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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
2章:芽吹きの村で

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13/20

10:新しい名前、新しい日々

のどかな田園風景が、どこまでも続いていた。

黄金色の穂が風に揺れ、空はどこまでも青く澄み渡っている。

王都でも、バリントン侯爵家でも決して見ることが出来なかった、開放的な景色。


この小さな村が、私の新しい住処。

第二の人生を送る場所。


私達はバリントン領を離れて、お母様の実家──ジェレミーお兄様の居るティリット侯爵領にやって来た。

ティリット侯爵領の最も端に位置する、マルコム村。

領都から遠く離れた、国境の小さな村だ。

ここなら、ジェレミーお兄様に見付かる心配もないだろう。


「お嬢様、お加減は如何ですか?」

「大丈夫よ、ナンシーったら心配症なんだから」


マルコム村に到着した私に、ナンシーが心配そうな声を掛ける。


「心配しすぎということはありません。今が一番大事な時期なんですからね?」

「はいはい」


まだお腹は目立ってはいないが、そのうちに膨らんでくるのだろうか。

自分の中に、新しい命が宿っているだなんて……いまだに実感出来ていない。

でも、私の中に芽生えた生命が、私の命までをも繋ぎ止めてくれているのだ。


「田舎で何もない村ですが、良いところですよ」


先に村を訪れ、住む家を探してくれていたナンシーが、笑顔を見せる。


「こんなに民家がまばらだなんて、思わなかったわ」


私がイメージする民家というのは、どこも建物が密集していた。

この村では、一番近くの隣家に行くにしても、数十歩は歩かなければならない。

かく言う我が家も、お隣に辿り着くまでには鼻歌が一曲歌えてしまうほどだ。


「お隣さん、パン屋さんなんです。美味しかったですよ」

「あら、私も買いに行ってみようかしら」

「後で一緒に行ってみますか?」


ナンシーの声は、バリントン家に居た頃よりもずっと弾んでいる。


「そうしましょう。ご挨拶もしたいしね」


新しい家は、二階建ての一軒家。

数年前まで、この村で薬師をしていたお婆さんが住んでいた家らしい。

お婆さんが亡くなってからは、村の人達が時折手入れをして、綺麗に保ってくれていたみたい。


侯爵令嬢の私が田舎の一軒家に住んでいるなんて、少し前まで予想も出来なかったことよね。

でも、今はこの手狭さがとても心地よい。

これくらいの広さならナンシー一人でも掃除は出来ると言ってくれているし、私の部屋だけでなく、ナンシーと、後から来るであろうエリックの部屋も用意されている。

もう一室空きがあるという話だから、お腹の子が一人で歩けるようになったら、子供部屋にしようかしら。


広い屋敷で暮らしている時には、味わえなかった楽しさ。

新たな生活に、期待ばかりが膨らんでいた。




「こんにちは~」


ナンシーが慣れた様子で、お隣さん──パン屋の扉を開く。

田舎の小さなパン屋さん。

今日から、私のお隣さんになる人達だ。


「おや、ナンシーさん……と、そちらの方は?」

「こちらが、私がお仕えしている方です」

「まぁ」


お店の中には、中年の夫婦と若い男性の三人が座っていた。

私達を見るなり腰を上げて、迎え入れてくれる


「はじめまして、シェリーと申します」


初めて出会うお隣さんに、笑顔で挨拶する。

シェリーとは、この地で名乗ることにした偽名──私の新しい名前だ。

変えたのは、名前だけではない。

目立つ銀の髪も黒色に染めて、パッと見では私がアシュリー・バリントンと同一人物だなんて分からないだろう。


「まぁまぁ、こんな可愛らしいお嬢さんがこの村に越してくるなんてねぇ!」


パン屋の女将さん──クレアさんが、驚きに目を見開く。


「ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」

「お世辞なんてことがあるもんかい、ねぇ、あんた」

「あ、あぁ」


クレアさんのご主人でパン屋の主が、ブルーノさん。

ここまでは、ナンシーに聞いて知っている。

ナンシーが言うように、二人とも気さくで人の好いご夫婦といった印象だ。


ガタリと、椅子の脚が床を鳴らした。

若い男性が、まるで何かに撃たれたようにこちらを見つめている。

彼の瞳は驚き見開かれたかのように、暫し瞬きを忘れていた。


「ほら、チェスターなんか滅多に見ない別嬪さんに、すっかり見惚れちまってまぁ」

「母さん!!」


揶揄うようなクレアさんの声に、男性が声を荒らげる。

どうやら、若い男性──チェスターと呼ばれた彼は、クレアさんの息子さんのようだ。


「チェスターとは、ナンシーさんも初めてだったね。紹介するよ、この子があたしらの不肖の息子さ」


不肖の息子と紹介されたチェスターさんは、拗ねたように視線を逸らした。

年は私よりも少し上くらいだろうか。

日に焼けた肌に、よく鍛えた筋肉質な身体。

侯爵邸の騎士達に負けず劣らず、彼も相当に鍛えていそうだ。


「冒険者なんてやってるもんだから、なかなか家に帰ってこなくてね。顔を見せるのは、一年半ぶりだよ」

「まぁ、冒険者をなさっているのですか?」

「あ、あぁ」


私が声を上げると、チェスターさんは落ち着かない様子で頷いた。

いけない、冒険者と聞いて、つい興味が滲んでしまった。

色々な依頼を受けたり、魔獣と戦う冒険者達──話に聞いたことはあっても、本物の冒険者に出会うのは、これが初めてだ。


「……冒険者は粗忽者ばかりといって嫌われるもんだが、あんたは違うのか?」

「え? 冒険者にも色々な人が居るでしょう」


貴族にも、騎士にも、使用人達にも、色んな人が居る。

職業で性格や性質が決まる訳ではなく、あくまで個人の持つ特性だと思うのだけれど……冒険者をしていると、職業だけで決め付けられたりするのかしら。


「そうか。まぁ……そうだな」


チェスターさんは、何やらもごもごと呟いて、一人頷いた。

どうしたのだろう。


「身体付きから、相当に鍛えてらっしゃるようにお見受けするのだけれど……チェスターさんも、剣を使われるのですか?」

「ああ、といっても我流で、力任せに大剣を振り回すような戦い方だが」


なるほど。

彼の上背と筋肉、手足の長さならば、その戦い方だけで十分脅威になりそうだ。

つい観察するような目つきになってしまって、チェスターさんが居心地悪そうに身を捩る。


「ごめんなさい、私も剣を扱うもので、つい気になってしまって」

「そうなのか?」


チェスターさんの小さな瞳が、大きく見開かれる。

私が剣を使うのが、そんなに意外かしら。


「ええ、といっても、今は手合わせをお願いすることも出来ないのだけれど」

「どうしてだ?」


チェスターさんの問いに、苦笑混じりにお腹を撫でた。


「妊娠しているの」

「まぁまぁまぁまぁ!!」


その言葉に真っ先に反応したのは、クレアさんだ。

チェスターさんはと言えば、口をあんぐりと開けたままで硬直している。


「それは大事にしないと。なんと目出度いことかねぇ。この村で子供なんて、何年ぶりのことだろう!」


小さな村では、子供が生まれることも稀なのだろう。

クレアさんが瞳を輝かせ、乾いた掌で私のお腹を撫でてくれた。


「しかし、旦那さんはどうしたんだい?」

「夫は軍に勤めていたのですが、私の妊娠を知るより先に、亡くなってしまって……」


これは、あらかじめ決めておいた設定だ。

ハッと、クレアさんとブルーノさん、それに息子のチェスターさんが息を呑む。


「そうかい、それは悪いことを聞いちまったねぇ」

「いえ……嫁ぎ先を出た後に妊娠に気付いたもので、実家にも帰りづらくて、田舎で一人静かに子育てをしようかなって」


私の言葉に、クレアさんがドンと胸を叩いた。


「そういうことなら、任せておきなよ。困ったことがあったら勿論、子育てだって手伝うからね」

「助かります」


事実、子育てに関しては、私もナンシーも素人だ。

実際に子供を育てたことのあるクレアさんが居てくれるのは、誰よりも頼もしい。


「といってもまぁ、育てた子供はこんなにグレちまったけどね」

「母さん!!」


小さなパン屋さんに、笑い声が溢れる。

良かった、素敵な人達に囲まれて、第二の人生、良いスタートを切れそうだ。


唯一、気掛かりなのは……、


「……?」


じっと、こちらを見つめる、チェスターさんの瞳。

私が視線を向けると、ふいと顔を逸らされてしまった。


ひょっとして、息子さんには嫌われてしまったのかしら。

逸らされた瞳には、隠しきれない感情が滲んでいる気がした。


──新しい生活が、静かに動き始めていた。

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