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【序章3話】脱走劇

バルドの檻の扉の下。ヒロはバルドの巨大な鼻先に触れ、最後の指示を念話で送った。

ヒロの意識は、既に「単独の知性」から「私達という統合体」へと変容していた。


ヒロ(念話):『盟友バルド。檻のロックは、単なる破壊ではない。これは技術に対する私達の最初の勝利だ。私が演算した。この接続部に、お前の顎の力を、瞬間的に最大出力の85%で叩き込め。正確さが、全てだ。』


バルドは、微かに身体を震わせた。

この小さな司令官の指示の完璧さを、彼の強化された知性が瞬時に理解する。彼は、人類の訓練士に教えられた全ての服従を捨て、ヒロが示すわずか数ミリの接続部に、鋼鉄のような牙を合わせる。


「グッ…ガァァッ!!」


バルドの顎の筋肉が、圧縮されたバネのように瞬間的に解放された。

彼の力が、ピンポイントで一点に集中する。


グシャアアアアンッ!!!


分厚い鋼鉄が内部から悲鳴を上げるような凄絶な破壊音が、研究所の静寂を木っ端微塵にした。

ロック機構は完全に粉砕され、檻の扉はヒロの指示通り、廊下側に大きく歪んで傾いだ。


「何事だ!Z-9区画で破壊音!すぐに武装警備員を向かわせろ!」


バルドは迷いなく、巨大な体躯で傾いた扉を蹴り倒し、自由になった。

彼は、ヒロを乗せるために、すぐに首筋を差し出す。ヒロは素早く彼の温かい毛皮の上に飛び乗る。バルドの力強い鼓動が、ヒロの小さな体に直接伝わってきた。


ヒロ(念話):『行け、盟友!私達の脱走を始めよう。』


バルドの疾走は、もはや警備犬のそれを遥かに凌駕していた。

彼の四肢が廊下の床を蹴るたびに、研究所全体が震える錯覚に陥る。


曲がり角を過ぎた瞬間、武装した警備員の一団と鉢合わせた。


「止まれ!発砲許可!ただし、生け捕りにしろ!」


鎮静銃のダーツが、高速でバルド目掛けて放たれる。


ヒロ(念話):『左へ0.2秒!屈め!警備員の視線は既に読んだ!私達の動きは、奴らの予測を超越する!』


バルドはヒロの指示通り、体を瞬間的に左へ捻り、次の瞬間に重心を低くして回避した。

ヒロは、バルドの背中で、風圧と回避の衝撃に耐えながら、冷静に次のルートを指示する。鎮静ダーツは、バルドの毛皮をかすめることもなく、壁に突き刺さった。

バルドの疾走は続く。廊下のT字路。ヒロは重要な指示を送った。


ヒロ(念話):『バルド!第二の遠吠えだ!電力系統の停止と、外の群れへの「全面侵攻開始」の命令を同時に伝えろ!』


バルドは、走る勢いを殺さずに、その喉に全ての力を込めた。


「グゥオオオッ!!」


低く、深く、しかし命令に満ちた統率の念波が、研究所全体に轟いた。


その念波を受け、研究所の外壁に潜んでいたハスキー群れが一斉に動いた。

群れは、バルドの念波が伝えた電力系統の設計図に従い、最も警備が手薄な非常用電源の配管を攻撃した。鋭い牙が、分厚いゴムと銅線を断ち切る。


ドォンッ!!


研究所全体が、瞬時に完全な闇に包まれた。

非常灯は一瞬光った後、システム中枢の過負荷により沈黙。警備システムのモニターは、ノイズを放つこともなく、黒く死に絶えた。


「システムが全停止しただと!?何が起きている!」


警備隊長の声が、暗闇の中で恐怖に歪む。

ヒロは、この瞬間的な人類の麻痺を待っていた。


ヒロ(念話):『完璧だ、盟友。人類が最も頼る「技術」は、今、沈黙した。私達の勝利だ!裏口の貨物ゲートへ急げ!』


バルドは、停電でロックが解除された貨物ゲートへと到達。

背後の闇の中からは、警備員たちが懐中電灯と武器を持って追ってくる気配がある。

バルドは立ち止まらず、その喉に、解放の歓喜と、未来への決意を全て込めた。


「ガァァァァァァァァァァオオオオオオオオオオオオオ!!!」


それは、自由への宣言。

バルドの咆哮は、ゲートの外に集結する群れの心臓を震わせた。

ヒロの指示通り、群れは一斉にゲートを押し開き、バルドとヒロのために脱出路を確保する。

バルドは、ヒロを乗せたまま、そのゲートを飛び越え、彼を待つ群れの先頭へと躍り出た。

バルドの統率力のもと、数十頭のハスキー犬が、一つの巨大な意思となって、夜の都市へと疾走していく。

彼らの足音は、闇に紛れ、人類の追跡を置き去りにした。

ヒロはバルドの背中で、夜の風を受けながら、背後に小さくなっていく研究所の闇を見た。


ヒロ(念話):『第一段階、完了だ、盟友。私達を「道具」と規定した傲慢な人類に、私達はこれから「革命」という名の真実を突きつける。』


バルドは応えるようにさらに加速した。夜の都市の光が、私達の静かなる反逆の狼煙を照らし始めた。

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