【序章14話】天才の狂気と戦略
防衛省の地下深く、厳重に遮断された非公開研究施設。
アダム・リードは、音響兵器無効化のデータを再解析しながら、冷たい金属製の作業台に肘をついていた。周囲には、敗北した旧技術チームの代わりに、彼が選抜したAIアシスタントだけが静かに稼働している。
アダムの顔に浮かぶのは、侮蔑ではなく、自己の存在を脅かされた者特有の静かな怒りだった。
「超音波の位相変換? その場でのリアルタイム演算で、私たちが設計した周波数を解析し、無力化した。これは、予測ではない。これは、私の知性を超える演算速度だ。」
アダムは、ヒロの知性を「解体し、己の技術体系に組み込むべき最高のプログラム」と見なしていた。彼の目的は、もはや人類の安全保障ではない。「世界最高の知性」という地位の奪還だ。
「あのマウスの知性は、思考通信(念話)という原始的な波長に依存している。彼らの能力の根源は、その波動の純粋さと強力な伝達力にある。ならば、ターゲットは念話そのものだ。」
彼は、思考通信の波長を直接標的とし、それを脳神経に混乱を招く「ノイズ」に置き換える兵器の設計を、極限の集中力で進めていた。
「名称は『デウス・エクス・マキナ(Deus Ex Machina)』。直訳すれば『機械仕掛けの神』だ。あのマウスが神の如き叡智を持つならば、私はその神を無力化する機械の神となる。完成すれば、マウスの思考は永久に停止し、その演算システムは私の解析下に置かれる。彼らの卑劣な『共存』の主張など、無意味だ。」
アダムは、旧技術者たちの失敗の原因を「感情的な判断と技術への過信」と断じ、自身の研究から一切の感情を排除していた。
彼は、ヒロの知性が感情(ナナの慈愛)に強く依存していることをデータから読み取り、それを決定的な弱点として利用する戦略を立てていた。
地下廃線区画。ヒロは、アダムの情報を分析し、その狂気的な執着を理解した。
アダムは、技術によって知性を支配しようとする、人類の傲慢さの具現化だ。
ヒロ(念話・全員へ):『アダム・リードは、私達をパズルとして見ている。彼の目標は、私達の破壊ではなく、解析だ。これは、彼の兵器の完成までの時間を稼ぐことができる、唯一の隙となる。』
ヒロは、アダムの「技術への執着」という弱点を突き、世論と技術の二重戦線を張ることを決定した。
ナナの精神回復を最優先としつつ、シャドウの潜入能力を使い、アダムの研究施設周辺の通信衛星の軌道調整データに微細な乱れを生じさせる。これは、彼の高性能AIシステムが依存する外部演算リソースを混乱させ、設計の最終段階に致命的な遅延を引き起こす。
ヒロは、シホへ暗号通信を送った。
ヒロ(念話・シホへ):『シホ。アダムの非人道的な研究計画の断片を、国際世論にリークしろ。私達は、人類の「破壊的な技術」に、「共存という理性」で対抗している構図を作り上げろ。そして、バルドを、平和のシンボルとして利用し、世論の感情を固定化する。』
シホは、ヒロの指示を実行するため、安全な場所でバルドと再接触した。
バルドの巨大な体躯が、シホの知的な美しさを前に、再び恭順の姿勢を見せる。
バルド:『(このシホ様の美しさは、私を無力化する。だが、司令官は、この美しさが人類の心を救う鍵だと信じている。私は、この美しい意志を守る剣となろう。)』
彼は、一時的な服従と永続的な使命の間で葛藤しながらも、シホの要望に応え、「人類との対話を望む平和のリーダー」としての映像を撮影させた。彼の瞳に宿る、力強さと穏やかさの共存は、世論に強い共感を呼ぶ。
ヒロは、技術と倫理という、人類社会の二つの軸を同時に操作することで、「時間」と「正義」という二つの武器を確保した。




