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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
1章:偽りの終焉

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8:奇跡が宿るとき

魔力欠乏症は、不死の病と言われている。

魔力とは、いわゆる生命力。

それを少しずつ零しながら生きていくこの病は、静かに命を削る呪いのようなものだ。


魔力欠乏症は、聖属性の魔力を持つ者に多い。

聖属性とは、いわば癒やしと豊穣の魔法。

怪我人を癒やしたり、病人を回復させたり、枯れた大地を蘇らせたり──そう、聖属性とはいわば“恵みを分け与える”力なのだ。


聖属性の使い手は、とても稀少だ。

しかも、魔力が強ければ強いほど、体外に放出される魔力が増えて、魔力欠乏症に罹りやすいと言われている。


需要と供給のアンバランスさ。

それこそが、魔力欠乏症の原因だ。


魔力には人それぞれ特徴があり、魔法で第三者を癒やすことは出来ても、魔力そのものを分け与えることは出来ない。

また、魔力を増やすことも難しい。


魔力欠乏症、それは遠からず死を意味する症状として、広く知られていた。

──そのはずなのに。


「それって、一体どういうこと……?」


医師であるエリックの言葉が信じられず、思わず聞き返す。

だって、信じられるはずがない。

“魔力欠乏症が回復した”だなんて、そんな例は、今までに聞いたこともない。


「は、それが、どうやら……」


エリックが、何やら言い辛そうに口籠もる。

今更何を言えないことがあるというのか。

そう思ったのも束の間、続いてエリックの口からもたらされた言葉は、私の理解を遙かに超えた内容だった。


「お嬢様は、懐妊していらっしゃいます」

「かい……にん?」


一瞬、時間が止まった。

鼓動の音だけが、耳の奥でやけに大きく響く。


「え、私が妊娠している……ということ?」

「はい」


エリックがどこか赤らんだ顔で頷く。

彼が言い辛そうにしていたのも、納得だ。

私は独り身の令嬢だ。

そんな私が妊娠など、おおっぴらに言えるような話ではない。


しかし、妊娠。

妊娠……そう言われても、まったくといって良いほど、心当たりがない。

生まれてこの方、恋人は勿論、親しくしている殿方さえ居ない。

強いて言うなら、従兄のジェレミーお兄様と、剣の師である王弟殿下でしょうか。

とはいえ、ジェレミーお兄様は親族だし、王弟殿下をそのように言うのはおこがましい。


そもそも、私自身が性行為に及んだ覚えがないというのに、どうして妊娠なんて話になったのか。

頭を抱える私は勿論のこと、私の隣で、ナンシーもハラハラとした表情でこちらを見守っていた。


「あ……」


そこで、はたと気が付いた。


「そうだわ、あの夜……」


王城で開催された、豪華な記念式典。

私が参加した、最後のパーティー。

あの場で王太子殿下が秘蔵のワインを開けてくれて、調子にのって飲み過ぎた挙げ句に、私は記憶を失ってジェレミーお兄様と王弟殿下に運ばれて帰宅した。


何かがあったとしたら、あの夜しか考えられない。

それ以外に、性行為に及んだことも、記憶を失ったこともない。


「どうやら、必要な魔力をお腹の子供が全て補ってくれているようです」

「え……?」


エリックの言葉は、驚くべきものだった。

魔力欠乏症に罹るほど、私の身体は大量の魔力を放出している。

その全てを、お腹に宿った新しい命が補ってくれているということ?


だとしたら──お腹の子供は、どれだけの魔力を保有しているのだろう。


「とても信じられないことですが……現状を確認するに、間違いありません」


エリックが重々しく頷く。

彼は正直な男だ。

私を騙したり、冗談でこんなことを言うような人ではない。


「私のお腹に、子供が……?」


居間のソファーにもたれかかったままで、呆然とお腹を撫でる。

今はまだ、少しの膨らみも見せてはいない。

妊娠していると言われても、全然実感が沸かない状態だ。


「お嬢様……おめでとうございます」


私の手を取り、祝いを口にするナンシーの瞳は、涙に濡れていた。

それは妊娠したことに対してなのか、それとも魔力欠乏症が回復したことに対してか……。


どちらにせよ、喜ばしいことには変わりは無いのだろうが、それにしたって、大きな問題が一つある。


「父親って……誰なのかしら」

「「は???」」


私が呟くと、エリックとナンシーの上擦った声が、綺麗に重なった。




「お、お嬢様、それは……」


ナンシーの顔が、僅かに青ざめている。

どうやら誤解させてしまったらしい。


「違うのよ、ナンシー。不特定多数の男性と関係を持ったとか、複数人の相手が居るとか、そういうのではなくって」

「では、一体どういう意味なんですか!?」


私にとって、ナンシーは唯一無二の存在。

姉のようであり、母のようでもある、大事な存在だ。

そんなナンシーが知らない間に、私が不埒な行為に及んでいただなんて……彼女も考えたくはないのだろう。


「私が酔い潰れて、ジェレミーお兄様と王弟殿下に迷惑を掛けてしまった時があったわよね」

「ええ、王都で式典が行われていた日ですね」


ナンシーが頷く。


「おそらく、あの日だと思うのだけれど……というか、それ以外には考えられないのだけれど……」


語気がどんどん弱くなっていく。

ナンシーとエリックの、四つの瞳がじっとこちらを見据えていた。


「その、少々深酒をしすぎたせいか……誰と床を共にしたのかも、覚えていなくって……」

「「お嬢様~!?」」


またも、二人の声が重なった。


ごめんなさい。

嫁入り前の侯爵令嬢にあるまじき行為だと、反省しています。

貴族令嬢である以前に、未婚の女性として、どうかと思う。

二人に呆れられても仕方の無い失態だ。


「ご、ごめんなさい……」


堪り兼ねて謝罪の言葉を漏らした私を、ナンシーがぎゅっと抱きしめてくれた。


「ううん、謝られることはありません。何より、お嬢様の病が回復したことが嬉しくて……」


私の肩口に触れた頬は、涙に濡れていた。


「ずっと、お嬢様と一緒に居られる時間は、残り僅かだと思っていたから……私、わたっ、わたし……っっ」


そこから先は、もう言葉にはならなかった。

泣きじゃくるナンシーを慰めている間に、私の視界まで、気付けば涙で霞んでいた。


見れば、エリックまで涙ぐんでいる。

ふふ、三人で身を寄せあって泣いているなんて、おかしな光景ね。

でも……喜びも悲しみも、こうして分け合える相手が居てこそなんだわ。

一人では、とても受け止められなかっただろうと思うの。


二人が居てくれて、本当に良かった……心の底から、そう思えた。




「それにしても、妊娠して症状が改善するなんて……」

「こんな症例は、聞いたことがありません」


医学を学んだエリックでさえ、初耳らしい。

それもそのはず、魔力欠乏症を回復させるほどの魔力を持つ子供など、そうそう居る訳もない。


「父親は誰なんでしょうね?」

「うーん……」


ナンシーの呟きに、暫し記憶を辿る。


「一緒に飲み明かした相手なら、リスター公爵様と王太子殿下。私を送り届けてくれたのは、王弟殿下とジェレミーお兄様。おそらくその四人の誰かだとは思うのだけれど……」

「「!?」」


エリックとナンシーが、今度は目をむいて固まった。

まるで、時が止まったみたいに。


自分でも酷い面子だと思う。

思うけれど……それ以外には考えようがない。


泥酔した私が路上やそこら辺で放置されていて、名も知れぬ相手と行為に及んだ……なんてことは、流石に無いだろう。

酔い潰れた相手を放っておくほど、リスター公爵様も王太子殿下も、ろくでなしではない。

であれば、飲んでいるうちにそういう空気になって事に及んだか、あるいは飲み終えた後の帰り際か……どれだけ考えたところで、抜け落ちてしまった記憶は、さっぱり辿ることが出来なかった。


「なかなか、凄いメンバーですね……」

「そうね……」


苦笑を浮かべながら、お腹を擦る。

でも、今名前を挙げた面々であれば、魔力欠乏症を補うほどの子供が生まれるのも頷ける……魔力量は本人の資質にも依るが、血筋と家柄に依るところも大きいのだ。


「まさか、こんなことになるとは……」


魔力欠乏症が回復したことも驚きだが、妊娠していたことも驚きだ。

これから先、どうしたものか。

侯爵家の皆は──いや、社交界の誰もが、私が今年限りの命だと思い込んでいるはず。


「急ぎ、侯爵様に連絡なさいますか?」

「ちょっと待って」


医師として声を上げたエリックを、制止する。


「子供を産んだ後は、どうなるのかしら」

「そればかりは……出産を終えてみないことには」


エリックが言葉を濁す。

それはそうだろう、このような症例自体が初めてなのだから、分かるはずもない。


「そう……」


出産後、私の身体はどうなってしまうのだろう。

一番考えられることは、魔力の供給源である子供が体内から居なくなって、元通り。

死亡予定日が僅かにズレただけの状態。

であれば、別にこのまま療養を続けたところで、何も変わらない。

思っていたより、長生きしましたね……というだけだ。


もし出産後も生き長らえた場合……再びあの侯爵邸に戻るのだけは、絶対に嫌だ。

あんな生きているのか死んでいるのかも分からない生活に、戻りたくはない。


それ以前に、私がどうなろうと、子供にまであそこでの暮らしを強いたくない。

私の子供というだけで、バリントン家で迫害されるだろう未来が視える。

私の命を必死に救ってくれているこの子に、そんな想いは絶対にさせられない。


この子が居る限り、私はまだ生きていける。

……けれど、この世界で“アシュリー・バリントン”として生き続けることは、もう出来ない。


であれば──、


「お嬢様、何を考えていらっしゃるのですか?」


黙り込んだ私を不審に思ってか、ナンシーが私の顔を覗き込んでくる。

そんな彼女に、にんまりと笑顔を見せた。


「私……死のうと思うの」


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