4話「ギルド登録…意外な事実」
商業都市アルメリアの中央広場に面した石造りの建物――それが冒険者ギルドだった。
人の出入りは絶えず、武装した男たちやローブを纏った魔術師風の人間が次々と出入りしていく。
扉を開けると、木の香りと酒場のようなざわめきが押し寄せてきた。
掲示板に張り付く冒険者たち。カウンターで依頼を受ける者。奥の酒場で騒ぎ立てる酔っ払い。まさに冒険の拠点といった空気だ。
「……すごい、ですね」
青い髪を揺らしながら、リディアが感嘆の声をもらす。瞳が真剣に光っている。
一方、俺の隣でそわそわしているのは赤髪の少女――ミナだ。
人ごみが苦手なのか、彼女は俺の袖をぎゅっとつまんで離さない。
俺たちはまだ正式な冒険者じゃない。依頼を勝手にこなして報酬を受け取ったり、野良同然で活動していた。
でも、これからは違う。ちゃんと「冒険者」として登録する。
そのためにここへ来た。
◆
「登録をご希望ですね? では、こちらの用紙にご記入ください」
受付嬢が微笑みながら差し出してきたのは、羊皮紙に書かれた申請書だった。
名前、年齢、出身地、得意分野……記入欄はいくつかある。
俺は迷いなく筆を走らせた。
【レン 十七歳 ――】
そこで、少しだけペンを止める。出身地、か。
この世界に来る前、俺はただのゲーマーでしかなかった。出身地なんて正直に「日本です」なんて書いたら、頭のおかしい奴だと思われるに決まっている。
けど、誤魔化し方が分からない。俺が逡巡している間に、リディアがさらさらと記入して提出した。
「リディア・アークライト、十六歳。出身地は――アルディナ村です」
なるほど、リディアは素直に書けるわけだ。貴族の出でもあるし、地元も健在。
俺が感心していると、横でミナが筆を止めて硬直していた。
「……っ」
赤髪の横顔が引きつっている。琥珀色と緑柱石のオッドアイがわずかに揺れ、明らかに動揺していた。
「どうした、ミナ?」
声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせる。
「い、いえ……その……」
しどろもどろで視線を落とす。まるで何かを隠すように。
……トラウマか。
彼女の出身地に関しては、なにか事情があると直感した。
だったら。
「全員、アルディナ村出身でいいだろ」
俺はさらっとそう言った。
「えっ……」
リディアが目を瞬かせる。だがすぐに、小さく笑って頷いた。
「……そうですね。それが一番良いと思います」
ミナの顔に安堵の色が広がる。彼女は小さく「……レン様……」と呟いた。
心底ほっとしたような声音だった。
◆
「では、年齢の確認も必要ですので、失礼ながらお一人ずつお聞きします」
受付嬢が穏やかに告げた。
「俺は十七」
「私は十六です」
俺とリディアが即答すると、受付嬢は「なるほど」と頷く。
そして、視線がミナへ。
「わ、私は……じゅ、十八歳です……」
赤くなりながら小さな声で答えた。
……一瞬、頭が真っ白になった。
「え、ミナって……俺より年上なのか?」
「……わ、私が一番年上なんです……すみません」
申し訳なさそうに項垂れる。
「いや、別に謝ることじゃないだろ」
俺が苦笑すると、リディアが目を丸くしていた。
「驚きました……てっきり私より下だと思っていました」
ミナはますます赤面し、俺を見上げて――。
「……でも……れ、レン様の方が、ずっと大人に見えます……」
……やめろ。そんな潤んだ瞳で言うんじゃない。
俺は不意打ちを食らって言葉を失った。
けれど次の瞬間、俺は何気なく言ってしまった。
「ま、俺がみんなを守るから安心しろよ。リディアもな」
「えっ……」
リディアがぽかんと俺を見る。頬が一瞬で朱に染まった。
その横で、ミナが小さく「……っ」って唇を噛んだのを見逃さなかった。
……あ、やっちまったか?
◆
最終的に、俺たちは無事に登録を終えた。
名前の横には【アルディナ村出身】と書かれている。
それは小さな嘘。でも、三人で共有した秘密。
カウンターを離れると、リディアが静かに言った。
「……これで、私たちは正式にパーティですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「これからは堂々と冒険者だ。依頼も受けられるし、情報も手に入る」
リディアは満足そうに微笑み、ミナは少しだけ寂しそうに、それでも嬉しげに俺を見ていた。
ギルドのざわめきの中、俺たちは小さな一歩を踏み出したのだ。