始まりは水の中
………温かい………………
……何かに包まれている様な感じだ…………
……落ちていくような…昇っていくような……
……不思議な感覚…………
……母さんのお腹の中ってこんな感じなのかな…………
……前にもこんな事あった様な気がするな…………
そんな事を考えている間に俺は意識を失った。
目覚めると俺は小さな湖に浮いていた。
驚いて一瞬溺れかけたけど、幸いにもいる場所は水深が浅く膝丈程度だったのでとりあえず岸へ上がった。
状況を整理しよう。俺の名前は越智優仁。今は大学4年の夏休みで、内定をもらった企業の内定者研修で日光に来ていた。
うん、ちゃんと思い出せる。頭はしっかり働いているな。
同じ班のメンバーが立入禁止区域に入って、滝を間近で見ようとしていたのを止めに行って…………そうだ!足を滑らせて川に落ちて流されたんだ。そのまま滝から落ちる所までは覚えてる。
あの高さから落ちてどうして生きてるんだろう。痛い所もないし、怪我はなさそうだ。
辺りを見渡したが滝のようなものはなく、川はこの湖から流れていた。
考えても分からないものは仕方ない。まずは班のメンバーや社員さんに連絡して合流しなきゃ。幸いにも鞄も一緒に流されたのか手荷物は全て持っていて、スマホやお菓子などの食料、スポーツドリンク、近くの大まかな地図が載っているパンフレット、スマホの携帯型充電器もあり、確認するとどれも問題なく使えた。でもスマホの電波はなく圏外。仕方なく一旦湖の周囲を散策することにした。
辺りは青々とした木々が生い茂った森だった。こんなしっかりした森に入ったのは初めてだ。テレビで見た樹海ってこんな感じだった気がする。パンフレットの地図と照らし合わせてもこんな場所は載っていなかった。
「参ったな。これ遭難かな」
本当なら出来るだけ今いる場所は動かず救助を待った方がいいんだろうけど、アニメやゲームのような体験に少し心躍らせてしまった俺は、湖から流れる川を辿って移動していった。
川辺には魚や鳥、昆虫などもいたけど、どれも見覚えのない種類のものだった。
10分程歩くと川は大きく曲がり、その先には明らかに異様な光景が広がっていた。
『ゴブリン』がいたのだ。
ファンタジー小説やゲームでよく見るあれ。緑色の肌に角や牙、背丈は130センチ位か。服装は毛皮の腰巻にこん棒やナイフを手に持っていた。数は3匹。匹と数えるのか人と数えるのかどちらが正しいんだろう?
そんなどうでもいい事を考えていると更に驚くべきものが目に入った。
バッタに似た昆虫がいたのだ。
『ゴブリンと同じくらいの大きさ』の。
その昆虫をゴブリンが仕留めている最中に出くわしたようだった。
ってか昆虫でかすぎね?キモくね?紫色の血ってやばくね?
明らかに異常な光景で驚いたけど、アニメの様な冒険に心躍らせている俺はそれをすんなり受け入れていた。
とりあえず離れよう。まだ俺との距離は50m位離れているからすぐに襲われたりはしないだろうけど、気付かれたらどうなるか分からない。
などと考えていたら周囲を警戒していたゴブリンの1匹が俺に気づいたようで俺を指差していた。
「あ、やばっ!」
俺は慌てて逃げだした。
高校時代は野球部だったので脚力や持久力には自信があったこともあり、みるみる差は開きあっという間に振り切ることに成功した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、とりあえず振り切ったか?」
息を乱しながらも最初にいた湖まで戻ってくると、近場の岩に腰を下ろして休むことにした。
ゴブリンを見たときには夢か何かかも思ったけど…
「まじかぁ…この疲労感は…現実だよなぁ…」
少し休んで呼吸を整え改めて現状を整理してみた。
多分ここは異世界。明らかに俺の知っている地球上の生物ではない奴らがいた事から、これは高確率でそうだと思う。なので救助も来ない。幸いにも少々の食料はあるからすぐに餓死とかは大丈夫だと思う。
ゴブリンがいるってことは他のも知的生命体がいる可能性は高いか。昆虫が巨大だったからそういったのも他にいるかもしれない。Gのでかいのは勘弁だなぁ~。
まずは森を抜けないとだな。ゴブリンやら巨大昆虫がいて危ないし。それで人が居そうな所を見つけないとだなぁ…。
そんな事を考えていると近くの木々が揺れる音がした。
すぐに鞄を背負って動ける準備をする。
音のする方を見ると、そこにはさっきのゴブリン達がいた。思っていたよりも賢いようで息を潜めて近づいていたようだ。
「賢いタイプのゴブリンかぁ~アニメとかでも確かにいたよなぁ~」
ゴブリンはアニメやゲームでも色々なタイプがいたっけか。ぱっと見で頭悪そうに見えたから油断した。
ゲームとかならここで覚醒イベントがあって、凄い力に目覚める~とかありそうだけど、今の所その感じは全くない。よくあるピンチに誰かが助けに来る様子もない。
「結構ハードモードなのね、現実は」
などと言っている間にもじわじわ距離を詰めてくる。
こうなったら戦うしかない。
手持ちで武器になりそうなものはせいぜいこの鞄を振り回すくらいか。あとは川原だから石は転がっているからそれを投げるか。
相手は刃渡りのやや大きいナイフのようなものを持ったゴブリン(以下ナイフゴブ)と、こん棒を持ったゴブリン(以下棒ゴブ)、それと荷物持ちらしき素手のやつ(以下荷物ゴブ)の計3匹。
体形的に俊敏性はそこまでなさそうだけど、相手は武器を持っているから油断はできない。
俺は足元の石ころを手に持ち、全力でナイフゴブに投げつける。見事に顔に命中して相手が怯むとすかさず距離を詰め、蹴りでナイフを持つ手を攻撃。落としたナイフを拾い上げてそのまま全力で森の方へ走って逃げだした。
喰らったら一番致命傷になりかねないナイフを奪い、さっき走りでは追いつけなかった事から倒すよりも逃げる方が確実と判断したのさ。
予想通り追いつけず、すぐに引き離すことに成功した。
「よっしゃやれば出来る男ぉ~!元高校球児の実力を見たか!」
と、喜んでいると少し開けた場所に出た。なんと正面にはもう3体のゴブリンが待ち構えている。武器もナイフとこん棒と荷物持ちで(それぞれ2体目なので以後Bと呼ぶ)、3匹1組で行動しているようだった。1組しかいないと思っていたのは誤算だったけど、俺は迷いなくそのまま走り荷物ゴブBに跳び蹴りを喰らわした。着地してすぐに切り返し、隣にいたナイフゴブBのナイフを持つ右手を切りつけた。するとナイフを落としたのですぐにナイフゴブBを蹴り飛ばし、ナイフを拾い上げて二刀流にした。
実は俺、スポーツチャンバラで県内大会2位の実力。それなりに戦える自信があった。
ゴブリン達も体勢を立て直し改めて対峙する。ナイフゴブBは腕を切られたダメージで動けない様子。荷物ゴブBは構えているが跳び蹴りのダメージで腹を押さえている。まともに戦えるのは棒ゴブBのみだった。1対1でさっきの動きなら負ける要素はないと思い、こちらから仕掛ける。
左手のフェイントでけん制し、こん棒を大振りした隙を逃さず手首を切りつける。
手首の腱を切られたのでもうこん棒は持てず、棒ゴブBは戦意を喪失したようで、残りのゴブリン達と逃げ出していった。
異世界で初めての戦闘だったけど驚くほど順調に事が進んで勝つことができた。
「俺ってもしかして強かったり?」
などと独り言を言いつつ、勝利の余韻に浸っていると突然背中に衝撃が走る。
衝撃で前に転んでナイフも1つ落としてしまった。骨が折れたりはしていないようだけど結構痛い!
振り向くとなんとゴブリン達がいる。初めに出くわした奴らで、逃げた俺を追って来ていたのだ。そして不意打ちで後ろから棒ゴブAが殴りつけたというわけだ。
完全に油断していた。
体勢を立て直しすぐに距離を取って構える。そしてその時、自分の立っている場所が崖のすぐ近くだということに気づいた。
ヤバい!追い詰められてる!
ゴブリン達は再び囲みながらじわじわ距離を詰めてくる。俺も徐々に後退りするがすぐに崖っぷちまで来てしまった。
棒ゴブAがこん棒を振りかぶり攻撃を仕掛けてきた。こん棒は半身になり躱したが直後に荷物ゴブのパンチを喰らってしまった。
俺はそのままバランスを崩して崖下に落ちてしまった。