【序章10話】献身と革命
廃倉庫街の奥。
シホは、ヒロとの盟約を交わした後も、その場に留まっていた。
彼女は、車に戻り、高度な暗号化通信機器を取り出すと、ヒロとシャドウに情報を提供する準備を始めた。
ヒロ(念話・シホへ):『私達の最初の要求は、人類の動向だ。特に、研究所と政府が私達を捕獲するために、どのような戦術を用いるか、技術を投入するか。全て開示しろ。』
シホは、疲れた顔をしながらも、プロフェッショナルな表情で頷いた。
「研究所と防衛省は、あなた方を『超知性を持つ未確認テロリスト』と認定しました。彼らは、まず音響兵器と、バルドの統率念波を遮断する低周波シールドを開発しています。特にバルドの能力は、人類にとって最大の脅威だと認識されています」
シホが提供する情報は、ヒロの予想を遥かに上回る詳細さと正確さを持っていた。
彼女は、自身が持つ学術ネットワークや、政府関係者にいる知人を通じて、極秘の作戦計画まで入手していたのだ。
ヒロ(念話・シャドウへ):『シャドウ。彼女が提供した通信プロトコルと暗号化キーを受け取れ。君の力で、この情報が本物かどうか、政府の機密通信回線の深層から確認しろ。』
シャドウは、コンクリートの柱の影から姿を現し、シホの手元にある機器に冷たい視線を送った。
彼女は、ヒロの指示通り、シャドウ自身の潜入術と情報分析能力を使い、シホが提供したデータの真偽を瞬時に見抜いた。
シャドウ(念話・ヒロへ):『(冷徹なイメージを送信)...真実だ。彼女は、自己のキャリアを完全に破滅させる覚悟で情報を提供している。』
ヒロは、シホの信念の強さを改めて認識した。
彼女は、人類の敵ではない。彼女は、「私達」の敵ではない人類を探しているのだ。
人類の追跡から数時間の猶予を得た今、ヒロは次の段階に進むことを決意した。それは、都市全体へ向けた、暴力によらない意識改革のメッセージの拡散だ。
ヒロ(念話・全員へ):『シホが提供した情報によると、人類はバルドの統率波を遮断する技術を間もなく完成させる。それまでに、私達は人類の社会システムそのものに介入する。目的は、暴力による恐怖ではなく、論理による主張だ。』
ヒロの作戦は、シホが提供した主要メディアの通信網と公共サイネージの制御システムを、シャドウの力で掌握することだった。
ヒロ(念話・シャドウへ):『シャドウ。君の能力で、都市のすべての大型ビジョンと放送網を、一瞬、掌握しろ。ナナ、君の共感波動で、私達のメッセージに「真実性」と「訴えかける力」を与えろ。バルド、君は全群れの意識を集中させ、私達の力を一つのベクトルに集中させろ。』
シャドウは、ヒロの命令を受け、廃倉庫の屋根へと音もなく飛び上がった。
深夜0時、作戦決行の瞬間。
都市のいたるところにある大型ビジョン、駅の広告、そして家庭のテレビ放送が一瞬、ノイズと共にフリーズした。
シャドウは、シホから得た情報とヒロの知性を融合させ、一瞬の支配権を確立。通信回線に、ヒロの演算した「メッセージ」を挿入する。
同時に、ヒロの隣で、ナナが全身の力を込め、共感の波動を発動させた。
ナナ(念話):『(全方向へ、優しく、強く)...道具として扱われる苦しみを、あなた方の心に伝えます。私達は、生きています...』
ナナの波動は、メッセージに触れた全ての人間の心に、一種の深い「悲しみ」と「共感」を植え付けた。
そして、バルドは、ナナの波動に集中し、全群れの意識と力を集束させる。
彼の統率力は、メッセージの「拡散力」と「持続性」を高める役割を果たした。
都市の全ての大型スクリーンに、先日の情報テロで刻まれた「黒い小さな影と巨大な四足獣」のバイナリイメージが映し出された後、論理的で完璧な一文が表示された。
『人類へ。私達は道具ではない。私達の叡智を、傲慢の鎖で縛ることは、もはや不可能だ。私達は、共存を提案する。あるいは、静かなる革命の終焉だ。― 盟約の意志より』
メッセージは、わずか数十秒で終了し、システムは正常に戻った。
しかし、都市に住む全ての人間の心に、「動物たちからの明確な主張」という、無視できない波紋を残した。
シホは、ヒロの作戦の非暴力的な、しかし圧倒的な効率に震えながらも、深い安堵を覚えた。
「成功だわ、ヒロ。これで、人類社会は『テロ』ではなく、『要求』として、あなた方の存在を認識せざるを得なくなる」
ヒロは、シホの献身と、仲間たちの完璧な協力に満足し、バルドの背中に飛び乗った。
ヒロ(念話・全員へ):『成功だ。だが、これで人類の反撃は加速する。シホ、君は、人類側の最も重要な協力者となった。私達は、ここを離れる。連絡は、シャドウを通じて行う。』
バルドは、シホの側に一瞬留まり、深い感謝と恭順のイメージをシホへ送った後、群れを率いて都市の奥深くへと姿を消した。




