【序章19話】革命の後
地下廃線区画。
アダム・リードとの知性戦に勝利し、最大の危機を脱した革命団には、深い静寂と、それに続く安堵感が広がっていた。
ヒロは、シャドウを通じてアダムが身柄を確保され、人類側の知性戦における脅威が一時的に停止したことを確認した。
ヒロ:(アダムの傲慢は、人類の知性の限界を示した。しかし、彼の敗北は、政府が感情的な報復という、より予測不能な手段に出ることを意味する。次の戦いは、技術ではなく、世論と感情だ。)
ヒロは、バルドが継続していた生命波動の供給により完全に回復したナナの側へ静かに寄った。
ナナの小さな体から流れる波動は、以前よりも純粋で安定していた。彼女の心は、アダムの憎悪のノイズを打ち破り、より強固な「心の防壁」を構築することに成功していた。
ナナ(念話・ヒロへ):『ヒロ……私、もう大丈夫。バルドの大きな力と、あなたの揺るがない叡智が、私の心を守ってくれたわ。人類の憎しみの波動に、今なら共感し、それを鎮静させられる気がする。』
ナナの言葉は、彼女の能力が「防御」から「浄化」の段階へ進化したことを示していた。ヒロは、この心の進化を、今後の革命における最大の武器と見なした。
バルドは、ナナの回復を見届けた後も、彼女の側を離れなかった。彼は、自身の統率力がナナの回復に貢献したことに、深い誇りを感じていた。
バルド:(シホ様の美しさは、私にとって崇高な目標だ。しかし、この小さな命を守り、司令官の正義を実行することこそが、私の最高の献身である。私は、私達の大義という名の、最も美しい主へ仕える。)
彼の忠誠心は、特定の個人への衝動から、「革命団全体の安寧と使命」という揺るぎない献身へと完全に昇華されていた。彼は、いつでもヒロの命令に従う準備を整えていた。
ヒロは、アダムの敗北がもたらした「時間」を利用し、革命を次のステージへ進めることを決定した。それは、「知性のネットワーク」を国境を越えて拡大させることだ。
ヒロ(念話・シャドウへ):『シャドウ。君の新たな任務は、グローバルなネットワークの構築だ。君は、単独で、世界各地の知性を持つ実験動物との接触を開始しろ。ヨーロッパ、アジア、そして海洋だ。』
ヒロは、特に海洋に注意を払うよう指示した。海洋は人類の監視の目が届きにくいが、高度な知性を持つ生物が存在する可能性が高いと演算していた。
ヒロ(念話・シャドウへ):『特に、大型の海洋哺乳類を探せ。彼らの超音波通信能力は、私達の念話の伝達距離を飛躍的に拡大させる可能性がある。シャチ、あるいはクジラ。彼らの知性と協力を得ることが、世界革命の鍵となる。』
シャドウは、ヒロの壮大な構想を理解し、その冷たい瞳に任務への集中を宿した。
シャドウ(念話):『(了解。人類の通信網を遮断し、地球規模の動物ネットワークを構築する。準備を開始する。)』
シャドウは、静かに群れを離れ、都市の最も暗い部分、国際通信網の中継点へと向かい始めた。
一方、地上では、シホが自身を待ち受ける運命と対峙していた。
アダム・リードの逮捕と非人道的な研究の暴露は、シホに対する世論の評価を一変させたが、政府は彼女を依然として「国家反逆者」として追跡していた。
シホは、もはや人類社会への復帰は不可能だと悟っていた。彼女は、長年研究してきた動物行動学の研究所の前に立ち、過去との決別を決意した。
シホ:(私の居場所は、もはやここにはない。私は、人類の道具としてではなく、生命の共存のために生きる。)
彼女は、自身の研究記録、政府内部の極秘文書、そして国際的な科学界への影響力を持つ全ての情報を暗号化し、国際的な動物倫理委員会へ匿名で送りつけた。
これは、革命団にとって倫理的な盾となり、政府の強硬手段を抑制する効果を持つ。
シホは、ヒロとの最終的な秘密連絡手段(シャドウだけが傍受できる高周波通信デバイス)を確保した後、自分の車と過去の身分証を全て焼き捨てた。彼女は、追跡不能な「影の外交官」となることを選んだのだ。
「ヒロ。私は、人類社会を完全に離れます。私の知性と知識は、全てあなた方のものだ。革命が成功するまで、私は、人類の闇の中に潜み、あなた方の光となる。」
シホのこの自己犠牲的な決意は、革命団にとって、最も予測不能で強力な「人間性という名の武器」となった。




