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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
2章:芽吹きの村で

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15/20

12:冬を待つ森にて

冬支度は順調に進んでいた。

最初の頃は約束通り、森までお弁当を届けに行っていた。

しかし、なぜかお弁当を届けた後に私が戻ろうとすると、チェスターが作業の手を止めて、私を家まで送り届けてくれるのだ。

そうして再び森に戻って、作業を再開する。


そんなの、届けに行く意味が無いじゃない。


チェスター曰く、森は魔獣が出ることもあって危険だとのこと。

それなら、何故私に弁当を届けるように言ったのか。

そもそも、私も剣を使うと、出会った時から言ってあっただろうに。

まったく、彼の考えることは、よく分からない。


妊婦を呼びつけるなんて何事だというクレアさんの言葉により、結局お弁当を届けに行く日課も無くなってしまった。

私としては、丁度良い散歩だったというのにね。


でも、おかげで最初は私を嫌っていたチェスターとも、普通に話が出来るようになった。

今では気軽に呼び捨てで呼べるくらいには親しくなった……と思っている。


マルコム村の集会場には、村人全員が冬を越せるだけの薪が集められていた。

侯爵邸では、見ることのなかった景色。

何もかもが新鮮で、私の目を楽しませてくれる。


森の木々は緑色から黄朽葉へと変化していた。

森に心地よい風が吹く度に、枯れ葉が舞い落ちて、大地に降り積もる。


もうすぐ、バリントン家を出てから、初めての冬がやってくる。

そうして、冬が終われば──私は、この子と会えるんだ。


そっと、お腹を撫でる。

指で擦れば、自分はここに居るよと自己主張をするかのように、お腹の子供が元気よく動いた。


最初は不思議で仕方なかった胎動にも、すっかり慣れてしまった。

お腹の膨らみも少しずつ目立つようになってきて、ナンシーの過保護っぷりがますます激しくなってきてしまった。

少しくらいは運動した方が良いんだよとエリックやクレアさんがどれだけ言っても、なかなか納得してくれない。


心地よい空間。

温かな人々。

小さな貧しい村だけれど、この村に居る人々の心は、とても温かい。


春を迎えて、出産を終えて──その後も、この平和な村でずっと暮らしていけたらいいのに。

明日も分からぬ身なれど、そう願わずには居られない。


生まれた時から、いつ死ぬか分からないと言われてきた。

今年の冬は越せないだろうと、余命宣告を受けた。

覚悟は出来ていたつもりなのに、幸せを得てしまえば、人は臆病になる。


この平穏が続くことを、願ってしまう。


「……大丈夫。お母さんは、強くなるからね」


ポコポコと動くお腹を撫でて、静かに語りかける。

この子がくれた時間。

この子が繋いでくれている命。

出産の後、私がどうなるかは分からないけれど……今は、とにかくこの子を無事に産むことだけを考えよう。


さくり、さくりと降り積もった落ち葉を踏み歩きながら、私の心は一足先に寒い冬と、その先の未来へと向いていた。




ふと、木々がざわめいた気がして、顔を上げる。

歩き慣れた、国境の森。

そんなに奥まで踏み入ったことはないが、森の入り口くらいなら、案内無しでも一人で歩けるようになった。


その森が、いつもとは違う表情を見せている。


「何……」


異変はすぐに音となって、鼓膜を揺らした。

森の奥から、二人の男が駆けてくる。


「に、逃げろ……」

「大変だぁぁ!」


どちらも見覚えのある男だ。

マルコム村に住む、若い木こりとその友人ではなかったか。


「どうしたのですか?」

「そ、それが……」


彼等は足を止めることなく、声を張り上げた。


「森に、魔獣が出たんだ!!」




その報せは、小さな村中を駆け巡った。

自警団に所属する村人達が集まり、集会場で対策を講じている。


元より森に面した村だ、魔獣が出ることはこれまでにもあったのだろう。

その度に自警団による見回りを強化しながら、少し離れたところにある町の冒険者ギルドに依頼を出すか、冒険者への依頼でどうにもならないと判断したなら、領主の元に使いを出すそうだ。


領主と言っても、直接ティリット侯爵に話が届く訳ではない。

ティリット侯爵家が抱えた騎士団に通達が行き、そこから討伐の為の軍勢が派遣される。

そうは分かっていても、隠れ住む身ではなかなか落ち着かないものだ。


今回は、冒険者であるチェスターが、丁度村に帰省している。

冒険者ギルドに人を走らせる一方で、チェスターの元にも、村人達が押し寄せた。


「コカトリス程度なら、俺一人で十分だ」


チェスターの言葉は、村人達を安堵させた。

村長からチェスターに依頼が出されて、チェスターが単身討伐に向かう。


いつもの森は、ピリリとした緊張感に包まれている。

早朝、森に向けて出立する隣人を、私は家の前で待ち構えた。


「コカトリスは毒を持つと聞きます。一人で大丈夫?」

「毒なんて、受けなければなんてことはない」


歴戦の冒険者らしい、頼もしい言葉だった。

使い込まれた鎧を身に纏ったチェスターは、いつもの村の青年といった様子から、死線に立つ戦士の顔へと変化していた。


なるほど、彼ならば任せても問題ないのだろう。

そう思いはするが、相手が毒を持つ魔獣となれば、心配になるのは仕方ない話だ。


万が一にも毒を受ければ、動きが鈍る。

下手をすれば、そのまま死に至る。

どれだけ有利に事が運んでいようと、一瞬で全てが覆る──それが魔獣との戦闘だと聞いた。


私はチェスターを見送った後、ナンシーが朝食の準備をしている隙を突いて、一人家を出た。

身重な身で、戦闘に加勢するつもりはない。

ただ、チェスターに何かあった時には──彼を救い出さなければならない。


私には、それだけの力はあるのだから──。




結論から言うと、私の心配は杞憂に終わった。

広い森の中、コカトリスと遭遇するまでには時間が掛かったものの、いざ戦闘に入ればチェスターの立ち回りは危なげなく、毒どころか負傷を受けることなく、巨大な鶏に似た魔獣の息の根を止めた。

魔獣の死体は、それだけで金になる

肉は食用、羽根は高級品として王都で取引され、それ以外の部位も貴重な資源として値が付くのだ。

その為、コカトリスを仕留めてすぐに、チェスターは動脈を裂いて血抜きに取りかかっていた。

流石は冒険者だ、その作業は手慣れている。

こういう細かいところで、肉の味に差が付くのだろうな……などと、妙に感心してしまった。


ともかく、無事にコカトリスを仕留めたならば、これ以上私が息を潜めている必要はない。

ナンシーに怒られないうちに、さっさと家に戻るとしよう。

……もう既に、怒られることを覚悟しなければいけないかもしれないが。


「シェリーなんだろ?」


そんな中、ふと名前を呼ばれた。

シェリーとは、この地で名乗った偽名だ。

理解までに、一瞬の間があった。

その隙に、コカトリスの巨体を大木に吊るしたチェスターが、私の行く手を塞ぐ。


「どうしてこんなところまで来た」

「様子を見に来たのよ」


見上げるチェスターの顔は、いつになく険しい。

それはそうだろう、身重な身体で魔獣が居る森までやってきたのだから、彼の怒りは当然かもしれない。

とはいえ、私だって引くつもりはない。


「別に手を貸そうとか、貴方の腕を信頼していない訳ではないわ。あくまで万が一のことがないように、見守っていただけだもの」


チェスターの眉が、不快そうに歪む。

彼は黒い髪を片手で掻き上げ、大きくため息を吐いた。


「こっちの身にもなってくれ。気付いた時は、気が気じゃなかった」


ひょっとして、私のせいで集中を乱されでもしたのだろうか。

だとしたら、申し訳ないことをしてしまった。


「心配してくれなくて、大丈夫なのに。言ったでしょう、それなりに身に覚えはあるの」

「シェリーの場合は、腕がどうこうという話じゃないだろう」


それはそうかもしれない。

少し気まずくなって、思わず視線を逸らす。


「……いい腕ね。危なげなく見ていられたわ」

「それはどうも」


露骨に話を逸らそうとしたのが伝わっているのか、チェスターが肩を竦める。


「その腕なら、冒険者以外でも食べていけるんじゃない?」


何気なく言った一言に、チェスターはどこか寂しげな笑みを浮かべた。


「何になれるかなんて、出自次第だよ」


静かな、押し殺した声だった。


「小さな村のパン屋のせがれが、騎士になれる訳もない」


どこか、諦めを含んだ言葉。

彼の瞳は、目の前に居る私ではなく、どこか遠くを見ているようだ。


「小さな頃はそんなことにも気付かずに、がむしゃらに剣を振り回していた。今思えば、馬鹿みたいだな」

「あら、馬鹿ってことはないと思うのだけれど」


自嘲気味な彼の言葉に、つい声を上げてしまう。


「努力したからこそ、今の実力があるのでしょう? 立派なことだわ」

「……そう、か」


小さく答えたチェスターが、ふいと視線を逸らす。

照れているのだろうか、黒髪の下、形の良い耳が真っ赤に染まっていた。




森に現れた魔獣は、無事に討伐された。

ナンシーとエリックにこっぴどく叱られながらも、村は静かな平穏を取り戻したのだ。


やがて、長い冬がやってくる。

冬が終わり、雪解けの春が来たら──いよいよ、出産の準備だ。

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