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始まりと終わり

作者: 雉白書屋

「……この世界の始まりと終わりを見てくる」


 装置をじっと見つめていた博士はふいに振り返り、ニッと笑った。

 助手はぼうっと突っ立っていたが、次の瞬間『ああ、今のは自分に向けて言ったのか』と気づき、慌てて神妙な顔で頷いた。

 博士はその反応の遅れを咎めることはなかった。普段なら『お前は本当に遅いな』と皮肉を吐き、長いため息をつくところだが、今日は違った。タイムマシンの完成がよほど嬉しいらしい。

 それにしても――と助手はぼんやり思う。

 あれだけいた優秀な先輩助手たちが次々と辞めていき、気づけば残っていたのは雑用係同然の自分だけとは、なんとも不思議な話だ。博士の気難しさには自分もたまに嫌になる。でも、こうしてタイムマシンの完成に漕ぎつけたのだから、やはり博士は天才だったのだろう。助手でいられたことを喜ぶべきかもしれない。


「――というわけだ。おい、聞いてるか?」


「え、は、はいっ」


 博士は眉間に皺を寄せ、今度こそ深いため息を漏らした。


「……だからな。この装置に入り、スイッチを押せば、意識だけを過去や未来へ送ることができるのだ」


「あ、ああ……。体ごと移動するんじゃないんですね」


「当然だ。乗り物で時間を越えるなど不可能。あれは物語の中だけにしか存在しない妄想にすぎん」


「ははあ、なるほど……。でも、人類の始まりや終わりがいつかなんてわからないですよね?」


「その点は問題ない。すべてコンピューターが導いてくれる……と、何度も説明したがな」


「あ、はい……」


 博士に睨まれ、助手は余計なことは言うもんじゃないなと肩をすぼめた。

 装置のドアを開け、博士が中に入った。透明な筒状の内部は簡素なもので、椅子とヘッドセットが一つ。だが下部からは複雑に絡み合ったケーブルが幾筋も這い出し、まるで神経のように床と壁に張り巡らされている。

 博士はゆっくりと椅子に腰を下ろし、コードのついたヘッドセットをかぶった。そして、椅子の横に取りつけられたスイッチへ手を伸ばした。


「――ぞ」


「え? あ、すみません。ガラス越しだと声がこもって……」


 助手は慌てて駆け寄り、分厚いガラスに顔を寄せた。博士がまた何かを呟いたが、やはり聞き取ることはできなかった。ただ、深いため息をついたのは見て取れた。

 博士がスイッチを押した。すると次の瞬間、青紫の閃光が装置の内部を走った。空気が震え、研究室全体がざわりと波立つように揺れる。数秒後、扉が軋む音を立てながらゆっくりと開き、白煙が吐き出された。

 スイッチを押してから十数秒ほど。だが、その間に博士は世界の始まりと終わりを往復してきたらしい。いや、もしかすると他にもいろいろと見てきたのかもしれない。何せ、時間を自由自在に行き来できるのだ。人類の進化の歴史をずっと観察し、何往復だってできる。まさしく、創造主の視点で。

 助手は目を瞬き、タイムマシン完成をようやく実感し始めた。

 博士はゆっくりとヘッドセットを外すと、ぐらりと体を傾けながら立ち上がった。

 装置の外に出た瞬間、膝をつき、肩を上下させながら荒い息を吐く。乾いた咳が何度も漏れた。

 助手は慌てて駆け寄った。 


「博士、どうでしたか? 人類の始まり……それに、どんな最期を迎えたんですか?」


 博士は震える指先で額の汗を拭い、ゆっくりと顔を上げた。


「き、気づいてしまった……この……」


「はい?」


「この世界は……ただの……」


 言葉はそこで途切れた。博士は長く息を吐き、うつむいた。


「博士?」


「……お前も……見てくれば……わかる」


 低く搾り出された言葉に、助手は「は、はあ」と気の抜けた返事をした。

 このまま待っても説明してくれそうにない。そう悟った助手は装置に入った。椅子に座り、ヘッドセットをかぶる。そして――スイッチを押した。

 次の瞬間、視界が白く弾け、頭の芯を引っ張られるような感覚に襲われた。世界が一瞬で遠ざかる。

 博士は装置を見上げ、何か呟いた。しかし当然、その声は助手には届かず、博士は呆けたように口を開けたまま、動きを止めた。


 ――あと九行だ。


 意識がふっと浮かび上がり、気づけば助手は宙に漂っていた。肉体はなく、思考と視覚だけが存在している。

 これが、タイムトラベル……。自分は今、時の流れから外れ、別の時空に存在しているのだ。

 助手の胸を高揚感が満たした。

 だが、すぐに違和感が芽生えた。飛ばされた先は研究室だったのだ。

 そこには、博士と自分自身の姿がある。助手は鳥のような俯瞰視点で二人を見下ろしていた。

 博士が装置を見つめている。そして、振り返った。


「……この世界の始まりと終わりを見てくる」

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