しなかった。


「そんなら、その命、

 ……置いていけやッ!」


 まっすぐ振り下ろされる、銀の刃。

 差し込む光を受けてきらりと輝くその刃は、鈍く遅い。

 ナーリャはクリフから貰った短剣を引き抜くと、その柄頭で剣の腹を叩き、剣筋を逸らした。


「ふッ!」

――ズンッ!


 そして、一息。

 強く息を吐いて、千里が前に出る。

 風を切る音が空気を震わせ、石畳を割る音が男達を震えさせる。

 男の横を通り過ぎた巨大な剣は、恐怖の象徴の様であるにもかかわらず、白く清純に輝いていた。


「痛みが欲しいなら、相手するよ」

「オススメはしないけどね」


 千里が剣を振り上げて、ナーリャが短剣を構える。

 その戦い慣れした雰囲気に、男達はひゅっと高い音を、喉から零した。


「に、逃げるぞ!」

「ちぃっ、なんだこいつらッ」


 慌てて逃げ出していく男達。

 その姿を真剣な顔で見送り、やがて二人は大きく息を吐いた。


「何組目だっけ?」

「四組め、かな」


 そう、こうして“カツアゲ”を撃退するのも、もう四回目だった。

 暗がりからやってきては、ああして脅して、結局逃げていく。

 誰も彼もが同じパターンだったので、最初は困惑していた千里も慣れてきていた。


「早く見つけたいのに」

「そうだね、

 何か手がかりでもあればいいんだけど」


 肩を落として息を吐く千里に、ナーリャも同意の首肯をする。

 そろそろ気温も下がってきて、肌寒くなる時間帯だ。

 空が赤紫色に染まりつつあるからこそ、早く探し出したかった。


「はぁ……、

 あ、こんなところにも」


 荒みつつある心を癒すのは、路地裏で丸くなる猫だった。

 丸くなるといっても、足を折りたたんでいるだけで、視覚的にはいつも丸いが。


「猫さん猫さん、

 なにか知りませんか?」


 千里は胸に握り拳を当てて、猫に訊ねる。

 藁にも縋る気持ちではあるが、本気で猫に訊ねようと思っている訳ではない。

 ただ、癒されたかったのだ。


『なぁーご』


 低い声で、猫が鳴く。

 立ち上がり千里の目をじっと見たと思うと、猫は踵を返して歩き始めた。


「ついてこいって、こと?」

「千里?どうしたの?」


 どうにか効率の良い方法はないか。

 そう考えを巡らせていたナーリャは、ここで漸く千里の様子に気がついた。

 千里はふらふらと立ち上がると、そのまま猫についていく。


「ナーリャも、ほら!」

「え?え、と?」


 猫を追いかける千里を、ナーリャが追いかける。

 猫は二人が追いかけ始めると、それを待っていたかのようにスピードを上げた。


「わわ、速い!」

「ち、千里っ」


 短い足なのに、風のように駆ける猫。

 千里はそのもこもこな後ろ姿を見失わないように、こちらにきてから上がった身体能力を駆使して追いかけ始めた。


「よっ、と!」


 塀に昇れば飛び移り、穴を潜れば一緒に潜る。

 邪魔をする大剣に四苦八苦しながら、千里は必死で追いすがった。

 当然、ナーリャも一緒に、だ。


「と、止まった!」


 猫は、異国の文字で書かれた看板の前で止まった。

 それに合わせて、千里も足を止める。焦りも一緒にあったせいか、息が切れていた。


「ここに案内したかったの?猫さん」

「ど、どうしたの?千里」


 追いついてきたナーリャは、千里よりも軽めだが、息を切らしていた。

 千里と猫を見て首をかしげ、猫が見る方向にある看板を見て……目を瞠る。


「情報屋……

 ディルの店」


 情報屋。

 その単語が、驚きとともに吐き出された。

 千里もその言葉を聞いて、慌てて顔を上げて見る。


「ここが、情報屋?」

「とにかく、入ってみよう」

「う、うん」


 混乱はするが、しかし良い結果には違いない。

 千里は案内をしてくれた猫に礼を言おうと振り向くが、そこにはなにもいなかった。


「千里?」

「う、ううん。

 なんでもないよ、ナーリャ」


 古びた木製のドアを潜りながら、千里は霞のように消えた猫のことを、一時的に頭から追い出した。


 帰ることが出来るか、否か。

 その瀬戸際に、挑むために。











――†――











 木造の建物の、独特な臭い。

 それが煙草の香りと混ざり合って、奇妙な空気を生み出していた。

 歩く度に軋む板張りの床に、千里はほんのり体重を気にする。


「ちょっと、

 太ったかな?」

「……剣、じゃないかな?」

「あっ」


 小さく呟いた言葉は、しっかりとナーリャの耳に届いていた。

 その上で尤もなことを言われて、千里は頬を赤くする。

 そういえば大剣を担いでいて、更に言えば重厚な鎧を着ているのだ。

 重くならない、はずがない。


「なんだ、おまえたち」


 聞こえてきた渋い声に、千里は顔を上げる。

 山のように積まれた本の中、一人佇む老人の姿。

 老人は目に当てた銀のモノクルを、皺の寄った手で外す。

 そして、やや鋭く眉根を上げて、散らばった本の革表紙と同じ色の、茶色の瞳を千里達に向けた。


「あの、欲しい情報があるんですっ」


 気が逸り、千里は思わず声を張る。

 その声が耳に響いたのか、老人は煩わしそうに眉を寄せた。


「あ、

 ご、ごめんなさい」


 千里はすぐに気がついて、頭を下げる。

 その横で、ナーリャも一緒に頭を下げた。


「お願いします、

 情報を、僕たちに売ってください」


 誠心誠意の込められた礼から、老人は鼻を鳴らして目を逸らした。

 手元にある分厚い本を読み進めるために、再びモノクルをかけて、呟く。


「ふんっ……

 何の情報を、求める?」


 それは、仕事を引き受けることの、確認だろう。

 千里とナーリャは勢いよく顔を上げて目を合わせると、満面の笑みで頷いた。

 そしてすぐに、その表情を真剣なモノに、切り替える。


「“流れ人”の、情報です」


 千里が、はっきりとした口調でそう告げる。

 自分の意志を、本気の心を、伝えておきたかった。


「ほう?

 ――あることはあるが、条件がある」


 流れ人と聞いて、老人は少しだけ眉を上げた。

 情報屋は、偽りの情報は流さない。

 それは例えモグリであろうと変わらない共通の“誇り”だからこそ、老人の言葉は信用することが出来た。


「条件、ですか?」

「教えてください!

 どんな条件なんですか?!」


 千里はそう、必死に声を出す。

 思い浮かべるのは、家族と友達……元の世界の、大切な人達の顔だった。


「簡単だ。

 シーラ探しをして貰いたい」

「猫探し?」


 老人は、聞き返した千里の声に頷く。

 その仕草は緩りとしたもので、どこか惰性的なように思えた。


「ここに通っていた猫が、最近来なくてな。

 安否だけでも確かめて貰いたい。

 嫌がるようでなければ、連れてきて欲しい。どうだ?」


 連れてこられなかったが、元気にしていた。

 そう言ってしまえば、すぐに完遂できる依頼だった。

 老人は、誰にでもそんな“簡単”な対価を要求する訳ではない。

 人を“見て”選ぶのだ。誠実そうな人間だから、イカサマはしないという見込みだった。


 こうして、欲しい物の対価を要求し、それを完遂させた者に情報を与える。

 その過程を大切にしているから、彼は金銭で取引されるギルドには、所属しないのだ。


「その猫の特徴を、教えて貰えますか!」


 千里がそう、再び声を上げる。

 それは依頼の受諾願いだった。


「では、契約成立だな。

 俺は情報屋のディルだ。

 今から猫の特徴を言うから、よく聞いておけ」

「はい!あ、私は千里です!

 こっちはナーリャ、友達です!」


 千里に圧され気味ではあるが、ナーリャもしっかりと頭を下げた。

 そして、二人揃って、真剣な顔で耳を傾ける。

 依頼を達成させて、情報を得る。

 そのために、二人は真摯な気持ちを向けていた。


「うむ、特徴だが、まずは……」


 老人――ディルは、猫の特徴を言いつのる。

 それを、ナーリャと千里はしっかりと、記憶するのだった。











――†――











 夜の街は、流石に危ない。

 そのため、千里とナーリャは翌日から探索を始めることになった。


 そこで今日は、ひとまず大通りへ、夕飯を食べに出た。


「えーと、

 千里は、どんなものが食べたい?」


 ギルドに置いてあった、街の情報誌に目を通す。

 千里はこの世界の文字が読めないので、ナーリャに要望を言う形になっていた。


「えーとね……

 って、ナーリャはなにか食べたい物、無いの?」


 人差し指を唇に当てて、少し考える。

 だがすぐに、ナーリャが自分の希望を言っていないことに気がついた。

 何から何までしてもらうのは申し訳なく、同時に性に合わないのだ。


「うーん……。

 港が近い街だから、魚が食べたいかな」

「お魚!

 いいよね、お魚!」


 ナーリャの希望に、千里は目を輝かせて手を合わせた。

 ナーリャの食べたいものと自分の食べたいものが重なったのだ。

 少しはしゃいでしまうのも、仕方がないことだろう。


「それじゃあ、

 うん、ここからだと、南東スルアルへ少し歩けば良いみたいだ」


 情報誌に載った地理情報を見ながら、ナーリャはそう言った。

 顎に手を当てて距離を考え、思っていたより近くだったことに、笑顔で頷く。


「ねぇねぇ、

 この辺りでオススメのお魚料理は?」

「ムニエルがすっごく美味しいみたいだ。

 ここに書いてある」

「ムニエルかぁ……ふふふ」


 今から味を思い浮かべて、千里はだらしのない顔で笑う。

 ナーリャは、千里のその笑顔を見て、嬉しそうに笑った。


「うん?

 どうしたの、ナーリャ?」

「あぁ、いや。

 ……もう、無理はしてないみたいだったから」


 無理に作った笑顔。

 不安を押し殺したその表情を、ナーリャは見抜いていた。

 そして、見抜いていながら何も出来なかった自分に、歯がみしていたのだ。


「あ――

 うん、ありがとう。ナーリャ」

「僕は何もしてないよ。

 千里が自分で、持ち直したんだから」


 異世界に来た不安。

 その不安を打ち明けたのは、この世界で目を覚ました時のみ。

 自然に零れてしまうことはあっても、千里は誰かに当たったりもせずに、耐えていた。

 その強い心を、ナーリャは素直に尊敬していた。


「ううん。

 私一人じゃ、やっぱりダメになってた。

 ここまで頑張れたのは、ナーリャがいてくれたおかげだよ」


 ナーリャは、いつも千里を守っていた。

 初めてできた、年の近い友人。

 守りたいと思った、小さな少女。


 その優しい心に、千里は“守られて”いた。


「だから――ありがとう」

「うん――それなら僕も、ありがとう」


 料理屋に向かう道で、二人は同時に空を見た。

 星が爛々と輝く夜空は、宝石箱のように美しい。

 その夜空を心に染み渡らせながら、ほとんど同時に小さく笑った。


「人が混んできたね」


 道が広くなるにつれ、人が増え出す。

 千里の住んでいた都会よりもずっと狭い道は、少し人が増えただけで前が見えなくなった。


「それなら、

 危ないから――――はい」


 そう言って差し出された、ナーリャの手。

 その大きな手のひらに、千里はそっと手を重ねた。


 千里よりもずっと冷たい、右手。

 その右手を温めるように、千里はほんの少しだけ強く握る。

 この感謝の心が、繋がった手のひらから伝われば、きっと素敵だ。

 そう思って、手を握る。


 小さく繋がった二人の影は、夜のアロイアにぼんやりと浮かんでいた。


第二話を、お送りましました。

次回は少し長めです。


ご意見ご感想のほど、随時お待ちしております。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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