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余命僅かな令嬢、シングルマザーとして生きていきます!  作者: 黒猫ている
1章:偽りの終焉

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11/20

幕間:それぞれの祈り

アシュリー・バリントンは、余命僅かな身だ。

それを知りながらも、報告を見たトリスタン・ファインズは、己の目が信じられなかった。


あのアシュリー・バリントンが死んだ?

それも、自ら命を絶っただと……?


——あり得ない。

あの女は、誰よりも強く、己を誇り高く律する女だった。

「病に屈するくらいなら、酒で命を縮めてやる」と笑っていたではないか。


王太子である自分と、対当に飲み交わす度胸。

怯えるでなく、媚びを売るでなく、自然体で杯を酌み交わしていた。

そんな女が、病に負けて身を投げるなど──事実を確認する為に、その夜の内にトリスタンは王都を発った。


馬を走らせ、駆けつけたバリントン侯爵領。

そこで、しめやかにアシュリーの葬儀が執り行われていた。


しめやかに──という表現は、正しくないかもしれない。

トリスタンが駆けつけるなり、軽やかな足取りで近付いてきた女が居る。


「まぁ、王太子殿下! わざわざ来てくださったのですか!?」


頬を上気させて近付いてくる女に、トリスタンは思わず顔を顰めた。


(なんだ、この不快で醜悪な女は)


トリスタンが呆れるのも、無理はない。

ここは侯爵令嬢の葬儀が執り行われている場。

でありながら、目の前の令嬢は喪服こそ身に纏っているものの、色鮮やかな紅を差し、弾むような声音で声を掛けてきたのだ。

おおよそ、葬儀の場での言動とは思えぬ。


(確か、此奴は……)


記憶の糸を辿る。

王太子であるトリスタンに取り入ろうとする女は、数多く居る。

この女も、そんな中の一人だったはずだ。


──ああ、そうだ。

思い出した。

バリントン家の後継者でありながら、バリントンの色を継がなかった女──アシュリーの妹ではなかったか。


姉の落ち着きながらも機知に富んだ受け答えとは違う、あからさまに媚びを売るような物言い。

おおよそ、葬儀の場に似つかわしくない振る舞いだった。

その笑みを見た瞬間、胸の奥に冷たい嫌悪が広がる。


ふと、記憶が呼び起こされる。

アシュリーと最後に飲み明かした、あの舞踏会の夜。

肉親の不幸だというのに、よくもまぁ嬉しそうにべらべらとまくし立てるものだと、感心した覚えがある。


なるほど、その態度は姉の死に面しても変わらずか。

身内の不幸は、彼女にとって己をステージに上げる為の小道具に過ぎないらしい。


「どうか姉に花を手向けてあげてください。きっと姉も喜びますわ」


しおらしい言葉を口にしながら、ローラがトリスタンにしなだれかかってくる。


……花を手向けたところで、あのアシュリーが喜ぶものか。

わざわざ殿下に来ていただいて、恐れ多いと肩を竦めるか……あるいは、花よりも酒の方が良いと言って、笑うのではないか。

カラリとした性質のアシュリーを思い出せば思い出すほど、己の腕に纏わり付く女を不快に感じてしまう。


腕を引いて絡み付く指を振り払えば、ローラが驚きに目を見開いた。


「も、申し訳ございません、殿下……悲しみのあまりに、つい」


ローラの唇から零れたのは、姉の訃報を言い訳にした言葉だった。

トリスタンの眉間に、深い皺が寄る。


「バリントン家の姉妹仲がそれほど迄に良好だとは、初めて聞いたな」


冷ややかな瞳で、妹のローラを見下ろす。

楚々とした姉アシュリーとは、あまりに違う。

社交に長けた、お喋り雀──どこにでも居る令嬢の一人だ。


打ちひしがれたローラから視線を外した後、トリスタンは一人式場の奥へと歩を進めた。

それっきり、彼の意識からローラのことは完全に消えてしまった。


トリスタンにとっては、取るに足らぬ路傍の石に過ぎぬとでも言わんばかりの態度。

その態度に、姉を亡くした悲劇のヒロインであるはずのローラが、狂おしげに拳を握りしめていた。




王都から馬を走らせたのは、トリスタン一人ではない。

彼の叔父である王弟ルーサー・ファインズも、護衛の騎士達と共に同行していた。


ルーサーにとってアシュリーは腹心の従妹であり、自ら剣を教えた愛弟子だ。

最初はアシュリーが魔力欠乏症に罹っていると聞いて、同情から彼女に優しくしていた。

でも、アシュリーは病に負けない気丈な子供だった。

剣を習いたいと言ったのも、肉体を鍛えて病に抗う為だ。

健気なアシュリーに、いつしか同情以上の気持ちを抱くようになっていた。


それはあくまで幼子に抱く感情であって、男女のそれではない。

気付けば、ルーサーは腹心のジェレミー・ティリット侯爵令息──アシュリーの従兄と同じ目線を抱いていたのかもしれない。


生まれた時から病を抱え、先は短いと言われながらも必死に抗い、剣を習い、身体を鍛えようとする子供。

そんな子供に情を移さぬ大人が、どこに居るだろうか。

気付けば、ルーサーはアシュリーに対して並々ならぬ庇護欲を抱えるようになっていた。


あの夜、最後の舞踏会で久しぶりに愛弟子を目にした瞬間、ルーサーは内心の動揺をひた隠すのに必死だった。

幼子とばかり思っていたアシュリーが、気付けば美しい女性に成長していた。

バリントン家の色である銀の髪を揺らし、ジェレミーが手配したドレスを身に纏う様は、さながら絵画から抜け出た妖精のようであった。


あまりに美しく、あまりに儚いアシュリー。

彼女の命が残り少ないと聞かされたのは、その日のことだった──。


「ようこそおいでくださいました、王弟殿下!」


一人の女性が、ルーサーの元に駆けてくる。

バリントン家の関係者だろうか。


「案内させていただきます、さぁどうぞこちらへ──」


女性の細くしなやかな指が伸びてくるのを咄嗟に躱し、ゆるりと首を振る。


「案内は不要です」


王都の治安を預かる身なれば、葬儀の後は、早々に戻らなければならない。

女性の歩幅に合わせるよりも、自らのペースで歩いた方が速いとばかりに、足早に歩を進める。


「あ……」


ルーサーの背を呆然と見つめたまま、ローラはやり場のない指先を暫し彷徨わせていた。




式場の奥には、無数の花々に囲まれたアシュリーの肖像画が飾られていた。

その前に置かれたのは、白く無機質な棺。

花を手向けられるようにと蓋が開いた棺の中に、本来収められるべき遺体は、そこには無い。


アシュリー・バリントンは己の死期を悟り、自ら断崖絶壁から身を投げたという。

遺体さえ見付けることは叶わず、最後に一目見ることも、声を掛けることさえ叶わない。


「なんとも……人の一生とは、呆気ないものだな」


ルーサーより一足先に式場に入り、一人空の棺の前で佇んでいたトリスタンは、叔父の気配に振り返ることもなく、小さく独りごちた。


騎士団に所属し、部下達の葬儀に多く参列してきたルーサーは勿論のこと、トリスタンもまた、臣下の葬儀には何度も参列してきたはずだ。

しかし、アシュリーほどに若い女性の葬儀となれば、話は別だ。

ましてやその当人と、少し前に会っているというのに……飾られた肖像画よりも、脳裏に刻まれた本人の姿の方が、鮮明に蘇る。


「今はただ……彼女の冥福を祈ろう」


ルーサーの言葉に、トリスタンが頷く。

国の中枢を担う二人が、一人の少女の棺を前にして、静かに祈りを捧げていた──。




そんな姿を前に、心穏やかで居られぬ者が、一人。


(どうして、どうしてお二人とも、私を無視して真っ直ぐに奥へと行かれるのですか!?)


厳かな式場で声を荒らげることはしないまでも、ローラの瞳は怒りを滾らせ、姉の棺に祈りを捧げる二人を睨み据えた。


胸の奥で何かが煮え立つ。

怒りなのか、焦りなのか、自分でも分からない。

ただ、二人の視線が“あの女”に向いていることだけが、どうしようもなく許せなかった。


(あの女は、もう死んだのに! あの棺には、遺体も何も入っていないというのに!!)


怒りに呼気を荒げ、肩を震わせる。

誰も見ていなければ、この場で激しく地団駄を踏んでいたことだろう。


邪魔な姉が消えた。

ローラとサマンサにとって、それは何よりの吉報だった。

これから先、ローラがバリントン家次期当主であることを脅かす者は、誰も居ない。

バリントン家に纏わる全ての栄誉は、ローラ一人がこの手にするはずだったのに。


姉を亡くした不幸な妹として、あの舞踏会の時のように、社交場のように──皆から注目され、慰めの声を掛けられ、その場の主役で居られるはずだったのに。


(どうして王太子殿下と王弟殿下は、私を無視するの!?)


何もかもが信じられなかった。

どうしてあの二人は、自分よりも死んだ姉のことを気にするのか。

どうして自分を見てくれないのか。


邪魔者は居なくなったというのに、何もかもが上手くいかない。

もどかしさばかりが募る。

そんなローラの元に、新たな客人の訪れが告げられた──。


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