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E×I  作者: 鉄箱
第一部 光より顕れる者
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二章 第五話 宿場街アロイア


 あの後、しばらくして憲兵が到着し、盗賊たちは連れて行かれた。

 彼らに待つのは、永遠に続く強制労働だ。


 そうして村に帰った千里は、なにも追求されないことに首を捻っていた。


「ふふ、気になる?」


 そんな千里に声をかけたのは、まだ目が赤いアレナだった。

 気になりはするのだが、聞くのが怖い。

 そんな感情にぐらついて、千里は目を伏せた。


「答えは簡単!

 ――――“仲間”だから」

「え――?」


 仲間だから。

 苦楽をともにした、“仲間”だから、助けてくれた“力”を追求したりはしない。


「ま、余所ではちゃんと、

 “光の魔法”で通すんだよ?」

「ぁ……うん。

 うんっ、ありがとう!アレナ」


 アレナの言葉に、千里は何度も頷く。

 次の街で別れてしまう、短い旅路。

 だがそれでも、この時、彼女たちは確かに“仲間”だったのだ。


 遠く離れた地へ行こうが、それは変わらない。


 そう――――不変の“絆”だった。














E×I














 盗賊を倒した翌日。

 早朝から、千里達は村を出ることになった。

 村から恩赦を貰い、次の街へ移動するファング達の馬車に、一緒に乗せて貰えることになったのだ。


「でも、いいの?

 アロイアまで送ってくれる、って」


 千里が、隣に座るアレナに、恐る恐る訊ねた。

 馬車で酔ったことが根強く残っているのか、千里は借りてきた猫のように大人しい。


「そんなこと気にしなくて良いわよ。

 私たちの向かう街と方向は変わらないし、

 なにより、私たちが“こう”したくてしているんだから」


 快活に笑うアレナの様子に、千里も笑みを返す。

 手助けがしたくて、しているのだ。

 そう言われると、どこか照れくさい。


「それで、チサト」

「なに?」


 わざわざ一拍おいて声をかけるアレナに、千里は首をかしげる。

 なんだろうと疑問に思い、やがてアレナの視線の先を見て、顔を引きつらせた。


「なーんか二人とも、

 距離が近くなってなーい?」


 そして案の定、アレナの指摘はナーリャとのことだった。

 確かに距離は近くなった。

 だがそれは、仲間の“絆”の大切さが身に染みて、信頼が強くなったというだけのことだ。と、千里は思っていた。


「友達で――“仲間”だからね」


 だから千里は、胸を張る。

 疚しいことはないと、胸を張って笑って見せた。


「ふふ、

 そっか、うん」


 その千里の答えに、アレナは優しく笑う。

 自分たちの思いが、接している内に広がっていた。

 それがなんだか、嬉しくて、小さな笑みを零していた。


「おーい、

 昼休憩にするぞ」

「はーい」


 御者台から聞こえてきた、クリフの声。

 その声にアレナは返事をして、千里の手を引く。


「さ、いったん降りましょ」

「うんっ」


 馬車から降りて、草を踏む。

 昼食の調達と馬の休憩のために、一休みだ。


「さて、と。

 昼食に何か取ってくるよ」

「あ、ナーリャ!

 私も一緒に行っても、良い?」


 ナーリャが狩りをしているところを、千里は見たことがなかった。

 そのことに気がついて、一度見てみたくなったのだ。

 もちろん、邪魔になるようならついては行かないが、ナーリャは笑って頷いた。


「うん、良いよ」

「ありがとう!」

「それなら、

 ついでに木の実でも取ってきて!」

「うん!」


 アレナに言われて、頷く。

 みんなが何かしらの役割を持っている中、やることがないのも申し訳なかったので、この申し出は願ってもないものだった。


 千里がナーリャの隣に並ぶと、ナーリャは千里に歩幅を合わせる。

 その様子を、アレナとクリフは微笑ましそうに見ながら、アストル達にその場を任せて薪を取りに歩いて行った。











――†――











 中天にさしかかった太陽が、森を照らす。

 木々の新緑に遮られた陽光は、木漏れ日となって静かに大地を温めていた。


 その木漏れ日を手で遮りながら、千里は森を見る。

 木の実を探すのは良いが、どれを取ればいいか解らずに、ただ首をかしげていた。


「ナーリャ、あれは?」

「うん?

 あぁ、あれは“ランクト”だね」


 千里が指をさしたのは、緑色の大きな果実だった。

 周囲に見える小さなモノよりもあからさまに目立つ果実で、大きさは千里が抱えられるほどもある。スイカよりも、一回り小さい程度の大きさだ。


「けっこうおいしいよ。

 ……それっ!」


 ナーリャは、果実のヘタを弓で落とす。

 一目見ただけで位置を把握し落としてしまうその腕前に、千里は大きく拍手をした。


「おぉっ!すごい!」

「あはは、

 ありがと、千里」


 ナーリャは照れ隠しに笑うと、控えめに礼を言った。

 狩りはナーリャの“誇り”だからこそ、褒められれば嬉しい。


 ナーリャは落ちてきた果実を拾うと、腰から引き抜いたナイフで切る。

 獣を解体する時などに使う、専用のナイフだ。


「よっ、と。

 はい、どうぞ」

「わわ、

 あ、ありがとう」


 ナーリャはその大きな果実に、斜めにナイフを入れた。

 そして、端の方を削り取り、半円状の果実の表面を、千里に渡した。


「……うん。

 おいしい。林檎、かな?」


 丸くて緑色の果実を、囓る。

 口の中に広がる味は、やや酸味の強い林檎だった。


「リンゴ?

 千里の故郷の食べ物?」

「うん、そうだよ。

 パイにして食べると、美味しいんだー」


 駅前のパン屋に売っていた、手作りアップルパイ。

 甘味の利いたその味を思い出して、千里は蕩けた笑みを浮かべた。

 女の子にとってのスイーツは、生きるのに必要な栄養分なのだ。


「それなら、

 大きな街に行った時にでも食べてみようか?」

「え?

 ……あ、あるのっ?!」


 この世界に来て数日経つが、千里はまだ“お菓子”というものに触れていなかった。

 ミドイル村のレネやメリアも、欲しがるような仕草や食べているところは見られなかったというのが、大きいだろう。


「ランクトパイっていったかな?

 爺ちゃんに連れられて行った王都で、一度食べたことがあるんだ。

 火を通すと実がすごく柔らかくなって、美味しいんだよ」

「うわぁーっ!

 なんだか、お腹減って来ちゃったよ……」

「それもそうだね。

 そろそろ獲って、戻ろう」


 ナーリャが先導して、森の深くへ入る。

 時折空を見上げては、視線を下に落としたりしていた。


「どうして下を見るの?」

「マクバードウは知ってるよね?

 あんな感じで周囲に溶け込む鳥なんだけど、

 空の色に合わせて体毛を変化させる鳥がいるんだ」


 話しながらも、下を見続ける。

 そして、おもむろに足を止めた。


「“ソルオード”っていう鳥でね。

 空に応じて姿を変えなければならないから、

 ゆっくりと飛ぶんだ。こう、ふわふわとね」


 落とすには簡単な速度だ。

 だが、目に見えなければそもそも当たらない。


「だから、影を見るんだ」

「影って、

 …………あ」


 ナーリャの視線の先。

 そこには、薄く影があった。

 よく注意しなければ解らない、小さな影。

 それを一瞥すると、ナーリャは素早く弓を構えた。


「それ!」


 風を切って矢が飛来する。

 獲物を必要以上に傷つけないようにしなければならないため、力を調整して放つ。

 そうして放たれた矢は、宙に浮かぶ透明な獲物を、見事に打ち落とした。


「すっごーい……!

 すごいよ!ナーリャ!」


 その腕前を、人間以外に使うのを見るのは初めてだった。

 黒帝の時は、獲物が大きすぎてそもそも腕が解らなかったのだ。


「ナーリャは、なんでも知ってるんだね」

「僕が知っているのは、

 爺ちゃんから聞いたことと、森のことだけだよ」


 セアックから聞いた、様々な知識。

 そして、自分が狩人として生きてきた、森のこと。

 それが、ナーリャを象る知識だった。


「森を知らない者は、森に殺される。

 森を知る者は、森に救われる。

 森を侮る者は、森に裁かれる。

 森を敬う者は、森に恵まれる」


 更にもう一羽、ソルオードを落とす。

 それを籠に入れながら、ナーリャは歌うように言葉を紡ぐ。


「狩人よ、森を知れ。

 さすれば汝は、導かれる。

 狩人よ、森を識れ。

 さすれば汝は、得られるだろう」


 それは、“教え”だ。

 森を生き抜くための狩人に伝えられる、言葉。

 森に生き、森に生かされ、森と共に生きる者達への、たった一つの教典。

 それが、この“詩”だった。


「爺ちゃんが僕に教えてくれた、心構え。

 僕が森で生きるために、僕に伝えてくれた言葉」


 最後にもう一羽、空色の鳥を落とす。

 そして、構えていた弓を降ろして、ぼんやりと聞いていた千里に振り向いた。


「僕の大切な

 ――――“記憶たからもの”だよ」


 そう言って笑う姿は、“誇り”に満ちていた。

 全てを失った少年が得た、尊い“誇り”が、そこにあった。


「すごく

 ……うん、すごく、素敵だね」


 だから千里も、笑う。

 自身の“友達”を誇るように、見上げて大きな笑みを見せる。


「ありがとう、千里」

「どういたしまして、ナーリャ」


 見つめ合って、笑い合う。

 新たに築いた、信頼の絆。

 その出逢いと巡り会いに感謝して、暖かい笑みを交し合う。


「もどろうか、千里」

「そうだね。

 それ、どうやって食べるのが美味しいの?」

「香草で香りをつけて焼くと、

 ぐっと美味しくなるんだよ」


 再び並び立つ。

 先ほどまでとは違い、ほんの数センチで、手と手が触れ合う距離だった。


 近くなった距離に、二人は気がつかない。

 だがその姿は、周囲の緑に優しく見守られていた――。











――†――












 馬車が進んで、更に時間が経つ。

 空が茜色に染まる頃、夕暮れ時には街が見え始めた。


「見えるか?

 あれが、アロイアだ」


 御者台のクリフの言葉に、千里は窓から身を乗り出した。

 障害物もなく、まっすぐ伸びる街道のその先。

 夕焼けを反射して輝く、石造りの塔が見えた。


「きれい」


 小さくそう呟くと、ナーリャに手招きをする。

 ナーリャも千里の後ろから身を乗り出すと、その光景を目に収めた。


「うん、すごく綺麗だ」


 色々な場所に連れて行かれたのは、ナーリャが十六歳の時だった。

 今からもう、二年前。記憶に新しいはずのその光景は、前よりも一段と輝いて見えた。


「ナーリャ、あの塔は?」

「あれはギルドだね。

 魔法で造られた塔だって、爺ちゃんから聞いた」


 大地の魔法を操る魔法使いが、恋人への“愛”を叫びながら建てた塔。

 その塔がギルドに買われる前から街にあり、無名の街はその塔の名前をとって“アロイア”となった。


 ナーリャは塔をじっと見つめながら、千里にそう説明をする。

 愛の証明として、ナーリャどころかセアックが生まれるよりも前に建てられた塔。

 その名は、“アレア=ロイア”という女性の名前から、アロイアと名付けられたのだと謂われている。


「そうなんだ。

 うん、なんか、素敵だ」


 その想いは、どうなったのか。

 それはわからないが、街の名前になるほど残り続けた塔だ。

 その愛の結末は、幸せなものだったのだろう。


「さて、到着だ」


 クリフが、馬車を止める。

 馬車の窓から身を乗り出して、近づいてきた街を見上げていた二人は、慌てて降りた。

 自分たちの馬も馬車から放して、横に並ぶ。


 開け放たれた街の門。

 その前に、牙の団が並ぶ。


「フハハハハッ!

 俺は楽しかったぞ!ナーリャ!チサト!」


 別れのその時まで、ファングは豪快でおおらかだ。

 大きく笑うその姿に、ナーリャと千里も笑ってみせる。


「僕も、楽しかったです」

「私も、です!」


 控えめに礼を言うナーリャと、負けじと身を乗り出す千里。

 その二人の姿に、ファングは優しい目で頷いた。


「ふむ、良い腕だった。

 また会おう、ナーリャ、チサト」


 顔を引きつらせたような笑みは、彼の賛辞を表していた。

 口数は少なかったが、アストルはいつも、影からフォローをしてくれていた。


「はい、また!」

「絶対、会いましょうね!」


 静かな声には、元気な声を。

 若い元気な様子に口を綻ばせるアストルは、三十代には見えない。


「楽しかったよ、チサト。

 それからナーリャ。アンタは、もっとチサトを“見て”上げなよ?」

「あ、アレナ!?」


 最後の最後まで、一言からかおうとするアレナ。

 それは、“最後”ではないのだから、しんみりするなというメッセージだった。


「う、うん?

 ――解った、しっかり見ておくよ」

「な、ナーリャっ?!」


 見ておかないと無茶をしそうだ。

 そんな意味で言った言葉なのだが、状況が千里の顔を赤くする。


「ふふふ、

 はははははっ」

「アレナ!もうっ!」


 別れの悲しみは、もうそこにはない。

 ただ旅に戻り、再び巡り会うことを望むだけ。


 帰る手段が解ったら、絶対に会いに行こう。

 千里はそう、強く決心した。


「あー、なんだ。

 色々ありがとな。助けられた」


 最後は、クリフだ。

 クリフは頭の後ろを掻いて照れを隠し、目を逸らしていった。

 やはり彼は、みんなの“弟”のような、存在だった。


「で、なんだ。

 ――これ、貰ってくれないか?ナーリャ」

「これは……」


 クリフが差し出したのは、一振りの短剣だった。

 復讐のために磨き続けた短剣は、もう必要ない。


「新しい自分として、スタートしたい。

 だからこれは、貰ってくれないか?」


 “仲間”に預けることで、過去と決別がしたい。

 言外にそう伝えるクリフに、ナーリャは頷いた。


「うん、解った。

 ありがとう、クリフ」

「礼を言うのはこっちだ。

 ありがとうな、ナーリャ」


 皮の鞘ごと、ナーリャは短剣を受け取った。

 そしてどちらからともなく、厚い握手を交す。


「また会おう、ナーリャ、チサト」

「うん、また会おう、クリフ」

「またね!クリフ!」


 手を離すと、馬車に乗り込む。

 走り出した馬車の窓から、アレナが手を振る。


 千里とナーリャは、馬車が見えなくなる前で、そうして手を振り続けていた。


「さ、行こう。千里」

「うん、ナーリャ」


 並んで歩き、同時に門を潜る。

 元の世界へ帰る、その情報を求めて。



 二人は、宿場街アロイアへ――――“前”へ進むための一歩を、踏み出した。

第二章は、これで終了です。

次回第三章は、あまり重くならない展開のお話を、書いていこうと思います。


ご意見ご感想のほど、お待ちしております。

気に入っていただけましたら、拍手の方もお気軽にご利用ください。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

次話もどうぞ、よろしくお願いします。


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