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会いたいな

 三池のアドバイス通り、家に帰ったおれは酒を呷ることにした。卓の前であぐらをかき、例の扇子フォンを傾ければ、マグカップにはストロングゼロが注がれていく。シュワシュワと泡の弾ける音と人工甘味料の匂いが部屋に広がり、その空気だけでおれは酔いそうになった。


 ストロングゼロを一口含む。いかにも身体に悪そうな味が舌を突き、喉へと抜けていく。細胞がぷつりと弾けるような感覚さえある。


 鈴木天音。年齢不詳、正体不明の天狗女。


 あいつは四人の人間を操って映画部を設立した。あいつらが嘘を吐いているとは思えないから、その点に関してはきっと間違いないんだろう。もしかしたらおれだって操られてあの脚本を書いたのかもしれない。自覚はさっぱりないが。


 人を操って望まないことをやらせるなんて、どう考えたって悪いことだ。擁護なんて到底できない。でも……でも。


 ストロングゼロの液面に映るおれの顔に、おれは「どうだ?」と問いかける。


 あの映画部で過ごした日々はどうだった? みんなで笑いながら苦労して、ひとつのものをなんとかして作り上げようとする日々はどうだった?


 答えはとっくに決まってる。今なら素直に認められる。心の底から楽しかった。たとえ操られていたんだとしても、あの思い出だけは間違いなく本物だ。


 残っていた酒を一気に飲み干したおれは、マグカップの底を卓に叩きつけた。カツンと、軽すぎる音が空気を揺らす。


 あの野郎には――鈴木天音には何としてでももう一回会わなきゃならん。


 あいつとは、話さなきゃならんことがたくさんある。





 翌日。朝の六時から家を出たおれは、ひとり神海高校へと向かった。学校へ着いたのが七時前。この時間帯だと部活の朝練に向かうと思われる、派手なジャージに身を包んだ生徒ばかりだ。まさか敷地内に入るわけにもいかないから、校門がよく見える通りで立っていることにする。


 しばらくの間、ただ校門に吸い込まれていく高校生たちを眺めながら過ごしていると、「何やってるんですか、あなたは」と覚えのある声が背後から聞こえてきた。振り返ればそこにいたのは、呆れたような表情でこちらを見る松丸だった。


「鈴木が来るのを待ってる。あいつに話があるんだよ」

「来るわけがないでしょう。いまの彼女が僕達に顔を合わせられると思ってるんですか?」

「来るんじゃねえの。あいつ、ここの生徒なんだろ」

「……付き合っていられませんね」


 大きく息を吐いた松丸は大股で歩いて校門を抜けていった。かわいくない野郎めと思ううち、また背後から声をかけてくる奴が現れた。「すいません。不審者ですか?」と失礼なことを言いながら、『くさや』を観るみたいな視線をぶつけてきやがったのは鞍馬だ。


「とんだ挨拶だな。同じ映画部の仲間なのに」

「……やめてください。あんな毎日があったことなんて、今日にでも忘れたいんですから」

「本当か?」

「嘘ついてどうすんですか。バーカ」


 子供じみた悪態を残して鞍馬は逃げるように去っていく。まあ、中指を立てられないだけよかったかもしれんと、前向きに考えるようにしていたところ、おれの傍を飯綱が通り抜けていった。声すらかけずに、薄情な奴だ。


「飯綱。お互い知らない顔じゃないんだ。挨拶くらいあってもいいだろ」

「私が校門を抜ける前にそこから消えてください。じゃないと警備員を呼びます」と飯綱はこちらを一切振り返らずに言い放つ。

「……ひときわ辛辣だな、おい」

「新山田さんの顔を見ていると、あの日々を思い出してしまうので」


 キレさせたら一番怖いのはアイツだな。間違いない。


 ひとり納得していると、校門の方から青い制服に身を包んだ警備員が歩み寄ってきた。訝しげな瞳をこちらへ向けながら、「怪しい人がいるって聞いたけど、あんた?」と訊ねてくるその男から、どうやって逃げようかと思案していると、揉めるおれたちの横を素通りしていく厳島の姿が映った。


「厳島、助けてくれるか」


 おれの声にゆっくりと振り返った厳島は、どこか申し訳なさそうに頭を下げると校門を抜けていった。





 冬は陽が落ちるのが早い。夕方の五時を過ぎるころにはもう真っ暗だ。おまけに手先まで凍るほど寒くて仕方ない。冬は嫌いだ。むやみに人が恋しくなる。


 校門から出ていく生徒が街灯に照らされているのが見える。案の定というべきか、鈴木の顔は見当たらない。あの不良女子高生が。学校くらい行きやがれってんだ。


 上着のポケットに両手を突っ込んでかじかんだ指先を温めていると、暗がりを進んでこちらに歩み寄ってくる影があった。厳島だ。口元までマフラーを巻いているせいでほとんど顔が見えないが間違いない。


「……まだいたんだ」

「いる。時間だけはタップリあるからな。明日も来る予定だ」

「明日からは学校冬休みだけど」

「そういや、もうそんな季節か」

「仕事やってないと季節感なくなるの?」


 呆れたように言って口元をわずかな笑みで緩めた厳島は、おれの上着の裾を掴んで歩き出した。


「とりあえず、もうここにはいない方がいいんじゃない。そろそろ本当に通報されるかもよ」


 おれは厳島に引かれる形で道を進む。十分ばかり歩いて、到着した先が街中にある小さな公園だった。遊具らしきものは小さなすべり台と子供用の鉄棒くらいで、寂れている感が否めない。


 公園の前に設置してある自動販売機でコーンスープを二本買ったおれは、一本を厳島に投げ渡し、もう一本のフタを開いて一気に半分ほど飲んだ。思えば、これが本日二度目の食事だ。空いた腹に熱い液体が染み渡る。


 すべり台に腰掛ける厳島は、白い息を吐きながらコーンスープで手先を温めている。おれは厳島へ「なあ」と声をかけた。


「厳島は鈴木の住所知らないか。電話も繋がらないんだ。会いに行きたくてな」

「知らない」

「じゃあ、なんであいつが消えたのか知らないか」

「知らない」

「……そりゃそうだよな」


 わかっていたことではあるが、部の奴らにも理由を知らせず消えたらしい。こうなると、完全にお手上げだ。どこを探せばいいのか見当もつかん。


 途方に暮れて暗い空を見上げていると、厳島がふいにぽつりと呟いた。


「……あのままにしておいてくれればよかったのに」

「どうしんだ、急に」

「天音ちゃん。居なくなっちゃうにしても、わたしたちの楽しい思い出は綺麗なままにしておいてくれればよかったのに。どうしてわざわざわたしたちの本当の記憶を思い出させるようなことしたのかな、って」

「……わかんねえけど、辛くなったのかもな」

「なにを?」

「友達を裏切るような行為を続けてるのが」

「逃げる方がよっぽど裏切りじゃないのかな」

「おれもそう思う」


 厳島は自らの足元に視線を落とし、か細い声で「だよね」と言って笑う。


「新山田さん、まだ天音ちゃんを探すんでしょ?」

「見つかるまで続けるつもりだ」

「だったら、人手は少しでも多い方がいいよね」


 厳島はポケットから扇子を取り出して開いてみせた。『天狗になって何が悪い』という力強い文字が扇面に躍っている。


「これ、みんなまだ持ってるんだよ。悪い思い出なんて思ってたら捨てるでしょ、普通。天音ちゃんを探そうって言ってくれる言い出しっぺを待ってるんじゃないかな」

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