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【序章2話】遠吠えに集う影

バルドの力強い「ワン!」から一時間が経過した。

ヒロは、この待ち時間の間に脱走計画を何度もシミュレーションし、脳内の秒針を狂わせないよう集中していた。


ヒロ(念話):『バルド。準備はいいか。最終計算が完了した。夜明けまで、残り2時間と35分。猶予はない。』


バルドは檻の中で、四肢を固く踏みしめた。

ヒロの念話は明確だったが、彼の肉体と精神の深部には、長年の訓練で植え付けられた「人類への絶対的忠誠」というプログラムが抵抗していた。バルドの強化された知性が、命令と反逆の間の倫理的な断層で、激しい葛藤に苛まれる。


ヒロ(念話):『今、お前が裏切るのは、お前を「道具」にした者たちだ。お前が掴むのは、お前の魂が求める「自由」だ。迷うな、バルド!』


ヒロの念話が、バルドの心臓を直接掴んだかのような衝撃を与える。バルドは目を閉じ、全身の力を一点に集中させた。もはや、葛藤ではない。これは、自己の存在を賭けた、静かなる戦争の始まりだ。



深夜3時25分。研究所の特殊区画が最も深い静寂に包まれた瞬間。

バルドは、訓練された強靭な肺に限界まで空気を吸い込んだ。彼の喉から発せられたのは、人間には聞き取れないほどの超低周波数帯を伴う、低く、地を這うような唸りだった。


「ア"オォォォォォォォォン…………!!!」


その音波は、鋼鉄の壁を透過し、研究所の電磁波ノイズさえも突き破り、数十キロ圏内の夜の闇へと拡散した。

それは、バルドの「カリスマ」と「統率力」という名の特殊能力が、ヒロの念話の指示を乗せて発動した「統率の念波リーダーシップ・ウェーブ」だった。その命令は、彼の血統と訓練を受けた数十頭のハスキー犬たちの脳内に直接、鮮明な映像となって叩き込まれる。


――「命令:プロトコル・デルタ-9(ヒロ)の解放。目的地:研究所Z-9裏手。忠誠の対象を自由に移せ」――


遠く離れた山中の訓練施設跡。

広大な市街地の廃墟。その場所々に潜んでいたハスキー犬の群れは、リーダーの念波を受信した瞬間、人間が訓練した動作を上回る、驚異的な速度で起動した。彼らは、人間が最も警戒しない、排水溝や緑地の影、低速道路の脇を、影のように音もなく研究所へと集結し始めた。



その間、ヒロは内部攪乱が始まる前に、自らの脱出を敢行していた。

ヒロはケージの給水装置から抜き取った極細の銅線を、認知テスト用に使われていた小型金属プレートに器用に巻き付けた。彼の超知性が演算したのは、電子ロックの接点に流れる電流を、ナノレベルで精密にショートさせる方法だ。


チリチリ……という、かろうじて聞こえる電流の摩擦音。ヒロの動作はあまりにも繊細で、訓練された外科医の手元を凌駕する正確さだ。

(接点まで、あと0.3ミリ。心拍数、安定。手の震え、ゼロ。成功確率は、99.998%。)


カチリ。


微細な電子音と共に、ヒロを157年間縛り付けてきた電子ロックが、あっけなく解除された。

ヒロは、冷たい床に降り立つと、すぐさま行動を開始した。彼は小さな体を活かし、バルドから共有された施設マップの「デッドスペース(死角)」、つまり、高さ1メートル以下の監視カメラが届かない領域を全速力で移動する。

彼は、バルドの区画へと最短距離で向かう。途中の警備員の巡回音が近づくたび、彼は壁と床の隙間に設けられた電気配線用の細いダクトに滑り込み、呼吸すら止める。


ヒロ(念話):『バルド。内部攪乱を開始しろ。警備の注意を最大限にお前の区画に引きつけろ。私は、今、お前の檻の扉の下にいる。』



研究所内部では、バルドの念波命令を受けた直系のハスキーたちが、一斉に檻を叩き、警報装置を鳴らし始めた。けたたましい警報音と研究員の怒鳴り声が響き渡る。


「警備!Z区画に集中しろ!犬どもが暴走している!」


人類は、自分たちの「道具」が「組織的な反逆」を開始したとは、微塵も思っていない。彼らの傲慢さが、ヒロたちの脱出を容易にした。

バルドの檻の扉の下。ヒロはバルドの巨大な鼻先に触れる。


ヒロ(念話):『よくやった、盟友。ここからが本番だ。お前は「力」で、私は「知恵」で。この壁を破るぞ!』


バルドは、ヒロの念話に力強く応えるように、低く、しかし確固たる「ワン!」という唸りを上げた。

彼の瞳は、もはや「道具」のそれではない。「解放者」の光を帯びていた。

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