13:春を告げる産声
長く厳しかった冬がようやく終わり、村の屋根に積もった雪もすっかり姿を消していた。
春を迎え、豊かな実りが森を彩り始めた頃──私は臨月を迎えていた。
ナンシーは冬の間に、子供服をたくさん仕立ててくれていた。
クレアさんもちょくちょく様子を見に来てくれて、チェスターは私の様子が気になるのか、町には戻らずにマルコム村に留まり続けていた。
厳しい冬も、医師のエリックが村に居てくれたおかげで、犠牲者を出さずに越すことが出来た。
次は、新しい生命の誕生。
村中がどこか浮き足だって、その時を待ちわびていた。
子供が生まれた後……私は一体、どうなってしまうんだろう。
そのことを思えば、恐怖はある。
あるけれども、この子をちゃんと産んであげたい……その願いも、同時に抱えていた。
冬を越せないと言われていた私にとって、この春は、奇跡のようなものだ。
春を迎えて、愛しい我が子がお腹の中ですくすくと成長していて……これ以上、何を望むことがあるだろうか。
私に何かあったとしても、ナンシーとエリックが、この子を立派に育ててくれるだろう。
村の皆も、手を貸してくれるはずだ。
後を託せる人々が居る場所で、出産に臨める幸せ。
予定日が近付くにつれて、それを強く実感していた。
きっと、バリントン侯爵家に残っていては、こんなにも心穏やかに居られなかっただろう。
大きなお腹を、そっと撫でる。
自分の存在を伝えてくるかのように、元気な反応が返ってきた。
何があっても、大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、静かに時を待つ。
お産の兆候は、突然にやってきた──。
朝起きて、ナンシーが用意してくれた朝食を食べる為に、二階の自室から一階へと降りる。
階段を歩く最中、鈍い痛みが走った。
「……お嬢様?」
手摺りに掴まった私を不審に思ってか、ナンシーが慌てて駆けてくる。
「だ、大丈夫ですか? もしかして、何か……」
慌てるナンシーに、ゆるりと首を振る。
「大丈夫。ただ、ちょっとお腹が張って……」
「ひょっとして──」
ナンシーが、エリックを起こしに走る。
小さな村が、緊張に包まれた。
お腹の子供は大柄らしく、出産にはかなりの時間を要した。
痛みの波が押し寄せるたびに、私は自分の命の鼓動を確かめるように息を吐いた。
恐ろしいはずなのに、不思議と心は静かだった。
この子に会えるなら、どんな痛みも怖くはない──その想いだけが、私を支えていた。
私がベッドで苦しんでいる間、ナンシーがずっと私の手を握り、励まし続けてくれた。
エリックの指示の下、クレアさんがあれこれ動いてくれていたと聞く。
その間クレアさんの夫のブルーノさん、息子のチェスターを始めとした男性陣は、部屋に立ち入ることも出来ずにひたすら廊下で気を揉んでいたらしい。
産声が聞こえた時は、歓喜の声で、小さな家が揺れるほどだった。
「男の子です、お嬢様!!」
ナンシーの涙声が、どこか遠くに聞こえる。
「よく頑張ったねぇ。すごく元気な子供だよ」
クレアさんも、鼻を啜りながら私を労ってくれた。
エリックの腕に抱かれた、白い布に包まれた存在。
つい先ほどまで、私のお腹に居た子供。
私の命を繋いでくれた我が子。
私の──愛おしい子。
初めて目にした天使は、私と同じ銀の髪をしていた。
震える指で頬を撫でると、小さな温もりが掌に伝わった。
こんなに小さな手で、私を掴んでくれる。
世界にこんなにも尊いものがあるなんて、知らなかった。
この子が、ずっとお腹の中に居たんだ。
お腹の中に居て──私の命を、守り続けてくれていたんだ。
そう思うと、自然と涙がこみ上げてくる。
生まれてきてくれて、ありがとう。
私を助けてくれて、ありがとう。
私の子供になってくれて、ありがとう。
どれだけの感謝を並べても、とても足りる気がしない。
ボロボロと零れる涙を、ナンシーがそっとハンカチで拭ってくれる。
そんな彼女の顔にも、大粒の涙が滴っていた。
「見事な髪色だねぇ。この子はお父さん似かねぇ」
「そうみたいですね」
出産の翌々日。
いまだ疲労は色濃く残ってはいるものの、体力は少しずつ回復を見せていた。
子供が生まれた後、私の体質がどうなるか、誰にも予想は出来ない。
エリックは少し神経質なほどに、私の様子を気にして、傍に居てくれる。
事情を知らぬクレアさんは、小さな村で生まれた新しい命に、ただひたすら表情を緩ませていた。
「お母さんも美人だからねぇ。この子はきっと、将来女泣かせになるよ」
銀の髪は、バリントン家の象徴。
この子も将来的には、目立たぬように黒く染めることになるのだろうが──それも、今はまだ先の話だ。
「そういえば、名前は決めたのかい?」
「ルーカスにしようかと」
「まぁまぁ、名前まで格好いいねぇ!」
私の命を繋いでくれた子供。
光を意味する古語から、ルーカスと名付けることにした。
「私がルーカス様の面倒を見ていますから、お嬢様はお休みになっていて大丈夫ですよ」
「ありがとう、ナンシー」
優しいナンシーの言葉に甘え、ベッドの上で静かに目を閉じる。
疲労は残っているが、目を閉じるだけで、どこか満ち足りた感覚が広がっていくのが分かる。
いつ尽きるか分からないと言われていた私の命は──出産を終えた今、力強く鼓動を刻み続けていた。









