天狗の仕業
映画館の中を探し回ったが映画部の奴らはどこにもいない。さすがに無いよなと思いながらも、万が一のことを考えて映画館を出てみると、夜の池袋サンシャイン通りは大勢の人と雑多な匂いで溢れかえっている。
人の流れに逆らいながら道を行く。周辺を十分ほど歩き回れば、喫茶チェーン店の窓際ボックス席に見知った顔が四つ並んでいるのが見えた。全員そろってやけに深刻そうな顔を床に向けており、なんだか空気が異様に重い。何かあったことは一目で理解できた。
喫茶店に入ったおれは、四人の座る席へと向かった。
「まだ授賞式の途中だぞ。サボるなら学校だけにしとけよ」
おれの声に反応して顔を上げたのは鞍馬だった。静かな怒りに満ちた顔の目元には、わずかに涙の跡がある。その表情には確かな恨みが感じられて、おれは思わずぎょっとした。
「……なにをそんな悠長なことを言ってるんですか、新山田さん。あたしたちは……あたしたちはっ!」
鞍馬は飛びかかるようにおれの胸元へ掴みかかってくる。あまりに突然なことに一切動けずにいると、気怠そうに席を立った松丸が「落ち着いてください」と鞍馬を咎める。
「鞍馬さん。彼だって我々と同じ、被害者なんですよ」
「でも……でもさあ! いくらなんでもこの人、呑気すぎじゃん!」
「それは否定しませんが。しかし、とにかく落ち着いて。彼を責めたところでなにも解決しません」
こいつらは一体全体なにを言ってるんだ。助けを求めて飯綱、厳島のふたりへ視線を投げても、ふたりともただ目を逸らすばかりだ。
「被害者ってなんだよ、どういうことだ。おれにもわかるように説明しろよ」
「まだ思い出してないんですね。可哀想に。あるいは、そのままの方がいいのかもしれませんが」
松丸は淡々と、しかし力強く言い放った。
「僕達は彼女に……鈴木天音さんに操られていたんですよ」
〇
太陽が沈んだ池袋は昼間以上に騒々しい。人工的な光は道を、人を、空を無暗に照らしており、見ているだけで気分が落ち込んでくる。喧しい。この街も少しは落ち着きってものを覚えればいいのに。
おれはひとり喫茶店のボックス席に座っている。どれだけ時間が経ったのかわからないが、アイスコーヒーに浮かぶ氷はもうとっくに解けている。映画部の奴らはいつの間にか帰ってしまった。
「おいおい。どこに逃げたのかと思ったら、こんなとこにいたよかよ。何やってんだ、もう式終わっちまったぞ。ま、いてもいなくても変わんなかったかもしれねえけどな。最優秀作品賞はお前達には関係のない話だったし」
ふと、三池の声が聞こえてきた。こちらになんの断りもなくおれの対面の席に座っていた三池は、やって来た店員にカフェオレを注文している。こっちの気も知らないでマイペースな奴だ。
顔を上げながら「なんの用だ」と問えば、三池はこちらを見ながらぎょっとしたように目を丸くする。
「……どうしたよ。死にかけのゾンビみてえな顔して」
「ゾンビは最初から死んでんだろうが。馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
「馬鹿なこと言ったかもしれねえけどよ、心配してるのはマジだぜ。なにがあったんだ、新山田」
「……おれが聞きたいくらいだよ。なにがあったんだろうな、いったい」
ため息をついて窓を見れば、暗く反射した店内の景色に映画部の奴らが映った気がする。記憶の残滓が勝手に動き出して白昼夢となり、先ほどのやり取りのリピートを勝手にはじめた。
松丸の影は冷たい瞳をおれへ向けながら語りだす。
「――彼女はいつの間にか僕達の高校に生徒として混じっていましてね。転校生が来たなんて噂も聞かなかったから妙だとは思ったのですが、まあたいして気には留めませんでした。
ある日のことです。彼女は僕の元へ来て、映画を撮るから協力してくれないかと言ってきました。もちろんはじめは断りましたよ。はっきり言って面倒だと思いましたからね。ですが、彼女の〝本気〟のお願いはどうしても断れなかった。彼女の話を聞いているうちに、気づけば彼女の映画撮影に参加することになっていましたよ」
「つまり、あいつはお前たちを勧誘するために神通力を使ったってのかよ」
「僕たちだけではなくて、新山田さんもやられてると思いますよ」
本当にそうなんだろうか。少なくとも、おれには鈴木に洗脳まがいのことをやられた覚えはない。買収をされたことは否定しないが。
おれたちの会話が途切れたタイミングで、「とにかく、そういうわけですから」と言い放った飯綱が席を立つ。「どこ行くんだよ」と訊ねれば、「帰るんです」と即答された。
「現状の共有は既に完了させましたし、ここにいたって意味がないですから」
早足で歩き出した飯綱に、「愛乃ちゃんに賛成〜。帰ろ帰ろ。なんかヘンな気分になるし」、「ですね。話すことはもうありません」とそれぞれ賛同の声を上げた鞍馬、松丸のふたりはその後を追う。
唯一残った厳島も、少しだけ申し訳なさそうな表情で頭を下げると、「じゃあね」とだけ呟いて三人の後を追っていった。
「――お待たせしました、カフェオレになります」
店員の声で白昼夢がかき消される。対面には、渋い顔でカフェオレをすする三池が戻ってきた。
「話は聞いてねえけどショッキングなことがあったのだけはわかった。とりあえず、呑め。なにもわからなくなるくらいに呑んじまえ。たいていのことはアルコールが解決してくれる」




