【序章4話】慈愛の再会
バルドが率いるハスキー群れは、研究所から十数キロ離れた、都市郊外の巨大な廃倉庫街に潜伏した。
夜明け前の薄闇の中、バルドはヒロを内部の安全な木箱の隙間に下ろす。
ヒロ(念話):『バルド。ハスキー群れの警戒は優秀だ。だが、人類は必ず追跡してくる。ここは一時的な隠れ家でしかない。』
バルドは、ヒロの言葉を理解し、揺るぎない忠誠と警戒のイメージをヒロに送る。
彼は、ヒロを守り抜くという決意に満ちていた。
バルド:(追跡。危険。守る。)
ヒロは頷き、バルドを休ませるよう指示を出した。
ヒロの脳内には、バルドの群れだけでは到達できない、もう一つの使命があった。
それは、共に実験体として過ごした、ナナの捜索だ。
ヒロは、念話の波長を、バルドの統率波とは異なる、繊細な「共感」の周波数へと調整した。
ヒロ(念話・全方向へ微弱に):『ナナ。聞こえるか。私だ、ヒロだ。もし生きて、この街にいるのなら……応答してくれ。私は、自由になった。私達の革命は始まった。』
その微弱な波長は、廃倉庫街から奥まった、古い地下水道へと届いた。
地下水道の奥に潜んでいた雌のラット、ナナ。
彼女は、「共感能力」を研究された実験体であり、他者の感情を自分のもののように感じ、癒す力を持っていた。ナナの小さな身体が、ヒロの念話に込められた「孤独からの解放」と「未来への希望」という強烈な感情を受信し、震えた。
ナナ(念話・ヒロへ):『……ヒ、ロ……!本当に、あなたなの?その感情……あまりにも温かい……!私は、ここにいるわ……!』
ナナからの応答を確認した瞬間、ヒロの冷徹な知性の中に、数十年間蓋をされていた「喜び」が湧き上がった。
バルドとの盟約が「力」ならば、ナナとの再会は「心」だ。
ヒロはバルドに、ナナのいる地下水道の入口へ向かうよう指示する。
バルドは、ヒロの感情が急激に高まったことに戸惑いつつも、すぐにヒロを連れて地下水道へと向かった。
ナナは、地下水道の陰から姿を現した。
彼女の身体は弱々しいが、その瞳には純粋な慈愛と、ヒロへの再会の喜びが溢れている。
バルドは、ナナの姿を視界に捉えた瞬間、全身の筋肉が弛緩するのを感じた。
ナナが持つ「慈愛」の波動が、彼の強化された「忠誠心」を乗っ取り始めたのだ。
バルド:(この光……この優しさ……何だ、この力は!)
バルドは、ヒロの命令以上に、ナナの願いを最優先しなければならないという、新しい本能的な衝動に支配される。これは、ヒロが設定した「ハスキーは美と慈愛に弱い」という弱点の初めての発動だった。
ナナがヒロに再会の喜びを伝えた後、バルドに向き直り、その共感能力を無意識に発動させた。
ナナ(念話):『この大きな犬は……とても強くて優しいけれど、心の奥底で大きな悲鳴を上げているわ。あなた、無理をしていない?』
ナナの慈愛に満ちた念話が、バルドの脳に直接響く。
バルドは一瞬で、自分の深い孤独と苦痛を全て見抜かれたと感じ、その場に服従の姿勢で伏せた。
バルド:『(申し訳ありません、女神様。私は、ただの道具……!どうか、お優しさを……!)』
ヒロは、バルドの予想以上の狼狽に驚きながらも、ナナの力が、バルドの強すぎる統率力を制御し、「共存」という目標に向かわせる上で不可欠だと確信する。
ヒロ(念話・ナナへ):『ナナ。彼は盟友だ。そして、彼は「愛」という最も強力な力に弱い。君の力は、私達の革命において、力を持つ者が暴走しないための「心の制御装置」となる。』
ナナの共感の力で、バルドの動揺は徐々に鎮められた。
ヒロのネットワークは、ここに「叡智」「力と統率」「心と癒し(ナナ)」という、重要な三つの要素を手に入れた。
ヒロ(念話・二人へ):『私達の革命は、単なる復讐ではない。新しい世界の創造だ。ナナ、君の優しさが、私達の戦術を、最も人間らしいものにする。』
夜明けが近づく。人類の追跡部隊が迫る前に、ヒロは次の重要な行動に移らなければならない。それは、都市の隠された情報を手に入れること。




