母は傾国の美女ですが、ナマケモノでございます
書物によれば、美人顔というものには、十六個の条件があるらしい。
一つ、左右対称。
特に笑ったとき、目尻や口角が左右同じ角度だと、キレイな笑顔とされ、印象が良くなるらしい。
二つ、小顔。
小顔だと身長に関わらず、スタイルが良く見え、しかも儚い美しさも感じさせるらしい。
三つ、美肌。
触れたくなるような透き通る肌。逆に言えば、どんな美人だって、吹き出物だらけで荒れた肌であれば、台無しだ。
四つ、額が広く、つるっとしている
五つ、眉毛が整っている。
六つ、目が大きくバランスが良い
七つ、鼻筋が高く、すっと通っている。
八つ、小鼻が小さい。
九つ、歯並びがキレイ
それから、顎のラインがすっきりしているとか、鼻と唇と顎の頂点が直線状にあるとか。
顔の横幅を5分割し、5分の1が目の幅で、それぞれ均等に位置するとかとかとかとか。
以上、書物の受け売りである。
そして、わたしの母は、これらすべての条件を満たしている完璧なる美女だ。
顔だけではない。
経産婦だというのに、体つきまで完璧なのだ。
柔らかな胸、折れそうなほどに細い腰。
わたしの父は「いつ、いかなる時に見ても、抱きしめたくなる衝動を抑えることができない」と、常に言う。
……両親の仲が良いのはけっこうだが、そういうことを娘であるわたしに言わないようにしてくれ父よ。
若い頃の母は『傾国の令嬢』と呼ばれ、父との結婚後は『傾国の人妻』と呼ばれている完璧なる美魔女だ。
……で、その美人の娘であるわたしはと言えば。
超、フツー。
いや、むしろ地味。
……父親そっくりの、完璧なる平凡顔だ。
あの美貌の母の娘ということで、母娘そっくりなのでは……と、希望に満ちてわたしに見合いを申しこみ、出会って一秒で「この話はなかったことに……」と去っていった令息の数を数えるのには、両手足を使っても足りないほどだ。
ムカつく。
わざわざ見合いを申し込んだりはしなかったが、貴族の令息や令嬢が通う学院に入学した時などは、わたしの顔を見るためにやってきた令息たちは、かなり多かった。
そして、皆様、わたしの顔を見て、数秒で、興味をなくしたように去っていく。
更にムカつきドン!
そんな中に、我が国の王太子殿下もいた。
殿下は他の令息たちと異なった。
わたしの目の前にやって来て、わたしをまじまじと見て、そしてわたしに尋ねたのだ。
「貴女はジェニフェル・エレハルデの娘、アリベール・フローレス侯爵令嬢か?」
わたしは深々と頭を下げながら答えた。
心の中で、母の家名が違うわボケ! と叫びながら。
「恐れながら。傾国の美女と称された我が母でしたら、確かにファーストネームはジェニフェルでございますが、我が父と婚姻いたしましたので、現在はジェニフェル・フローレスという名でございます」
母が、わたしの父と結婚した後も、それを認めたくない令息は多かった。
その筆頭が、現在の国王陛下。
未だに、母の名を、婚姻前の旧姓で呼ぶ。
いいかげんにしろや。
陛下だって王妃様と結婚して、今目の前にいる王太子殿下という子もなしただろう。
未だに、母に秋波を送ってくる。
不倫、不貞、撲滅!
人妻に手を出すな!
「そして、わたしは母であるジェニフェル・フローレスと、父であるセルヒオ・フローレスの間にできた娘でございます。見てお分かりの通り、わたしは欠片も母に似てはおりません。完璧なる父親似の娘でございます」
太目の眉も、いっそ、点目と言いたくなるほどに小さな瞳も、栗色の地味な髪も、ごく平均的な背の高さに、薄い胸……。
どこからどう見ても、全く母には似ていない。
「あ、ああ……、そうだったな。失礼した」
「いえ……」
これでもう用はないかと思いきや、王太子殿下は腕を組んで、じーっとわたしを見続けている。
……ずっと頭を下げ続けているのも、背中と腰が痛いんだけどな。早く去って行ってくれないだろうか。
無言で、そのままでいることしばし。
考え込んでいた王太子殿下は、ようやく「すまない。頭を上げてくれ」とわたしに言った。
「ありがとうございます」
一応、礼を言って、わたしは頭を上げる。
が、それでもまだ、王太子殿下は、このわたしの平凡な顔をじーっと見ている。
「あの……、何か?」
不敬であると思いつつ、尋ねた。
「いや、その……。聞いてもよいだろうか」
「何でございましょうか?」
「いや、その……君の母であるジェニフェル・フローレス侯爵夫人なのだが」
「はい」
「……どうして、我が父の求婚を断って、フローレス侯爵と婚姻を結んだのだろうか」
ああ、これが聞きたかったのね。
もしくは、国王陛下に聞いてこいと命じられたのかもしれないが。
うーん、何回もこんな会話をするのはめんどうだ。
一撃必殺で、さくっと話を終わらせよう。
わたしは、周囲で聞き耳を立てている令息や令嬢たちに聞こえるように、きっぱりはっきりとした声で言った。
「我が母は、傾国の美女ですが、ナマケモノでございますゆえ」
「……は? ナマケ……モノ……?」
もちろん比喩としての表現だが。
「はい。母は、基本的には微笑む以外のことを、何もしたくないという怠け者でございます。故に、一番楽ができる相手である、我が父を夫として選びました」
「ええと……、意味がよく分からない」
視線を流せば、周囲の皆様も困惑顔だ。
「贅沢に着飾ることは、趣味として好きではありますが、それは年に数回でよいと。普段の母は、好きな時に起きて寝て、起きている間の世話は、すべて侍女たち任せ。食事の時に使うカトラリーを持つことすらおっくうで、母に食事をとらせる専属使用人さえ居るのです」
「ええっと、それは……」
「刺繍もしない、お茶会も開催しない。長椅子に横たわり、ぼんやりと過ごす。ぼんやりすることに飽きれば、侍女に詩の朗読をさせますが、決して自分で書物を読むことはございません」
「そ、そうなのか……」
「母が若い頃には多数の男性からの求婚がございました。恐れ多くも、国王陛下が第一王子でいらっしゃった頃、母に求婚されたこともあったとか」
「ああ、そうだ。父王はいまだに酔うと言うのだ。何故、ジェニフェル嬢は儂の求婚に答えてくれなかったのか……と」
似たようなことを、未だに考えているおっさんたち……ええと、妻帯者も多いようだ。
「怠け者ゆえに、一国の王妃になることを厭っただけでございます。政務などに関わるのはめんどうでしかないと」
「はあ? 政務?」
「『王子妃、王太子妃教育なんて、冗談でも嫌よ』との母の言です。教育を終えた後だって、王族の一員になれば、日々の予定は立て込んで、外交だの社交だの時間に追われる日々でございましょう? のんびり朝寝を楽しむこともできない。時間刻みの予定など、鳥肌が立つ。神経が持たない……と」
というか、母は一日の大半を寝ているか、ぼんやりとしているだけだ。
外見は天使か聖女、中身は怠け者。
いや、動物のナマケモノのほうが、まだ動くかもしれない。
「ついでに、父の、母に対するプロポーズを申し上げましょう。『ジェニフェル、君は何もしなくていい。朝から晩まで、すべての世話は侍女にさせよう。着替えも湯あみも、食事でさえ、すべて使用人をつける。着る服はゆったりと締め付けのないもの。好きな時間に起き、好きな時間に寝ればいい。君が起きているタイミングに合わせて、私が貴女の部屋を訪れよう。その時に、私に向かってにっこりと微笑んでくれれば、それだけでいい。贅沢だろうが何だろうが、貴女の願いは全て叶えよう。だから、結婚してくれ』でございます」
「そ、それで、ジェニフェル嬢……ではなく、フローレス侯爵夫人は、そのプロポーズに……」
「泣いて喜んだそうです。『もう何もしなくていいのね』と」
「そ、そんなにか……」
「はい。あ、それから、これは母の言で、わたしには意味がよく分からないのですが……」
「なんだ? 聞かせてくれ」
意味が分からないというのは嘘だけどね。
とりあえず、父が母に相応しくないというその評判を、娘のわたしとしては、少しでも減らしたいのだ。
朝から晩まで、母のことを考え、母のことを愛し、母のために生きている父が、その平凡顔だけで、母に釣り合わないと、他人から言われ続けるのは……可哀そうだ。
「『セルヒオは夜のほうがとっても上手なの。いつもあたくし、ふんわりと夢心地のままに、朝を迎えてしまうのよ。ああ、こんなにもしあわせなことはないわ。セルヒオと結婚できてよかった。毎日が天の国の暮らしのようよ』とのことで」
「そ、それは……っ!」
王太子殿下の顔が真っ赤になった。
わたしはきょとんとした顔で、首を横に傾ける。
母が行えば、あざとい可憐さであるが、平凡顔のわたしではウーパールーパーにしか見えないだろう。
おっと、この世界にウーパールーパーという生き物はいなかったか。
前世ではそこそこ有名な生き物だが。
それはともかく。
父は、母を、これ以上もなく満足させていると、陛下にでも伝えてください王太子殿下。
「殿下、母の言っている意味が分かりますか? 夜とか朝とか、わたしにはよくわからないのですが。母がこの言葉を言う時には、わたしもうっかり母に惚れそうになるほど、母は素晴らしくうっとりとした顔になるのですが」
何かを想像したのだろう。
首や耳まで赤らめながら「い、いや! 分から……ない、な!」と、王太子殿下はどもって言った。
王太子とて、思春期の若い男。しかも閨教育も受けているのだろうから、あれこれと妄想を巡らせたに違いない。
ふっ、ばーか!
とっとと去れや!
と、わたしは心の中で、王太子殿下たちに盛大なるあっかんべーをした。
終わり
2025年9月5日 カクヨム様ギフト御礼小話




