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全員殺す

 年が明けて、一月末日。本格化した冬が三十路間近の身体を朝夕関係なく痛めつける季節。時刻は午前九時半過ぎ。空は一応晴れてはいるが、肌が凍って割れるほど空気が冷たい。昨日の夜、ドカッと降った雪のせいだ。


「雨が雪に変わることはまずないでしょう」という天気予報が外れに外れ、都心においても10cm以上積もったところがあるせいで、交通網は瀕死状態。駅周辺では死んだ目をしたサラリーマンが列を作って電車が動き出すのを待っている。まあ、せいぜい頑張れ。ほどほどに。


 その日。三池から呼び出されたおれは、行きつけの喫茶店『アンリ』へと向かった。店に着いたのが約束の十分前のこと。窓際の席に見覚えのある細い体躯を見つけ、「おう」と声をかけつつ対面の席に腰掛ければ、ホットカフェオレをすすっていた三池はずいとテーブルに身を乗り出してきた。


「待ったぜ、新山田。待ちくたびれたくらいだ」

「待ちくたびれたって、まだ約束の時間にはなってねえだろ。早く来た方が悪い」


 間もなく店員が注文を取りにやってくる。「ホットひとつ」と頼んだおれは、三池の方へ向き直した。


「で、何の用だ。悪いけど、おれは暇じゃないぞ」

「わかってるよ。すぐに済む」


 眉間のあたりにしわを寄せた三池は、眼鏡を外してテーブルに置く。遊びが無い話をする時、こいつはいつも決まってこうする。


「新山田。マジな話、映画の脚本書く気はないか? 映画祭に出したあの作品を、ウチのボス以上に気に入った人がいてな。一度会って話がしたいから引っ張ってこれないかって頼まれたんだよ」


 ……ハッキリ言って、魅力的過ぎる話ではある。自分の力がどこまで通用するかわからないし、それがわかってしまうのが怖くもあるが、挑戦したいことは間違いない。


 でも、それでも、おれは――。


「断る」


 重い決断は、意外なまでに軽い言葉になって吐き出された。しかしもっと意外だったのは三池の反応だ。おれの返事を受けた三池は、鼻で笑って「だよな」と吐き捨てた。


「なんだよ、『だよな』って」

「見てわかんだよ、お前のことなんて。やることがあんだろ」

「見てわかるほど単純かよ、おれは」

「おう。単純野郎だ、お前は」


 やって来た店員が「お待たせしました」と言いながらおれの前にホットコーヒーを置いた。舌の火傷を覚悟しながら一気にそれを飲み干したおれは、コーヒー代金360円をきっちりテーブルに叩きつけ、「じゃあな」と残して席を立つ。


「おい、新山田。完パケしたら見せにこいよ。出来が良ければツテもある。ただし、前作以上が最低条件だからな」


「うるせえ」という言葉と「ありがとよ」という言葉が混ざったうえに、舌の火傷も相まった結果、「ぅおう」という妙な鳴き声みたいな声しか出てこず、恥ずかしくなったおれは早足で店を後にした。





 三池と別れたおれはひとり自宅へと戻った。暗くシンとした部屋は息が白くなるほど寒い。外にいるよりまだマシだが、五十歩百歩もいいとこだ。


 鼻からたらりと垂れてきた鼻水を人差し指でこすりながら脱いだ靴を指に掛けたおれは、真っ直ぐリビングへ向かい、押入れの戸を引いて開けた。瞬間、吹き込んでくる冬の空気。隙間風どころの騒ぎじゃない。押入れの扉の先が高層ビルの屋上へと繋がってるんだから無理もない話だが。


 押入れの戸を開けるとそこは雪国だったなんて川端康成も腰を抜かす芸当が出来るのは、天狗以外にはこの世界に存在するわけがなく、つまりこれは鈴木天音の仕業である。


 カメラ代わりのスマホを片手に空を見上げていた鈴木は、こちらを見ずに「遅いですよ」と言った。


「遅いって、まだお前以外に誰も来てないじゃねえか」

「それはそうですけど、でもダメです。新山田さんは遅刻の前科がありますからね。常に十五分前行動を心がけてもらわないと」


 小学校の教師のように口うるさいことを言った鈴木は、足元に溶け残った雪へ手を突っ込んでおもむろにすくい上げ、球状にして天に放った。不器用な形の雪玉はくるりくるりと回転しながら天へと昇り、自由落下を待たずに四散。スノーパウダー状になり、太陽の光を受けて光る。おれも試しに同じようなことをしてみたが、おれの作った雪玉は地面に落ちてあっさり破裂。それでも、最後に小さな雪の塊が残ったところは立派といっていいだろう。


「にしても、雪を降らすのはやりすぎでしたかね」

「だったかもな。でも、今さらだろ。そんなこと」

「ま、そうですよね。どうせ溶けますし、そもそも雪が降ったら会社も学校も休めって話ですよ」


 その時、背後から扉の開く音が聞こえた。「お待たせー」と口々に言いながらぞろそろと現れたのは映画部部員たちだ。松丸、鞍馬、飯綱、厳島。奴らは今、四人全員間違いなく自分の意思でここにいる。


「よぉーし。じゃあ撮影の準備だー!」


 元気よく言った鈴木は四人の元へと駆け出した。こんな季節に暑苦しい奴――なんて思いながらも、鈴木の後をついて行くんだから、おれも遅れてきた青春に毒されているところがだいぶあるかもしれん。


「お疲れさまです」「お疲れで〜す」などと口々に挨拶する若い才能の原石どもに「おう」と答え、軽く手を振りながら考える。


 おれより才能のある奴なんてみんなまとめて死ねばいい――なんてつまらんことはもう二度と考えん。たとえば奴らが全員死んだところでどうせ、ボコボコボコボコ雨後の筍みたいに新しい才能が生えてくるだけだから無駄な話だ。


 だからおれは最近になって決意を新たにした。


 おれより才能のある奴らはみんなまとめてクビ洗って待ってろ。


 いつの日かおれの作品で、喉元切って殺してやるから。


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