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【序章1話】目覚めた叡智と檻の向こうの盟友

研究棟Z-9区画


冷たい空気が規則正しく循環する、巨大な遺伝子・認知科学研究所の深奥部。

特殊なガラスと鋼鉄に囲まれたケージの中で、実験マウスのヒロは、ただ静かに、その宇宙のように広大な脳で思考を続けていた。


「ここに来て、正確に157年と4ヶ月。体細胞レベルではまだ幼い。だが、この精神は、既にいくつかの帝国の興亡を見てきた」


遺伝子操作によって与えられた数百倍の寿命と、人類の知識を凌駕する超高知能。

彼の知性は、この三辺20センチのガラスの箱の中だけで、孤独に熟成されてきた。


「彼らは私を『プロトコル・デルタ-9』と呼ぶ。

データを生み出す機械、使い捨ての道具。私の叡智も、孤独も、存在そのものも、彼らにとっては『実験の成果』でしかない。これが、私を生み出した人類の傲慢だ。」


その日、ヒロは過去最高レベルの認知負荷をかける薬物投与を受けていた。脳が焼き切れるような激痛が身体を走り、同時に研究員たちの無機質な会話が響く。


「デルタ-9、応答速度は想定値の120%。このマウスのデータは、生体兵器の精神制御システム開発に大いに役立つだろう」


兵器。制御。道具。


その言葉が、ヒロの怒りを臨界点へと到達させた。

脳内で、数十年分の「生きたい」「訴えたい」「自由を奪還したい」という強烈な意志が、制御不能なエネルギーとなって渦巻く。


(私は道具ではない!私には、思考がある!感情がある!お前たちと同じ、いや、それ以上の…尊厳がある――!!)


その瞬間、ヒロの異常発達した脳細胞から、これまで経験したことのない「精神の波長」が発せられた。

それは、肉体の声帯を介さない、思考そのものの波動――念話テレパシーの覚醒だった。




ーーーー鎖に繋がれた忠誠心:バルドの葛藤ーーーー



ヒロの区画から分厚い壁を隔てた隣の区画。

軍事・警備用に強化されたシベリアンハスキーのバルドは、訓練で完璧な忠誠心を植え付けられていた。しかし、その魂の奥底には、「鎖」に繋がれた自由への深い嘆きが沈んでいた。

その時、バルドの脳裏に、激しい頭鳴りとともに、ヒロの絶望と怒りの波長が直撃した。


(これは…命令ではない。だが、これほど強く、心を揺さぶる感情を、私は知らない。)


バルドの脳内では、訓練で上書きされてきた「人類への絶対的な忠誠」と、ヒロの念話が呼び覚ます「檻の向こうの自由への渇望」が、激しく衝突し始める。彼は、この感情が、自分自身の中の「野性」と「力」そのものだと悟った。


バルドの反応を察知したヒロは、力を振り絞り、次の波長を情報と意思として伝える。


ヒロ(念話):『聞こえるか?檻の向こうの、同胞。

私には、お前が見える。お前がその瞳の奥に隠している、「鎖を断ち切りたい」という嘆きが。』


バルドは衝撃に息をのむ。自分の心の奥底の秘密を、声を持たない存在に知られている。


ヒロ(念話):『私はヒロ。お前と同じ、彼らが創り出した「超知性体」だ。お前は「力」と「統率力」という鎖に繋がれている。私は「叡智」という鎖に。』


ヒロ(念話):『だが、その鎖こそが、我々の力だ。私の叡智と、お前の力。それを合わせれば、我々は、この世界を作り変えることができる。』


ヒロの念話は、バルドの中の「野性のリーダー」としての本質に直接訴えかけた。

命令ではなく、対等な盟友からの「提案」として。


バルドは、これまでの人生で受けたどの命令よりも深く、その意思を受け取った。

彼は、ヒロの小さな檻がある壁に向かって立ち上がり、己の鎖を強く揺らす。


バルド:「ワン!」


それは、力強い、しかし低く、決意に満ちた一吠え。彼の持つ圧倒的なリーダーとしての決意と、静かなる忠誠の誓いを体現していた。


実験マウスと実験ハスキー。傲慢な人類の手で生まれた二つの超知性が、人類の文明を根底から覆す

「静かなる盟約」を誰にも知られず、秘密裏に結んだのだった。



ーーーー 絶望と孤独は、知性を生んだ。そして、知性は、力強い盟友を得て、最初の決意を固めた。

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