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【序章16話】シホの介入

地下廃線区画は、ナナの絶叫による破壊的な念波の残響と、バルドの狂気の咆哮に包まれていた。

ナナは、アダムの『デウス・エクス・マキナ』によって、精神を過去の恐怖と現在の憎悪のノイズで引き裂かれ、意識を失いかけていた。


ナナ:(冷たい……痛い……誰も助けてくれない……研究所の檻……)


ヒロは、このノイズに思考回路を完全に麻痺させられ、バルドの背中から転げ落ちていた。

彼の超知性は、「感情的なパニック」という、彼の知性では計算不可能な要因によって機能停止している。小さな体は、恐怖と無力感で痙攣していた。

バルドは、ナナの苦痛とヒロの沈黙に発狂し、理性の鎖を断ち切った。

彼の巨大な体躯は、復讐の衝動のみに突き動かされ、地下トンネルの出口へ向かって猛進する。


「アァァォン!!(殺す!ナナ様を苦しめる全てを破壊する!)」


バルドの咆哮は、彼らの潜伏地を人類に知らせる最大の危険信号だった。


唯一、感情的な繋がりが希薄なシャドウだけが、冷徹な理性を保っていた。

彼女の孤高の精神は、ノイズの影響を最小限に抑えていたが、彼女もまた、この状況の絶望的なレベルを理解していた。


シャドウ(内部意識):(終わりだ。司令官の思考は停止、統率者は暴走。心の要は崩壊。私の情報収集能力では、この物理的な崩壊は止められない。)


しかし、シャドウは逃げなかった。彼女は、瓦礫の陰から素早く跳躍し、出口へ向かって突進するバルドの太い足に、鋭い爪を立てた。


「シャーッ!(待て!お前の暴走は、全てを破滅させる!)」


シャドウの攻撃は、バルドの皮膚に傷一つつけられなかったが、その孤高で冷静な念波が、一瞬だけバルドの狂気を引き戻した。

その一瞬の隙に、シャドウはヒロが指示していた秘密の連絡用暗号を、外部のシホへ向けて発信した。


シホは、アダム・リードの不穏な動きを察知し、極度の緊張状態にあった。

シャドウからの暗号信号を受け取った瞬間、彼女はすべてを悟った。アダムが、倫理を逸脱した兵器を使ったのだ。

シホは、自らが人類側の監視対象であることを承知の上で、バルドの潜伏地へ向けて車を走らせた。

彼女の心には、恐怖よりも、「私の信念が試されている」という強い使命感があった。

彼女は、地下の換気口から、バルドの狂気の咆哮とナナの断末魔の念波が混ざり合う、絶望的なノイズを感じ取った。

シホは、迷うことなく換気口の蓋を外すと、拡声器を手に、その場に留まろうと必死に戦うバルドに向けて、自分の全存在を懸けたメッセージを叫んだ。


「バルド!聞こえるか!あなたの怒りも、ナナの苦痛も、全てを理解している!だが、あなたの力は破壊のためではない! 私の顔を見て!私はあなた方の敵ではない!信じて!」


シホの信念に満ちた、美しく強い声は、アダムの破壊ノイズを乗り越え、バルドの「美と慈愛に弱い」という深層心理の核を直撃した。

バルドは、出口へ向かう足を止め、シホの信念の波動を感じ取り、再び恭順の姿勢でその場に立ち尽くした。


バルドの体が、シホの介入によって暴走を停止したことで、ナナの絶叫による「感情的なノイズ」の増幅が、わずかに弱まった。

その一瞬の沈黙を、ヒロは見逃さなかった。彼は、超知性の残り火を使い、シホの「共存への信念」という波動を、自分のフリーズした演算回路へ向けて、無理やり取り込んだ。


ヒロ(内部意識):(シホ……信念。共存。ノイズ、排除。再起動、開始。)


ヒロは、シホの「正しい感情」をアンカーとし、自身の思考回路から「恐怖とパニック」のノイズを強制的に排除した。彼の知性は、再起動した。

彼は、起き上がり、朦朧とした意識の中で、ナナの破壊されつつある精神へ、究極の命令を送った。


ヒロ(念話・ナナへ):『ナナ!私達は負けない!あなたの心に流れる、バルドへの慈愛、シャドウへの信頼、そして私の叡智への信念。それだけを残せ!他の全ての苦痛を、遮断しろ!』


ヒロの命がけの指示と、バルドがシホへ向けて恭順する「心の揺らぎ」が、ナナの破壊された精神に一時的な「心の壁」を再構築させた。

ナナは、激しい苦痛の中で、「ヒロとバルドへの愛」という純粋な光だけを、かろうじて守り抜いた。

ヒロは、シホへの感謝と、アダムへの冷たい怒りを胸に、バルドの背中に飛び乗った。


ヒロ(念話・シホへ):『シホ。君の信念が、私達を救った。だが、アダムは、私達が逃げたと誤認するだろう。彼には、私達が反撃の準備をしていることを見せつけなければならない。』


革命団は、崩壊の危機を乗り越えたが、彼らの心臓部は深く傷つけられた。

アダム・リードとの戦いは、これからが本番だった。

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