第11話後篇
「遊馬、終わったぞ」
「ありがとうございます先生」
「なに、金さえもらえればなんでもするさ」
ここは佐渡医院という昔からお世話のなっている診療所だ。銃で撃たれた少女を普通の病院に連れていくわけにもいかずここに連れて来たのだ。俺もたまに仕事中に斬られたり撃たれたりした時にここで治療してもらっていて、ここの院長の佐渡大和院長は信頼できる。佐渡先生は白い髪に白いひげ、サンタの格好がよく似合いそうだ。もっとも、性格的にサンタはできなさそうだが。
「今は麻酔を打って眠っているが、もう少ししたら目を覚ますだろう」
そう言って先生はベンチに座る。
「あの女の子、お前の同業者か?」
「さぁ、でも履歴書には書けない仕事でしょうね」
俺は先生の隣に座って答える。
「そのうち騒ぎになるぞ、『昼夜の商店街で銃撃戦!』、『女子高生が銃発砲!?』とかってな」
「『謎の般若の正体は!?』とかはないですかね」
俺らがそんな話をしていると、桜とユリアが入り口から入ってきた。
「あっ本当にいた。すごいわね桜。連絡もとってないのに遊馬の居場所がわかったなんて」
ユリアが俺を見て言う。
「たまたまですよ。なんとなく遊馬さんがここに居る気がしたんです」
桜が微笑みながら答える。
「久しぶり桜ちゃん。遊馬が銃で撃たれた時以来か」
「お久しぶりです佐渡先生」
桜と先生が挨拶をかわす。
「遊馬あなたも銃で撃たれたことあったの?」
「ああ、そんなことあったな。あの頃は若かった」
遠い眼をして言う。あの時は本当に死ぬかと思った。
「まぁそれ以来危ない仕事を引き受けないようにしてたんだ」
「だからお使いなんかするようになったのね」
「お使いも立派な仕事だよ」
俺とユリアが話していると病室からあの女の子が出てきた。
「おいおいまだ動いちゃダメだよ」
佐渡先生が注意する。その声はあまり心配しているようには思えないが。
「大丈夫だ、こんな傷大したことはない」
麻酔がまだ切れていないのか少しふらついている。佐渡先生は彼女の肩をつかむ。
「ぐっ!」
「医者の言う事を聞くのが患者の役目だよ」
「う、うるさい!」
「まったく、困った患者だ」
ふぅとため息をつきながら白衣のポケットから注射器を取り出し、すばやく少女に薬剤を注入する。まさに目にもとまらぬ速さ。間違いなくこの人は凄腕の殺し屋になれる。
「な、なにを…す…る…」
女の子は意識を失って先生にもたれかかる。あの薬俺も何度かうたれたことがある。先生のオリジナルで許可や承認をうけていない代物らしい。あの人が医師免許を持っているのかどうかも怪しく思えてくる。
「大丈夫なの?あの人に任せて」
「俺が生きてるから大丈夫だろ」
俺が気を失った女の子を背負いベッドに運んでから30分ほどで彼女は目を覚ました。すぐにベッドから出ようとするが先生が注射器を取り出すところを見てもとの位置に戻る。
「落ち着きなさいよ、あなた銃で撃たれてるんだから」
その様子を見てユリアが注意するが彼女はそれを聞こうとする様子はない。女の子は俺たちの顔を見渡す。すると俺のところで目線が止まる。
「さっきのお面の男はお前か?」
「そうだ、と言ったら?」
「頼む!私をあの男の弾を避けられるようにしてくれ!」
彼女は頭を下げて俺に言う。
「その前に君のことを教えてほしいな」
これ口説いてるわけじゃないからね。怖い顔しないでくれ桜。
「どうしてああいうことになったのか。あの男は何者なのか。そして君が何者なのか」
女の子は少し考えて、
「わかった、まず私のことから話そう。私の名前は本成寺結、三雲市の高校に通っている。高3だ」
「高3!?年上!?」
ユリアが驚く。顔には出さないが俺もびっくりしている。本成寺さんが来ている制服から高校生だというう事はわかったがそれがなかったら中学生でも通りそうだ。ユリアのリアクションに不満そうな顔をしつつも本成寺さんは話を続ける。
「私は高校生をしながら護衛の仕事もしている。銃の使い方は幼い時から父に教えてもらった。これからの世の中は銃を撃てなきゃ生きていけないと」
そんな世の中絶対嫌だ。
「私は父の養子で母親はいない。本当の両親がどうなったのかはわからない。その父も5年前に死んだ。あの男に殺された」
本成寺さんの話を俺たちは黙って聞く。なんだか仕事も生い立ちも俺と似てるな。
「その日、父はある要人の警護の依頼を受けていた。父は私の知る限り依頼に失敗したこともないし、怪我をすることもなかった。今回も何事もなく終わる、そう思っていた。しかし、父は帰って来なかった。あの男は要人の娘を人質にとり武器を奪い、わざと急所は狙わずに嬲り殺しにしたんだ!」
お父さんのことを思い出すのはつらいのだろう、彼女は目に涙を溜めながら話す。
「私もその時そこにいた…。怖くて何もできなかった…。だから私は誓った強くなると、誰よりも強くなって必ずあの男を倒すと!」
彼女は俺の目を見て声を上げる。彼女の目には強い決意がこめられている。
「だから頼む、いやお願いします!どうか私を強くしてください!」
再度俺に頭を下げる。周りのみんなも俺の方に目を向けている。
「期間は?」
俺は本成寺さんに聞く。
「一週間後、スクエア・ホテルで日米の会合がある。会合の内容はわからないがそこに出席する議員たちを狙っているらしい。確実なのはその時だと思う」
スクエア・ホテルと言えばここら辺で1,2を争うホテルだ。そこでの会合となればそれなりに重要なものだろう。
「一週間か…」
本成寺さんが不安そうに俺を見る。自分でもわかっているのだろう。一週間であの男と渡り合えるレベルまで持っていくことが困難であることを。
「わかりました」
「本当ですか!?」
ぱっと笑顔になる本成寺さん。
「ええ、でも…」
「でも?」
「…死なないでくださいね」
ひどくまじめな顔で俺は言った。
「あの…いったいどんなことを…」
本成寺さんが不安そうな顔で尋ねてくるが俺は聞こえてないふりをする。
「先生、彼女いつ退院できますか」
「退院自体は明日でもいいさ、ただ抜糸するまでは激しい運動は控えてほしいんだがそうもいかないんだろ?」
「そうですねあまり時間がありません。これ以上メニューを圧縮したら本当に死んじゃいますよ彼女」
「もしもし、聞こえてます?本人いる前で死ぬとか言わないでほいしいんですけど」
また本成寺さんが話しかけてきたようだが気にしない。
「ふむ、ならばこれを使ってみよう。私が作った薬でな、これを使えば明日には体を動かしても大丈夫だろう。未許可だしどんな副作用で死ぬかもしれないけど大丈夫だろ」
「イヤ、全然大丈夫じゃないんですけど!」
先生の説明を聞いて本成寺さんが叫ぶ。
「使っちゃってください。どっちにしろこのままじゃ死ぬんだし。一思いにやっちゃってください」
「私の意志は!?患者の権利は!?」
「わかった。いやぁ試したくてうずうずしてたんだよ」
「じゃあ俺ら外出てますんでよろしくお願いします」
そう言って桜とユリアをつれて病室を出る。
「えっいやちょっと待って!イヤァァァァァァ!!」
「医学の進歩には多大な犠牲が必要なのだ。本成寺さん、あなたの犠牲はきっと無駄にはならない」
「あなたそのうちあの人に撃ち殺されるかもよ」
俺の言葉にユリアが溜息をつきながら言った。
本成寺さんは次の日無事に退院できた。目の焦点が合ってなかったり、ブツブツと何か言っていたが気にしないでおいた。