第7話後篇
幸い葵お姉さまの命に別状はなかった。しかし、しばらくは絶対安静らしい。私は葵お姉さまの様子が気になって彼女のいる部屋の前まで来た。中からはお姉さまの声とお母さまの声が聞こえた。
『御心配おかけしてすみません、お母さま』
『無事でよかったわ。あなたになにかあったら私は…』
『お母さま…』
私には決してかけることのない優しい声でお姉さまと話している。私は部屋の前から走り去った。これ以上あの場にいることができなかった。
その日の夜。私の家。
「なんで葵があんなに苦しまなければならないの?」
お母さまが私に聞いてくる。
「なんであなたじゃなくて葵なのよ!あの子は望まれて生まれてきたの。だけどね、あなたはちがうのよ!あなたが死んでもね誰も悲しまないのよ!」
今までため込んでいたものを吐き出すかのように言ってお母さまは去って行った。私は何も言えず、お母さまがいなくなった後もしばらくその場から動くことができなかった。
目の前が真っ白になった。
気が付いたら私は町の中を歩いていた。ここまでどうやって来たか全く憶えていない。どこに行こうとしているかもわからない。ただ歩いている。目は見えているはずなのに、あたりの様子を認識することができない。耳は聞こえているはずなのに、音が聞こえない。私の思考と五感はその機能をはたしていない。そのせいで後ろから近づいてくる人の気配に気づくことができなかった。
(ここは…)
私は今どこかのビルの一室のような所にいる。椅子に座らされてロープで縛られている。眠らされている間につれてこられたのだろう。私は誘拐されたらしい。でも今の私は声を上げる気も、逃げようとする気も起きなかった。ドアの向こうから男たちの声が聞こえる。
『でかい家から出てきたからな、こりゃ相当身代金をとれそうだ』
『でももし金が払われなかったら、あいつどうする?』
『その時は死んでもらうさ』
これで死ねる。私は男たちの会話を聞きながらそう思った。あの家が私にのために身代金などを出すという事はないだろう。やっとあそこでの生活から解放される。
『なんだてめぇは!?ぐあっ!』
急に外が騒がしくなった。
『この野郎!』
『ぐっ!』
『ぎゃっ!』
外が静かになってドアが開いた。入って来たのは学生服を着た一人の少年だった。
「まったくいい大人がそろって女の子になにしようとしてんだか」
少年はそう言い、私のロープをほどきにかかった。
「あなたは…?」
「あぁ、君が車に連れ込まれるのを見てね。追いかけてきたんだよ。よし、ほどけた」
「なんで…なんで助けたりなんかしたんですか!?」
「えっ?」
少年は少し驚いている。
「やっと…やっと死ねると思ったのに…」
やっと楽になれると思ったのに。
「どうして死にたいと思ったんだい?聞かせてくれないか?」
少年は真剣な顔で聞いてくる。少しためらったが、私は話すことにした。どうしてかはわからないが、この少年には話してもいい気がした。私がお父さまの妾の子であること、お母さまとお姉さまのこと、あの家でのことをすべて話した。
「仮に家の人が悲しまないとしても、友達は悲しむんじゃないか?」
話を聞いて少年は言う。
「私に友達と呼べる人はいません」
学校の人たちは、私が御巫の人間であるということと、妾の子であるという噂からか、私から距離を取っている。
「私は生きている意味がないんです」
そう言ってうつむく。
「じゃあ俺が君の友達になるよ」
私は顔をあげて少年の顔を見る。少年は微笑んでいた。
「俺には生きている意味ってやつが必要かどうかはわからない。でも友達ってやつは絶対に必要だと思う」
私は黙って少年の話を聞く。
「俺には家族がいない。何年か前に死んじまったんだ。最初は毎日悲しくてかなして仕方なかった。だけど、俺には幼馴染がいて、毎日のように一緒にいてくれた。そいつのおかげで俺は少しづつだけど毎日が楽しいと思えるようになったんだ」
少年は私の顔を見て言う。
「君もきっとそう思えるようになる。俺が手伝う。君の言う生きている意味ってやつが必要なら俺が見つかるまで一緒にいる。だから、もう少しだけがんばってみないか?」
彼の眼はとてもまっすぐで替えの決意が本物であることがわかる。だから私はもう少し頑張ってみることにした。
「俺は三条遊馬。君の名前は?」
「御巫桜です」
これが私と遊馬さんとの出会いだ。私たちは夏休みに二人でいろんなことをした。遊馬さんの仕事を知ったのもこのときだ。
「遊馬さん、私に遊馬さんのお仕事お手伝いさせてください」
「いいのか?金が儲かるわけでもないし、もしかしたら危険な目にあうかもしれないぞ?」
「はい、それでも遊馬さんと一緒にいたいんです」
後から思うとなかなか恥ずかしいセリフだと思う。
「そっか、じゃあよろしくな桜」
といっても遊馬さんは気付いていないようだ
「こちらこそ、よろしくお願いしますね遊馬さん!」
「といううわけで、これが私が遊馬さんの仕事を手伝うようになった理由です。遊馬さんが今いなかったら私はいまここにはいません」
「あなたもいろいろあったのね御巫さん」
バルバートルさんは少し暗い顔をしながら言う。
「たしかにこれはあまり他人に話せる話ではないはね。御巫さんの家のことも事件のこともそうだけど、二人のセリフもだいぶ恥ずかしいわよ。三条君がこの話をしたがらないわけがわかったわ」
「そうですね私もなんか恥ずかしくなってきました」
「はっくしょん!」
「おや、風邪かい?」
「いや、違うと思う。それより、頼んでたものある?」
「ああ、あるよ。ちょっと待ってな」
ここは俺の知り合いが営む駄菓子屋だ。俺は今日あるものを買いにここに来た。
「ほれ、頼まれていたものこれで全部だよ」
「ありがとう、ばあちゃん」
この人は亀山幹子さん。なんでも俺の家はこの人から必要なもの調達しているらしい。俺が買ったものは武器だ。クナイに手裏剣、それに手榴弾や煙幕などだ。どこから手に入れるのかはわからないがこの人に頼めばたいがいの物は手に入る。
「駄菓子屋でこんなの売ってていいの?」
「ほっほっ、おかげで助かってるだろ?」
「まっ、そうなんですけどね」
「今回はやけにいっぱい買ったね。そんなに大変な相手なのかい?」
「まだよくわかんないけど、備えあれば憂いなしってね。また来るよ」
「まいど、気をつけてな」
俺は駄菓子屋を出て家に向かう。そういえば今日桜がバルバートルさんの家に行くとか言っていた。二人で何を話してるんだか。今度桜に聞いてみよう。
「なぁこの前バルバートルさんとなにを話してたんだ?」
「ふふっ、秘密です」
「秘密?」
「ええ、女の子二人だけの秘密です」
いかがでしたでしょうか?遊馬と桜の出会いを初の桜視点で書いてみました。今まで1番悩んだと思います。出来栄えがすごく不安です。