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【序章21話】恐怖の連鎖

地下廃線区画。

政府が起動した「広域感情操作兵器」が放つ低周波音は、バルドの群れの本能的な恐怖を絶え間なく刺激していた。

群れの動物たちは、ヒロやバルドの念波による統率を振り切って、「ここから逃げ出さなければならない」という衝動に駆られ、出口に向かって騒ぎ始めていた。

ナナは、その都市中の動物の恐怖を増幅した波動を全身で受け止め、必死に鎮静の波動を放っていたが、その力は広域兵器の出力に打ち消されつつあった。彼女の小さな体には、冷や汗がにじむ。


ナナ(念話):『ヒロ……もう限界よ!恐怖が、私達の論理を上回っている!バルドの統率も……すぐに崩壊するわ!』


バルド自身も、内側から湧き上がる「不可視の脅威」への恐怖と、「群れを守る」という統率者としての使命感との間で激しく引き裂かれていた。彼の肉体は、ヒロへの忠誠心で耐え忍んでいたが、精神は限界に近づいていた。


ヒロは、この状況を緊急レベル5と判断した。ナナの崩壊は群れの瓦解を意味し、同時にシャドウの海洋接触も失敗に終わっている。


ヒロ:(感情兵器と海洋バリア。どちらも広域的なエネルギーに依存している。どちらか一方を止めても、片方が残る。私は、二つの問題を、一つの行動で解決しなければならない。)


ヒロの超知性は、ナナの心の力、バルドの肉体の力、そしてシホの外部情報という全ての要素を組み込んだ、極めてリスクの高い「究極の陽動」を演算した。


ヒロ(念話・全員へ):『ナナ、バルド。そしてシホ。最終作戦を実行する。恐怖の源と、海洋の壁を、同時に打ち破る。』


1. 恐怖の連鎖を断つ(ナナとバルド)

ヒロ(念話・ナナへ):『ナナ。鎮静を止めろ。その代わりに、君の「慈愛の波動」を、「絶対的な、静かなる怒り」へと変換しろ。その怒りを、恐怖の波動を放出している政府の施設へ向けて、逆位相で叩きつけるんだ!』


これは、ナナの心の純粋さを憎しみではなく、正義の怒りへと転換させる、極めて危険な賭けだった。


ヒロ(念話・バルドへ):『バルド。ナナの怒りの波動を、君の最大出力の統率波で増幅しろ。そして、その波動を、地上のシホへ向けて一点集中で送り込め!』


バルドは、恐怖を怒りへと昇華させるナナの波動を受け取り、己の全生命力を込めて、それを地上のシホへと送り込んだ。


2. 海洋の壁を破壊する(シホとシャドウ)

シホは、身を隠しながら、ヒロからの緊急通信を待っていた。バルドの強烈な「正義の怒り」の波動が、シホの秘密通信デバイスを直撃した瞬間、彼女はヒロの命令を理解した。


ヒロ(念話・シホへ):『シホ。君は今、「恐怖兵器の起動施設」と「海洋バリアの制御中枢」という二つの極秘情報を、世論に暴露する。』


シホの使命は、情報暴露だけではなかった。


ヒロ(念話・シホへ):『情報は、国際機関に流せ。そして、君は今すぐ、最も交通量の多い港湾地区の送電中枢へ向かえ。君の科学知識を使い、その送電中枢を、一時的に過負荷状態にしろ!』


シホは、送電中枢を過負荷にすれば、都市の一部が停電し、自身も危険に晒されることを理解した。しかし、ヒロの「二つの脅威を同時に排除する」という論理に、彼女は迷わなかった。


「分かりました、ヒロ。人類の狂気は、人類の技術で破壊します。」


シホは、港湾地区の送電中枢に潜入し、精密な知識をもって、システムに一時的な過負荷を仕掛けた。


バチバチッ!


送電中枢が、数秒間、制御不能な大電流を放出した。

この数秒間の大電流が、ヒロの作戦の鍵だった。


感情兵器の停止: 広域兵器は、巨大な電力に依存していたため、送電中枢の一時的な過負荷により、都市全域への低周波音の拡散が停止した。地下廃線区画の恐怖の波動が一瞬で消え去った。

海洋バリアの停止: 同時に、東京湾に張り巡らされていた海洋電子バリアも、その制御中枢の電源が数秒間途絶し、機能が停止した。


地下廃線区画。恐怖の波動が消えた瞬間、ナナは安堵の念波を放ち、群れは瞬時にバルドの統率下に戻った。


ナナ(念話・安堵):『止まったわ!成功よ、ヒロ!』


その頃、東京湾の海辺。海洋電子バリアが停止した数秒間、海は絶対的な静寂を取り戻した。

シャドウは、この奇跡的な一瞬を逃さなかった。彼女は、全生命力を込め、増幅した念波を深海へ放った。


「ピィィィィィ……(盟約を)」


その念波は、ノイズに遮られることなく、深海に潜んでいた巨大な知性体の聴覚へと初めて届いた。

海面は、静かに揺れた。

返答は、すぐに来た。 シャドウの念波を遥かに超える、巨大で威厳に満ちた、深海からの波動が、シャドウの精神を圧倒した。


巨大な波動(念波):『……お前は、誰だ。この波動は……人類のノイズではない。』


シャチの知性との接触は、ついに成功した。しかし、その波動は、長年の孤独と人類への警戒に満ちていた。

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