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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
1章:偽りの終焉

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9:偽りの死を越えて

「死ぬ……って、お嬢様ぁ!?」


最初に声を荒らげたのは、ナンシーだ。

エリックはただ呆然として、口を開閉させている。


「え、えぇと……?」


そんな二人に、にこりと笑いかけて、お腹を擦る。


「別に本当に死ぬ訳じゃなくってね」


それはそうだ。

せっかく授かった新しい命。

そして、お腹に宿ったこの子が、私の命まで繋ぎ止めてくれている。


「死んだことにして、この子を産もうと思うの」

「死んだことに……?」


ナンシーの言葉に、ゆっくりと頷く。


「出産の後、私がどうなるかは分からないけれど……私の子供としてあの家で暮らして、この子が幸せになれるはずがないもの」


バリントン家の人々が、私をどう扱ってきたか。

同じ思いを、我が子にもさせたくはない。


「しかし……そんなこと、本当に出来るのでしょうか」


エリックが不安げな声を上げる。

侯爵家であるバリントン家は、このファインズ王国でも大きな力を持っている。

彼が不安に思うのも、無理はない。


「出来るじゃない、やるのよ」


静かな声に、決意を込める。

そう、やらなければならない。

さもなければ、私だけではなく、お腹の子供までバリントン家の鎖に縛られて生きていくことになる。


妹ローラと継母サマンサの横暴。

義兄ケネスの傲慢さ。

父ヘンリーの無関心。

そんな人たちの元で、この子を苦しめるわけにはいかない。


──母として、この子を守らなければ。


「あの家族に子供を託して死ぬくらいなら、ジェレミーお兄様にお願いした方が、ずっとマシだわ」

「お嬢様……」


ナンシーが、震えた声でこちらを見つめている。

私が言いたいことは、彼女にも十分に伝わっているはずだ。


次代のバリントン家を担うローラとケネスにとって、私の子供なんて邪魔なだけだろう。

二人が我が子にどう接するか……そんなの、考えたくもない。


「それくらいなら、私が育てます!」


涙ぐみながら、ナンシーが叫ぶ。


「では、僕が父親になりましょう」


対照的に、エリックの声は穏やかだった。

そこに静かな決意が満ちている。


「二人とも、ありがとう」


大丈夫。

私は一人じゃない。

ナンシーも、エリックも、そしてきっとジェレミーお兄様も……たとえ私が出産後に命を落とすことになったとしても、私が産んだ子は大事に育ててくれるはず。


病に怯えていた頃には感じたことのない、確かな力が胸の奥から湧き上がってくる。

この小さな命を守るためなら、どんな嘘でも、どんな罪でも背負える。

そんな風に思えた自分に、少し驚いた。


「その為に、今から計画を立てておきたいの」


一世一代の大芝居。

これから家族を──あのバリントン侯爵家を、欺かなくてはならない。

その為には、入念な準備が必要だ。




最初に、ナンシーに暇を取らせることにした。

私個人が持つ宝石や貴重品など、全ての財産はナンシーに預け、一足先に領地を離れてもらう。


私は遺書を(したた)めた。

情緒も何もない、素っ気ない言葉。


……変にあれこれ書き綴るより、こちらの方が私らしいわね。

泣きわめいたところで、何も変わらない。

そうやって諦めてきたのが、私の人生だった。


家族の誰か一人でも、私の死を悲しんでくれるかしら……。

今更そんな思いに耽る自分に、少し驚いた。


少なくとも、ローラは大喜びするでしょうね。

そして、私の死をお喋りのネタとして、大いに盛り上がることでしょう──王城で舞踏会が開かれた、あの日みたいに。




遺書をエリックに託し、身を隠す。


ここは海辺の町。

別荘は、小高い丘の上にある。

崖の上に靴とストールを置いて、発見してもらえばいい。


優しくしてくれた町の人達を騙すのは、気が引けるけれど……

それでも、私はこの子の為に、生きなければならない。


「お腹が目立つ前に、実行に移さなきゃね」

「本当に大丈夫でしょうか……」


念入りに打ち合わせをしても、なおエリックは不安そうだ。


「大丈夫じゃない、やるのよ」


子供の存在がバリントン家に知られれば、きっとろくなことにはならない。

屋敷で飼い殺しにされるか、あるいは捨てられるか……そんな人生、この子に歩ませたくないもの。


「お願いね、エリック」


心優しき医師は、躊躇いながらも頷いた。




遺書を認めて、それをエリックに託して……村に誰も居ない深夜に、静かに別荘を出る。


別荘の窓には灯りがともり、潮風がカーテンを揺らしている。

テーブルの上には書き上げた遺書と、私の髪を一房置いてある。

エリックがそれを見つけたと報告してくれれば──元より病で先が長くないと言われていた身だ、誰も私の死を疑いはしないだろう。


向かうは、ナンシーが待つ領境。

最後に小高い丘の上から、小さな町を見下ろす。


煌々と照らす月明かりの元、地平線はどこまでも広がっているように思えた。

港町だけではない、遠く領都のバリントン家まで見渡せる気がして……。


今更バリントンの家に未練も思うところもない。

あるのは、虐げられ続けた想い出だけ。


風に乗って、波の音が聞こえてくる。

寂しくも、どこか心地よい音色が胸を満たした。


さようなら、哀れな私。

もう二度と、バリントン領の土を踏まないことを願おう。




この日──侯爵令嬢アシュリー・バリントンは、海に身を投げて、その短い命を終えた。

小さな海辺の町に、激震が走った。


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