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【序章8話】最初の接触

シホの送った分析レポートは、案の定、上層部に無視された。

「動物がサイバー攻撃?馬鹿げている」という一蹴だった。

しかし、シホ自身は確信していた。この事件は、人類の傲慢さに対する知性を持った生命体からの明確なメッセージだ。

研究室のデスクで、シホはコーヒーを何度も淹れ直し、ヒロたちの残した痕跡を独自の視点で分析していた。


「政府が追っているのは、偽の座標。これは、追跡システムを内部から書き換える高度なハッキング。そして、脱走したのが超知性マウス(ヒロ)と統率ハスキー(バルド)。この二つの事象は、一つの知性が関与していることを示している」


彼女は、バルドの特殊な訓練データ――統率の念波の周波数や、ハスキーの集団心理、そしてリーダーのカリスマ性に関する論文を掘り起こした。


「彼らは、逃走後、群れを率いている。そして、群れは人目につかずに動いている。これは、彼らが都市の人間が意識しないデッドゾーンに潜伏している証拠」


シホは、過去の動物行動学のデータを重ね合わせ、人間が住居として使用しない工業地帯、特に古い廃倉庫街が潜伏先として最も可能性が高いと推測した。


「追うべきは、システムではなく、彼らの心理。彼らは、復讐ではなく、『理解』を求めているはずだ」


シホは、政府の追跡部隊が動く前に、単独で、ヒロたちの潜伏先へと向かうことを決意した。


廃倉庫街の奥、ヒロたちの潜伏地。

夜が明け、ハスキーの群れは厳重な警戒態勢に入っていた。

ヒロは、ナナとシャドウに指示を出し、バルドには、群れを率いるための休息を命じていた。

しかし、バルドの精神は、落ち着いていなかった。

彼は、遠くのシホから発せられる「理解したい」「真実を知りたい」という、美しく、強い信念の波動を、微弱ながらも感じ取り続けていた。それは、ナナの慈愛とはまた違う種類の、知性と共感に満ちた強い光だった。


バルド:(この感情の波長……。危険ではない。むしろ、私達の存在を認めている。司令官ヒロの革命の目的を、彼女は既に理解しようとしている……!)


バルドの強化された忠誠心は、この「美しき信念」を持つ存在に対して、絶対的な恭順を示そうと激しく揺らぐ。彼の脳内では、ヒロへの忠誠と、シホへの服従が、激しく衝突していた。


ナナ(念話・バルドへ):『バルド、心が乱れているわ。遠いところに、あなたを引きつける強い心が現れたのね。でも、今は動かないで。司令官の指示を待つべきよ。』


ナナは、バルドの心を必死に鎮静させる。

彼女の存在がなければ、バルドは既にシホの波動に引き寄せられ、群れを離脱していただろう。


午前8時。廃倉庫街に、一台の地味な小型SUVがゆっくりと入ってきた。

政府の追跡車両とは明らかに違う、私的な車両だ。運転席には、シホが一人。

シホは、車を降りると、迷いなくバルドの群れの潜伏場所へと向かって歩き始めた。

彼女の分析は正確だった。

バルドの群れは、侵入者を察知し、すぐに唸り声を上げ始めた。しかし、バルドはヒロの指示を待たず、本能的な衝動で、群れの先頭へと躍り出た。


ヒロ(念話・バルドへ):『バルド!待て!警戒を続けろ!』


ヒロの命令が届かない。バルドの目は、シホの知的な美しさと、動物に対する共感の波動に完全に釘付けになっていた。

シホは、群れのリーダーであるバルドの前に立ち止まる。

彼女は、バルドを威嚇するのではなく、深い尊敬の念を込めた眼差しで、静かに語りかけた。


「シベリアン・アルファ……バルド。あなたの知性は、私が知るどの動物よりも優れている。私は、あなたの真の目的を知りたい」


シホは、バルドの行動心理を分析し、彼が最も弱い「美しく賢い女性」であることを直感的に見抜いていた。

彼女は、バルドの強化された知性に直接訴えかけることで、彼の弱点を意図せず発動させたのだ。

バルドは、シホの美しく、聡明な声と、彼女から発せられる「私達を理解したい」という強い慈愛の波動に抗えない。彼の忠誠心は、完全にシホへと傾いた。

バルドは、群れの統率者としての尊厳を捨て、シホの前に低く、恭順の姿勢で伏せた。


バルド:(女王様……!あなたの信念は、美しすぎる。私は、あなたの道具となります……!)


ヒロは、バルドの予想以上の崩壊に、背筋に冷たいものを感じた。ナナの鎮静も間に合わなかった。


ヒロ(念話・全員へ):『最悪だ。バルドが完全に服従した!ナナ、シャドウ、警戒を最大に!この人間は、人類の追跡部隊よりも遥かに危険だ!』


ヒロの最初の革命は、人類側の「理解者」という、最も予測不能な脅威によって、最初の大きな危機を迎えた。

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