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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
1章:偽りの終焉

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12/20

幕間:雨の弔い


姉の葬儀は、ローラにとって“可哀想な妹”を装う絶好の機会だ。

だから、貴族達が葬儀場を訪れた際には、率先して声を掛けていた。

王太子トリスタン、王弟ルーサーといった例外は居たが、大半の貴族達がローラに同情し、慰めの声を掛けてくれた。


姉を亡くした、可哀想な妹。

それを装うだけで、主人公になれる。


ローラは泣きはらしたように見える目元に、あらかじめ涙を滲ませていた。

哀しみを装うことなど、もはや呼吸をするように自然に出来る。

涙さえ、彼女にとっては舞台装置の一つだった。


そんな中で訪れた新たな弔問客──その姿を認めた瞬間、ローラの足が止まった。

表れたのは、アシュリーの伯父であるカルヴィン・ティリット侯爵と、その嫡男ジェレミー・ティリット侯爵令息だ。

ティリット侯爵はアシュリーの母ノーリーンの兄であり、後妻のサマンサとは血縁関係にない。

ローラにとっても、他人同然──いや、ローラに向けられるジェレミーの視線は、憎悪さえ滲んでいた。


「ようこそ、ティリット侯爵様、ティリット侯爵令息様」


それでも弔問客を相手しない訳にはいかない。

この場には、他の貴族達の目もあるのだ。

仕方なく声を掛けたローラに向けられた侯爵の目は、冷ややかなものだった。


「ローラ令嬢、我等は故人のもとへ参る。無用の言葉は、今は控えられよ」


ざわりと、弔問客にざわめきが広がった。

温厚で知られるティリット侯爵──そんな彼の態度に、誰もが信じられないものを見たとばかりに目を剥く。


「ひ、酷いですわ、私はただご挨拶をと思っただけですのに……」


屈辱に肩を震わせるローラを、息子のジェレミーが睨み付ける。


「酷いだと? 貴女がアシュリーを虐げていたことを、我等が知らないとでも思ったか!」

「ヒッ」


雷鳴のような一喝に、ローラが怯えた声を上げる。

怒りに目を血走らせた息子を落ち着かせるように、ティリット侯爵がジェレミーの肩を叩いた。


「行こう、時間の無駄だ」


ティリット侯爵家の二人が、足早に式場の奥へと向かう。

一人取り残されたローラに向けられる視線は、同情ではなく好奇に満ちたものだった──。




大方の弔問客が式場を離れた頃、一人遅れて馬を止めた姿があった。

夕刻から降り出した雨に晒され、外套を纏いはしたものの、その全身は濡れ鼠だ。

雨を滴らせながら馬を降り、式場へと向かう。

降りしきる雨は、まるで弔鐘のようだった。


「何者だ?」


警護の騎士が、誰何の声を上げる。

侯爵家令嬢の葬儀に来るのは皆、高貴な身分の者ばかり。

供の者も連れずに一人ふらりとやってきた不審者に、騎士達の警戒は高まっていた。


「待ちなさい!」


そこに表れたのは、入り口の様子を窺っていたローラだ。

抜きん出た長身と覚えのある黒髪に、もしやと思い、その顔を覗き込む。


「まぁ、やっぱり、リスター公爵様だわ! こんなに濡れてしまって、どうしましょう……ちょっと、すぐに拭く物を持ってきてちょうだい!!」

「は……っ」


ローラの声に、騎士の一人が慌てて奥へと走っていく。


「控えの間で、暖をお取りになってください。兄の物で良ければ、着替えも用意いたしますわ」


甲斐甲斐しく世話を焼こうとするローラを手で制し、クライヴ・リスターは式場の奥へと足を踏み出した。

彼が歩いたところに、衣服から雨水が垂れ落ち、水溜まりが広がっていく。


「いえ……アシュリー嬢に、最期のお別れをさせてください」


その言葉に、ローラが唇を噛みしめる。

だがすぐに笑顔を浮かべ、騎士が持ってきた大きなタオルを差し出した。


「そんな濡れた格好では、お風邪を召してしまいます。弔問が終わり次第、着替えを用意させますわね」


そんなローラの言葉は、聞こえているのかどうなのか──剛勇で知られたリスター公爵クライヴは、まるで幽鬼のように覚束ない足取りで、式場の奥へと向かっていった。




空の棺に花を手向ける間も、その後も──クライヴは一言も発しなかった。

ローラに促されるままに控えの間のソファーに腰を下ろした今も、心ここにあらずといった様子で、視線は宙を彷徨っている。


「そんなに急いで馬を走らせずとも、弔問には間に合いましたのに」

「いえ……」


ローラの声に返す言葉も、力無い。


「公爵様がそれほど迄に我が家との関係を重視してくださるのは、嬉しい限りですわ」


そんなクライヴの心を知らずか、ローラが声を弾ませる。


「お母様から聞きました。何でもお姉様が魔力欠乏症に罹っていなければ、公爵様とお姉様との間に、ご縁が結ばれる話になっていたとか」


髪を拭くクライヴの手が、ピタリと静止する。

彼の紅色の瞳は、大きなタオルにすっぽりと隠れていた。


「如何でしょうか、お姉様ではなく私が代わりに──」

「それが、姉の葬儀で言うことか?」


低く、押し殺した声が響いた。

クライヴの表情は、タオルに隠れて窺い知ることは出来ない。

だが、その雰囲気が、纏うオーラが、彼の機嫌を物語っていた。


「い、いえ、こんな機会でもなければ公爵様と直接お話することもないかと思って……」

「どうして直接話す必要がある?」


底冷えするような声だった。

怒りどころか殺意さえ滲ませた声に、ローラが気圧される。


「あの、決してそんなつもりではなく、世間話くらいの……」

「彼女が死んだというのに、どうして世間話など出来るというのか」


クライヴの言葉は、ローラには到底理解出来なかった。

言葉の意味は分かる。

だが、その真意が分からない。


アシュリーが死んだ──だから、何?

そんな思いが表情に滲んで、ますますクライヴを苛立たせる。


「どうして俺が、お前と婚約しなければならない」

「そ、それは……」


ローラの口元が、力無く動く。

しかし、その唇が言葉を紡ぐことはない。

彼女には、綴るべき言葉が見付からない。


姉と婚約するはずだった人。

誰もが羨む、公爵家の当主。

美貌と実力を兼ね揃えた人。

姉が居ない今、自分と婚約すればいい──ただそう思っただけなのに。


どうして、彼はここまで不快感を露わにしている……?


「申し訳ございません、公爵様。せめて、姉の喪が明けてから話すべきでした」

「喪が明けようが、貴女とこんな話をする気はない」


クライヴが、勢いよく立ち上がる。

彼の髪を覆っていたタオルが、床に舞い落ちた。


「婚儀の話は、あくまでアシュリー嬢とのこと。貴女にはなんら関係のない話だ」


それだけを言い残し、クライヴが大股で控えの間を後にする。

後に残されたローラは、一人屈辱に肩を震わせていた。


「どうして……なんでなのよ、どいつもこいつもアシュリー、アシュリー、アシュリーって!!」


ヒステリックな声に、陶器の割れる音が重なる。

テーブルの上に置かれたティーセットをなぎ倒し、なおもローラの拳はテーブルを叩いた。


「次期バリントン侯爵は、この私なのよ!? どうして何も出来ずに死んだ女が、持て囃されるの!!」


扉が小さく開いて、侍女達が中の様子を窺っている気配がした。

ローラがジロリと睨み付けると、ヒッと声を上げて逃げていく。

使用人達にとって、ローラの癇癪は、今に始まったことではない。

機嫌の悪い時だけ刺激しないようにすれば、比較的扱いやすい相手なのだ。


さあさあと、雨の音が建物を包み込む。

奥まった一室で、ローラの呪詛が暫しの間、響き続けていた。




降り続ける雨の中、再び馬上の人となったクライヴは、無心で馬を走らせた。


信じたくなかった。

真実を確認する為に、遠くリスター公爵領から、部下を振り払うようにして一人馬で駆けつけてきた。

バリントン侯爵領に辿り着いた彼を待っていたのは、厳かな葬儀と、空の棺。


死者を弔う為に用意された場が、無情にアシュリーの死を告げていた。


本当に、彼女は自ら身を投げたのか。

それほどまでに、生に絶望したというのか。


(それならば──いっそ、一時であったとしても、彼女と添い遂げれば良かった……)


そうしたならば、ここまでの絶望とは無縁で居られただろうか。

それとも、さらなる悲しみに耽っていたことだろうか。


最初は、祖父同士の戯れ言だとばかり思っていた。

しかし、自らの許嫁になるはずだったという少女に出会った幼い日──あの日から、クライヴの脳裏には、常に彼女の姿が在り続けていた。


(アシュリー……)


帰らぬ初恋の人を思うクライヴの頬は、雨とは違う温かな雫に濡れていた。


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