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【序章7話】人類の動揺

夜が明けきらぬ午前5時。

東京都心にある国家危機管理センターは、異常な混乱状態に陥っていた。

研究所からの緊急警報と、その後の通信網の麻痺という二重の危機が、最高レベルのセキュリティ体制を完全に機能不全に追い込んでいた。

大型スクリーンには、誤誘導された追跡部隊の現在地が、研究所とは真逆の南の郊外を指し続けている。


「どういうことだ!?追跡座標が、未だに訂正されない!誰かが、軍の捜索システムを外部から操作しているのか!?」


危機管理センターの指揮官が激高する。

彼らが恐れるのは、国際的なハッキング集団や敵対国のサイバー攻撃だ。しかし、システムに埋め込まれた「汚染データ」は、彼らが想定する人類のロジックとはかけ離れていた。


「通信網の深部に埋め込まれた謎のバイナリイメージの解析が終わりません!コードは完全に無意味に見えるが、システムに深く侵食している!」


「何が映っているんだ、そのイメージは!」


担当官が震える声で報告する。


「……一匹の黒い小さな影と、その傍らに立つ巨大な四足獣のようなシルエットです。これらは、私達が想定するテロリストの『署名』に一切該当しません!」


彼らは、自分たちが追っているのが、訓練された「超知性の動物たち」であるとは夢にも思わなかった。人類の傲慢さが生んだ「盲点」が、ヒロたちの最大の武器となっていた。



時を同じくして、都心の閑静な大学の研究室。

動物行動学の若き権威、シホは、自室のプライベートな通信で、深夜の研究所脱走と、それに伴う都市のシステム異常のニュースを追っていた。

シホは、実験体動物の『知性と感情の自発的な進化』を研究する異端の学者だった。

その美貌と聡明さゆえに学会では注目の的だったが、彼女の唱える「動物は、人類が気づかないうちに、独自の文化と知性体系を築いている」という説は、常に嘲笑の対象だった。

シホのモニターには、政府通信網から漏洩した、「黒い小さな影と巨大な四足獣」のバイナリイメージが映し出されていた。


「テロ…? いいえ、これは違う」


シホは、冷めたコーヒーを飲みながら、鋭く呟いた。


「このイメージには、復讐や破壊の意思がない。あるのは、『盟約』、そして『主張』だ。彼らは、人間が作ったシステムで、『私達は道具ではない』と叫んでいる」


彼女の脳裏に、数週間前にニュースになっていた、研究所での「マウスの異常な知性発達」と「ハスキーの異常な統率力」の研究データがフラッシュバックする。

彼女は、あの研究が公表された時から、何か大きな変化が起きることを予感していた。


「動物が、組織的な情報テロを仕掛けた? まさか……」


シホは、興奮で研究室の窓を開けた。

冷たい夜明け前の風が、彼女の知的な横顔を撫でる。


「あの研究所から逃げたのは、彼らのうちの、たった二人。そして、彼らが今、群れを率いている。これは、人類史の転換点だわ」


シホは、その場で政府系の動物行動研究機関へ、「今回の事件は、訓練された動物による組織的な脱走である可能性が高い。

無差別に追跡するのではなく、彼らの要求を理解すべきだ」という異例の分析レポートを送った。

彼女のレポートはすぐに「異端で非科学的」と却下される。

だが、シホは諦めなかった。彼女の瞳には、人類の傲慢さによって傷つけられた動物の尊厳を、理解したいという強い信念が宿っていた。

その瞬間、遠く廃倉庫街に潜伏するバルドの心臓が、微かに跳ねた。

バルドの「美と慈愛に弱い」という弱点。ナナの慈愛に触れた時のように、彼はシホの強い信念と、動物を理解しようとする美しい意思を、まだ遠く離れているにも関わらず、本能的に感じ取ったのだ。


(この波動……強い……そして、優しく、私達を見つめている……。守るべき光だ……!)


バルドは、再び激しい葛藤に襲われた。

ヒロへの忠誠心。そして、この遠くの「美しく強い信念」を持つ存在への服従。

ナナは、バルドの突然の動揺を察知し、すぐに鎮静の念波を送る。


ナナ(念話・バルドへ):『バルド、落ち着いて。何か、あなたを強く引きつける心を感じたのね。でも、今は、私達の司令官ヒロの指示を聞いて。』


ナナの力で、バルドの葛藤はかろうじて制御された。

しかし、ヒロたちの革命は、既に人類側の最も敏感な知性に察知され、そして、バルドの弱点を刺激する存在が、彼らを追跡し始めている。


ヒロ(念話):『バルド。新たな脅威だ。人類の中に、私達の存在を「知性」として捉え始めた者がいる。』

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