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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
1章:偽りの終焉

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7/20

7:潮風に包まれて


馬車の中にまで、ほんのりと潮風が香る。

窓から見える景色は、青一色。

澄んだ空と、広い大海原。

この風景のどこにも、バリントン侯爵邸で感じていたような陰鬱さは見られない。

同じ領地だなんて、とても信じられないくらい。


私は療養の為に、バリントン侯爵領の外れにある海辺の町に来ていた。

何もない小さな田舎町だけれど、この町には、海がある。

小高い丘の上には、生前お母様が何度も足を運んだという別荘が建っていた。


「すごい、綺麗ですね……」


馬車を降りたデイジーが、眼下に広がる海を目にして、息を呑む。

デイジーに遅れて、先に降りた男性に手を取られながら馬車を降りた私の髪を、潮風が舞い上げた。


「この地でしたら、雑事に煩わされることなく、ゆっくりと過ごせるでしょう」


私に手を差し伸べてくれた男性が、笑顔を見せる。

彼の名前は、エリック・オズボーン──オズボーン男爵家の三男で、バリントン家お抱え医師であるトゥイガー先生のお弟子さんだ。

私にとっては診察の度に会う、顔馴染みの相手でもある。

屋敷を離れて別荘で療養するということで、ナンシーと共に、彼も同行を申し出てくれた。


「町に降りて買い物をする為には、坂を下りなければいけないのね」


海辺の町まで距離にしてそう遠くはないが、丘の上の別荘だけあって、坂道が続いている。


「大丈夫です、買い出しなどは私が頑張りますから!」


ナンシーが力こぶを作ってみせた。


「食料などは、定期的に運んで貰えば大丈夫でしょう」

「そうね」


エリックの言葉に頷き、新しい我が家となる別荘を見上げる。


貴族の屋敷にしては小さな建物だが、私達三人で暮らす分には、これくらいが丁度良い。

広くなりすぎると、掃除や手入れが大変だものね。

見上げた建物の二階には、海に面して窓が設けられている。

部屋からの景色も、きっと綺麗だろう。


「二人とも、私の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」

「何をおっしゃいますか、お嬢様!!」


真っ先に声を上げたのは、ナンシーだ。


「私はお嬢様のいらっしゃるところならば、どこへでもお供します」

「ありがとう、ナンシー」


“冥府までもお供します”と言い出しかねない勢いに、つい苦笑が零れる。


「貴女には貴女の幸せを追い求めてほしいのだけれど……」

「私はお嬢様にお仕え出来て、それだけで幸せです」


屋敷で冷遇される私の専属で、さぞ形見が狭いだろうに……ナンシーはそんなことは全く感じさせずに、毎日元気に働いてくれている。

なんと出来た侍女だろう。


——ふと、胸の奥に小さな痛みが走った。

彼女が与えてくれる温もりとも、別れなければならない時がやってくるのだ。

しかも、それはそう遠くない未来のこと。


「私が亡くなった後は……屋敷に戻ることになるのかしら?」

「それは……っ」


私の問いに、ナンシーが息を呑む。

亡くなった後のことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

今年の冬は越せないと宣告されている身だもの、身の回りのことは、ちゃんと考えておかないとね。


「もし貴女がバリントンの屋敷に戻るのが嫌ならば、ジェレミーお兄様に紹介状を書いておくから。ティリット侯爵家を訪ねてちょうだい」

「お嬢様……」


じわりと、ナンシーのオレンジ色の瞳に、涙が滲む。

ああ、泣かせたかった訳じゃないのに……。


「泣かないで、ナンシー。貴女には、誰よりも幸せになってほしいの」

「わた、わたしは、お嬢様にこそ幸せになってほしいのにぃ……っ」


ボロボロと涙を零すナンシーをそっと抱きしめ、背を撫でる。

その様子を、医師のエリックが目を細めて見守っていた。


「僕も最後までお付き合いしますよ、アシュリーお嬢様」

「よろしいのですか?」

「どうせ一人気儘な身ですからね」


エリックの生家であるオズボーン男爵家は、騎士の名門。

三男のエリックも、また騎士として身を立てることを期待されていた。

しかし、彼が興味を持ったのは、医学の道。

人を切ることよりも、人を生かす道を選んだ──そんな彼を放っておけず、トゥイガー先生が彼を引き取り、己の弟子としたのだ。


「それに、女性二人では何かと物騒ですし……男手も必要でしょう?」

「そうね、居ていただけると嬉しいわ」


あの窮屈なバリントン侯爵家で、数少ない私が心許せる相手。

これからは、二人と共に海を眺めて暮らしていこう。

残り少ない人生、一日一日を大事にしていきたい。




侯爵家の長女が療養に来たと聞いて、小さな町の住民達は、最初はおっかなびっくりだったそうだ。

万が一私の不興を買ったら、小さな町などあっという間に潰されてしまうのでは……そう考え、恐れていたという。

私にそんな力は無いというのにね。


最初に話をしたのは、別荘に食料を運んでくれている、商店を営む親子だった。

手伝いで一緒に来ていた娘さんは、十一歳。

育ち盛り、何にでも興味を持つお年頃だ。


居間で寛ぐ私の姿を建物の外から窓越しに眺めていたらしく、父親が慌てて謝罪してきた。


「大変申し訳ございませんでした!!」


そう言われた時は、心底ビックリしたものだ。

窓の外から姿を見ただけで、どうして謝られなければならないのか。

彼等にとっては、侯爵家のご令嬢など雲の上の遙か上空に住まう人々。

同じ空気を吸うこと、視界に入ること、一方的に姿を見ることさえ恐れ多いと考えていたらしい。


「気にしないで。私はバリントン家とは、もはや縁遠い身ですから」

「ええ……?」


そう言われても、社交とはほど遠い小さな食料品店を経営する親子には、ピンとこない話だったのだろう。

キョトンとする彼等に笑顔を見せて、ナンシーにお茶を用意してもらう。


「そんなことより、一緒にお茶でも如何ですか。普段訪ねてくる人も居なくて、暇なのです」


侯爵令嬢が小さな店の親子と席を同じくするなど、人が聞いたら驚くことだろう。

でも、どうせ残り僅かな人生だもの。

最後の時くらい、私の好きに過ごさせてもらいたい。


お高く止まった貴族達より、汗水垂らして働いている市井の人達の方が、ずっと好感が持てるもの。

一度でいいから、彼等の話を直に聞いてみたかったの。


こうして、週に二度食材が届けられる度に、食料品店を営む親子とお茶をするようになった。

その頃からだ、私の噂が少しずつ変化していったのは。


最初は怖々だった町の人達が、声を掛けてくれるようになった。

ナンシーが買い物に行くと、お土産を持たせてくれるようになったらしい。

時折窓の外から子供達の笑い声が聞こえてきて、二階の窓から手を振ったりもする。


侯爵邸に居ては、触れ合えなかった人達。

屋敷では知ることの出来なかった、温かさ。

小さな町に暮らす人々が、私の心を癒やしてくれていた。


いや、癒やされたのは心だけではない。

身体も、驚くほどに快調だ。

とても自分では歩けないだろうと思っていた別荘への坂道も、自分で上り下り出来るようになって、ナンシーと一緒に町まで歩いてお出かけ出来るようになったのだ。

余命半年と言われている私にとって、これは驚くべき快挙だった。


当然、医師のエリックが付き添ってのことだが、エリックもまた、私の体調がみるみる回復していることに驚いていた。

まさか、余命宣告を受けてから逆に元気になるだなんて、誰も思わないじゃない。


そうして、ある日──ついに、エリックから驚くべき一言が告げられた。


「え、魔力欠乏症が回復した……ですって!?」


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