【序章13話】新たなる宿敵
旧東京ドーム競技場での公開交渉は、人類側の技術的敗北という形での一時休戦となった。
ヒロたちの「共存」要求は保留付きで受け入れられたが、その裏では、卑劣な捕獲作戦が世間に暴露されたことで、人類社会は激しく二分された。
シホは、その混乱の波を利用し、バルドの群れを地下へと安全に戻した後、都市の片隅で監視を続けていた。
彼女は、人類への裏切り者というレッテルを貼られたが、その瞳には「正しい道を選んだ」という強い信念が宿っている。
革命団の静かなる勝利とそれぞれの余波
地下廃線区画。冷たいコンクリートの静寂の中で、革命団のメンバーはそれぞれの勝利の余波に浸っていた。
ヒロはバルドの背中から降り、古びたバッテリーの熱源の上で静かに座っていた。彼は、技術的優位を確立したことに満足していたが、人類の感情の不安定さが気がかりだった。
ヒロ(念話):『私達の勝利は、人類の恐怖の上に成り立っている。恐怖は、論理を破壊し、最も予測不能な行動を引き起こす。シホの存在は、その恐怖を抑制するための「人間性という名の鎖」だ。』
ヒロは、シホがいつか人間社会への忠誠と動物への共感の間で引き裂かれる瞬間が来ることを、冷静に予測していた。彼の知性は、人間の心という、最も複雑な要素を計算し続けている。
バルドは、ナナの隣に静かに横たわっていた。
彼は、交渉の場でシホの知的な美しさと、ナナの慈愛という二つの「美」に同時に揺さぶられたが、最終的にヒロの「革命の正義」という最高の美に忠誠を捧げたことに、深い充足感を得ていた。
彼は、ナナに優しく頭をこすりつける。
バルド:『(感謝。ナナ様。あなたは、私が最も偉大な目標に集中できるように、心を安定させてくれた。私の力は、この革命のためにある。)』
彼の「美と慈愛に弱い」という弱点は、「最高の美しさを持つ大義にのみ絶対的な忠誠を捧げる」という、より高次元の忠誠心へと昇華し始めていた。
ナナは、バルドの隣で身を丸めていた。彼女の小さな体は、音響兵器の強大なエネルギーを吸収・変換した精神的な負荷で激しく消耗していた。
ナナ(念話):『ヒロ……、人類の憎悪の念が、私の心の壁を叩いている。彼らの感情は、論理を完全に超越し、あなた方の存在を「悪」として決めつけている。彼らは、次の手段として、感情に訴えかける何かを使ってくるかもしれないわ。』
ナナの警告は、ヒロにとって重要な情報だった。
彼らは、物理的なテクノロジーだけでなく、感情的な攻撃にも備える必要があった。
シャドウは、群れから離れた廃線の天井の鉄骨の上で、闇に溶け込んでいた。
彼女は、シホを通じて得た人類側の最新の通信記録を解析していた。
シャドウ(念話・ヒロへ):『人類は、お前たちを捕らえるための新しいリーダーを立てた。彼は、敗北を技術的な失敗とは見ていない。彼は、お前の知性そのものを獲物と見ている。』
シャドウの警告は、防衛省の地下にある極秘研究施設へと向かう、一人の人物を指していた。
アダム・リード。30代半ばの彼は、極度に整理された思考と、他者への関心が一切ない冷徹な技術者だった。
敗北した技術者たちのレポートを前に、彼は不快感どころか、強い興奮を覚えていた。
「超音波の位相変換? 思考通信の電磁波ジャミング回避? これは、単なる動物の反射ではない。これは、私の知性と同等、あるいはそれ以上の演算能力を持つ存在だ」
アダムの顔に浮かんだのは、傲慢な笑顔だった。
彼の人生の目的は、常に「誰も解けないパズルを解くこと」であり、ヒロの存在は、彼にとって人類史上最高の知的な挑戦だった。
彼は、敗北した技術者たちを一掃し、防衛省の地下深くにある、極秘の非公開研究施設へと、長い、孤独な階段を下りていった。
「私は、あなたたちの知性を破壊しない。解析し、私の頭脳に組み込む。そして、その知性が人類のテクノロジーに屈する瞬間を、この目で見届ける」
アダムは、研究所でヒロたちが開発されていた技術を遥かに超える、恐るべき新兵器の設計図を、すでに脳内で完成させていた。
その兵器は、音響や電磁波といった物理的な手段ではなく、「知性そのもの」を破壊し、情報を奪い取ることを目的としていた。
ヒロの絶対的な知性と、アダムの絶対的な技術欲。 互いに自己の能力を絶対と信じる二つの超知性が、今、直接的な対決へと向かい始めた。




